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日記・コラム・つぶやき

2017年6月15日 (木)

短大・大学は行く価値があるのか

日本の大学進学率は、横ばい状況になっている。私立大学のA,O入試で、大学に入りやすくなっている昨今ではあるが、経済的な問題が、進学の壁になっているようだ。

大学は行った方がいいですか?生徒からよく尋ねられる質問だ。家庭環境等の問題で、進学を悩む生徒も多いわけだけれど、行きたいなら行くべきだと思う。

確かに大学の質が低下してきた近年、行く価値があるのだろうかと躊躇する生徒もいるのだろうが、後々の就職や仕事のことを考えれば、大卒や短大卒の資格は、あって邪魔になるものではないし、長い人生を考えれば、大学の学びは大切なものだろうと思う。

一流企業は、一流大出の人材を求めるわけだけれど、3流4流の生き方というのも間違いなくある。ほどほどに頭がよくて、ほどほどに仕事が出来れば、人生はなんとかなるものだ。一流にこだわる必要はない。

大学で目的もなく、遊びほうけるなら、そりゃ行かなくてもいいだろうけれど、目的があって学びたいことがあれば、行った方がいい。

お金に関しては、奨学金とバイトでなんとかなるはずだ。コンパは行かなくていい。車も必要ない。金がかかるなら、成人式も行く必要がない。ガラケイがあればスマホはいらない。卒業旅行?そんなものは行かなくていい。

僕は風呂無しのアパートに6年住んでいたが、夏は水道の水を浴びていた。ジーパン2本とTシャツ3枚あれば6月から9月まで生きられる。サバイバルは結構楽しいものだ。ちなみに東京生活の6年間はテレビは必要なかったし、大学や市の図書館に行けば、本は無尽蔵にあるので、買う必要もなかった。お金を使わない工夫はくされるほどあった(笑い)。

大学で僕が学んだこと、それは人生は結構暇だということだ。仕事に忙しいと言いつつ、ギャンブルやお酒や不倫に精出すかたは多いきっと時間の使い方を知らないんだろうと思う。

暇な時間の有効活用を大学で学んだ僕は、実に多くの時間を楽しんでいる。ギターがあれば曲が生まれるし、軽トラックで山をかけ巡れば、様々な驚きと出逢う大学を出たおかげで、なんだか知らないうちに、先生と呼ばれる仕事までさせて頂いている。

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3流4流だってちゃんと生きる世界はあるのだ。迷っているなら大学や短大に行ってみよう。僕はそう思う。

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2017年5月20日 (土)

無知の知

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無知の知という言葉がある。自分が何を知っていて、何を知らないのかを客観的に見つけられる姿勢こそが、生きて行くための知性のような気がします。

現代文明はまさに科学の恩恵を受けて、便利で一見豊かな社会になりました。しかし、知らぬ間に多くの闇がはびこり、幸福そうじゃない人が増えているように思います。

お金と地位に固執する人間。逆に自由であることを求めるあまり、生活の基盤を喪失してしまう人間。そのような社会で、我々が大切なものは、どのようなスタンスでしょうか。

我々は地球や自然によって生かされている存在なのだという認識だと思います宇宙と言ってもいいかも知れません。

宗教や哲学で表現すれば、詭弁としての神や絶対的権力者としての存在が介入してしまうかも知れませんが、一人一人の存在を存在たらしめている愛と言えばいいでしょうか。

愛であれば、嫌悪も憎しみも、僕らの存在を危機に貶めることはないはずですね。一日に感謝をし、やって来る明日に感謝をする。その繰り返しが、幸福の種を育てていくように思います。

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2017年3月23日 (木)

不確定社会に生きる我々は・・・

合格発表が終って1週間が過ぎた。新高校生は、スマホを買ってもらったり、制服の寸法どりなど、何かと忙しい日々かも知れない。

塾では、合格した高校から出された宿題を持ち込んで勉強に励んでいる生徒がいるが、全体的にはのんびりした春休みの日々なのだろうと思う。

今朝の一関は雪だった。卒業シーズンが終わって雪が降るのは6年ぶりかな。冬タイヤを交換している光景をここ2,3日見かけたが、まだまだ季節は移ろいやすく、冬タイヤは必用なようだ。

昨今の入試を見て思うことがある。基本問題が姿を消し、中途半端な基礎力では問題が解けなくなった。500点満点で200点をとることが厳しい生徒が増加している。

つまり数学にしても英語にしても、理科の計算問題にしても、だいたい分かったでは解答出来ないのだ。完全に分からないと足元をすくわれる問題が増えた。学校の授業になんとなく付き合っている中学生は、蚊帳の外という感じがするのではないだろうか。

岩手県は公立高校の倍率が低下し、正直とても入りやすくなった。それほど勉強しなくてもという感じが、そこはかとなく水面下で広がっているかも知れない。おまけに国立大は別として、私立大学もある程度の通信簿の点数を維持するば、推薦で入ることが容易だ。

で・・・なにが生じているのかというと、言葉は悪いが低レベルでの安定化だ。もうすぐセンター試験テストに記述式が導入されるということで、英語教育の見直し論が巷にあふれだしているが、そもそも英検にしても大学入試のセンター試験にしても、マークシートテストだ。もうすでに昔からお気づきの方がいるかも知れないが、英語の知識を試す問題であって、実技的な問題では決してない。ゆえにこれほど長年にわたって、莫大な予算と時間を英語教育に投じてきても、日本人は英語が使えない。

受験科目に英語があるから、仕方なく英語をやっています的な状況が永遠と続いてきた。おまけに昨今は文法の授業が悪の根源のように言われ、外国人により会話授業を促進しているが、まじかよという想いがするね

僕らの世代は、文法ありきで英語を学んできた人種だけれど、文法を学ぶことで、その言語を話す国民というか民族の性質みたいなものがよく理解できたきがする 。仮定法や知覚動詞や分詞構文などを眺めていると、なるほどこう来たかみたいな、発見があったね。

今の高校では5文型なるものも、ほとんど教えない。僕はこの分構造の理解こそが、英語の根本だと思っているがんこ爺なので、猛烈な違和感がある。

塾業界は、来年度に向けてまた忙しい時期を迎える。生徒募集だ。どんな理論をかざそうと、理屈をこねようとも、生徒が入って来なければ、ただの絵に描いた餅だ。僕の塾も同様に同じ。

どこそこに生徒が合格しましたなんて言う実績は、昨今それほど重要ではない。なぜならほとんどの生徒が受かるからだ。うちの塾のように月謝の安さも重要じゃない。格差社会の昨今、お金持ちは高い授業料の塾に向かう。

宣伝がうまい塾に生徒が集まる。これは資本主義経済の基本理念だ。スマホを買い求める生徒さんで、テレビCMの影響を受けない生徒さんはいないだろうと思う。不確定社会に生きる我々は、情報こそ唯一のサバイバルツールだと思っている。逆にその情報にうまく誘導されていることに残念ながら気づかない。

権力とお金に負けないためには、精神や心の自由度が必要だ。それを鍛えるのは、学びだろうと思う。わけのわからないテレビ番組や、このようなブログやFBに構っていないで(笑い)、本を読もう。春休みだしね。

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2017年2月10日 (金)

居場所

自分が入った学校や職場に不平や不満を愚痴りたくなる気持ちは良くわかります。しかし自分が居る場所は、間違いなく自分が選択した場所であり、何らかの結果としての居場所です。

ひょっとすると努力不足の結果としての居場所かもしれませんが、あなた自身が選んだ学びの場かもしれません。

自分の能力を知る方法は様々です。ただ言えることは、周りの人間が自分の写し鏡であることは忘れない方がいいかも知れません。

僕らは毎日努力と精進に比例して進化していきます。年令は関係ありません。継続は力です。このことは宇宙の真理だと思います。

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2016年12月 5日 (月)

花泉(はないずみ)町の地名の由来

僕が住んでいる町は花泉町。とってもシンプルで素敵な地名だと自負している。

この町名の由来は、その昔坂上田村麻呂が征伐の折に夢を見せられ、その夢をたどって早朝に西山に入り、二本の桜の木のある所に立って剣を地にさしたところ、そこからこんこんと清水が湧き出たところから、その場所を花立泉(かりゅうせん)と呼ぶようになり、花泉という地名の由来となったらしい。

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現在の花泉清水の八幡神社の境内に、その花立泉(かりゅうせん)の跡が再現され、当時をしのぶことが出来る。

神社の境内からは花泉の雄大な丘陵地帯を展望できる。

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巨木の樅ノ木を背景に、長い年月の中で風化してきた狛犬が、その歴史の残像を物語っているかのようだ。

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2016年11月25日 (金)

僕の人生哲学

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やれることはやるけれど、やれないことはやらない。

これ、僕の人生哲学。

僕は文系人間なので、大学入試の数学や物理や化学はわかんないし、頑張ろうとも思わない。ただし、高校入試の試験科目は全部教えなければと思うので、日々全力投球。

最近は神社のことを僕に尋ねてくる方が多いけれど(笑い)、本当の専門は大学受験英語の指導。学校の宿題の解答から東京大学の入試問題まで、任せてちょんまげ。(古いギャグだ・・・笑い)

今朝の我が家の廊下の温度計は-4度。油断をしていて水道を凍らせてしまった。慌てて電熱線を挿入。事なきを得たが、11月のこの寒さにはびっくり。室内が-4度!ありえね~

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やれることはやるということで、実は自宅の庭の松の雪吊り作業を毎年やっているのだけれど、今年はなんかいい感じにできた。ちなみに青竹を切って来るのが、面倒なので支え棒は、息子たちが小さい時に使ったこいのぼりの支柱を使っている。

これで松に関しては、いつ雪がやってきともOK。さてと早く冬期講習のご案内作らないと・・・・・

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2016年11月23日 (水)

不思議です

こんにちは。自称プレアデス星人のかねごんです・・・・・・なんていつもふざけているわけですが、今更ながらですが、どうも僕の体質が東日本大震災後から変わった感じなんですね。

つまりなんて言えばいんでしょうかね。台風や大きな地震が近づくと、耳鳴りがしたり胸が痛くなるんですね。それ以外もちょっとあるんですけれどね・・・。その耳鳴りが高血圧の時のような耳鳴りなんかじゃないんですよね。今は血圧が180から下がって、125ぐらいになっていますから、血圧の影響じゃないんですよね。金属音がするんですよ。

日常の仕事に支障はないんですが、気にはなりますね。

ところで、僕のNSNを読まれてきた方は周知のことかも知れませんが、僕は29歳の時までは無神論者で、人は死ねばハイ終わりとおもっていたんですね。ところが29歳の時に父が他界してから、僕の思想は変革してしまいました。いろんな不思議な体験があって、人は死んでハイ終わりじゃないんだってことを確信してしまったんですね。

終わりじゃないのかよ!っていうのは、いろんな意味でちょっと焦りを感じましたね。

そんな感覚がマックスになったのは、震災の翌年の正月に、南三陸に近い某神社にお参りしたときでした。境内にざわざわと多くの人たちの気配を感じたんですね。実際に居た人の数の3倍くらい。見えないざわめきとでも表現したらいいでしょうか。不思議な感覚でしたね。

もちろん僕は、人が見えないものが見えたり、聞こえたりするタイプの人間ではありません。しかし神社オタクとなって四半世紀の人生が過ぎたわけですが、ありえないような偶然に遭遇することが、加速的に増加していますね。

震災後から家族から懇願され、携帯を持つようになって、SNSへの写真投稿も増えたわけですが、これがまた不思議なもので、ある種のものを写すと、それだけがパソコンにうまく転送されないなんてことが起きてしまったんですね。ちなみに衣川・三峰神社のアラハバキ神の磐座や、一関真滝にある白山瀧神社の僕がかってに龍神池と呼んでいる小さな池や、そして理由は分からないのですが、自宅に祭っているお明神様の裏庭は、何度写してもうまく転送されません。被写体を変えるとことごとく他のものは転送できるんですがね。不思議です。

No

意図的に行った神社では起こらないのですが、偶然仕事や用事で行ったところで神社を見つけてお参りしたりすると、その神社の近くの生徒が塾に入塾するという偶然が近年続いています。全く縁がなかった地域のお子さんが突然入会してくると、そのほとんどがお参りした神社の地域だったりするのですよ。神社オタク歴四半世紀のなせるわざかと自負したりしせず、謙虚に神様の導きなのだと、もちろんお礼参りはかかしません。ゆえに毎年訪れる神社の数が、増えることがあってもへりません(笑い)。

さて今日は11月23日。世間は休みですが、期末テスト直前、塾は休むわけにはいきません。それでは

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2016年11月20日 (日)

運がやってきたかって?

今日は11月20日。冬期勉強会のチラシを作成中。ただ午後は中学生の卓球の指導があって3時間汗を流したので、ちょっと疲れて休憩中。こうやってブログを書いている。

夕方スパーに行って買いもの。今夜の我が家の夕食はかねごん特製辛口カレーライス。母はカレーが苦手なので、ふきの煮付けとサラダ。そして芋の子汁。別メニュー。

母が倒れて入院して以来、台所での食事作りにはまった。朝早く起きて朝食の準備と家族の弁当を作り始めて365日が過ぎ去った。

女房や家族にお願いされたわけでも、強制されたわけでもない(笑い)。完全自主的行為である。

とある本を読んでいて、運を呼び込む最大の武器は、トイレ掃除と早起きだと書いてあった。トイレ掃除はなんとかなるが、仕事柄夜中過ぎに寝る僕にとって、早起きは不可能に近かった。

そこで食事作りを自分に課したら、早起きが習慣になるのではないかと考えた。そしてまんまと成功した(笑い)。

運がやってきたかって?

まず塾の方だが、8月の夏休み過ぎに、高校3年生と中学3年生の受験学年が定員になった。震災後初めてのことだ。それと、外傷性くも膜下出血の後遺症で認知症が進み、介護度が4になった母が、回復し自宅に帰ってきた。1年経った今、介護度は2に改善した。

昨年血圧が180まであがって、モヤモヤしていたのが、薬が見事に効いて今は上が125、下が70にまで下がり安定している。それと50肩で苦しんでいたのだが、温泉にはまってほぼ完治して来た。

運がやって来たと言っても過言ではないだろうと思う

No

そう言えば、今年浅草の今戸神社にお参りしてきた。招き猫発祥の神社だ。ここを訪れたのも全くの偶然だった。

僕の弁当つくりの日々はやめられそうにないな(笑い)。

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2016年11月 8日 (火)

温泉彷徨

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僕は地元花泉北中学校の出身なのだけれど、中学2年の時の遠足が、宮城の鬼首(おにこうべ)温泉郷だった。なにぶん41年も前の記憶なので曖昧なのだが、賑わいのあふれた温泉街の光景が残像として残っていた.。しかし昨日41年ぶりに訪れった温泉街は、つげ義春の作品に登場するひなびた温泉宿そのもので、それはそれで情緒があってよかったのだけれど、流れ去った時代の長さを思わず感じてしまったかねごんであった。

年を取るにしたがって、温泉の魅力がそこはかとなく押し寄せてくるこの頃である。北上の夏油温泉、花巻の鉛温泉、宮城の鳴子温泉、そして先月の秋田・玉川温泉と、僕の温泉彷徨は頻度をましてくるのだけれど、わずかワンコインの日帰り温泉に、僕は何にも代えがたい安らぎを覚えるのである。

確かに一関市内も素晴らしい温泉があって、足を運ぶのだけれど、秘湯の温泉は、その源泉の素晴らしさもさることながら、行く着くまでの風景もまた楽しからずやで、四季折々の光と風を味わえるのが、最高の贅沢である。

これからみちのくは雪の季節を迎える。秘湯の旅はしばらくおあずけになりそうだが、温泉で癒されたパワーでもって、これからの受験指導を驀進したいと思う、今日この頃である。

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2016年10月10日 (月)

いつまでもあると思うな親と金

今日は家内の名誉のためにもちょっと、話させてくださいませ。

昨年よりこのブログでも何度か書かせて頂きましたが、御年80歳になる母が、昨年倒れまして、3ヶ月の入院そしてリハビリを兼ねての施設への入居とあいなり、その間わたくしが弁当や朝食の準備をしているとの話を書きましたら、「先生独身なの」とか「奥さんに逃げられたの」等のご質問を生徒諸君より頂きました(笑い)。

実はわたくし、本業の塾教師のみでは重々生活が大変なわけで、ここ25年間稲作農業を営むかたわら、園芸のバイトをやったり、高校の非常勤教師をやらせて頂いたり、短大の講師をやらせて頂いたりしてきましたが、昨年より昼の仕事がなくなり、母のこと等でお金がかかる中、家内が障がい者施設で常勤で働くようになりました。早出があったり、夜中に帰ってきたり大変な仕事であります。

そこで昼の時間が確保できるわたしめが、家内の多忙な時間、家事の仕事そして母の食事の世話等をやらせて頂いておるわけです。このブログはわたしの親戚の方々も読んでいるようなので、そういうことなわけで、あしからずであります。

そして今年より母の介護の件もありまして、祖先伝来400年間営んでまいりました稲作農家を離脱いたしました。毎年我が家の新米を楽しみにして頂いている、ご親戚の皆様、そういうことであしからずであります。

先日も同世代の友人と話をしましたが、ようやくこどもたちが学校を終え社会人となり、お金がかからなくなったと思ったのもつかの間、今度は親の介護という生活に突入です。しかしであります。息子たちにお金がかからなくなって、母がこうなったというのは、ある意味ラッキーなことで、これが大学の入学金を納める等の時期と重なっていたらと思うと、ちょっと冷汗であります。

いつまでもあると思うな親と金。人間生きて行くことは実は思っている以上に大変なことなのかも知れません。かく言うわたくしも、早く父が他界し、29歳で一家のあるじとなりました。そして同時に塾経営に乗り出したわけですが、お金には本当に苦労してきました。しかし、ここまで続けてこれたのは、家内の支えがあってのことです。楽天的な彼女には本当に救われてきました。

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岩手生まれの暗いわたしの性格を、横浜生まれの都会的な彼女の感性が中和してくれた気がします。都会から、狐さんや狸さんが闊歩する岩手の里山に嫁いで30年になります。こんな里山でシュタイナー教育をベースにこども教室をやるなんて発想も、わたしには浮かばなかったでしょうね。彼女ゆえの発想力ですね。

午後からわたしの本業が始まります。帰宅するのは夜の10時頃。家内が美味しいご飯を作って待ってくれています。もう30年こんな暮らしが続いています。ともに助け合いですね。

今日はいつにもまして私的な内容になってしまいました。まあ~ご勘弁のほどを。

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