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日記・コラム・つぶやき

2018年7月 5日 (木)

せっかくの人生だもんね

文部科学省の現職の局長が受託収賄容疑で逮捕されたことを受けて、野党各党は4日、「権力の私物化だ」と厳しく批判した。局長など各省幹部の人事権を握る安倍政権の任命責任も問われる事態。野党は予算委員会の集中審議を開き、安倍晋三首相や林芳正文科相らに説明責任を果たすよう求めた。

 

 立憲民主党の辻元清美国会対策委員長は、局長が子どもの大学合格に自らの権力を使った疑いがあるとして、「行政の私物化だ」と批判した。社民党の吉川元(はじめ)幹事長は「官僚の良心がどんどん失われ、教育行政自体の公平性や信頼が損なわれる事態を強く危惧する」との談話を出し、官僚のモラル低下を嘆いた。~朝日新聞より転載~

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教育界の雲行があやしいね。
教育のトップに立つ人間のモラルというよりは、欲望とお金に蹂躙される人間の性が露出しているんだね。

 

例えば文科省に入るきっかけ、学校の先生になりたいきっかけ、教育の仕事が好きと言うよりは、お金の安定とか、社会的評価などが職業選択の大きな要因のい一つとなっているのは否定できないんじゃないかな。でもそのこと自体はまったく悪いことなんかじゃないね。人生においてお金はとても大切なことなので、権力やお金を求めるのは自然なことだろうね。

しかし教育はある意味純真じゃないとだめだね。こどもたちは大人を見抜く天才だから、邪心的な先生はいっぱつアウトだね。いくら美辞麗句を弄しても、天使たちのハートには届かないね。開き直ってデビルになったほうがまだいいかも(笑い)。

そんなことを言っているかねごんはどうかって。僕は楽しい仕事だから今の仕事をずっとやってきましたね。それ以上でもそれ以下でもないね。だから子どもたちにも楽しい勉強、楽しい人生を送って欲しいと願っているんだよね。せっかくの人生だもんね。

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2018年5月 4日 (金)

長旅から帰ってまいりました

 教室のお休みを頂き、結婚30周年の旅行に行ってきました。
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 十和田湖周辺と岩木山を中心に巡ってきた旅ですが、青森新郷町のキリストの墓は、印象的でしたね。学術的には突拍子もない話なわけですが、キリストの墓の西方に鎮座する大石神ピラミッドを探訪した僕には、津軽からこの十和田地域に古代都市があってもおかしくないような、そんなロマンを感じました。
 昨年から作家の高橋克彦先生とフェイスブックでお友達にならせて頂き、僕の拙いつぶやきにいいねまで頂き恐縮しているのですが、かつて拝読した先生の作品『竜門谷』が今回の北東北の旅行のきっかけになった一つでもあります。岩木山から十和田湖周辺には実に多くのピラミッド型の山が点在し、人を魅了してやまない磐座も多くあります。三泊四日の旅でそのすべてを回ることは不可能でしたが、岩木山の大石神社や十和田湖の青龍神社の磐座など、地図と家内のスマホナビを頼りに巡ることができたのは幸いでした。
 さて話は旧戸来村のキリストの墓の話に戻りますが、この地域に残る方言がヘブライ語の言語に酷似しているのは単なる偶然ではないように思います。キリスト教を信仰するヘブライ人がこの地を来訪したのは事実だった可能性が大だと思いますね。かつて偶然にも2度自称霊能者の方から、前世がヨーロッパに住んでいた牧師だと言われている僕ですので(笑い)、キリストの墓前に佇むことで何らかの啓示がいただけれるかなと思いましたが、何もありませんでした(笑い)。
 岩木山神社ではただならぬパワーを感じたかねごんでしたが、残念ながらキリストの墓では感応力は発揮できませんでしたね。
 今日からまた塾がスタートします。ゴールデンウィークの宿題で四苦八苦している生徒も多いことと思います。頑張りましょう!

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2018年4月26日 (木)

神様を信じている人と信じていない人の違い

 経営者の方々を見ていてもそうだけれど、神社仏閣の神様を大切にしている人とそうじゃない人の違いは、お金を儲ける云々の違いじゃなくて、人間性の相違かなと思うこの頃ですね。
 
 何らかの神様を信じている人は、裏表がないですね。他人が見ていなくても、神様が見ていらっしゃるわけで、自分の行動の規範をしっかり持っている感じがしますね。顔で笑って心であっかんベーという人は少ないと思います。宗教は別にして、心を許せる方が多いですね。
 一方無神論者の方々は、他力本願じゃない人生を歩む方々なので、行動力や決定力は強いですが、やっぱり自己中心的な規範をもとに行動するタイプの方が多いようで、義理人情よりもお金という感じがどうしてもしますね。
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 ご利益のための神様信仰は結局僕は、無神論派なのではないかと思うんですね。そりゃ神様にお願いしてお金が入ってくるならそれに越したことはないわけですが、祈願してもお金が儲からなかった人にとっては、神様の存在はそれだけのことですからね。
 僕は自他ともに認める神社オタクで、神様大好き人間ですが、絶体絶命の時に奇跡的なタイミングで壁を乗り越える援助を頂きます。神様を愛するということは、人を愛するということなんですね。きっと。神様は人を介して手を差し伸べてきますもんね。
 自分の人生が良き人生だったどうかは、最後に残した通帳の預金高でも資産の多さでもないと思います。どれだけの人に喜びとわくわく感を与えたかじゃないでしょうか。すいません偉そうなことを書いてしまいました。神社オタクのかねごんでした。

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2018年4月11日 (水)

4761回目のつぶやき

 2007年5月につぶやき始めたこのわくわく日記ももうすぐ11年目に投入します。家内から勧められて始めたブログでしたが、まさかここまで書き続けるとは思いませんでしたね。
 このブログを通じて本当に多くの出逢いを頂きました。46歳で書き始めた僕は、57歳になりました。これまで4760回の投稿をしてきましたが、自分で言うのもなんですが、よくもま~飽きずに書いてきたものだと思います。
 この11年間で161万アクセスの閲覧を頂きました。この数字が多いのか少ないかはわかりませんが、ブログを読ませて頂いていますよと声をかけてもらうたびに、恥ずかしいやら嬉しいやら、ちょっと動揺する自分がいます。
 3年前からはFBでのつぶやきが増えて、ブログを更新する機会もだいぶ少なくなってしまったこの頃ですが、母親のプチ介護生活もだいぶ落ち着いてきましたもので、またぼちぼち投稿回数を増やしていこうかと考えているこの頃です。
 たまに過去の記事を読むことがあるのですが、良くも悪くも自分の変遷をたどることができ、赤くなったり青くなったりなどしてもじもじしています( ´艸`)。
 営む寺子屋も28年が経ちました。29歳で始めた小さな塾でした。もちろん今も小さな塾ですが、地域のみなさに利用していただき、なんとかここまでだどりついてきた感があります。
 長男が生まれた時に始めた塾なもので、おのずと息子たちもいい年になりました。還暦が近づいてきて、おのずと体力の衰えを感じるこの頃ですが、気持ちだけは塾を始めた頃の20代のままですね。まったく進歩がありません(笑い)。
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 自宅周辺は梅が咲き、これから忙しい田んぼの季節を迎えます。僕は2年半前、母が倒れ、介護生活に入ってから、父の死後四半世紀営んできた稲作農家を廃業しました。その分休耕田の草刈作業が増えましたが、身体の調子をみながらぼちぼちやっている昨今です。
 昨年からFBでお友達になった市内の酒屋さんのご主人と、15年ぶりに登山を再開しました。今年も早池峰・五葉山・栗駒山などを登る予定です。これからの人生は健康が命です。無理せず頑張ろうと思っています。
 
 最後に、まったくのプライベートな話ですが、昨年結婚30周年を無事に迎えることができました。ちょっとした旅行をと考えておりましたが、教室を借りてきた大家さんが亡くなったり、家内のお父さんが他界したりと、喪に服しておりましたが、今度のGWに北東北を巡る旅に家内と行ってこようと思っています。まことに勝手ではありますが、4月30日(月)から5月3日(木)まで、塾をお休みとさせて頂きます。月5回ある曜日をお休みとしますので、振り替えはございません。連休で宿題がいっぱいあるのにな~という声なき声も聞こえてきますが、ご理解のほどを。それでは。4761回目のつぶやきでした。

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2018年3月25日 (日)

流転

僕の友人の先輩方が終活という言葉を使い始めた。70代後半に突入した世代の方々にとって残された人生は確かにそれほど長くはない。
お子さんがいなかったり、遠く離れて暮らしていたり、自力での生活を余儀なくされている方が多い。
先日中学時代の同級生にばったり会った。両親を亡くし一人暮らしだという。母親の介護を機に仕事も引退したという。
人は誰でも年を取る。そして生まれてきたときと同じように一人旅立って行く。それを孤独と呼べばそうなのだけれど、避けられない人間の運命でもある。
還暦が2年後に近づいてきて思うことだが、年を取ることは悪いことじゃないなということだ。肉体的な衰えは仕方がないにしろ、精神的な充実感はいい意味で拡散し、そして諦観へと繋がって行く。
終活という言葉がもし暗く感じる方がいるなら、それはまだやり残したことへの残像が色濃く残ているからではないだろうか。
卓球のサークルでお付き合いしている70代の先輩の方々はとても生き生きしている。好きなことをやって、お迎えが来たらグッドバイだと話されていた。
年を取ったら好きなことをやる。これが一番いいことだろうと思う。
僕は塾教師という仕事が好きだ。そして卓球も音楽も。塾まで車を運転できて、頭がボケてこなければ、終活の最後まで、仕事は続けたい。最近そんなことを考えている。
卒塾生のお子さんが通って来るようになった。29年目の塾家業もまた新年度を迎える。いつもなら閑古鳥が鳴く季節だが、一関市内の高校の高倍率を反映してか、今年は体験入会が例年になく多い。嬉しい限りだ。
個人的な話だけれど、昨年僕ら夫婦も結婚30周年を迎えた。記念の旅行でもと思っていたが、家内の父が亡くなったり、母の介護があったりして旅行はお預けだった。
今年のゴールデンウイークは教室を休ませて頂き、温泉巡りをしてきたいと思っている。人生は流転する。その先にあるものは人生の終焉ではあるけれど、決して悲観するものではない。

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2018年3月 9日 (金)

県立高校の入試が終わった

県立高校の入試が終わった。
岩手県の入試レベルは全国でも低いと言われ続けてきた。しかしここ数年難易度が間違いなく上がってきている。
ゆとり教育の終焉がその一因だろうと思うが、いい意味で単純暗記の受験生を苦しめる入試問題が増えた。
ただここにきて新たな問題が見えてきた。大学進学率が100パーセントに近い高校を目指す中学3年生にとってはやりがいのある問題でも、中堅以下の高校を受験する生徒たちの学力レベルが把握しずらい問題となってきている。
つまり基礎力がある生徒も基礎力がない生徒も回答ができない問題が増えたのである。
500満点中200点をとる生徒と150点をとる生徒の差の本質が見えない問題が多くなった。
言葉の表現は悪いが、運頼みの解答が合否を決める要因となるケースも出てきている。岩手県の平均倍率が1倍に達していないので、受験生の半数が点数に関係なく合格するのだから問題の質云々はいいだろうという意見があるかもしれない。
レベルの高い高校に合わせて問題を作成する傾向が顕著になってきた昨今、統一した問題ではなく、公立高校においても、高校のレベルごとに入試問題を提供する制度も必要なのではないかと考えるこの頃である。

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2017年12月11日 (月)

震災後初めて

東日本大震災が起きて今日で6年と8か月が過ぎました。
震災後僕はずっと古着屋さんで衣服を買い続けてきました。深い理由があるわけではないのですが、ジーパンもジャケットもセターもすべて1000円以上のものは買った記憶はありません。
 
戦中のように贅沢は敵だとかそういったわけではないのですが、震災後新しい服をすんなり買えない自分がいました。
その代わりと言ってはなんですが、温泉にはしばしば通うようになりましたので、逆にお金は使っているのですけれど(苦笑い)。
昨日家内と仙台に遊びに行ってきました。家の仕事も卓球の指導もさぼり、美味しいものを食べ、ぶらぶらとしてきました。震災後初めての仙台歩きでした。駅前のジュンク堂書店のビルがなくなっていたのにはびっくりでしたね。浦島太郎になったような気分でした。200メートルほど離れたビルの地下に移動していたんですね。6年の歳月は大きな変化をもたらしていたんですね。
実は無印商店で、セーターを買いました。新品のセーターです(笑い)。3000円ほどでした。震災後の僕の喪中が終わった日でした。街はクリスマス一色ですね。今週は地元の小学校でのクリスマスライブがあります。読み聞かせのお母さん方とのコラボで、15年目になりますね。今年最後のライブでもあります。
今年は3月からほぼ月2回の割合でミニライブをやらせていただきました。一関限定のなんちゃってシンガーソングライターとしては、嬉しいかぎりです。初老おやじの自作曲に拍手を頂いてなんかちょっとだけ若返った気がします。(気がするだけですけれど・・笑い)。
冬期勉強会もあと1名で定員が埋まります。今年も無事に年が越せそうです。感謝でいっぱいです。

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2017年8月10日 (木)

生産性を重んじるあまり、どれほどの素晴らしい原石を見捨ててしまったことか

若者が若者の状況でいられる時代というのは、実際のところ長い。結婚をして子どもが出来ても、表現は悪いがあんちゃん、ねぇちゃんのような雰囲気で闊歩している方は多い。若いね~という言葉は褒め言葉と言うよりは、ちょっと批判めいた感じがしないではない。

しかし、あんちゃん、ねぇちゃんであるがゆえに、家庭を持ち子どもを育てることは大いなる学びで、間違いなく人間として大切なコアーを身に着けて行くと僕は考えている。だから、若いのに親になってだいじょうぶかしらというのは,心配のし過ぎではないかと思う。確かに幼いがゆえに育児放棄という親もいるが、これは歴史を遡れば、いつの時代もあったことで、少なくとも現代社会に限った病理などではない。

逆によく、若いのにしっかりしているという表現があるけれども、世間が評価しているしっかりしているというのは、判断力があって、独立心があることだと思う。つまりは自分自身に対して、自己責任能力をしっかりもっている人間のことを形容する言葉のような気がする。

20年ほど前から公立の学校に於ける不登校が増えてきた。いつの頃からか定かではないが、行きたくないというのを無理に強制させても・・・という風潮が生まれ、なんとなく学校に行かない状況を容認する社会が生まれている。

いじめられるから学校に行けない。先生が暴君だから行かない。部活を強制されるから行かない。給食が食べられないから行かない。学校のトイレを使えないから行かない。宿題がやれないから行かない。学校に行けない理由に正当性を持たせるとしたら、ひょっとするとすべてが正統的な理由なのかも知れない。

一方、そりゃ違うだろうという観点から見れば、全ての理由が瓦解する。職業柄、不登校に対して意見を求められることが多いのだけれど、僕は個人的には学校に行かないという選択肢はあるのかなと思う。しかしそれは、あくまで個人的救済や、何らかの個人の目標があっての話で、全ての不登校にYESということではない。

学校に行かないというチョイスはさほど問題ではないが、深刻なのは、不登校が引き金になって、そのまま社会から孤立してしまうことだ。不登校の半数の生徒が、大人になっても引きこもり状況という現状を、我々はもっと真剣に受け止めなければならない。

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高校に行き、そして大学に入らなければ、まともな仕事がないという観念を植え付けられた若者たちは、その観念に立ち向かう前に、逃避をしてしまう。我々は若者たちに、職業の選択の自由を、もっと大胆に、そしてアグリッシブルに提供しなければならない。この社会は、生産性を重んじるあまり、どれほどの素晴らしい原石を見捨ててしまったことか。その社会的損失は計り知れない。 

先ほど述べたように、若者でいる時代は長い。その間に培われるであろう忍耐力や、協調性や社会性を軽視する教育であってはならない。人生を有意義に生きるということに於いて、ある程度の学歴や経済力が必要であることを、若者たちに知らしめることは大切だけれども、それが絶対条件であるかのような洗脳であってはならない。

彼は運動能力はいいんだけれど、勉強がね~とか、彼女は頭はいいんだけど性格がね~などという人物評を耳にする。当然のことだけれども、完璧な人間などいない。だから人間は努力をするわけだ。

中・高生は、入試勉強が大変だと言うけれど、おっとどっこい待ってくれと言う感じだ。人間死ぬまで学びの連続だ。若い頃が一番学びやすい。だからことさら勉強することを推進されるわけだけれど、実は一生涯勉強だ。

中庸であることは難しい。しかし平均的な人生を歩むことは決して青春の敗北ではないし、諦観を装う大人の仲間入りでもないのだ。30を過ぎ40になり、そして50になっても、間違いなく青春の塊はくすぶり続けている。燃えてしまえば、あとはいっきに驀進だ。ためらうことなかれ!

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2017年8月 4日 (金)

そんな矢に撃ち抜かれ、天を仰ぐことがある

ブラザーコンプレックスやシスターコンプレックスを抱えている生徒が多くいる。兄弟姉妹の相違をいろんな場面で比較されるされることは、何気なくスルーしているつもりでも、ボクシングのボディーブローのように効いてくるのだろうと思う。

『お兄ちゃんは出来たのにね~』古典的な禁句表現だけれど、いまだに家族間でこの会話をしているご家庭がいるらしい。

確かに兄弟すべてが優秀というケースはある。ちなみに僕の塾でも、3兄弟が僕の塾に通ってきて、全員が関一に入り、全員が国立大学に入学というあっぱれな兄弟・姉妹は何組かいた。しかし稀なんじゃないかと思う。

逆に兄貴が問題児で、弟も問題児というケースも稀だ。親御さんにしてみれば、不公平なく愛情をかけて育ててきたのに、なにゆえに勉強ではこんなに差が出るんだろうと、ため息をつかれている方もひょっとするとおられるかもしれない。

しかしそれが個性というものだろう思う。かく言う僕も一応子育てには参加してきたけれど、兄弟の様々な相違を個性と達観するまでには、多くの歳月を費やしてしまった。

生徒に『勉強しないの?』と尋ねると、『姉は一高を出て国立大学に行っていますから。』などと的外れな返答をしてくる生徒が時々いる。

これなどは完全な開き直りのケースで、さんざん姉と比較されてきて、心の中で何かがぶち切れているのだろうと思う。姉が優秀なんだから、俺だって優秀なはずだ。勉強をしないことをとやかく言うんじゃない!という態度が、矢となって突き刺さってくる。さすがの僕もそんな時は、そんな矢に撃ち抜かれ、天を仰ぐことがある。

同じ両親から生まれても、顔も違うし運動能力も違う。まちろん学習能力も違う。それが人間なんだね。DNAはあくまでも遺伝子的なレベルでの問題で、精神や感性、ましてや魂の問題となると、科学の再配は蚊帳の外だ。・・・・と僕は思います。

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2017年8月 3日 (木)

今日は徒然なるままに

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小さな小さな寺子屋塾を始めて27年が過ぎようといています。自分の身の丈にあった仕事を心がけてきたものですから、分室を作ろうとか、法人や会社組織にすることなどいっさい考えたこともなく、マイペースでここまでやってきました。

起業をするのは簡単な時代ですけれど、継続することは本当に大変なことだな~と実感した27年間でしたね。長年続けてこれた秘訣はなんですかと、たまに聞かれます。

塾で儲けようと思わないことですかね。家族5人を養ってきましたけれど、塾の収入だけで生活できた年はそんなになかったですね。若い頃は昼のバイトをしましたし、まちろんコメ作りもやってきました。40代の後半からは、高校の非常勤講師をやらせて頂いたり、短大の講師をやらせて頂いたり、なんとか生活をさせて頂いてきました。

末の子が学校を終えて、ようやく子育ても終了かと思いきや、今度は母の介護が始まるなど、なかなか休む暇はないですね。まあそれも身体が丈夫なゆえにやってこれた日々だったように思います。頑丈な身体に生んでくれた両親に感謝しています。

父が健康にすぐれませんでしたので、小学5年生の時から本格的なコメ作りをやってきました。そんなわけで米作りは飽きてしまい。昨年でやめました(笑い)。その代りめちゃくちゃ休耕田の草刈り作業が増え、毎日悪戦苦闘している日々であります。

今年の春は塾の大家さんが亡くなり、そしてすぐ家内のお父さんが亡くなりました。20代で父を亡くした僕にとって、本当にいろんなことを支えて頂いてきた大家さんと家内のお父さんの死は、悲しくてつらかったですね。今年の夏は二人の初盆です。

今年のお盆は、あえて休むことなく仕事をすることにしました。仕事供養みたいな感じです。

たまたま去年と今年は、入塾の調子がよく、8月で受験学年が定員になる状況が続いています。卒塾生のお子さんが入塾し始めたことが大きな塾の力になっていますね。感謝ですね。卒塾生の一期生が今年44歳を迎えます。27年間塾をやってこれたってことはそう言うことなんですね

明日から一関は夏祭りです。塾は休みません。何も予定がない生徒さんは、塾で勉強するのもいいですよ。それでは。

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