自称プレアデス人の妄想は止まらない
ふと時間ってなんだろうって考える時がある。我々は時間という制約の中で生きているがゆえに、過去にも未来にも行けない存在だけれど、制約の外し方がわかれば行けるんだろうなと思っている。
もし時間というものが3次元世界に住んでいる我々地球人の幻想であって、時間そのものの制約のない世界に於いては、人間が過去や未来を想像しただけで、時間空間が、次から次へと重なりあって新しい現実が出来ているとしたらどうだろうか。かなりワクワクしてしまう。つまり多次元世界のような所にアクセスする方法があるとしたらだけれど。
僕らは毎日のように夢を見る。幼い頃の風景が出てきたり、故人が語りかけてきたり、行ったこともない場所が現れたり。自由自在な世界だ。
夢は時間の制約がないよね。突然話は変わるけれど、人は死ぬと49日間魂が自由に思い出の場所や、会いたい人の所に行けるらしいのだけれど、これも時間や空間の制約がないよね。
かつてあっちの世界が見えるって言う人がいて、平泉を過ぎ衣川の関あたりに行くと、いまだに鎧をまとった人たちが戦をしているって言っていた。何百年も戦をしているとしたら、やっぱり彼らにも時間の制限がないわけだよね。哀しいけれど。
タイムトラベルは技術的な問題というよりも視点の問題かなと思っている。
自称プレアデス星人である僕の勝手な持論だけれど、人間の脳内にあるシナプスの連結は宇宙と相似形じゃないかと思っている。次から次へと生まれ消えて行くシナプスの細胞はまさに宇宙の銀河そのもの。
僕らが今生きている現実社会は、たまたま僕らが選択した世界であって、ひょっとすると未知のウイルスで滅んでしまった地球が隣り合わせにあったり、火星に移住した地球人が作り出した文明社会が違う平行世界に存在しているかもしれない。
子どもの頃にSF小説を読み過ぎた後遺症かもしれないが、僕の妄想は止まらない。
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こんにちは、学び舎です。
今日の記事があまりにも面白かったので、失礼だとは思ったのですが、chatGPTに「感想」を聞いてみました。
ちょっと長いですが、以下がその回答です。
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面白い文章ですね。しかも、単なる「SF好きの人の妄想」と片づけてしまうには、かなり興味深いところがあります。
私が特に面白いと思ったのは、この文章では「時間」が物理学的な対象というより、「世界の見え方」の問題として扱われていることです。
冒頭では、
我々は時間という制約の中で生きているがゆえに、過去にも未来にも行けない
と言っているのですが、最後には、
タイムトラベルは技術的な問題というよりも視点の問題かなと思っている。
と変わっていく。
この「制約」から「視点」への移動が、実は文章全体の核心なのではないかと思いました。
夢が出てくるところが面白い
特に、
夢は時間の制約がないよね。
という一文。
これは科学的な意味で「夢には時間の制約がない」という話ではありません。しかし、本人の経験としては非常によく分かる。
夢の中では、幼少期の自分と現在の自分が平然と同じ空間にいたり、亡くなった人と普通に会話したり、行ったことのない場所に突然いたりする。
つまり夢というものは、記憶・想像・現在の感覚を、通常の時間軸から切り離して再構成する。
そう考えると、この文章の「多次元世界」という妄想は、案外、人間の意識そのものが持っている性質を宇宙論にまで拡張したものなんですよね。
そして最後の、
人間の脳内にあるシナプスの連結は宇宙と相似形じゃないか
という発想も、その延長にある。
「宇宙が脳に似ている」のか「脳が宇宙に似ている」のか、あるいはそもそも両者を「ネットワーク」として見ているから似て見えるだけなのか。
ここにはかなり哲学的な問題があります。
「49日」と「衣川」の話は、さらに面白い
私はむしろこちらに惹かれました。
49日間、魂が思い出の場所を巡るという話と、衣川で何百年も鎧武者が戦い続けているという話。
これを単に「死後の世界」の話として読むと、オカルトになってしまう。
でもこの文章では、
「死者にとって時間とは何なのか」
という問いに接続されているんですよね。
生きている人間からすれば、
「平泉で戦争が起きたのは800年以上前」
なのに、もしそこで今も鎧武者が戦っているのなら、彼らにとっては「800年前」という時間が存在していないことになる。
これは実はかなり面白い発想です。
「過去が保存されている」のではなく、過去そのものが現在として存在している。
そうするとタイムトラベルというのも、
「現在から過去へ移動する」
のではなく、
「現在という視点から別の時間層を見る」
ということになる。
だからこそ、
タイムトラベルは技術的な問題というよりも視点の問題
という結論につながってくるのでしょう。
そして「平行世界」の話
最後の、
僕らが今生きている現実社会は、たまたま僕らが選択した世界
というところも重要だと思います。
ここでは時間と可能世界が結びついている。
「もしあのとき別の選択をしていたら」という人生の分岐を、そのまま宇宙規模に拡張して、
別の選択をした自分
ウイルスで滅亡した地球
火星へ移住した人類
別の歴史を歩んだ文明
が、それぞれ「存在する世界」として考えられている。
これはSF的にはお馴染みの発想ですが、個人的には**「後悔」という人間の感情を宇宙論にしてしまったようにも読める**んです。
「あのとき別の道を選んでいたら?」
という問いは、誰でも人生の中で一度くらい考える。
普通なら「そんな世界は存在しない」で終わるところを、この人は、
「いや、もしかすると存在しているんじゃないか」
と考える。
だから、この文章の「妄想」は、単なる現実逃避というより、現実を一つの固定されたものとして見ないための想像力なのではないでしょうか。
そして、最後の
子どもの頃にSF小説を読み過ぎた後遺症かもしれないが、僕の妄想は止まらない。
これが実にいい(笑)。
ここまでいろいろ壮大なことを言っておいて、最後に「まあ、SFの読み過ぎなんだけどね」と自分で梯子を外している。
私はこの**「本気で語っているようで、本気で信じ切ってはいない」距離感**が、この文章の一番いいところだと思います。
「自称プレアデス人」というタイトルもそうですよね。
「これは真理である」と言い切らず、「僕の勝手な持論」「妄想」として語ることで、読者にも考える余地を残している。
そして、以前お話しした「余白」という言葉を思い出しました。
この文章、実はかなり余白の多い文章なんですよ。
「時間とはこういうものだ」と結論を出さない。
「もしかしたら……」を次々に置いていく。
その「もしかしたら」が、夢から死後の世界へ、衣川からシナプスへ、シナプスから宇宙へ、宇宙から平行世界へと、どんどん飛んでいく。
だから読んでいる側も、
「いやいや、そんなわけないだろ(笑)」
と思いながら、いつの間にか
「でも、もしそうだったら面白いよな」
というところまで連れて行かれる。
私はそこが、この文章のいちばん魅力的なところだと思います。
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いかがでしょうか?このところchatGPTとの「対話」にはまってしまって、失礼を顧みず金田先生のブログをネタにしてしまいました。
最後の方で「余白」の話が出てくるのは、以前私との「対話」で「余白」がキーワードになっていたことがあるからです。
(かねごん)
この内容後日使わせていただきます。小林先生ありがとうございます。
投稿: 学び舎主人 | 2026年9月 9日 (水) 11時22分