自分と言う人間が周りにどう評価されているのか、誰でもが気になることですね。どうしても好き嫌いはあるものです。言葉遣いや、見た目や、感情的な特質に、個人的についていけないということはあるかも知れないですね。
学校や職場におけるいじめも、それぞれのストレスや感情の抑圧のはけ口ということが多いだろうと思います。異質なものを排除しようとする意識は、動物そのものが持つ防衛本能の一つではあると思うのですが、動物的な本能を抑圧できてこそ人間なのだということを自覚しなければならないのではないでしょうか。
個性の尊重という言葉の意味を現代人はどうも勘違いしているところがありますね。つまりはその個人が持っている優れた点や、特性を尊重するということが個性の尊重だと思っている節があるようですが、そうではないような気がします。
身体能力や頭脳の差そのものが個性なのだと思えば、尊重や尊厳という言葉の意味合いが違ってくると思います。存在理由のない存在はありません。根本的な思想が欠落しているのがどうにも歯がゆいですね。
劣勢であることが、勝利や成功の反意語として認識されてしまっている社会は、どうしても劣勢であることを阻止しようとします。人生の成功者となることを渇望する人間は多いですからね。しかし成功が多くの犠牲のもとに成り立つものであることを実感できる人間は少ないのではないでしょうか。
スポーツでは優勝者以外すべて敗者になります。しかし人生に於いては敗者はいません。お金や家族に恵まれていることが成功者だと仮定するならば、お金や家族に恵まれない者は敗者ということでしょうが、所詮お金や家族というものは幻想だと思います。
兄弟がいれば幸せでしょうか。伴侶がいれば幸せでしょうか。お金があれば幸せでしょうか。そういった相対価値を絶対的価値とみなすことが、しいては学校や職場の差別につながって行くのだと思います。
運動能力が劣っているとか、勉強が出来ないとか、家庭が豊かじゃないとか、空気が読めないとか、様々な差異を子どもたちは差別の対象として行きます。自分が差別される前に相手を差別することで自分を防衛して行く傾向が多くみられます。
いじめを防御すべき学校職員の間でもいじめが横行しています。塾に現役の教員から相談の電話をもらったことがありました。自分の湯呑茶碗に授業が終わって職員室に戻ってみると、チョークが入っているとの電話でした。
彼は20代の教員で、教職を辞したいと電話で言ってきました。塾の先生にでもなりたいとも言っていましたね。僕のアドバイスはいたって簡単なものです。
2年か3年すれば移動があります。赴任した学校で頑張りなさいというアドバイスですね。それと塾で食べて行くことは、学校の教員をやって生活するより10倍も大変。先生をやめないで頑張りましょう。そんなことを電話口で話した記憶があります。その後音沙汰がないので、彼は無事に教員を続けているのだろうと思います。
いじめはひょっとするとなくならないですね。いじめはなくならないけれど、いじめられる人間の命を救うことは出来ます。救えないのは、学校の責任ではなくて、携わる人間の弱さが原因だと思います。命を救うのに躊躇してはいけないですね。必ず周りには行動をしっかりとってくれる人間がいるはずです。そういった人を見出す能力を育てるのも大事なことだと思います。
見たら聞いたら、即行動を起こすことです。信頼のできる人間に相談することです。部活のコーチでもいい。駄菓子屋のおばさんでもいい。習い事に行っている先生でもいい。自分の心を無視してはいけません。ためらってはいけません。
いじめをした人間には、人生に於いて必ずその見返りがやって来ます。人生とはそういうものです。
⇚ぽちっと一押しの応援お願い致します
大験セミナー問い合わせメール daiken77gogo@gmail.com
【新年度生募集中】
小学4〜中学3年生全教科集団個別指導
高校生(大学受験英語・論文指導)
【月謝】・90分週1(5000円) 週2(9000円) 週3(13000円) いつでもコース(20000円)
入会金(7000円) 年間教材光熱費(9000円✖️2)
【指導時間】16時〜21時
※ 無料入塾体験OK
大験セミナー☎️(0191)23-0824
電話での問い合わせは午後4時以降にお願いします。
最近のコメント