神社仏閣に行って祈っても、行かなくても、結果は同じって言われたら神社仏閣なんて行きませんよね。
かつて成功している人は神社に行っているみたいな本を本屋さんで見かけたけれど、成功している人の中には無神論者の方が多いんじゃないだろうか。
弱い人が神仏を頼る傾向があるね。だから僕は神仏に頼っているのだけれど。
僕は少年の頃、神社に行って願掛けをしたことがあって、全く叶わなかったことから、神様も信じなくなったし、神社仏閣に行くこともなくなった。
で、独立して塾を始めた時に、塾として何かパフォーマンスが欲しいなと思い、周りの大手塾を観察していると、受験生を神社仏閣に連れて行って合格祈願なるものをやっていて、これが好評をはくしていた。
うちの塾もやらなきゃと思い、奥州市の駒形神社に高校3年生を連れて行き、盛大に合格祈願をしてもらった。それが生徒やご父兄に好評で、しめしめと思った僕は毎年合格鉛筆なるものものを買ってきて、塾生に渡すというパフォーマンスを始めた。全く持って不純極まりない神社参拝だった。
ところがである。あれは駒形神社に行って合格鉛筆を買うようになって10年ほど経った頃だったろうか。駒形神社に行くたびに、手前の十字路で変な違和感を覚えるようになった。
信号待ちをしていると必ず77のプレート番号の車が信号待ちしているのである。このことは何度かこのブログで書いてきたことだけれど、おそらくこの77との遭遇は、連続して30回ほど続いたのではないだろうか。確率的に言うと天文学的な数字になると思う。
僕が無神論者を脱却し、宇宙人や神様ごとにのめり込むきっかけとなった世に言う駒形神社の77の奇蹟である。
それからはわけのわからない偶然やあり得ない出逢いが雪崩れのごとく僕の身辺で起こって行く。その到達点が岩手六芒星の発見と言ってもいいだろう。
77の奇蹟の後、僕が神社仏閣で願ったことが叶うかどうか分かるようになった。僕は神社に行ってひとりの時は声を出して祝詞を奏上する。人が周りにいる時は変な奴だと思われるので目を閉じて心の中で祝詞を奏上する。
僕が願っていることが成就する時は、目の奥に青い点が現れる。そうまるでプレアデス星団のような青い光がである。一方僕の願いが神様から見てどうでもいいような時は青点は現れない。故に叶わない。

そうすると神社に行って祈願したことのほとんどが神様に却下されることがわかった。僕の場合神社に行くことで願いが叶うのではなくて、願いが叶わないことがわかるんですね。
みなさんどんな願いが叶うかわかりますか。知人や友人の難病や、他人の経済的回復などの願いは届きますね。自分の欲望はほぼ届きません。悪しからず。
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