東日本大震災と新型コロナがなかったら
高校英語で習っていた仮定法表現が4年前から中学英語に降りてきた。もし〜だったらと言う表現。人生の悔いや無常感をあらわす表現でもある。
もし東日本大震災がなかったならば、津波で一万人以上の人が亡くなることはなかった。死ななければ、きっと多くの出逢いと人生のドラマが生まれていただろう。残念だ。道半ばで去って行ってしまった方々の心残りを思うと、斬鬼の雫が落ちてくる。
新型コロナでお店を閉店せざるを得なかった多くの方がいる。僕が大好きだった一関市内及び近郊の温泉場が半分近く廃業した。シック以外のなにものでもない。自分が命をかけて守ってきた商売の終焉は、どれだけ辛かったか。
不意に人生に訪れる悪夢。運命だと諦めるにはあまりにも唐突でそしてやるせない。
真面目に生きて頑張ってきたのにどうしてと、天を仰ぎたくなる時、途方に暮れる。
頑張ってもどうにもならない時、僕らはどうしたらいいのか。学校では教わらない。努力しろ、諦めるなとは言ってくれるけれど、本当に苦しい時は自己解決しか本当はないのかもしれない。
でもね津波も、コロナも自己解決は出来なかったと思う。世の中の流れに身を任せて、どうにかやり過ごした人と、どうにもならなかった人の違いはなんだろうと考える。
したり顔で、日頃の行いだよなんて言うやつがいるけれど、張り倒したくなる。
自己保存本能が強いとかそういうことでもない。人間の生き死には偶然ではない。必ず何某かの原因や要因がある。僕は想像力じゃないかと考えている。最悪の時、想像力が頼りではないかと思っている。
そのためにも過去を学ぶことは大切なことだと思う。目に見えない運命の糸は、時に喜びを、時に絶望をもたらす。僕らは生きて行くために乗り越えて行かなければならない。自分の意志と想像力で。
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