何処まで辿りつけば満足なんだろう
お金の切れ目は縁の切れ目なんて言うけれど、やっぱお金は大事なものだし、お金がないことには生活はなりたたない。
そのお金の話なんだけれど、我々の年齢にとって一番関心があるのは年金だね。僕のようにサラリーマン生活がほとんどなく国民年金オンリーの世代のもらう国民年金の額はすずめの涙。
国民年金の掛け金をさまざまな理由で支払うことが出来なくて、生活保護支援を受給している方々の受給額が、我々のもらう国民年金よりダントツ多いって矛盾しているよね。
生活保護の需給額は、生きて行くためには妥当な金額だと思うよ。問題は国民年金の受給額だよね。生活できないって。このおかしさにみんな気づいているはずなのに、改善の兆しはない。
僕は死ぬまで働かないと、今の生活は維持できない。新型コロナ以降塾生は減り続け、生活は危機的な状況。90歳になるまさに国民年金受給者の大家さんに、塾やめないでねと言われる昨今だけれど、2年前から塾生の減少は止まらず、おまけにこの不況と物価高の影響で月謝を滞納する家庭が増加し、教室の家賃の支払いも困難な状況に追い込まれている。
この危機を乗り越えるのは、休耕している田んぼを復活させお米をつくことかもしれないが、今の僕にその体力もないし、新しく専用の農業機械を買う資金もない。休耕田の草を刈ることでいっぱいいっぱいだ。
あと生徒が10人増えてくれれば、コロナ前の状況に戻ることが出来る。それでも決して楽な状況ではないけれど少なくとも塾の家賃を払うことに於いては心配がなくなる。
生活はどこまで辿りつければ満足なのか、実は僕もわからない。生きて行くだけの生活というわけにもいかない。珈琲だって飲みたいし、酒だって飲みたい。たまには日帰り温泉にも行ってみたい。まあそれが贅沢だと言われれば返す言葉もないけれど、兎にも角にも国民年金受給額を生活保護受給額くらいまでには上げて欲しいね。
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