文献中心の研究者が陥りがちなこと
文学や歴史学の考察と言うものは、文献の探究に寄るところが大きい。つまり、この書物にこう書いてあるのでこうだよね的な提示がなされるわけだ。
一小説家を研究する際に、その生い立ちや生まれ育った環境、そしてその小説家が影響を受けた歴史的出来事や交友関係に言及するのは当然のこととして、意外と見過ごしてしまいがちなのが、小説家が実際に見た風景や肌で感じた風や光を共有するという作業だ。
例えば僕の同世代の売れっ子作家には岐阜健出身者が特化している。池井戸潤・中山七里・真山仁などそうそうたるメンバーが岐阜の出身者だ。
長良川の河岸を吹き抜ける風や、日本アルプスの雄大な山肌が物書きとしての斬新な想念を創造してきたのかもしれない。
同じように明治時代岩手からは天才的詩人たちが排出されている。石川啄木しかり宮澤賢治しかり。
彼らの過ごした郷土に足を運ぶことで彼らの作品の原風景が見えてくる。
一方僕は蝦夷が生きた古代東北・陸奥を探訪してきたけれど、阿弖流為(あてるい)や母礼(もれ)たちが闊歩した山々や、坂上田村麻呂が戦勝を祈願した磐座を巡ることで、民族や宗教を超えた、人間の祈りの本質に少しだけだけれど、触れることが出来た気がする。
星の形、祈りの言葉、そして宇宙を捉えようとする古代人の意識の中に、刹那さと諦観がクロスオーバーして、原始的と言うよりは潜在的な宗教意識が、戦を通じて培われた例外的な時代であったように思う。
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