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2025年6月

2025年6月30日 (月)

さよならは別れの言葉じゃなくて〜♫

来生たかおさんの曲を僕は夏になるとなぜか聴きたくなる。この『夢の途中』

夏には多くの親戚が田舎の実家にやって来る。祖父は5人兄弟、父も5人兄弟なものだから、僕が小さかった頃の我が家はお盆ともなると、まるで民宿のような賑わいだった。

楽しく過ごす時間はあっという間に過ぎて、別れはやって来る。兄弟のいない僕にとって、波のように押し寄せて来て、そして去って行く夏の賑わいの後の静寂は、まるで秋風が吹き始めた海水浴場の砂浜のようだった。

僕が夏祭りも花火大会も好きじゃないのは、終わった後の虚脱感と言うのか、寂寞とした時間が苦手なのかもしれない。

学校がなくなる夏休みは、兄弟のいない僕にとってとても長く感じた。夏休みなんか無ければいいのにと思っていた気がする。牛の世話も畑仕事の手伝いも、小学生の僕には楽しいものじゃなかった。本を借りて来て本ばかり読んでいた。

確か3年生か4年生の時だったと思うけれど、岩手県児童多読賞とか言うやつで新聞に載った気がする。1年間で一番本を借りて読んだ児童に云々というものだった

のんびり本が読めたのもこの時ぐらいまでで、この後父が大変なことになって、それ以来本との別れが高校1年まで続く。

勉強が出来るのも本を読めるのも、落ち着いた安心出来る家庭環境があってこそなのだと言うことを少年だった僕は痛感したね。

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2025年6月29日 (日)

ちょっと休憩

夏バテですかね。文章を打ち込む気力が枯渇しました。

申し訳ございません。


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2025年6月28日 (土)

眠い

最近いくら寝ても眠い。体力がなくなったのか、身体が眠りを必要としているのかとにかく眠い。

午前中高校の授業を4コマ連続でこなした後に、昼飯を食べるのが午後1時頃なのだが、職員室の隣に仮眠室が欲しいほど食後が眠い。

早朝草刈りをしている時でさえ眠くなって来る。

良く眠れなくて睡眠薬を処方してもらう人がいるようだが、僕は寝ろと言われたらいつでもどこでも寝る自信はある。布団に入った途端に僕は寝てしまう。

ただし、毎晩怪しい夢を見る。自称プレアデス星人だけあって、夢のバリエーションは豊富で、1つの夢で1つの小説が書けるんじゃないかと思うほど奇天烈な夢を見る。

睡眠中にずっと夢を見続けるが故に、起きている時に眠いのかもしれない。

どのクラスにも熟睡生徒はいる。昼食後の国語の授業中に寝るのは多々ある光景だけれど、1時間目から熟睡しているのは病気だろうと思う。

当初は注意もしたのだけれど、注意することで僕の授業するエネルギーが奪われるので寝かしている。ただしテストの結果で慌てふめくのは彼女彼らなので、そこは自業自得だ。

寝る子は育つと言うけれど、高校生はもはや成長期は過ぎただろうし、僕のような爺いにいたっては、成長期どころか死向期なわけで、寝れば寝るほど残された時間がもったいないだけなので、なんとか頑張って起きていようと思う(笑)。


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2025年6月27日 (金)

やっぱり夏は夏期講習か


塾経営者にとって3月の高校入試が終わると、4月から6月は生徒が激減する時期で売り上げがなくて大変な季節だ。

震災前のように入試の倍率がそれなりにあった時代は、中総体が終わるとポツポツと中3生が入って来たものだけれど、近年はそのポツポツもない。

そうなって来ると頼りは夏の特別講習ということになるのだが、大手がいわゆるウエブによる無料講習などと言うものを始めたおかげで、地方の個人塾は少ない駒を奪い合って右往左往。

この少ない駒というのが、YouTubeやウエブサイトの授業を観ても何がなんだかさっぱりわからない生徒達のことなわけだが、昨今ははじめから公立高校を諦めて私学に入る生徒たちが増えているので、分からないからと言って塾に通うこともない。残念。

僕の塾も昨年の夏は2名の希望者がいたけれど、この数で夏期講習をやると冷房代さえも捻出出来ない状況となるため、大手の夏期講習を受けてもらった。費用はうちの2倍だったようだけれど、さすがに通常ゼミは高いということで、夏期講習後は僕の塾に戻ってきてくれた。

夏になった。今年も夏期講習のチラシを作って塾に置いている。8月4日から10日までの期間、朝9時から夕方4時までの時間帯で都合に合わせて3時間30分の寺子屋式の個別指導を受けるというもの。

費用はプリントのみの指導は20000円で、夏の夏期教材を必要とする生徒は25000円。定員は学年に関係なく8名。

こんな内容のチラシである。市内大手の半額以下の費用だ。

大手塾も個人塾も、塾生全員合格を謳い文句に掲げるわけだけれど、そもそもほとんどの高校そして私立大学が定員割れしている地方に於いて、落ちようがないのである。

こういった状況の中で塾が存続して行くためには、合格以外の付加価値をもたらす必要がある。飲食店ならば、安い美味い早いなんて言うことになるのだろうけれど、塾の場合はどうだろう。

宇宙人👽がやっている塾!

岩手六芒星パワーが宿る塾!

てなわけにもいかないだろうし、月謝が安いと言っても無料には間違いなく勝てるわけもない。

困った。とりあえず今年の夏は人数が少なくても赤字覚悟でも夏期勉強会はやりますので、よろしくお願いします。


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恋も二度目なら〜♫

僕にとって山口百恵よりも中森明菜のデビューが鮮烈だったね

小説で言えば太宰治を読んでドキッとした感じとでも言えばいいだろうか。山口百恵は光と影的な世界観を漂わせていたね。小説家で言えば井伏鱒二的感覚派。中学生にして悟りを開いているやばさとでも言った感じかな。一方中森明菜は世捨て人的な魅力があったね。

中森明菜は儚さと強靭な感情を合わせ持った巫女的な存在だった。過去形で書いてしまったが、そう言うことで。

僕はジャズを聞くようになった10代後半から、間違っても邦楽のアルバムなって買ったことはなかったけれど、唯一中森明菜の作品だけは買ったね。それだけ異質だった。

彼女のルックスが可愛いいとか、歌が上手いとかじゃないんだよね。デビューした時の彼女はまさに巫女だったよね。それがずっと続いているのが『時代』でデビューした中島みゆき。カリスマ性は圧巻だよね。

世に出る時は歌手でも作家でも、命掛けだよね。もの凄い吸引力と圧倒的なエナジーを発散している。でも売れた後に失速してしまう人が多いのも現実。デビュー時だけで見たら中森明菜の世界観はものすごい吸引力を持っていた。

実は大学4年生の時にヤマハ音楽事務所に会社訪問したことがあった。世の中に埋もれている天才たちをプロデュースする仕事がしたかった。残念ながら当時はすごい学閥があって門前払いされたけれど、ちょっとは夢見たね。

ちなみに僕は、昭和歌謡のヒット作を星々の如く世に出した作詞家阿久悠さんと同じ誕生日なんだよね。そんなこともあって、歌作りに励んだりしたけれども、やっぱり勘違いだったかな(笑)。


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2025年6月26日 (木)

またまた運についての考察

このブログで一番取り上げたきた話題は貧乏話と運についてかもしれない。

お金があるから運がいいのかと言うとそうでもなさそうだ。愛人を作り、家族が離散し、孤独な晩年を迎えたかつての金持ちを僕は随分見てきた。

分相応以上のお金を持ってしまうと、前が見えなくなり、暴走する人が多いのは事実だ。その証拠に数億円の高額宝くじが当たった人の7割は、生活破綻をしてしまうそうだ。ちなみに現役時代億単位のお金を稼いでいたプロ野球選手も、引退後その7割が同じように生活破綻をしている。

酒とギャンブルと異性の3セットで持って、お金を湯水のように使ってしまう人。ある意味幸せではあるかもしれないが、ちょっと切なく憐れではある。

ところで貧困と貧乏は違うらしい。貧困はお金がなくて生活が破綻している状況。貧乏は精神性はなんとか維持し、日々の生活を乗り越えようと頑張っている状態。

お金があっても破綻し、無くても破綻。我々人間は実に面倒くさい存在だと思う。

貧乏や金持ちに関係なく守られている存在でありたいね。そこに運みたいなものがあるんだろうなと思う。

僕は髪も無いし金もないけれど、人生を振り返って見ると運だけは人並みにあったような気がする。それが証拠にずっと貧乏暮らしだったけれど、不幸だと思ったことは一度もない。いや高校に落ちた時ちょっとあったかな(笑)。

やりたいことが見つかると、奇跡的な縁が生まれてきたような気がする。大学に入る時も、結婚する時も、そして塾を開校するときも。近年では岩手六芒星の発見に於いても、その時々に目に見えないものに導かれてような気がする。

人生あとちょっとなので、運だけには見放されないよう、真摯に大胆に、そして謙虚に生きて行きたいと思うかねごん爺いである。


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2025年6月25日 (水)

〜煮詰まる〜ってネガティブな意味じゃないんだよな

高校生の作文添削をしていると、友達と夏休みの計画が煮詰まってゲームに没頭した、なんて言う文章に出会ったりする。

煮詰まると言う表現を、議論などで壁にぶつかって結論が出ないみたいな意味に捉えているわけだけれど、実は全く違う。

煮詰まると言う表現は、議論が進展して結論に達しようとしていると言う意味で、議論が煮詰まって素晴らしい案が出たみたいな使い方をする表現だ。

ひょっとすると日常会話やテレビなどて間違って使われてきたことで、ネガティブな表現として市民権を得つつあるのかもしれない。

言語というものは言わば生き物みたいなもので、時代の流れの中で様々な進化を遂げてきた。例えば否定表現として使われる「絶対」と言う副詞は、絶対行くみたいに、普通に肯定文で使われるようになった。

時代とともに言葉は変遷して行くものなのだろうと思う。

ちなみに「目が点になる」と言う驚きを示す表現は、シンガーソングライターのさだまさしさんが、歌詞の中で用いてメジャーになった表現である。

日々言葉は生まれ、そして変化を遂げて行く。


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2025年6月24日 (火)

まだ6月だと言うのに

真夏のような暑さが、6月の半ばから続いている。夜は窓を開け放して網戸でも暑い。

本来なら7月末から始まる寝苦しい夜が、この時期にしてすでにはじまった。気象観測史上類を見ない岩手の6月の猛暑が続いている。

お米が高騰している中、我が家ではそうめんの需要が急激に伸びている。暑くて食欲が減退する中、そうめんは家計と食欲を助けてくれる。ありがたい。

教室にはエアコンが入っているけれど、身体がだるい。冬から一気に夏になってしまったこの気候には、体がついて行けない感じだ。年齢のせいかもしれない。いやかもしれないではなく、きっとそうだ。

話は180度変わるが、朝ドラなど見向きもしない僕が、NHKの朝ドラ『あんぱん』にはまっている。高校の授業が1限目の時は、家を8時にでないと行けないので観ることはできないが、土曜日の総集編で堪能している。

まさに歳のせいなのか、話が戦争に入ってからは毎回号泣している。作家さんの脚色も素晴らしいが、役者さんたちの演技がこれまた素晴らしい。

いつもNHKに対して批判的な僕なのだが、この『あんぱん』は最高だ。NHKやればできるじゃない。暑い6月を払拭してくれるような展開を期待したいね。


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2025年6月23日 (月)

作者の意図と問題作成者の乖離

ブログを20年間毎日書いてきて思うことだけれど、自分が書いた文章を少ない人数ながらも全く見知らぬが読んでくれているという現実に、不安と言うよりも一種の快感みたいなものを覚えてしまうのは、ブログ病だと思っている。

病気だから20年も続けて書いて来れたのだと思う。

ガキの頃から勉強は大嫌いだったけれど、唯一本を読むことと文章を書くことだけは好きだった。しかし、国語のテストの点数は悪かった。

かっこよく言えば、深読み過ぎて、余計な解答をしていたのかもしれない。作者の意図を読み取れ的な問題は苦手だった。

作家が文章で伝えようとしていることに、いちいち確かなる意図があるのかなと思ったりする。意外と行き当たりばったりの感覚や感性で思いつくまま書いたりしていて、問題作成者が勝ってに後付け的な解釈をしていることってあるのではないだろうか、などと高校で文学国語を受け持っている僕は思うわけである。

ある人が読んで号泣するような一文が、他の人にとってはくだらない駄文に思えることって多々ある。これは音楽でも演劇でもそうだ。でも仕方ないことだと思う。当たり前のことだけれど、みんな生きてきたストーリーが違う。

国語の読解も相手の精神性を理解するのも、相手は自分とは違うんだというその乖離を認めることから出発しなければならないと思う。

ねプーチンさん、トランプさん。


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2025年6月22日 (日)

旧ジャニーズ事務所が残した功罪

SMAPのメンバーに引き続き今度はTOKIOのメンバーの無期限自粛。いずれも旧ジャニーズ事務所に所属してきたスター達だ。

ジャニーズ事務所が旗揚げされたのは1960年代初頭。多くの男性アイドルを輩出してきた。

視聴率至上主義のテレビ界に於いて、ジャニーズ事務所所属のタレントたちは、テレビ局にとってはなくてはならない存在となって行く。

そして民法から国営のテレビ番組まで、ジャニーズのタレントを見ない日はなくなっていった。そしてそこに、権力と傲慢さとお金が渦巻いて行く。

塾でも女子生徒が持つファイルやハンカチそしてグッズにはジャニーズに所属する歌手の顔がプリントされていた。

そのタレントや歌手が売れるかどうかは、本人の実力よりも事務所の力が左右される時代になって行く。テレビへの露出度が多ければ多いほどその存在価値は上がって行く。

女子生徒の会話を聞いていると、あの子ジャニーズ系の顔でカッコいいよね、なんていう男子生徒への評価が聞こえてきた。

ジャニーズ氏の男色志向は昔から有名だった。僕の記憶だと僕が中学生の頃には、そんな話が闊歩していた。

半世紀もの間彼の独裁下に於いて、誰も正面切って断罪できる人もメディアもいなかったことになる。さながらどこぞの国のトップと同じで、戦争をやろうが気に入らない人間を粛清しようが、止められない状況が放置されてきた。

権力を持った人間が勝ち。そんなヒエラルキーを作ってしまったのがテレビ界に於けるジャニーズだったように思う。政治では自民党だ。

権力の長期的な集中は、必ず傲慢とお金とそして非条理が組織に澱んで行く。

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2025年6月21日 (土)

動き始めたマイリボリューション

歌の題名のようなタイトルで失礼します。

昨日今日と、今年度に入って初めて塾への新規問い合わせがありました。中総体地区大会が終わり、高校は中間テストが終わり、ようやく動き始めました。

このまま問い合わせがなかったら、いよいよ店仕舞いの準備かなと思っていましたが、ほっとしています。

35年間ずっと究極の綱渡りで塾を営んできましたが、今年度の危機的状況は塾家業の中でもワースト3に入る状況でした。

僕の塾は立地条件からして、高校生は一関一高の生徒がほとんどです。一高は進学校なので英語にしても論文指導にしても、これでもかと言うほど宿題演習が出され、しごかれます。だから僕が指導すべきことはあまりありません(笑)。

一方私学をはじめ進学高校でない高校から推薦で私立大学に入る子たちの英語力は大変なケースが多々あります。

大学は学科に関係なく英語は必修です。赤点は60点。大学の難易度にもよりますが、英検3級以上の学力がないと単位は取れません。

そういった生徒たちが大学に入ってどうなるか。やめてしまうケースが多いですね。

僕はそう言った生徒たちにこそ英語を教えたいのですが、なかなか入ってきてはくれませんね。

しょうがないですかね。面接と作文で合格できる昨今、せめて必須科目である英語だけでも推薦入試に組み入れていただくと、僕のような塾もちょっとは恩恵に預かることが出来るんですがね・・・

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2025年6月20日 (金)

子どもは親にされたことを子どもにしてしまう

僕は、このタイトルに書いたようなことは稀であって、親にされた嫌なことは子どもにはしないだろうと若い頃思っていた。

ところが親に虐待された子どもは、自分が親になった時にやはり自分の子どもに対して虐待行為に出ることが多いらしい。

普通自分がやられて嫌だったことはしないと言うのが僕の常識だったのだけれど、自分がやられたから子どもにもすると言う行為は、勉強不足の僕には謎だった。

なぜ虐待は連鎖するのか。精神障害のような遺伝的なものなのか、もしくは刷り込みのような行動規範として、そのような行動を体得してしまうのか、かつていろんな文献を読んで考えたことがある。

幼児期に親に与えらる言語行動は、善悪の関係なしに子どもは模倣する。ただそれだけのことだそうだ。僕はすらっとここに書いたけれど、実はこれが子どもの能力や性格形成にも言えることなのだ。

親の言動が子どもの人生を決める。

勉強しない子どもに、なんで勉強しないんだと愚痴りながらくだらないテレビ番組を見て酒を飲んでいる親。

親戚にお金を借りたけれど嘘ばかりついて返さない親。それを見ている子ども。

平気で人から借りたものを返さない生徒。嘘をつく生徒。頭にくるとすぐ暴力を振う生徒。その原因はほぼ親にあります。でも現在の教育現場では口が裂けてもそのことを親には言えません。

学校の教育が悪いからうちの倅がこうなったんだろうが、と言われるのが火を見るより明らかです。

僕らの仕事は家庭に介入できません。金八先生のようなストーリーはあり得ません。余談ですが、学園もののドラマがヒットした年は学校が荒れるそうです。ドラマの中の先生像がひとり歩きし、学校の先生がしょうもない普通のおっさんやおばさんに見えるからです。

しょうもない普通のおっさんやおばさんでいることが大変な世の中なんですがね。

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ありきたりの言い訳

なんで勉強しないの?

つまんないから。

なんで働かないの?

自分に合った仕事がないから。

なんで結婚しないの?

めんどうくさいから。

僕は批判すべくこの記事を書いているわけではない。こう言う若者が増えていると言う現実を述べているだけだ。

基本的にどう生きるかは各人の自由だと思う。だからやりたくないことはやらないと言う主義は存在する。僕は臆病だし世間体を気にする人間なので、やりたくなくても、周りの空気感次第ではやってしまう。そして疲労する。

自分が我慢すればいいことなら、我慢してしてしまう。小さい頃からそうだった。したがって自由奔放な人間を見るとすごいなと思う。

ありきたりなことだけれど、自分のためと言うよりは、誰かのために僕は生きてきた。家族のため子どものため、そして僕を必要としている人のために。

誰も僕を必要としなくなった時に、僕はさっさと地上から去るつもりだ。

勉強するのも働くのも結婚するのも自分のためだけだと思うと、確かにかったるいし、めんどうだし、どうでもいいやと思うかもしれない。

朝食の準備だってそうだ。自分だけならパンだけかじって済ましたいところだけれど、家族がいるからサラダを準備し、焙煎した珈琲を丁寧に淹れる。

誰かのために僕らは生かされている気がする。


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2025年6月19日 (木)

終わりのないルーティン

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田んぼをやめて9年になる。母が倒れて介護が必要になったのと同時にやめた。故に農家でありながらお米は生協から買って食べている。

休耕田と作付けをやめた畑、そして農道の面積を合わせると甲子園球場ほどの面積になる。それを年に3回刈る。終わりのないルーティンだ。

米の値段が急騰して、農家にお米を作らせたいのだろう。休耕田の補助金 が今年からほぼ出なくなった。作れということらしいが、草刈り機械以外全て処分した我が家では、稲作は不可能だ。

近隣の農家に貸していた田んぼも返された。農作地が増えて手がまわらないらしい。ただでもいいので使用して欲しいのだけれど、高齢者の限界集落に於いては、田んぼをやめたい人ばかりで、やりたい人はいない。

仮に僕がかつてのように本格的な作付けを始めて、全ての休耕田を復活して米作りを自力で始めるとすると、コンバイン・トラクター・田植え機械・育苗用ハウスなど、軽く2000万円を超える。やれるわけがない。納屋のDIYリフォームに20万円を費やしたが、それくらいが僕の限界だ。

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本日なんとか今年度1回目の草刈り作業を終了した。ほっとばかりしてはいられない。最初に刈った休耕田の草が連日の暑さで伸びている。

いつまでこんなことをやっていくんだろうね。休耕田を原野に登記して森にに帰したいのだけれど、固定資産税が上がる。うまく国に嵌められいる感じだ。


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2025年6月18日 (水)

アレルギーのオンパレード

この季節に入ってようやく花粉のアレルギーが沈静化した。2月から4ヶ月間長い花粉との戦いだった。

僕は牛乳が飲めないし、ヨーグルトもダメ。すぐにお腹を下してしまう。りんごもダメ。口内炎になってしまう。

アレルギーのオンパレードだ。お酒は大丈夫と言いたいところだが、発泡酒もお腹の調子が悪くなる。

珈琲が大好きで飲むのだけれど、新鮮な豆を挽いて飲むのはOK。でもインスタント珈琲は口内炎になってダメ。

四半世紀風邪をひいて仕事を休んだことがない僕だが、アレルギーではさんざん苦しめられてきた。身体が過剰反応するが故にウイルス防御ができたのかもしれないけれど、やっぱり自称プレアデス星人の僕は、地球環境に慣れていない。

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野薔薇のように刈られても刈られても、毎年成長し花を咲かせるタフさが羨ましい。


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2025年6月17日 (火)

塾教師は短命?

親しかった塾教師が若くして天国へ行ってしまった。僕と同い年のT先生は26歳の時に、そして東京の塾時代からの友人のA先生は48歳で。

孤独好きで友人が多くない僕にとって、この確率は悲しいほどに高すぎる。

昼夜逆転する夜型の生活に付け加え、食事を取る時間の不規則性が健康に良くないのか、それとも毎年繰り広げられる受験指導の精神的消耗なのかは定かではないが、塾教師は短命とかつては言われた。

現在は教材の作成にしても、受験問題の解析にしてもパソコンやAIが活躍してくれる。昔ほど過酷な仕事ではなくなったのかもしれない。

僕などは地方の少子化と低倍率の影響で暇ができて困っている。一番忙しいのは夏の草刈り作業と冬の薪割り作業である。ただしお金のないストレスはマックスだ(笑)。

笑いと書いたけれど、本当は笑いどころではない。困ったものだ。

お金はないと言えども、住む家はあるし、とりあえず毎日三度の飯は食べることが出来ている。贅沢が言える立場ではない。

塾教師は短命というかつての都市伝説を思い出し、死なないうちに年金をもらうことにした。やっぱり70歳までは待てないね。


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2025年6月16日 (月)

それぞれの結婚観

結婚相手に望むことはなんでしょうか。一緒に年老いて行く夫婦の行き着くところは助け合いでしょうか。

結婚をするということは、お互いが運命を委ねるってことだと思うんですよね。いわゆる運命共同体。

これは経済的にもですし、世間に対する家族のスタンスもそうでしょうね。どこまで妥協するか。どこから臨戦体制に入るか、決断と価値観を含めて夫婦は運命共同体ですね。

そのことが面倒くさいとか、束縛と感じる人は結婚は向かないのでしょうね。

結婚してこんなはずじゃなかったというのは、共同責任だと思うのだけれど、それをお互いになじりあう状況に離婚が増加したのだと思います。

結婚生活が破綻するのは愛が冷めたのではなくて、共同責任という意識が初めから存在しないからだと思います。

自由でいたいと言うことと、結婚が面倒だという意識がリンクすれば、ますます若者たちは結婚という選択から遠ざかって行きますね。

孤独死をしようが野垂れ死にしようが、ひとりがいいと言う人はいます。自分の人生の失敗で伴侶や家族に迷惑をかけたくないという意見も耳にします。

僕らは生まれて来たからには、めちゃくちゃ迷惑をかけて生きてきたわけですよ。計り知れないほど。ついでなので、お互い迷惑かけ合いながら結婚生活を遂行するのもいんじゃないでしょうか。

結婚から学ぶことは多くあります。愛だけじゃないですもんね。時に憎しみだったり、やるせなさだったり、相手はそもそも他人だったわけですから、感情の行き違いなんてしょっちゅうです。

結婚とは愛を通じて忍耐を学ぶ行為だと僕は思っています。みなさんはどうでしょうか。


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2025年6月15日 (日)

一足早い父の日のプレゼント

先週2日間で、高校の中間テストの7クラス245枚の答案用紙と格闘。英語コミュニュケーション・英語論理表現・国語表現・論理国語の丸付けを終えて、くたくた状態。

その夜次男から、ちょっと早いけれど父の日のプレゼントと、ウイスキーとジンの美味しいお酒と整体やさんのチケットをもらった。こんな嬉しいことはない。

塾でのテスト対策やら、高校の答案用紙の採点やらでギブアップ状況の僕は、本日はさすがに草刈り作業をする気力もなく、ぼーとしておりましたら、息子に日帰り温泉に連れていってもらった。

息子も夜勤続きなどが続いて疲れているだろうに、僕を労ってくれる優しさに家族のありがたみを感じる1日でした。

また明日から頑張れそうです。


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定番の夢

先週、市内のスーパーの駐車場で友人に会った。正解に言うとすれ違った。

はじめ似た人もいるもんだと思った。腰が曲がり、頭は真っ白。顔の皺を見る限り70代後半の老人の姿だ。まさかなと思ったけれど・・・

小学校時代一緒に遊んだ仲ので、見間違えることはない。まさに65歳の友人だった。

専業農家をずっとやってきた彼は、見るからに身体が疲弊していた。

僕も頭頂が薄くなり髭は真っ白。人のことは言えたもんじゃないけれど、それにしてもである。変身した姿にびっくりした。

過酷な肉体労働は身体にそのダメージを鮮烈に刻印する。一方頭脳労働者の肉体も、枯れ枝のごとく摩耗して行く。

身体を若々しく保つ秘訣はきっと適度の運動とストレスレスの仕事だろうと思う。しかし現代では叶わぬ夢か。

ところで近年僕はお金のストレスだったり、仕事の多忙さが続くと見る定番の夢がある。大学で現代文学を取っているのだけれど、いつも行く教室が分からなくなって、このままだと単位が取れないなと焦る夢。

そんな時は体調も思わしくないのだけれど、夢を警告と受けとめて、食事等に気をつけ、早く寝るようにはするけれども、僕も歳なのでいつかは力尽きる時が来るのだろうと思う。

日本人の寿命は確かに伸びてきたけれど、幸せ寿命であることを心から願いたい。自分も含めて。


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2025年6月14日 (土)

プロボクサー ファイヤー金田

先日、少年時代いじめられたがゆえに肉体改造をした話を書いたところ、このブログを読んだ塾生がかなり興味を持ったようで、いろいろ話を振ってきた。

かねごん先生はヤンキーだったのですかという質問をよくいただくのだけれど、僕は決してヤンキーなどではなかった(笑)。

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確かに爺いになってもこの雰囲気は、若い頃のヤバさを彷彿とさせるかもしれないが、至って健全な少年であり青年であった。

俗に言うガンつけもしなかったし、こちらから喧嘩をふっかけることも一度もなかった。ただからんできた輩に対して、防御しただけである。ちょっと過ぎた防御はあったかもしれないが(笑)。

ところで我が家の家系をながめて見ると、いましたね格闘家が。プロボクサー ファイヤー金田。本名金田隆。僕のおじいちゃんの弟の息子です。

ライト級でしたが、現役時代タイトルは取れませんでしたね。引退後国際ジムでトレーナーになったのですが、世界チャンピオンを育てましたね。確か名前はレパード王熊だったかな。

隆さんは僕と5歳ほどしか歳が離れていなかったので、子どもの頃は父親の実家である我が家に来ると、よく遊んでもらいました。

それにしてもボクサーは減量が大変なようですね。一気に5キロくらい落としたりしますからね。

僕はよく飲みよく食べることが好きなので減量は無理ですね。医者からも行くたびに5キロ落としなさいと言われるのですが、やっぱ厳しいです。

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2025年6月13日 (金)

さらば八幡書店の爺い

高校時代、高校の近くの八幡町に古本屋があった。5坪ほどの小さな古本屋で、店主は50代半ばの爺いだった(当時は爺いに見えた)。

本業は金貸しの仕事だったようで、古本屋は趣味のような感じでやっていたように思う。100円コーナーが充実していて、大げさに言えば、高校時代の僕の知の源泉は、この古本屋の100円コーナーの文庫本が全てだった。

放課後、古本屋に立ち寄ると、かなりの確率で爺いは似たような爺いを集めてマージャンをしていた。

またある時は、お金を借りにきたおばさんに、返す当てが無いのに借りに来るんじゃね〜よと怒っていた。

この八幡町の古本屋は、僕が大学を終えて、東京で塾講師をしている間に爺さまが亡くなったようで、閉店していた。

マルクスの資本論もドストエフスキーも太宰治もこの古本屋で出逢った。もちろんエロ本も(笑)。

ジャズ喫茶のマスターには憧れたけれど、残念ながら古本屋の店主にはなりたいとは思わなかった。あのマージャン疲れと酒焼けをした不健康な爺いの影響であることは間違いない。

そう言えば、独立して塾を始めて35年になるけれど、その間一度もマージャンやってないな。独身の頃は暇さえあれば卓を囲んでいたのにね。


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2025年6月12日 (木)

50万年前の記憶

【プレアデス星人の告白】

実は日々プレアデス星人などとおちゃらけている僕だが、ある記憶がある。白日夢と言ってもいい(笑)。

地球がずっとずっと昔のころ、ミッションで宇宙船に乗っていた僕は、地球の砂漠地帯に不時着した。宇宙船を地球の大気圏に突入させるときにちょっとしたミスでスライド不時着。困り果てていたところに現れたのがネアンデルタール人。

この映像は物心がついた頃から僕の意識に現れる。数年前ひょんなことから、オーストラリアの原住民の星の神話という本を読んでいたら、昔々プレアデスからやってきた神々が、オーストラリアの海岸に不時着し、我々の祖先を作ったという物語に遭遇した。マジか・・・・

これ初めての告白なんだけれど、きっと小さい頃読んだSF小説の記憶がすり替わったんだろうなと思っていますね。それにしてもリアルな映像なんですよね。これをテーマにSF小説でも書くか。(笑)

・・・という記事をFacebookで書いたとたんに、僕が過去に提唱した岩手六芒星説が世の中に闊歩しだし、取材攻撃という日々になった。そして新聞の評論執筆やら今回の岩手朝日テレビさんの六芒星特集となったのだが、ふと思い出すのが今年の塩釜神社のおみくじ。「あなたの人生は夜明け前』・・・まだ僕の人生は夜が明けてなかったのかと絶句(笑)

という記事に対して以下のようなコメントを頂きました。

(イギリス在住のAさん)

かねごんさん 先日、モルドバ人女性へヒーリングしていたら、彼女の過去生が出てきまして、太古の昔、エイリアンとしてオーストラリアに渡り、原住民を指導をする為にチームを組んで遺伝子操作なども行っていたそうです。エアーズロックに住みながら、テレパシーで住民と交流し、シャーマンという立場が皆に受け入れられたのでそのように振舞って数百年過ごした後に、人々の波動がどんどん落ちてしまい、テレパシーが通じなくなった為に、彼らは慌てて女性やこどもをいけにえに捧げるようになったのだそうです。それをやめさせたかったけど、コミュニケーションが成り立たなくなってしまったのでやむをえず地球を離れたのだそうです。かねごんさんもそのチームにいましたか?(笑)

(地元のBさん)

へぇ、有りかも。現地いくと記憶甦るかも。地球になにしに来たのか。ずいぶん長居してますね。

(宮城 Sさん)

書いてくださいよぉ~。楽しみだぁ❗子供向けでも、壮大な展開を大人向けにでも。

(関東在住 Fさん)

わたしの場合は、超能力とかでは無いですが、なぜか、二十歳から二十二才で長男と結婚し、東北地方に住むだろう…と漠然と思ってました。

とある朝、神のお告げみたいに「あなたは海の近くに住むよ〜」と言われ、全てその通りになりました。

あの思い込み?は何だったのでしょう?

しかし、離婚までは予知出来なかった‼️😆


(市内 Mさん)

私は 未確認飛行物体に連れ去られた記憶があります

👽僕の友達もやっぱり宇宙人だ。笑


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文献中心の研究者が陥りがちなこと

文学や歴史学の考察と言うものは、文献の探究に寄るところが大きい。つまり、この書物にこう書いてあるのでこうだよね的な提示がなされるわけだ。

一小説家を研究する際に、その生い立ちや生まれ育った環境、そしてその小説家が影響を受けた歴史的出来事や交友関係に言及するのは当然のこととして、意外と見過ごしてしまいがちなのが、小説家が実際に見た風景や肌で感じた風や光を共有するという作業だ。

例えば僕の同世代の売れっ子作家には岐阜健出身者が特化している。池井戸潤・中山七里・真山仁などそうそうたるメンバーが岐阜の出身者だ。

長良川の河岸を吹き抜ける風や、日本アルプスの雄大な山肌が物書きとしての斬新な想念を創造してきたのかもしれない。

同じように明治時代岩手からは天才的詩人たちが排出されている。石川啄木しかり宮澤賢治しかり。

彼らの過ごした郷土に足を運ぶことで彼らの作品の原風景が見えてくる。

一方僕は蝦夷が生きた古代東北・陸奥を探訪してきたけれど、阿弖流為(あてるい)や母礼(もれ)たちが闊歩した山々や、坂上田村麻呂が戦勝を祈願した磐座を巡ることで、民族や宗教を超えた、人間の祈りの本質に少しだけだけれど、触れることが出来た気がする。

星の形、祈りの言葉、そして宇宙を捉えようとする古代人の意識の中に、刹那さと諦観がクロスオーバーして、原始的と言うよりは潜在的な宗教意識が、戦を通じて培われた例外的な時代であったように思う。


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2025年6月11日 (水)

岩手六芒星の妄想は続く

延暦7年12月7日(789年1月7日)、長岡京の内裏で桓武天皇から節刀を授けられた征東大将軍・紀古佐美が激励を受けて陸奥へ進発した。阿弖流為率いる蝦夷軍と戦ったが、敗戦。その時の副大将が安倍猿島墨縄(あべのさしますみなわ)という人物。

実はこの安倍氏の末裔が東北の安倍氏ではないかと勝手に妄想を膨らませているかねごんである。阿弖流為軍に負けたことで、打ち首寸前だった安倍猿島墨縄だが、なんとか命は救われたらしい。そのうっぷんはかなりのものだったろうと思う。関東の出のようだが、蝦夷との戦で、岩手の土地勘を得た安倍一族が、東北の派遣を狙ったと考えるのはあながちまったくの夢物語ではないのではないだろうか。

紀古佐美のあとを受け継いだのが、征夷大将軍坂上田村麻呂。阿弖流為ともれは田村麻呂に降伏し京都へ。802年そこで阿弖流為は命を落とした。阿弖流為という求心力を失った蝦夷に、歴史上突然あらわれる安倍氏。

実は,磐井の六芒星を妄想し藤原清衡の血脈を遡って行った時に、安倍貞任、宗任らの安倍氏と京都陰陽師の安倍氏のルーツが僕の頭の中でリンクした。その瞬間に神社オタク歴四半世紀の僕の直感が、何かを捕まえた(笑い)。

義経が来たであろう迫街道を守護する萩荘の三島神社。奥州街道を守護する鬼死骸村の鹿島神社。そして北上川を北上してくる敵を防御する狐禅寺の滝神社。北上高地を守護する舞草神社。奥羽山脈を越え骨寺村からくる敵を防御する達谷の巖谷西光寺。そして中尊寺を北限に据えたこの六芒星が誰によって画策されたかは、僕にもわからない。

1200年の時を経て、阿弖流為の時代のロマンが僕に降り注ぐ・・・

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単なる妄想、単なる勘違いだった

振り返ってみるに、若い頃は働いて給料をもらって、次の給料までにお金がなくなってもあまり気にしなかった。そんなもんだと思って生きていた。財布の中にお金がないのに慣れていた。

結婚して子どもが生まれても、稼いだお金はいつもきれいさっぱり消えて行った。それでもやっぱりそんなもんだと思って生活していた。

お金がなくなったら使わない。借金をしない生活だけを心がけてきた。

歳を取ってきたら老後というものが気になり出した。でも残念ながら老後の蓄えはない。

やっぱりあれば使うし、なければ使わない生活が続いている。年金だけの生活になったら車は維持出来ないし、ひょっとすると固定資産税も払えない。

オーマイゴッド!

30代の頃は、60も過ぎたら引退して年金暮らしで余生を楽しもうなどと考えていたのだけれど、単なる妄想、単なる勘違いだった。

働いても働いても老後はやってこない。この日本の仕組みが悪いのか、単に自分が馬鹿なのか、じっと手を見るの日々である。


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2025年6月10日 (火)

戦争はなぜなくならないのか

以前SNSで何故戦争がなくならないのかという記事を書いたら、同業者の塾の先生にこてんこてんになじられた。戦争も貧困もずうっとあって、論じてなんになる。止められないんだよということらしい。

戦争は止められない。自国にないものを手に入れる最高のアクションだから。人間の命なんてそのためには犠牲になって当然。これって誰の思惑?

支配者?権力者?そういうことだよね。

今も戦争が続いて終わらないのは、支配者がいるから?じゃ支配者を排除すればいいじゃないのと思うわけだけれど、その支配者とねんごろになっている武器製造業者がいるのよね。

戦争によって手取り早くお金を儲けて巨額の富を手に入れているものがね。そういう輩が戦争を煽ってアレンジして行く。

戦闘機やミサイルを作るお金で、発展途上国の餓死者はいなくなる。でもその方向性では儲からないので、真剣な支援はしない。

人類のそれが限界なのかな。結局お金で動かされる衝動には勝てないのかなと思う。

人間はそう言う意味では動物的本能から脱却出来ない存在なんだろうね。

お金が欲しいから殺してお金を奪う。短絡的な犯罪が頻繁に起こる。隣国が潤っているので侵略して奪い取る。宗教やイディオロギーが邪魔なのでミサイルを打ち込む。

どう考えてもおかしいけれど、それが戦争だ。自分の狂気が正義だと信じる支配者たち。イカれているけれど、誰も止められない。お金が陰で絡むからね。戦争は人間の弱さの代弁者だとは言いたくないけれど、人間の命の尊さを微塵も感じられない権力者たちは最悪の悪魔だね。


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2025年6月 9日 (月)

何処まで辿りつけば満足なんだろう

お金の切れ目は縁の切れ目なんて言うけれど、やっぱお金は大事なものだし、お金がないことには生活はなりたたない。

そのお金の話なんだけれど、我々の年齢にとって一番関心があるのは年金だね。僕のようにサラリーマン生活がほとんどなく国民年金オンリーの世代のもらう国民年金の額はすずめの涙。

国民年金の掛け金をさまざまな理由で支払うことが出来なくて、生活保護支援を受給している方々の受給額が、我々のもらう国民年金よりダントツ多いって矛盾しているよね。

生活保護の需給額は、生きて行くためには妥当な金額だと思うよ。問題は国民年金の受給額だよね。生活できないって。このおかしさにみんな気づいているはずなのに、改善の兆しはない。

僕は死ぬまで働かないと、今の生活は維持できない。新型コロナ以降塾生は減り続け、生活は危機的な状況。90歳になるまさに国民年金受給者の大家さんに、塾やめないでねと言われる昨今だけれど、2年前から塾生の減少は止まらず、おまけにこの不況と物価高の影響で月謝を滞納する家庭が増加し、教室の家賃の支払いも困難な状況に追い込まれている。

この危機を乗り越えるのは、休耕している田んぼを復活させお米をつくことかもしれないが、今の僕にその体力もないし、新しく専用の農業機械を買う資金もない。休耕田の草を刈ることでいっぱいいっぱいだ。

あと生徒が10人増えてくれれば、コロナ前の状況に戻ることが出来る。それでも決して楽な状況ではないけれど少なくとも塾の家賃を払うことに於いては心配がなくなる。

生活はどこまで辿りつければ満足なのか、実は僕もわからない。生きて行くだけの生活というわけにもいかない。珈琲だって飲みたいし、酒だって飲みたい。たまには日帰り温泉にも行ってみたい。まあそれが贅沢だと言われれば返す言葉もないけれど、兎にも角にも国民年金受給額を生活保護受給額くらいまでには上げて欲しいね。


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2025年6月 8日 (日)

本音を言う勇気

自分の身を守るためには、本音を言っちゃダメだと思っている方が多い。特に公務員の方や俗に言う一流企業に勤めている方々。

上からの指示や命令に「おかしんじゃないですか!」と反発するには、それ相当の覚悟が必要だ。同僚との酒の席では愚痴って言えても、面と向かっては言えず、ほぞを噛む。

この本音を言わない習慣が身につくとやばい。自覚症状がないまま身体が蝕まれて行く。

時々部活や教育上の仕事で学校のトップの方々と話すことがあるのだ、まるで脚本を棒読みしているようなあたりさわりのない話を続ける方がいて、失礼だけれど何も伝わってこない人がいる。

部外者の僕にだからそんな話なんだろうなと思いたいのだけれど、通常の教育現場で、自己の主張を形骸化した当たり障りのないトークばかりしていたら現場はきついと思うね。

部下からしたら何を考えているのか分からなくて不安だし、アクションが起こしづらい。

政治家もそうだけれど、保身という思考状態が足枷になると、自由度が消えて発展的思考が出現しない。

本音は必要だよ。心の扉を開かないとね。


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2025年6月 7日 (土)

塾教師でいることで叶った夢

故郷を出て都会で成功する人。都会のビルの谷間で光を見ることなく人生を終わる人。

故郷で家族を作り大地に根を下ろして生きている人。故郷に愚痴りながら孤独の人生を終えて行く人。

何もない人生に於いても、試練の連続の日々の人生に於いても、留まることも飛翔することもそれぞれの自由ではあるが、その決断の先にある未来を掌握出来ないもどかしさは誰にでもある。

多くの友人たちや親戚、そして家族との永遠の別れをしてきた。「幸せだったよね」と問いかけてみる。もちろん答えは返ってこないけれど、きっと幸せだったと思う。

不満や後悔があったかもしれないが、人生は価値あるものだったはず。

愛する人がいたという事実。愛されていたいう事実があったからこそ、僕らは存在してきたはずだ。

朝起きて家族と交わす「おはよう」のあいさつ。飲む一杯の珈琲。これを幸せと言わずして、何を幸せと言うだろう。

僕は年金をもらう年齢になった。父の生きた年齢より10年長く生きてきた。しかしリタイヤすることは出来ない。塾もそうだし高校等の講師もそうだ。今の暮らしを維持するために、僕は働き続ける。

正直人生に悔いはない。好きな音楽をやってきた。好きな文章書きもやってきた。好きな神社探訪も、岩手六芒星という形で実を結んだ。

ジャズ喫茶のマスターという夢は叶えられなかったけれど、DIYした納屋で夜な夜なジャズを聴いている。

塾教師になることは夢ではなかったけれど、塾教師でいることで、他の夢が多く叶った。感謝しかない。


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2025年6月 6日 (金)

感謝に救われた

今の生活を変えたいとか、生きざまを変えたいとか、マンネリ化した生活から脱却したいと思っている人は多い。

しかし多くの人達が、願望ではなくて愚痴で終わってしまっていることが多いのではないだろうか。

金持ちにならなくても、整形をしなくても自分を変えられる。

自分がわくわくすることをやればいい。自分がやりたいこと、自分が楽しみたいことを頑張ればいい。100%結果はついてくるんじゃないかな。

自分が本気で楽しめることは、人も楽しいことだ。自分が虚しさを感じるのは、楽しさではなく快楽だからだ。そういう意味では、自分がやっているアクションの判断は簡単だ。

占いに頼らなくても、手相を見てもらわなくても、自分の意識と正直に向き合えば判ることだ。

競馬ですっからかんになった時の虚しさや、パチンコで1万円負けた時の悔しさは、人生の糧になるだろうか。それですっぱりと決別できれば、大きな糧となるだろうけれど、リベンジに燃えて人は墓穴を掘っていく。

酒や煙草で体調を壊した人も同じだ。何度もダメージを受けて気付けないのは、愚かだからではない。なにかに動かされているのだ。

世の中に悪い人はいない。魔が差すのは、魔が入り込む隙があるからだ。その隙は偶然生まれはしない。感謝がないからだ。

感謝は運命を切り開く最大の妙薬であり、言わば見えない敵や魔物を撃退する最大の武器だ。僕はそう思うな。

感謝の念を抱き、わくわくすることをしている人には、叶わない。敵対心があるところに敵は現れる。勝負を挑む人に、ライバルは登場する。それだけのことだ。

僕はいつも 『お金もない、髪もない』という自虐的ギャグを連発しているけれど、運だけは持っていると自負している。万事休すと思える時に必ず救いの手がやって来る。人生で何度も何度も救われた。

一体誰に?感謝という神にである。神はひょっとするといないかも知れないが、でも感謝という波動は人を守り、そして生き甲斐を与えてくれる。必ず。


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2025年6月 5日 (木)

ウルトラマンから学んだこと

僕が子どもの頃好きだったのはウルトラマン。テレビにかじりついて観ていた。

実は後の僕の人生に於ける嗜好性を良い意味でもそうなじゃない意味でも育んでくれたのがウルトラマンだった。

ウルトラマンのテーマ曲、君にも見え〜る♫ウルトラの星♪

このリズムは今思えば完全にジャズ。僕のジャズ好きは間違いなく、ウルトラマンの主題歌に由来しているようだ。

それと・・・ウルトラマンは地球侵略にやって来る敵とは必死に戦うけれど、ウルトラマンが他の星にやっつけに行くことはない。これも僕の少年時代に多大な影響を与えたような気がする。

話せば長くなるけれど、小学校時代僕は結構イジメにあった。上級生や後輩や一部の先生からも。なぜか同級生からはいじめられたことはなかったけれどね。

小学6年の春から僕は対策としてバリバリ身体を鍛え始めた。毎日3キロのランニング。家での腹筋。そして父が不在だったので、重い農業機械を自分で動かしていた。

中学に上がる頃には、握力は50を越え、腹の腹筋は割れ、脚力はバリバリ。身体改造のおかげで、小学校の頃の僕のイメージで僕に絡んでくる輩たちをボコボコにした(笑)。

ウルトラマン同様こっちから仕掛けることはなかったけれど、やって来るものには容赦なかった。

これで柔道部とかサッカー部などに入ればよかったにだが、入ったのは卓球部(笑)。しかしイジメ対策で鍛えた身体のおかげで、中2にして東北大会にも出させてもらったし、多くの栄冠を勝ち取ることができた。勉強はさっぱりだったけれどね。

それと小学校で筋肉質の身体を作ってしまったが故に、小学6年生から身長は全く伸びなかった。小学校を卒業する時は身長168センチで後ろから2番目。高校を卒業する時は同じく168センチで前から2番目。残念。

妻から、あなたみんなから恐れられているようだけれど、若い頃何かした?と尋ねられた。

あえてノーコメントを貫き通すかねごん爺いであった(笑)。

ちなみにYouTubeで、かねごん『僕の夢』で検索すると、僕が作詞作曲したウルトラマンへの憧れの歌が流れてきます。よろしかったら聴いてみてください。


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2025年6月 4日 (水)

不登校が当たり前になった時代で必要なこと

不登校という言葉が教育の場で正式に使われるようになったのは平成10年・1998年頃かららしい。

当時は学年で、2、3人が学校に通えない生徒児童が居て問題になっていたわけだけれど、それが現在では10倍くらいになっている。

言葉は悪いが、不登校がメジャーな現象として教育現場で受け入れられてしまっている。かつてのように担任の先生が頻繁に家庭訪問をすることは無くなった。この状況で家庭訪問をしていたら学校での業務ができない。

学校に来ない生徒たちの学習状況を把握することは必要だと思う。通信添削やYouTube等で勉強している生徒は良しとして、低学力のまま放置されているケースは問題ありだ。

彼らは将来引きこもりの社会人になってしまう。働くことが人生の目標だとは言い切れないが、個人の人生が不発に終わる状況は残念な気がする。

仮にその子の本質が(魂と言ってもいいかもしれないが)引きこもりの人生を経験することを意図していたとしてもである。

人は誰かのために存在する。そして誰かがあなたのために存在する。

人間の本質を若い世代にレクチャーする場が不可欠だ。


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2025年6月 3日 (火)

人は死ぬけどさ

あたり前のことだけれど、人は必ず死ぬ。紛れもない事実だ。そして僕もそんな遠くない将来死ぬ。

生きている時のいろんな苦しみから解放される。税金をどうやって払おうとか、草刈りをしなければとか、死ねばきれいにおさらば出来る。そうラッキーかもしれない。

来世があるらしいけれど、1000年くらい生まれ変わりたくないね。あっちの世界でしばらく休みたいね。

小さい頃から働き過ぎた(笑)。この年になっても朝から夜中まで働く生活なんて、かなり予定外だった。イジメかよと言いたい。誰に?うーんわかんない。

今回の僕の人生の目的は、やっぱり子どもたちへの教育なのかな。ここ18年間だけでも塾の他に私立高校や短大など1年間平均200人ほどの生徒たちと携わってきた。故に過去20年間で4000人弱の数になる。

40年間で7000人ほどの生徒に対して教科指導を行なってきた。正直クラクラしてくる。

僕で良かったのか?と言う疑問がないでもない。死んであっちの世界に行ったら人生を振り返り、反省をさせられるらしいけれど、どうだろう。ベストじゃなかったかもしれないけれど、手を抜いてきたわけでもないし、閻魔様に怒られない程度で見逃してもらいたいもんだね。


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2025年6月 2日 (月)

がおった(訳すと疲れた)

昨日は早朝5時半から草刈り奉仕作業。その後自分ちの田んぼに行く農道の草刈り作業。夕方になって自宅周辺の草刈り作業。

早い話が昨日はずっと草刈り作業。ちなみに土曜日は高校の中間テストの作成を遅くまでやっていて、その疲労が今日月曜曜日にマックスで現れて、しんそこがおりました。

おまけに昨日は冬の寒さ。今日は25度まで気温が上がるまさに劇的アップダウン。年寄りはこたえます。

身体は悲鳴をあげていますが、物価高のおり懐も悲鳴をあげているので、休んでもいられず、頑張っております。はい。

ところで講師で行っている高校の男子バレー部は岩手県大会で優勝してインターハイ出場を勝ち取りました。草刈りが忙しく応援には行けませんでしたが、優勝できて良かったですね。

大会は島根県だそうです。出雲大社にお参りしてくるなら、金運爆上がりのお守りが欲しいね。

あそこは縁結びのエキスパートとか。残念。^_^


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2025年6月 1日 (日)

限界集落で生きる

田んぼと山に囲まれた山里の我が家は、今日は多くの親子さんたちがやってきて、夏の作品展示会へ向けて作品制作に励んでいる。シュタイナー教育をベースにしたアトリエ教室『風と虹』は、かつては大験セミナーの自習室を使って妻が開催していたけれど、現在は自然豊かな我が家を解放して大験セミナー分室として自宅で不定期に開催している。

時に食事やおやつまで提供しているアトリエ教室なので、正直なところ人数が増えれば増えるだけ利益が出ない零細教室なわけだけれど、楽しく学んでいただくことが主眼なのでまいっか、と妻と僕は思っている今日この頃である。

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手仕事や絵を描くことで、豊かな感性が育まれて行く。限界集落にある我が家の日曜日は、今日も元気な子どもたちの声があふれ、近隣の草刈り作業の音とリンクして濃密な時間が過ぎて行く。

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生きて行くエネルギー

脈絡もなく急に心がしょんぼりする時がある。落ち込む理由はその時々だけれど、自分に対する自信をなくすのは、頑張っているのに報われない時だね。

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多年草の花って水をやらなくても肥料なんかやらなくても、毎年可憐な花をつける。頑張って咲いているわけじゃないのに、実に美しい。

見習いたいね。植物は花を咲かせることでこの地球上で繁栄し生き残ってきた。

人間にとっての花ってなんだろうね。知性かな。ある人にとっては財力かもしれない。基本的には生きていくエネルギーは食べることや寝ることで培われる。

あと僕の場合お酒かな(笑)。体力知力ともども歳をとると減退してくる。自然の流れだから仕方がない。

ただ生きていくエネルギーは死ぬまで意識して保ち続けたいね。


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