今日は祖父の命日
他の家族の命日は忘れることが多いのだけれど、祖父の命日だけは忘れることなく、毎年仏壇に手を合わせている。きっと一番可愛がられたからかもしれない。
祖父は桶職人だった。祖父が死んで45年になるが、納屋をリフォームする時に祖父が作った最後の桶が出てきた。
祖父は器用な人で、竹と木材があればなんでも自分で作った。兄弟がいない僕は、幼児期いつも祖父のそばで、まるで魔法のごとく作られて行く作品を眺めていた。
でもね20歳の時に祖父が亡くなったのだけれど、ショックだったね。当時の僕は死というものを客観的に見ることも出来なかったし、無神論者で輪廻も信じていなかったので、猛烈な虚無感に襲われた。
自分の愛する家族が突然いなくなってしまう現実になにもなすすべがなかった。感情が自暴自棄になったと言えばいいだろうか、そんな状態だった。
学校という機関は、人間の死後について何も教えてくれないし、死に対してどのようなスタンスを取ったらいいかなんてことは、一切レクチャーしてくれない。
文学書や哲学書も作者の彩りがそれぞれで、基盤をなす死生観は語られない。かと言って宗教は胡散くさい。死に関しては、自分で咀嚼するしかない。どうもそれが現実のようだ。
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