どこまで辿りつければ満足なんだろう
蕎麦屋さんに行ってもリサイクルショップへ行っても、金田先生ですよね、六芒星テレビで観ましたよ、と声をかけてくださる方がいる。
白い無精髭を伸ばし、はげ頭で特徴がはっきりしているので、きっと判別しやすいのだろうと思う。
最近思っていることがある。今度65歳を迎える僕は何を目標に頑張ればいいのだろうかと。塾生を増やして老後の資金を貯めようにも少子化で、高校入試の倍率が平均0.8倍の岩手県では、塾業界で利益をあげて行くことは難しい。
かと言ってリフォームした納屋をカフェにして商売をやろうにも、保健所の要望にパスする厨房等を作るには水回りやトイレの設置などで最低300万円はかかりそうだ。そんな資金は残念ながらない。
今流行りのYouTubeに、大学受験の英語講座をアップして小銭を稼ごうとも考えてみたが、イケメンの外国人講師たちが枚挙して凌ぎを削る世界で、ヨボヨボの爺いなど入る隙間はなさそうだ。
自分の人生はどこまで辿りつければ満足なんだろうと思う。仮に後人生が10年続くとしたら自分は何がやりたいのか何をやるべきかをを自問自答してみる。
自分の健康を維持すること。自分たち夫婦の食費や最低の生活費を稼ぐこと。おっと忘れてた年老いた母の最後を看取ること。そんなことかなと思う。
今日は公立高校の合格発表の日。先程まで合格した生徒たちが普段通りの勉強をして帰って行った。すでに高校に向けての予習がスタートしている。高校になって退会する生徒と継続する生徒は半々くらいだろうか。
大学進学を希望する生徒は残るが、そうじゃない生徒は卒塾ということになる。それぞれの道に向かって頑張って行って欲しい。
それにしても人生は実に短い。僕などはつい先日高校受験があったような気がするが、もう50年も経ってしまっている。合格発表の日のことは落ちて悔しかったただけに、昨日のことのように鮮明に覚えている。
あの悔しさがその後の原動力になったかどうかは定かではないけれど、辛いことがあったり、惨めな気持ちを味わった時などは、受験発表の時の自分の姿を思い出して、気持ちをリセットすることが多い。
あの死にたいような気持ちを乗り越えてきたのだから大丈夫だと。
当塾のホームページはこちら☞➡大験セミナー
« 教師という仕事 | トップページ | 35周年にあたり »
コメント