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2025年3月 8日 (土)

さりげなく過ぎて行く日常の中で

僕の住んでいるところは老人人口が大半を占める限界集落。僕も老人。ちょっと変な老人だけれどね。

そんな限界集落で一番問題なのは、老後の一人生活。そして自宅周辺の草刈り。息子さんや娘さんが都会に出てしまっててと言う状況ならまだいい。万が一の時は来てくれる。

問題は独身のまま高齢者になってしまった一人暮らしの世帯だ。昔の「家」という概念に縛られて、農家の長男として農地や家を守ってきた結果の一人暮らしはつらいものがある。

お墓を維持する人も居なくなり、荒れ放題の墓地も目立ち始めている。何処にでもある限界集落の風景だ。

産土神社もその通りで、荒れ果てて狸や狐の住まう廃墟となったところもある。残念なことこのうえない。

実は今テレビで放映されている岩手六芒星神社の中にも、廃れ始めていたと言えば失礼なわけだけれど、ちょっと地域から忘れさられつつあった磐座があったのだけれど、多くの方が訪れるようになり、整備され看板などが設置され御神域が整ってきて、本来のパワーがほとばしっている所がある。

一方岩手六芒星を発表して、なんか迷惑なのよね〜と苦言を呈された所もないではないが、兎にも角にも僕が六芒星を提唱したことで、神社に多くの人が参拝するようになったことは確かなことで、だからと言って神様は迷惑がってはいないだろうと思うこの頃である。

さりげなく過ぎて行く日常の中で、誰もが歳を重ね行く。たまたまお年寄りが多くなった地域を限界集落と呼ぶのは、よーく考えると失礼な話で、自然回帰集落とか、天使到来集落とか、もうちょいセンスの良い呼び名がないものかと思案するかねごん爺いであった。

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