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2025年2月23日 (日)

満ち足りた日常のために

小学生から高校生までの世代と40年間一緒に生きてきた。

僕の仕事は、子どもや若者達に生きる楽しみを見つける土台を構築する知識を供給することだと思っている。

生きて行くことは、時に大変なこともあるし、不条理の中でもがき苦しむ辛さも経験する。でも、常に上昇志向を持って、日々進化し続ける自分であれば、自分の居る場所が唯一無二の場所であることが分かるし、何をやるべきかは直感的にわかってくる。

もし残念な人生というものが万が一あるとすれば、それは自分の良さを自分で理解出来ない人生であって、常に自分にないものだけを追い続ける人生ではないだろうか。

諦観や妥協と言う言葉があるけれど、これらの言葉をネガティブにしか受け止められない精神性を持たないことが、心が閉ざされない日常の薬となるような気がする。

妥協するのは上等。諦めるのも上等。ひとまず、自分の休む領域を持つためにもこれらの逃避は大切なことだ。

恋愛も勉強も仕事も、全部が完璧で失敗しない人などいないのに、完璧と言う幻想に取り込まれてしまっている人は多い。

入学した学校に希望が見いだせないのも、入った会社に落胆するのも、結婚生活に虚無感を覚えてしまうのも、自分という存在の不安性からやって来る。

自分の立ち位置を掌握するには、周りの人間が自分に何を期待しているかを知ろうとするのではなく、自分が楽しめるためには何をするべきなのかを考えられる知識を持つことだ。

だから本を読まなくてはならない。良い映画を観なくてはならない。

僕が行っている高校では、僕が担当する教科クラスには夏休みや春休みの宿題は一切出さない。本を読んでください。そのことだけをずっと言い続けてきた。

本を読んでください。きっと人生を楽しく生きるアドバイスが見つかるはずです。満ち足りた日常のために。

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