文章を書くという行為は癒しであると同時に麻薬のようなものだ
このブログも書き続けて20年近くになる。子どもの頃学校で学ぶ主要教科は好きじゃなかったけれど、本を読むことと作文だけは好きだった。あとからだを動かすこと。
10代の後半から毎日日記を書き始めた。そして同時に曲作りを始めて、詩のようなものを書きなぐっていた。典型的な文学青年と言いたいところだが、なんのことはない現実社会から逃避したいだけだったように思う。
当然のことながら文学などで食って行けるはずもなく、ましてや音楽で生活して行くことなど3億円の宝くじに当たるよりも確率が低かったように思う。
奇しくも明日は高校の卒業式だが、僕は大学の卒業式の時に就職先が決まっていなかった。今だったら路上でギターを弾いて、ギターケースを賽銭箱にして生きていたかもしれないけれど、当時はそんなことをやる人もいなかったし、そんな発想自体微塵もなかった。
塾講師になった。仕方なくと言いたいところだが、塾講師になるのが精一杯だった。とりあえずのつもりが、気づいたら40年も同じ仕事をやっている自分がいた。全くもって驚きである。
妻から、よく自分のことが書けるわねと言われる。正直自分のことしか書くことがないので書いているのだけれど、かと言って誰かの暴露記事を書くわけにもいかず、このようなブログになってしまっている。
どうでもいいことだけれど、このブログのアクセス数が昨日1990000を超えて、いよいよ200万アクセスが近づいてきた。
20年で200万アクセス。気が遠くなるような道程だった。僕が今後病に倒れて書けなくなった時は、家族にこのブログを消去してもらうつもりだ。
自分のことを書くことで自分が癒されてきたブログなので、そういうことに決めている。
原稿用紙2万枚にも及ぶ雑物を書いてきたからこそ分かることだけれど、言葉と言うものは癒しであると同時に一種の麻薬のようなものだと思う。故にやめられない。
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