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2024年11月

2024年11月30日 (土)

さざ波が押し寄せる

日々の生活の中で、あたり前だけれど嫌なことがあったり、困ったことが生じたりする。生きて行くことってそういうことなんだろうと思う。

トラブった時に自分を冷静にさせるルーティンというのがあれば、人はだいぶ楽になる。

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僕の場合たいていの嫌なことは、ジャズを聴きながら美味しいお酒を飲めば忘れるけれど、友人や家族の困難はやっぱり祈ることかな。

時に神社に行って祈り。山に向かって祈る。

人生はさざ波が押し寄せるように、諦観がやって来る。いい意味でも悪い意味でも、ある種の諦めが必要だ。

何かを諦めることで、新たな隙間が生まれる。その隙間から新たな光をちょっとだけ覗き見る。そこに希望の光が見えるかもしれない。

若い頃は光があまりにも輝きすぎて、クラクラして見定めることが出来ないものだけれども、歳を取ってくると、心の中に適当なサングラス🕶が現れて光が見えやすくなってくる。さざ波のように。

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何処の大学へ行っても最初の1年目は英語は必修だよ

ぼちぼち大学の推薦が決まってきた。スポーツ推進で入ろうが指定校推薦で入ろうが、どの大学の学部に入っても英語の授業はある。

故に進学校じゃない普通高校や職業学科で中学生程度の英語を学んだ生徒にとっては大学のレベルにもよるが、英語がネックになるケースが多い。

彼女彼氏とカラオケに行っていちゃついている場合ではない。

英検2級までとは言わなが、英検3級程度の英語の掌握は必須だ。なにせ大学の赤点は60点未満。高校の定期テストで英語の点数が赤点ギリギリギリの生徒は、推薦で受かった後も英語の勉強はしないとやばい。

何処の高校も、今年はどこどこの大学に何名受かりましたと言う発表はするが、しかしどれくらいの生徒が授業について行けなくて辞めたかは言わない。

統計によると私立大学の中退率は9%と言われている。この数が多いのか少ないかは個々人の判断にもよるだろうが、推薦入学者にかぎって言えばこの数字は2倍以上にはなるようだ。

つまり推薦である高校から10名入ると、その内2名が中退をする計算になる。授業についていけない故に、大学から足が遠のき、バイトやレクリエーションに生活が移行してやめてしまう。

現在日本の大学の数は900以上になっている。そして半数以上が定員割れだ。入学金さえ払えば入れると言われる所以だ。大学を選ばなければ、何処かには入れる。

受験勉強をしなくても推薦と称して面接と作文で入れる大学に価値があるのかと言う声も聞こえてくるのだけれど、大学生活をどう送るのかと言う個人的な問題であって、大学全般の批判に矛先が向かうのはちょっと違う気がする。

目標意識を失わず、学びさえすれば大学の4年間は有意義な場所である。

せっかく受かったのだから、英語が苦手な人は入学する4月までにちょっとは頑張るべきだね。

ちなみに僕の塾には大学に受かったけれど英語が不安と言う生徒が毎年やって来る。今年もお待ちしているので、勇気を持ってきて欲しい。では。

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2024年11月29日 (金)

井上陽水〜都会では自殺する若者が増えている

僕が中学時代に流行した井上陽水の曲「傘がない」の歌詞フレーズ『都会では自殺する若者が増えている』この歌詞を初めて聞いた時はショックだった。

都会の殺伐とした風景が浮かんできた。

そして現代、田舎で自殺する若者が増えているという現実に深い悲しみを覚える。

今までこのブログで触れることを避けてきたが、中学時代同じ部活で一緒に汗を流した仲間2人が自殺をした。そして僕の従兄弟も若くして自らの命を絶った。

都会で生きて行くことも大変かも知れないが、田舎で暮らして行くこともかなり大変だ。仕事がない。給料が低い。人間関係が濃密過ぎて、逃げ場がない。

人間生きていれば、一度や二度死にたいと思うことはある。でも死なないのは、生きようとする意志がそれを凌駕するからだ。

そう生きようとする意志。この意思を使命と言い換えてもいいだろう。無駄な命などひとつもない。たとえ自分の運命が最悪だとしても、死んでいい理由にはならない。何処かで誰かがきっとあなたの存在を必要としている人がいる。

僕が高校時代、そんな高校じゃね〜と言われたことがある。底辺高に在籍せざるを得ない僕に対しての揶揄だったろうと思う。

僕はその時の怨念をエネルギーに換えて生きてきた気がする。死にたいと思った時もそうだ。自分を蔑んだ人間たちを思い浮かべ、ギアチェンジをしてきた。何度も何度も。

当たり前のことだが、人間は黙っていても死ぬ時は死ぬ。だから生かされているうちは、生きるべきなのだ。その単純な哲学を忘れないために、僕らは希望を持つんじゃなくて希望を創造しなければならない。

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2024年11月28日 (木)

物価が上がって行く

僕は365日朝食にはサラダを食べる。レタスに胡瓜そしてセロリとトマトが定番だ。

しかしその定番のサラダが危うくなっている。トマトが高い。一個200円以上だ。困った状況だ。

灯油の高騰でハウス栽培の野菜の値段が軒並み昨年の倍近くに跳ね上がっている。実に生きづらい世の中だ。

物価高、本当に暮らしを圧迫して来る。コロナ前、僕はカフェや喫茶店でお気に入りのジャズを聴きながらコーヒーを飲むことが日課だった。小遣いを1日ワンコインと決めていたので、なんとかコーヒーが飲めたのだった。

ところが2年前から一関の喫茶店では500円でコーヒーは飲めなくなった。珈琲豆の高騰によるものだ。必然的にコーヒーを喫茶店で飲むと言う僕のルーティンは消えた。せいぜいコンビニで飲む120円のドリップコーヒーが関の山となった。

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ジャズ喫茶に入る余力がなくなった僕は、自らの手で古材を用いて崩れかけていた藁小屋を改造し、これまた自分で作ったスピーカーを設置してジャズを聴いている。

多くの友人知人にリフォーム費用を尋ねられるのだけれど、なにせほぼほぼ納屋にあった古材とみなさんから無償でいただいた木材を加工し使用したものなので、総額20万ちょっとで出来上がった。もちろん僕の労働力は0円としての計算なわけだけれど。

仮に喫茶店で以前のように毎日コーヒーを飲むとなると、一杯650円✖️365日で年間23万円ほどになる。つまり僕はカフェで飲む1年間分のコーヒー代で、この納屋cafeを作った計算になる。

ご無沙汰している喫茶店には申し訳ないけれど、そう言うことで僕の出不精を大目に見ていただきたい所存である。

万が一以前のように生徒が増えて余裕ができれば顔を出せるのだけれど、今の現実はただただ厳しい・・です。

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2024年11月27日 (水)

バグダットの靴磨きに生徒たちが涙

今日の高校2年生の文学授業は、米原万里薯「バクダットの靴磨き』。

全文を読み終わった後、生徒たちの多くが涙ぐんでいた。その様子を見て僕も解説にちょっと詰まってしまった。

残酷でやるせない物語りだ。そして今同じ状況がイスラエルとガザ地区で起こっている。

戦争は無差別殺人だ。幼い子どもも病気の人間も関係なく殺戮されて行く。希望も夢もそして最低限の生きるという望みまでが蹂躙されて行く。

なぜって言う問いかけさえも虚しくなる。人間の愚かさの標本が戦争だ。戦争が生じる度に、僕は人間としての自分の存在に自信をなくしてしまう。

生きる尊厳がいとも簡単にドブに捨てられるごとく破棄される現実に、ひょっとしたら我々人間はどうしようもないくだらない存在なのかと、自己嫌悪に陥ってしまう。

食欲と性欲と支配欲にまみれたゴミのような存在だとは決して思いたくないけれど、歴史はそれを否定してくれない。

高校生たちを前にして僕は自信をなくして、言葉を失う。

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2024年11月26日 (火)

冬期勉強会復活

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コロナ前の冬期勉強会の風景です。しばらくロングタームの冬期勉強会を自粛してきましたが、今回は40時間怒濤の勉強会を開催します。

12月25日よりスタートします。講習料は30000円です。

定員は7名です。詳細は当セミナーまで電話でお問い合わせください。よろしくお願いします。

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別に大学とか行きたくないし普通高校でいいよ

高校終わったらすぐ就職して金稼ぎたいって言う高校生たち。いたってノーマルな生徒たちだと思う。

車買って休みの日は彼女とドライブして、ある程度金貯まったら結婚しようかな。ますますもってノーマルな考えだと思う。

この考えに異論を唱える人がいるとすれば、この子たちの何処が問題なのだろうか。僕は何も問題はないと思う。

別に大学なんか行きたくないし、お金もかかるし、自宅から通える会社に就職するか。と僕も思っていた。

ではなぜ大学に行ったのか。それも東京に。

山口百恵の歌の歌詞じゃないけれど、東京の何処かに自分を待っている誰かがいる気がした。

結論。その推論は正解だった。人間ばかりじゃなく、音楽も思想もそして仕事も、田舎では経験出来ない多くの出逢いがあった。

未知との遭遇を求めて、学費のためにバイトをして、授業よりも音楽や文学にのめり込んだ学生時代だったけれど、得たものはあったのかなと思う。

ビルの林の中で失ったものも多かったけれど、青春時代がゆえに都会で培われたものも多かったように思う。

大学に行くわけじゃないし、私立高校や普通の地元の公立高校でいいやと考えている中学生のみなさん、自分の希望が変わり、新たな夢が生まれたら、それはそれで大丈夫。その時は頑張りましょう。

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2024年11月25日 (月)

憧れの鬼死骸村

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このようなブッタを鎮座させたくなるようなネーミング。一関旧鬼死骸村。

六芒星の南の結界鬼岩がある場所だ。坂上田村麻呂が鹿嶋神社を勧請した場所でもある。ここから征夷大将軍田村麻呂と阿弖流為蝦夷軍との戦いが始まる。

鬼岩が1300年もこの地から撤去されなかった理由は、まさにこのかつての村名にある。鬼死骸の鬼岩など誰が動かすものか。名前の呪縛に歴史が凍結されてきた。

国鉄の線路を通す時も国道4号線を通す時も、この岩は1ミリも動かされることはなかった。故にこの鬼岩から観音山の大部ヶ岩への六芒星レイラインが守られてきたのだ。

鑑みれば、僕が高校時代、東北本線の花泉駅から一関駅まで電車通学をしていたのだが、毎日車窓から見えるこの岩が気になって気になって仕方がなかった。

この岩田んぼを耕すのに邪魔だろうと言うことがまず一つ。それから意味もなく存在感があるのは何故だろうと言うのがもう一つ。44年後まさかこの僕がジャーナリストやメディアの方々を伴って、この岩を説明することになろうとは、まさにお釈迦様でも知らなかっただろうと思う。

鬼死骸村。憧れれる名前だ。この名前を村名にした古代の人々のセンスに脱帽である。

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2024年11月24日 (日)

米農家をやめて気づいたこと

8年前母が倒れたのを機に米農家を廃業した。母が元気な時は僕がいない昼の間、水管理をやってもらっていたのが、水管理どころか母の介護が加わったので米作りは断念した。

400年近く米農家をやってきたご先祖様には申し訳なかったが、金田家18代目の僕が米作りを終焉させてしまった。

人生で初めてスーパーでお米を買った日のことを今でも覚えている。一言で言うと罪悪感が僕の周辺にまとわりついて離れなかった。

農家の長男がお米を買って食べる現実を、認めたくないもうひとりの僕がいた。

米作りは儲からない。労働に利益が伴わない。誰もが知っていてもやめない。なぜか。食糧を担う根元の穀物だからだ。そこには経済理念があってない。

委託作業を頼む米作りは、どうしたって帳簿上は赤字になる。米を買って食べた方が家計は楽になる。矛盾と言う言葉は小規模の米農家のためにあると言っても過言ではない。

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米作りをやめて気づいたこと。それは米作りをやめても、やっぱり田んぼがあること自体が大変と言うことだ。30度越えの環境での草刈り作業は、ハンパない。

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Late for the sky

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昨日の新嘗祭は家族全員が休みをとって長男の車で温泉場までドライブ。

美味しい蕎麦を食べて温泉に入って、おしゃれなカフェで珈琲を呑んで帰ってきました。

実は途中息子の車のラジオからジャクソン・ブラウンのLate for the Skyが突然流れてきました。挫折ばかりの悩み多き10代の頃に膝を抱えて聴いていたレコードでした。ちょっとグッときましたね。

妻が居て息子たちがいて、仕事あって生かされている。あの頃の自分の延長線上にこの暮らしがあるって奇跡を、今日は実感し、ジャクソン・ブラウンの歌声に涙腺が危なかった。

人生はなるようになるんですね。

今日は岩手朝日テレビの取材です。天津木村さんと六芒星神社をまわってきます。

ジャクソン・ブラウンのLate for the skyを前日に偶然聴くって、何かいいことがあるかな。

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2024年11月23日 (土)

神々のパワー

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青森県の十和田神社にお参りしてから変わったこと。友人関係ががらっと変わりましたね。自営業をやっていますと、付き合いのしがらみが多いのですけれど、十和田神社の青龍さんに参拝してからは英断的断捨離が出来るようになりました。

一方猿田彦神に縁を持たせて頂いた時から、納屋のリフォームを始めたり、六芒星がテレビで紹介されたりと、劇的ビフォーアフターが始まりましたね。さすが導きの神。今までは塾生の合格祈願は水沢の駒形神社でしたが、そこに猿田彦の神様が加わったことで、パワーアップしましたね。

若い頃は神社巡りが好きで、あっちこっち行っておりましたが、50も後半になったあたりから、参拝する神社が固定化して無謀な遠征はしなくなりました。

そもそも六芒星神社を全て回るだけでも1日がかりですからね。新聞の取材や六芒星ツアーなどで何度か皆さんと回りましたが、本来の僕の参拝ルールと取材やツアーは別物ですので、ついで参拝は難しいですね。

神社に行って拝殿の前に佇むと、なんとなくですが、神社の神様に歓迎されているのか、無視されているのか最近わかるようになりましたね。

僕は一人で神社に参拝する時は、祝詞を奏上するのですが、その祝詞を奏上している時に経験値でわかるんですよ。「おまえうちの神社に来て何勝手に祝詞をかましているんだよ」って言う感じの神社もあれば、「久しぶりに祝詞をあげてもらった。ありがとうね」てな感じの神社もあるわけですよ。

言葉で説明するのは難しいのですが、体幹的にわかりますね。だから歓迎されない神社はそれ以降行きません(笑)。

基本的に僕は稲荷系の神社は歓迎されませんね。だから金運がないのかも知れません。

それに比べて、天孫降臨系の神様には好かれるようです。やっぱ自称プレアデス星人ですからね(笑)。

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2024年11月22日 (金)

僕の感性の50%はジャズ喫茶で培われた

地方の街では塾も消滅してきたけれど、ジャズ喫茶もなくなってきた。珈琲片手にのんびりジャズを聴く時代じゃなくなったんだろうね。

学生時代、僕の居場所はジャズ喫茶だった。バイトがない日はひたすらジャズ喫茶で音楽を浴びていた。一冊の本が読み終わって僕は寝床に帰って行く感じだった。

当時はまだCDの影も形もない時代。レコードが奏でるビートに身体までもが振動し、タバコの煙と珈琲の匂いの中で、わけのわからない煩悩と戦っていた。

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ジョン・コルトレーンのサックスやマイルス・デイビスのラッパを聴きながら、僕は一体あの頃何を考えていたのだろうか。

大学を終えてずっとフリーランス的な講師の仕事をしてきた僕にとって、社会は常に他所行きの実態のない砂上の王国のようなものだった。

いくら歩みを進めても、僕の足は砂に絡め取られ、いつもいつも後戻り。そんな暮らしを40年もしてきてしまった。

僕が今抱えている雑念も、興味も、その半分以上は若い頃のジャズ喫茶で培われたもののような気がする。だからと言うわけではないが、自分でジャズを聴く空間を作った僕は、ここで老後の感性を養っていくことにしよう。

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2024年11月21日 (木)

変遷する街並み

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50ccの原付バイクに乗って走り回っていた高校時代、48年前の一関の街は素朴な活気があった。

高速道路もなく新幹線もない時代だったけれど、根拠のない夢があった。

1ドル360円の時代。ギブソンのギターは30万円以上もして、鍵の掛かったガラスケースに鎮座していた。バイト代が時給400円の時代である。

映画館と喫茶店と古本屋が僕の青春の全てだった。

この街で塾をやるなんて当時の僕は1ミリも想像できなかったね。背中にギターを背負ってバイクを乗り回していた不良少年に教えてあげたかったね。「おまえね、なんだかわからないけれど、5年後先生って呼ばれているよ」って。

当時通っていた喫茶店も、いつもエッチな映画を上映していた映画館も、お金がない時にぼろぼろの本を買い取ってくれた古本屋も遠い昔に無くなってしまったけれど、この街は新たな夢を僕にずっと見させてくれた。ありがとうね。

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2024年11月20日 (水)

やっぱちょっと疲れたね

2週間連続日曜日に、祭りのステージに立ち、その間高校の定期テストの採点と成績の記帳。やっぱり疲れるね。

ちなみに今度の日曜日は岩手朝日テレビの取材で六芒星を回る。テレビカメラがまわっているので、いいかげんなコメントも出来ないので、自分なりに古代史をおさらい。頭の中でいろんな年号が旋回している。ふ〜。

今日は冬期勉強会のご案内を作っていた。先程出来上がり、休憩を兼ねてこのブログを打ち込んでいる。

気がかりなのは、夏以降いっさい薪割りをしていないことだ。薪を作る気力が湧かないのである。薪ストーブの放置も近い。

紅葉も終わり、とうとう雪が降る季節が到来した。そしてめちゃくちゃ朝晩が冷え込んできた。

昨夜はパジャマの上にさらにセーターを着て寝た。今朝の我が家の温度計はマイナス3度。物価の上昇で、冬の暮らしはきつい。お金のかかる冬、なんとかしたいと思うのだけれど、なんともならないのが現状だ。

この冬が越せるように、とりあえず冬期講習の生徒集めを頑張ろう。

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磐座信仰ルーツ

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古代東北のアラハバキ神をはじめとする磐座信仰のルーツを辿って行くと、飛鳥時代に丁未の乱で仏教派の蘇我氏に敗北した神道派の物部氏に行き着く。

東和にある丹内山神社には巨石のアラハバキ神が祀られているが、この神社を守ってきたのは物部氏の末裔である。

物部氏の子孫をさらに遡って行くと、天孫降臨してきたニギハヤヒの神に辿り着く。

さてこのニギハヤヒの神は天孫降臨して来る際に天磐船(あまのいわふね)に乗ってきたと古事記にはしるされている

つまり蘇我氏に負けて、東北の地に逃げ込んだ物部の民が、磐船信仰として巨石信仰を継続してきたのではないかと思っている。

それが蝦夷に引き継がれ、安倍氏のアラハバキ信仰として今に至っているのではないかと考えている。

ちなみに天孫降臨に使われた天磐船とは、巨大宇宙船じゃなかったのかと自称プレアデス星人の僕は想像するわけだけれど、どうだろうか。

そうすると古代の北斗七星を信仰した妙見信仰も、六芒星の磐座信仰も、辻褄が合ってきますよね。あくまでも僕の妄想ですが。

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2024年11月19日 (火)

脳の勘違い

我々人間を支配しているのは脳らしい。天才や秀才と呼ばれる人間は、自分の脳を騙しまくることに秀でた人間らしい。

日々の言葉や想念で、人の脳は活性化したり沈黙したりするらしい。

つまり「俺はダメだ」なんて言う言葉を発する人間はダメになり、「俺はやれる」と言う言葉を力強く言う人間はその通りの人間になる。

疲れたと言えば、脳はこの人間は疲労したのだと思い、身体機能をストップさせる。意外と単純な機能を備えていると言うことだ。

だから「俺はこんなことには動じない」と自分の身体に話しかければ、脳は強い反発力で困難を乗り越えようとする。

人間は脳の操り人形と言ってもいいかも知れない。逆に脳に勘違いさせることで、飛躍的に自分自身を変えて行くことが出来ると言うわけだ。

自信が大切と言われる所以もそこにあるのだろうと思う。人間が向上心を持つことで、脳のギアーがチェンジし、脳の発信が神経細胞や感情を鼓舞し、今まで不可能だったことを可能にして行く。

例えば神様がいると信じた人間の脳には神様と連携する擬似神経が生まれ、脳がまるで神様のごとくその人間を導いて行くと言うことがあるのかも知れない。

日本には昔から言霊(ことだま)と言うものがある。言葉が現実を動かしていくと言うことなのだが、まさに言葉によって脳は覚醒し現実を変えて行くのではないだろうか。

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最近不思議な夢を見る

一昨日は、一生懸命原稿用紙を作っている夢を見た。そして昨夜は塾に、卒塾したはずのみんなが入塾してきて慌てている夢を見た。

塾で不安なことがあると、教室物件を探して右往左往している夢を昔はよく見た。駄菓子屋さんの一角を借りて授業している夢とか、親戚の茶の間を借りて指導している夢など、落ち着かない夢に目覚めて、嫌な感じがしたものだ。

夢と言うものは実に不思議な光景や状況を見させてくれる。葬式の夢だったり、宇宙人に拉致された夢だったり(笑)、バラエティに富む夢を良く見る。

2年前ぐらいに小説を書いている夢を見た。それが前代未聞のストーリー展開で、この小説は絶対売れるぞと興奮して書いている夢だったのだが、目覚めると同時にそのストーリーを完全に忘れていた。夢の中では覚えていたのに残念!

それにしても毎晩見る夢には何かしらの意味があるんだろうな思いつつ、非日常的なストーリーに時にワクワクし、時に不安になるかねごんです。

夢は日常のストレスを緩和してくれる妙薬だと言われるけれど、その夢でさらなるストレスを持つようでは困りますよね。

ところで僕の最近のストレスは、休みがないってことですかね。

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2024年11月18日 (月)

やっぱ病気なんだろうな

僕が書いた記事にコメントやメールをいただくのは嬉しい。ただし嘘や根拠のない冒瀆はいただけない。

60も過ぎて、何かと自分の学歴を誇るおじさんがいた。おじさんと言っても僕より3歳くらい年上なんだけれど。

自分の出た高校は学年の半分くらいは一流の国立大学に入るとかそんな感じ。

僕の記事に何かと難癖をつけてくる。やっぱり人はいい大学を終えていないといけないとか、3流の大学を出たやつは使えないとか。先輩じゃなければ殴ってるな(笑)。

ある時ある事実が発覚した。そのおじさん某国立大学を終えたと世間には公表していたけれど、実は卒業していなかった。僕は即ブロックした。嘘はいけない。

卒業していたら、学歴がない人を馬鹿にしていいわけではないけれどね。自分が入った高校がいい高校だから、ダメ高校に入った連中を上から目線で見下した発言を繰り返していた彼、結局彼の子どもたちは普通の高校に行って進学もしなかったらしい。

なんだかな〜。

でもね最近この年になって悟った。ジジイになっても尚かつ、学歴を自慢するとかサラリーマン時代の栄光をとくとくと語る方は一種の病気なんだろうね。病気だから大目に見てあげたいけれど、でも疲れるね。

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2024年11月17日 (日)

人間関係の断捨離

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だいぶ付き合う人の顔ぶれが変わった。いいことなのかそうじゃないのかはわからんけれど、気づいたらそうなっていた。

個人的に外で酒を飲むことはなくなった。喫茶店で珈琲を飲むこともほとんどなくなった。年に4、5回かな。震災前はほぼ毎日喫茶店で珈琲を飲んでいたので、それを思うとびっくりである。

自分で豆を挽いてドリップして飲む珈琲が美味しいので、わざわざ珈琲だけを飲みに喫茶店に行くことはない。

200グラム1300円の豆を買ってくれば、20杯以上は飲める。一杯あたり65円だ。喫茶店で飲めば一杯600円。

ところで先日書いた『何処にたどり着くのか』と言う記事に対して、「何言ってんだくそジジイ」と言うコメントを頂いた。

人それぞれの考えと価値観があるわけでそれはそれでいいのだけれど、くそジジイと言う一言で評論されてもね〜って感じだよね。申し訳ありませんがその方のメールアドレス及びアカウントはブロックさせていただきました。

昔は死ねとか、くたばれなんてメールももらったけれどね、落ち込むよりは闘志が湧いたね。鬱になって書くのをやめるブローカーもいるって聞くけれど、僕は極楽とんぼなので、兎に角反応があるってことは読んでくれているってことなので、書き続ける闘志が湧いたね。

ところで写真のギターは僕のブログを読んでくれていたお医者さんが、震災後僕にプレゼントしてくれたものだ。

書き続ける勇気に対して頂いた感じ。今日は地元の秋祭りで、このギターを抱えて行ってライブをさせていただく。

え!このギターいくらするのかって!ここだけの話ですが、僕が中古で買った日産チューブとほぼ同じです。はい

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2024年11月16日 (土)

やばい実にやばい

今日は朝食抜きで、朝一で病院に行ってきた。年に一回のプチ人間ドックである。

血液検査の注射バリが超苦手である。上手な看護師さんとそうじゃない看護師さんがいる。刺す血管をすぐ掌握する看護師の方の注射はあまり痛くない。ところが、「あれ血管が見えないなー」なんてボソボソ言っている看護師さんの注射は痛い。

今日は後者の看護師さんだった。ふ〜

プチ人間ドッグを終了した僕は、妻と隣町のマルシェに出かけて行った。

見知らぬ方々から「金田先生ですよね。いつもSNSを拝見しています」と声をかけられた。やばい。実にやばい。気が緩めない。

巷では僕がDIYした納屋cafeが話題になっているらしい。六芒星といい納屋cafeといい注目されるのは良いとして、塾家業はどうも注目されない。ドンマイである。

「先生の暮らしは優雅でいいですね」なんて言われることがあるが、やばい実にやばい。夏ともなれば睡眠時間4時間半の早朝草刈り作業。そして母の介護の後高校へ猛ダッシュ。

夜は10時ちょっと前に帰宅。母の下の世話をして、遅い夕食。これを優雅な暮らしと言われれば確かに優雅な暮らしなのかも知れない。なぜかと言えば、めちゃくちゃ親孝行が出来ているし、休みなく働くおかげで、身体は鍛えられている。

ちなみに妻も息子も介護士の資格があるけれど、認知症になった母は自宅においては、僕以外の介護は拒絶する。故に僕は母より先に星に帰還するわけにはいかない。頑張ろう。

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2024年11月15日 (金)

勉強が嫌いな人

世の中には勉強が嫌いな人とそうじゃない人がいる。塾をやってきたのでその違いと言うのか動機付けみたいなものは分かるつもりだ。

勉強をやっても分からない人は勉強が好きになれない。勉強して理解出来る人は勉強が好きになる。何を当たり前のことを言っているのかって。当たり前だけれどそこが肝心なところだ。

理解力が増せば勉強は好きになれる。じゃどうやったら理解力が増すかと言うと、自分が理解出来ることを勉強すればいいのだ。

僕の言葉が詐欺師みたいに聞こえるかもしれないが、自分の理解出来ないことをやろうとするから、勉強が好きになれない。

苦手なことなんて、所詮飯の種になどならないし、時間の無駄だ。自分が好きで得意なことをやればいい。

人生は長いようであっと言うまだ。ウジウジと自分が好きでも得意でもないことをやって過ぎて行く人生なんてなんの意味がある。忍耐力を培いたいなら別だが、自分がやれることをやろうぜ。

もう一度言おう。自分が好きで得意なことがあなたの人生を豊かにする。それ以上でもそれ以下でもない。

勉強が嫌いな人は、自分がやっている勉強をじっくり見てみるといい。自分の将来に役立つかどうかじゃなくて、自分が好きなのかどうかを判断して欲しい。

やりたいことが見つかったら、全力で頑張ることだ。きっと新しい出逢いや道が開ける。

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2024年11月14日 (木)

何処にたどり着くのか

自分の終着点が何処なのか、そんなことは知らない方がいい。毎日をとにかく生きて行けば、いつかは辿り着くわけで、ご気楽に行こう。

心配してもしなくても終焉は必ずやって来る。70歳かもしれないし80歳かもしれない。その時まで楽しめばいい。

孤独感も疎外感も、うっちゃておけばいい。今までの人生に於いて蓄積された結果なのでしょうがない。

でもそのことに深刻になる必要はないと思うな。自分が生きてきた道だからしょうがない。それが自分の個性だと思えばいい。

頭がいいとか悪いとか、品があるとかないとか世間はグダグダ言うわけだけれど、やっぱりそれも個性だからしょうがない。

どっちみち人は多かれ少なかれ迷惑をかけて生きて行くものだ。オギャーと生まれて、ずっと面倒をみてもらい、そして年老いて動けなければ、やっぱりずっと面倒をみてもらう。しょうがない。

自分が働けるうちは働く。働けなくなったら、白旗を上げればいい。無理をすることはない。

自分の人生が何処にたどり着くかは、実は本質は知っている。本質というのは魂と言い換えてもいいだろう。だから大丈夫。本質が行く先を知っている。

だから死ぬことなんて心配しなくていい。不安がる暇があったら、いい映画を観たり、いい本を読もうぜ。そうそうジャズもいいね。

僕は今夜はジンのライム割りでも飲もうかな。グンナイ!

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年寄りライフ

以前は全くなかったことだけれど、還暦を過ぎた頃から新聞の慶弔欄が気になってしょうがない。

自分と同世代の方の訃報はかなりショックだ。病気だったんだろうか事故だったんだろうかと、早い旅立ちに思いが重い。

会社を退職して70くらいまでが人生のパラダイスだと僕は思っている。時間はあるし、知力体力もある。ある程度年も行っているので少々のわがままも通せる。その黄金期を目前に逝ってしまうのは本当に惜しい。

僕は残念ながら退職することもなく、当然のことながら退職金もなく、おまけに65から貰う国民年金は雀の涙だけれど、60代を楽しんでいる。

確かに余裕がないので働き通しだけれど、人生を振り返りつつ、年寄りライフを満喫している。

欲望がいい感じに剃り落とされて、諦観が寄り添って来る。これでお金が有れば万々歳なのだけれど、そうじゃないところがまた乙というもので、僕の年寄りライフは続いて行く。

金持ちだったらこのブログも書いてないし、なんちゃってシンガーソングライターもやってないだろうし、藁小屋のDIYもやってなかっただろうと思う。あー貧乏でよかった(笑)。

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2024年11月13日 (水)

やっぱり病気だ

塾教師を40年やってきた。この間高校の非常勤講師を12年間、短期大学の講師を1年やってきた。そして来年度は高等看護学校の講師もやることになった。

自らを講師業のエクスパートと自虐的に呼んでいるが、なんのことはない、頼まれれば断れない、限りなく小心者の爺い講師である。

頼まれると断れないのははっきり言って病気だろうと思う。貧乏性がすっかり身にまとわりついてしまい、自分のキャパを掌握出来ない自分がいる。

先日の日曜日は行き当たりばったりの秋祭りのライブをこなし、今度の日曜日も違うステージを頼まれていて、持ち歌がなくなった僕は、急遽昨日から曲を作ると言う暴挙に出て、このクソ忙しい時期自らの首を絞めまくっているかねごんである。

今は勤めている高校の定期テスト。200枚近い答案を採点しなければいけないと言うのに歌詞を考えている僕は、やっぱり病気だ。

地域の役員もそう、部活の指導もそう、若い頃は断る勇気も気力もなかった。色々引き受けていれば、本業にも何かしらの利点があるだろうという下心だったが、世の中はそんなに甘くはなかった。ただただ忙しいだけで、懐は寒いまま、年を重ねてきた。

僕の本業は間違いなく塾教師なわけだけれど、コロナ禍以降思惑が外れっぱなしで青息吐息である。生徒がコロナ以前のように集まらないのもそうだが、不景気の折、コロナ以降月謝の未納が多いのも頭痛の種だ。

昔はこんなことがなかったのにな〜と思うのだけれど、社会の中にも色んな病気が蔓延しているんだろうな。ふ〜

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2024年11月12日 (火)

政治家の不倫か

年収の壁を上げられると困る人たちのハニートラップ的策謀にやられたって感じだね。はっきり言って脇が甘いね。

しかしいつからかね。芸能人や政治家の不倫がこんなに暴露され、政治家生命や芸能人生命を脅かされるようになったのは。

僕がガキの頃は、政治家に愛人の2人や3人居てあたり前の時代だったし、芸能人なんて愛人を持つために頑張ってのかなーなんて感じだったよね。

僕も独立する前は幾つかの塾に籍を置いていたけれど、トップは女遊びは派手だったね。教育者が女性に対しては狂異者ってな感じでね。笑えないジョークだけれどね。

クリーンだけれど仕事がいまいちの人。ドロドロだけど、その道では非凡な才能がある人。どっちに支持するかは個人的な嗜好だろうね。

僕はどうかって?

そもそも英雄色を好むと言うからね。僕じゃないよ(笑)。

11代将軍徳川家斉は50人以上子ども作ったからね。でもね彼の場合あっち方面にエネルギーを注ぎ過ぎて、この後幕藩体制が弱体化して行くからね。

僕は個人的には不倫は賛成しないけれど、あれほどバッシングされる状況にはなんかやっぱりきな臭さを感じるよね。

それにしても男の女好きは病気だからね。しょうがないと思うよ。ダウンタウンの松本くんも復帰とかなんとか言っているけれど、やっぱ女性からのバッシングは避けられないだろうね。

どうなるんだろうね。

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2024年11月11日 (月)

所詮還暦を過ぎた普通のハゲオヤジです

同業者と会う機会があったりする時に、大験セミナーの金田ですと言うと、ブログを書かれているかねごん先生ですねと言われる。

先生のブログ毎日読ませていただいていますなんて言われると、マジドキドキしてしまう。なにせ貧乏話と、あっち系のやばい話しばかりなので、穴があったら入りたい。

故に宇宙人と逢った人がアポイントメントをとってきたり、UFOや龍神を頻繁に見るなんて言う人が訪ねてきたりする。

自称スピリチュアルの方々の話を聞いていると、僕が山道に転がっている岩ででもあるかのごとくに、僕に語ってくる。きっと僕を無機質な存在に感じているんじゃないだろうか。

僕もかなり変人なので、多少のことでは驚かない。しかし神様が降りてきて云々と語るような人達の家庭はほぼ崩壊している。

子どもが引きこもりだったり、離婚していたり、仕事をしていなかったり。

つまりは本人たちは自分に神様が舞い降りたと思っているらしいが、動物の低級霊か魑魅魍魎の類に精神が乗っ取られていると見た方が間違いない。

触らぬ神に祟りなし。僕は話を完全スルーして、ニコニコ顔でお帰りいただくことにしている。

六芒星や岩手の結界の発見者と言うことで、メディアに紹介されてからは、僕を霊能者か何かと勘違いしている人がいるが、歴史好きの普通の還暦を過ぎたハゲオヤジなのでそこんところよろしくてな感じである。

ブログを20年近く書いてきて、確かに地味な塾ブログとしては異例のアクセス数を頂いているが、所詮貧乏塾のしょうもないつぶやきなわけで、申し訳ありませんてな気持ちですね。はい。

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2024年11月10日 (日)

何処かで何かが

人生には仮定法と言うのはあまりにもめめしいので僕は言わないことにしているのだけれど、様々な可能性のうちの一つを人間は選択して生きていると思うので、納得するしかないね。

パラレルワールドという言葉を聞いたことがある人も多いと思うが、実はその人の想いや行動によって世界が構築されていると言う考え。

自分が意識している世界と、そうじゃない世界が同時に存在して行くと言う現代スピリチュアル人間が良く言及する世界の話である。

つづれおりなす時間軸の中で、その人間が選択した時間が人生に現れているとしたら、かなり世界は興味深いものになるなと僕は思っている。

僕は先生と呼ばれる人生を歩んできたが、違う世界では音楽をプロデュースしている僕がいたり、ジャズ喫茶で日々珈琲を淹れている僕がいるかも知れない。そんな妄想をするだけでも、疲れた身体と精神がわくわくしてきて、楽しくなって来る。

何処かで自分とは違う自分が何かをしているとしたら、どんな自分でも許されるような気がする。

今日は久しぶりにステージで歌をうたってきた。マジで歌ってみた。会場がしーんとして聴いてくれている瞬間、63歳の僕は、シンガーソングライターを目指していた20歳の僕になる。

この年になるとわかるんだよね、挨拶がわりに褒めてくれているのか、心から共鳴してくれているのか。何人かのおばちゃんたちが、泣いていたね。今回誘っていただいた公民館館長さんには感謝だね。

今日僕が選択した時間は、新たな僕を構築してくれたのだと思う。

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今日は久しぶりの舞台

地区の市民センターで芸能祭り。出演依頼を頂きましたので、ちょこっと歌ってきます。

ところで1年ぶりの舞台なので、ギターの指が動くのか心配。

まあ還暦が過ぎた爺いの歌なんて、誰も注目しないだろうからいいか。

それじゃ。

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2024年11月 9日 (土)

職員室に戻ったら妻からメールが

昨日授業が終わって職員室に戻ると、スマホに妻からのメールが。

ちょっとくらっとする。こんな時の妻のメールは大抵非常事態。

案の定母が庭で転んで病院へと言うメール。デイサービスの車が来て、玄関から出て転倒。

入院か?もしくは通院か?これから年末を迎える多忙な時期、僕の思考は右往左往。

試合の終わったボクサーのような顔になったけれど、頭は大丈夫だったようで、吐き気も眩暈もなくて食欲は普通にあり。ホッと一息。

昨年の年末はホッカイロで低音火傷。2ヶ月の病院通いを要した。なかなか目を離せない。24時間体制で見守るわけにもいかず、ほどほどに疲労困憊のかねごんであった。

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2024年11月 8日 (金)

なぜ人は神様や宗教に頼るのか

普通の人は困っても、神様や宗教に頼ったりしない。病気になれば病院に行くし、学校の勉強が分からなければ塾に行く。お金がなければ、貸してくれそうな親戚や友人に頼んでみる。

ではなぜある種の人間は宗教や神仏に頼るのか。これって人間のDNAに刷り込まれている神頼みスイッチが、入りやすい人とそうじゃない人がいるようだ。と思っている。

僕などは神頼みスイッチがめちゃくちゃ入りやすいタイプの人間だ。困った瞬間に神様に頼んでいる。節操がないと言えば節操がない。

宗教には拒絶反応があるが、神様には弱い(笑)。小さい頃のトラウマが原因のような気がする。

家族に頼んでも、誰も僕の希望は叶えてくれなかったし、ほっといとも大丈夫な子という幻想をどうも親も家族も僕に抱いていたようで、放置されていた。

仕方がないので、近くの神社に行って神様にお願いしていた。歯が痛いので治してくださいとか。お金がないのでくださいとか。でも残念ながらお願いしたことのほとんどが叶わなかった(笑)。

今はどうかって?お金以外のことは結構叶えてもらってますね。^_^

継続は力なり。みなさんも神頼みいかがですか。

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孫自慢

多くの同級生達は孫がいる。大きい孫だと中学生や高校生にもなっている。

僕には孫はいない。息子たちが誰も結婚をしていないので、必然的にそういうことになっている。

SNSを閲覧していると、孫が誕生しました!的ハッピーな画像が溢れている。幸せそうで実に孫愛に溢れている。

孫自慢と言うタイトルをつけたけれど、決して孫自慢が悪いとか鼻につくなどと言う意味で書いたわけではない(笑)。ただ孫が可愛いくてしょうがないと言う感覚が分からない変人なだけである。

息子や娘が可愛いいと言うのは至極当然のこととして受け入れられるのだけれども、孫を見てメロメロになっているおじいちゃんやおばあちゃん達が僕個人としてはどうも感情移入ができない。

孫が出来たら大切な存在として愛することは間違いないけれど、目に入れても痛くない的な溺愛はしないな。そもそも子どもは親が責任を持って育てるべきもので、祖父や祖母が溺愛して可愛いがるのはいかがなものだろうか。

よく孫と一緒に寝ているなんておばあちゃんが田舎ではいるけれど、お母さんやお父さんが体調が悪いなんてことであれば、しょうがないけれど、僕は異質な感じがするね。

・・・とここまで書いてきて、僕の考えに異論がある方も多いとは思うけれど、なにせ祭りが嫌いだとか花火大会は見ないなんて言う変人が服を着て歩いているような人間なので、適当にスルーしていただければ幸いです。はい。

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2024年11月 7日 (木)

キーワードは疲労感

昨年まで難なくこなしてきたことが、一気にブレーキがかかって気力が湧かなくてしまって、あたふたしている自分。

草刈り作業もそう。母の介護もそう。薪割りもそう。生活して行かなくちゃならないので、高校の講師と塾での仕事は毎日頑張ってはいるが、行動を起こすまでがしんどくなってきた。

年を取るってそう言うことなんだろうね。

昨日年金手続きの書類が送られてきた。65歳から国民年金を貰えるわけだけれど、あまりの少なさに愕然としてしまって、考慮中だ。

70歳からだと40パーセント増の年金が貰える。しかしこれはギャンブルだね。70歳を前に逝ってしまえば、1円も年金を手にせずバイバイだからね。

70歳まで今の労働を継続出来る自信があれば問題はないのだけれど、こればっかしは、神のみぞ知るだからね。

四半世紀体調不良はあっても、1日たりとも仕事に穴は開けてこなかった。自慢と言えば自慢だけれど、やっぱ無理はしてきたよね。

過労から倒れて救急車で運ばれた時も、点滴をしてもらって夕方には塾に復帰していたからね。ほんと病気だよね(笑)。

僕の最近の身辺において、キーワードは疲労感。疲労感を覚えたら無理はしない。無理に気力をひっぱり出そうともしない。そういうことで。

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カミングアウト

ブログを日々書きながら、自分の過去と対話することが多いのだが、最近あることに気づいた。

僕が生きるエネルギーとしてきたのは少年期から青年期にかけての不運や挫折の悔しさだったと言うことだ。

若い頃は金持ちを見るとムカついたし(笑)、高学歴の傲慢な人間を見ると張り倒したくなった。どうしようもない輩だった。

貧乏でまともに勉強など出来なかった自分が誇れるものなど何もなかった。中学時代は卓球だけやっていた。勝つことの快感だけが当時の自分を支えていた。故にスポーツ命の生徒の気持ちが手に取るように分かる。

高校では音楽とバイトの日々。大学進学を決めてからは、勉強する振りをちょっとだけやったけれど、全てが遅すぎた青春って感じだったね。

社会人になってからは、ハッタリだけで生きてきた感がある。ハッタリの効用とでも言ったらいいのか、ハッタリを言った手前、やんなきゃなーと言うことで、後出しジャンケンみたいな勉強はやってきたかな。

還暦を過ぎた今でも、やっぱり原動力は若い頃の挫折の慚愧の念かもね。失敗を糧になんてもんじゃなくて、あんなことで挫折していた自分が許せない自分がいるだよね。

どこかで、この負のエネルギーを手放さないとと思うんだけれど、今はまだ難しいかな。

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2024年11月 6日 (水)

日本を守るために

平和ぼけしてしまった日本人と言うフレーズをよく聞くが、それは戦争を70年以上して来なかった日本人の素晴らしさを逆手に取った自虐ネタでもある。

戦争をしない国日本。戦争が出来ない国と言った方が正しいかもしれないが、憲法第九条を遵守してきた日本は宣戦布告を受けることもなく、また宣戦布告をすることもなく長い年月を平和に過ごしてきた。表面的には。

冷静沈着に眺めれば、アメリカの軍事基地が日本の要所に存在し、日本は自衛隊と言う名の陸海空軍を持っている。

そして防衛予算は毎年鰻登りで増えている。戦争をしないために国防に力を入れてきた国であることは間違いないようだ。

アメリカに守られてきた国と年長者は言う。本当にそうだろうか。戦後の高度成長は、日本人の必死の努力でなし遂げてきたものだ。そしてバブル崩壊後のこの30年間は、裕福さを経験してしまった世代のノンポリ的日和見主義が生み出してしまった楽観主義の残骸だった。

アメリカに主導権を握られ、政治家も企業もアメリカにNo を言えない時代と言ったら言い過ぎだろうか。その間に中国にも韓国にも、個人資産の豊かさであっと言う間に追い抜かれてしまった。

日本の若者たちの5人に1人は健康保健も年金も未加入だ。知人のドクターが言っていたが、癌の可能性を示唆すると、それっきり病院に来なくなってしまう人が多いと言う。高額医療費が払えないからだ。

結婚も出来ない。生活保証も受けられない。この貧困を生み出したのはそれぞれの自己責任だとおっしゃる方が多い。

この状況下ですら暴動一つ起こらず耐え忍ぶ人々。東日本大震災の時も能登地震の時もそうだった。

諦観を植え付けては行けない。日本国民を守るために、利権のしがらみから脱却した政治・経済じゃなければいけない。

少しづつ当たり前のことが言えない世の中になってきた。それじゃいけないよね。

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2024年11月 5日 (火)

不思議な訪問

4日前の夜。時計は12時を過ぎた頃、枕元で猫の声がする。4年前に死んだキラの鳴き声だった。思わず「キラなの」と呼んでみたが、姿は見えず。

最近妻もキラの存在を感じたらしい。

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生前このブログに載せたキラの後姿である。僕が体調を崩していた時なので、心配して来てくれたのだろうか。

仕事を休むほどではないが、ここに来てちょっと体調がイマイチだ。兎にも角にも夏がめちゃくちゃ長かったので、疲れが蓄積していたのだろうと思う。

ストレスと草刈りの疲労。しょうがないか。^_^

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2024年11月 4日 (月)

こたつ・コタツ・炬燵

帰宅して茶の間に炬燵を設置した。寒いもんね。猫じゃないけれど、こたつに潜りたくなる。

こたつを漢字で書くと、なんか機械的だけれどひらがなで書くと、潜りたくなるね。ちなみにカタカナのコタツはよそゆきな感じかな。

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紅葉も見事な季節になった。こたつに入って紅葉を眺めながら熱燗をグイッと。いいね。

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缶詰状態

昨日の『アトリエ風と虹』の1日オープンデイは天気にも恵まれ、多くの方々に来場いただきありがとうございました。準備と開催疲れで昨夜は8時に寝ました。歳ですね。マルシェ等の特別企画は今回が最後ですかね。

通われている親子さんのイベントで、妻も僕もいっぱいいっぱいと言う感じですね。そう言いながら恒例のクリスマス会はやるようですが・・・

今日は休日。しかし僕は朝から塾に缶詰状態。高校の中間考査が近づいていて、6クラス分4科目の問題作成に励んでおりました。午前中いっぱいで形が出来上がったものですから、気分転換にブログを打ち込んでおります。

ふと気づくと11月ですが、10月に日本がやばい状況になると言う予言だか預言だか、なんだか知りませんがどうなったんでしょうね。笑

YouTubeで登録者を増やして稼ごうとしている人たちも大変だと思います。色んな意味で。不安を煽って手に入れたお金は、必ず自分の不安が原因で失います。因果応報というやつですね。

これから昼食を食べて、午後は解答の作成に取り掛かります。配点を考えるのが大変なんですよね。それでは。

おっと忘れてた。今日は祝日ですが、塾はいつも通りあります。

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2024年11月 3日 (日)

さよならは別れの言葉じゃなくて

大学は今学園祭の季節。この季節が終わるといよいよ冬の匂いがする食べものが恋しくなる。オデンや焼き芋など。

学園祭で思い出したけれど、僕がいた大学では、武田鉄矢率いる海援隊のライブが行われて盛り上がったね。歌を歌うよりトークが長い。それも下ネタのオンパレード。

武田鉄矢というキャラクターは、一見真面目そうに見えるが、その内面には非常なサービス精神が渦巻いていて、それが度を過ぎると、受けるためには何でもやるタイプの人ってな印象を受けたね。

ちなみに僕は高校2年生から大学を終えるまで、いっさいテレビから決別していたので、彼が演じる教師役のドラマなど全く知らず、大学を終えたのちに就職した進学塾で、大学生のバイトの面接をやった時に、「金八先生のような教師が目標です」なんて言われても、そいつは誰だみたいな感じで、海援隊の武田鉄矢がまさかそんなことをやっているなどどつゆ知らず、困惑したかねごんであった。

当時海援隊の曲がラジオから流れていた頃、来生たかおの歌も良く流れていた。海援隊の『贈る言葉』の歌詞に、さよならだけでは寂しすぎるから♪というフレーズがある。一方来生たかおの『セーラー服と機関銃』には、さよならは別れの言葉じゃなくて、と言う歌詞が出てくる。

同じさよならと言う言葉でも、アーチストが違うと実に様々なさよならの捉え方が出てくるものだと当時、作詞作曲に明け暮れていた僕は思ったものだ。

ちなみに小田和正のハイトーンボイスで歌われる、さよなら〜さよなら〜さよなら〜にはいろんな意味で度肝を抜かれたね。武田鉄矢や来生たかおの歌がヒットするならば、俺もいけんじゃね〜とどっかで思っていた節があるが、小田和正を聞いたら萎えたよね。

故に塾教師を40年もやってきたわけで、小田和正さんには感謝している。勘違い野郎にならなくて済んだからね。

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2024年11月 2日 (土)

秋がなくて夏から一気に初冬

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今朝はさむくて薪ストーブに点火した。今年は夏から秋を飛び超えて一気に冬がやって来た感じだ。故に体調管理が難しい。

仕事を休むほどではないがここ2、3日ボーとしている。夏の暑さの影響がここに来て出た感じだ。

須川岳も頂上付近がうっすらと白くなっている。雪が舞ったようだ。僕がガキの頃は、須川岳が白くなると父は出稼ぎに出かけて行った。

何気ない日常のように思えたけれど、やっぱり出稼ぎ仕事は尋常じゃなかったね。近くの人が工事現場で亡くなったりしたし、出稼ぎに行ったっきり戻って来なかった人もいたからね。

ところで米の収穫も近隣では終えたようで、米不足を反映して高値での取り引きになっているようだ。僕は米作りを廃業したから関係ないけどね。

明日は自宅にて妻が主催する『アトリエ風と虹』のささやかなイベントがあります。昼食も準備しております。お時間がある方は寄ってみてください。

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2024年11月 1日 (金)

ずっと旅人

カーラジオから懐かしい曲が聴こえて来るように、ありきたりの風景が急に涙腺を刺激することがる。

いつでもどこでも、僕らは旅人なんだと実感する。1日として同じ日はない。毎日通勤する道も、仕事場の机も毎日毎日が違う。

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庭にやってくる野性の動物たちや、虫たちも天気や季節によって変遷する。

人生は当然のことだけれど、山あり谷ありだ。毎日見る風景が涙に霞む日もあれば、歓喜に沸く日もある。

そんな喜怒哀楽の中で、僕たちは生かされ、そして帰って行く。

長い旅は続く。

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