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2024年10月

2024年10月31日 (木)

鼻水が止まらない

昨日は鼻水が滝のように流れ、新しいテッシュボックスが二箱消えた。

塾からの帰り道、ドラックストアに立ち寄って鼻水に効く薬を買って、寝る前に飲んだ。鼻水はなんとか止まったけれど、全身が怠くて今朝は8時過ぎまで寝ていた。

今日は高校の授業が午後からだったので、ぼーとしながらワールドシリーズをテレビで観ていた。

ヤンキースが5点先取した段階で、今日のドジャースの優勝はないかなと思ったやさき、後半に見事な逆転をし優勝を果たした。

ワールドシリーズ100年以上の歴史の中で、最初に3連勝したチームが100ペーセント優勝すると言うジンクスがあるらしい。まさにその通りとなった。

ところで、今回のワールドシリーズで驚いたのは、観戦チケット代だ。一番安い外野席で18万円、ネット裏の特等席で390万円。平均26万円のチケットがソウルドアウト。1試合260000✖️50000=13000000000

大谷翔平の年俸なんてちょろいもんだよね。

アメリカ人お金持ってるね!羨ましい限りだ。

僕だったら野球やスポーツ観戦に出せるお金は3000円かな。390万あれば、一関ならばちょっとした中古の一軒家が買えるね。

それにしても体調を戻さないと・・・

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2024年10月30日 (水)

高校生の結婚観

教えている中高生のお爺さんやお婆さんが、僕より年下という状況が生じてきている。僕には孫どころか、息子達が未婚なのでちょっと不思議な感覚ではある。

かつては家が途絶えないように、結婚して子どもを持つことが、一人前と言われた時代があった。古き時代の家制度の名残りであったのだろうと思う。子どもが出来なければ、養子をもらって家を継続してきた。

3人に1人が結婚しない時代になった今、明らかに現代人の結婚観が変わってきているのだろうと思う。

高校生に結婚願望を聞くと、好きな人は将来いて欲しいけれど、結婚は望まないという回答が返ってくる。日本の少子化はますます加速するだろうと思う。

独身ならば自由に恋愛は出来るけれど、結婚すればそれは出来なくなるとか。子どもにお金がかかり、自分の生活がままならなくなるなどの言葉を耳にするが、単なる戯言として聞き流せない世の中になっていることは確かだ。

つまりは独身ゆえの不自由さより、家庭を持つことの不自由さの方が若者たちはシンドイと言う想いが強い。

子ども連れの若い夫婦を見ると、幸福のオーラーが煌めいているように見えるのだけれど、同世代の若者たちにはどのように写っているのだろうか。

高校生に難解な微分積分を教えたり、英語の長文を訳させることの前に、教えるべきことが山積みしているような気がしてならない。

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2024年10月29日 (火)

日常からの脱却

祭りが嫌いだと言うと、多くの人からえ!というような反応をされる。花火大会も神社の神輿が繰り出す祭りも実は好きじゃない。

なぜかと問われると、シンプルに答えることができないが、高揚したドンチャン騒ぎが生理的に受けつけないようだ。神社が好きなのに神社の祭りは苦手って、自分でもかなり変人だと思う。

何か幼少期のトラウマがあるのかも知れない。

日々労働に明け暮れる現代人にとっては、ストレス解消のために、日常からの脱却は必要なことかも知れない。居酒屋で酒に酔いしれるのもそう。パチンコや競馬のようなギャンブルをやるのもそう。登山やゴルフで汗を流すのもそう。祭りもそのひとつなんだろうと思う。

僕にとってのストレス解消は、仕事場と自宅に往復1時間、車の中でお気に入りのジャズを聴くこと。そして家で晩酌すること。また明日も頑張ろうという気力がなんとか復活する。

財布の中に翌日の弁当のおかずを買うくらいのお金しかなくても、晩酌するためのお酒を買ってしまうのはやっぱり病気だ。酒が飲めなくなった時が、僕が死ぬ時だと思う。

お金が無いと言うのが一番の理由だが、喫茶店やカフェに入ることはなくなった。居酒屋も行かない。ギャンブルも30を前に足を洗った。ちなみにゴルフも20代でやめたし、そして最近卓球もやめたし、薪割りもやめた。

温泉に行くこと。自宅で夜酒を飲みながらジャズを聴くこと。とりあえずこれだけで生きていけるな。

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2024年10月28日 (月)

生きると言うことは

自分の子どもを一流の高校や大学に入れようとする親ごさんの心理状況を分析すると大きく3つに分類できるようだ。

自分がいい高校、大学を終えて生活が充実してきたから、息子や娘にも同じ進路を歩ませたいと言う心情。

逆に学歴がなくて大変な思いをしてきたので、子どもには是が非でもいい大学に入って欲しいと切望する親ゴコロ。

もう一つは、いい高校いい大学に入るのが当然だと信じてやまない学歴信奉者。

どの動機でも構わないだろうと思うが、その親の願いに子どものスタンスが一致するかどうかである。

世間体や見栄で子どもなんとかしたいと言う欲望は、不思議なくらいほころびが表出する。うまく言葉にすることが出来ないが、あえて言えば勘違い。そんなところだろうか。

一流企業に入るのも、自営業で頑張るのもいいだろうし、生活の安定はさておいて、芸術家や芸能そしてプロのアスリートを目指すのもいいだろう。

生きるということは、基本的に翌朝起きたらやる事があるということだろうと思う。僕らは生きて行くために学びそして頑張っている。

起きて何もやることがなくなった時が、人生の潮時かなと思っている。故に起きてやることがあるうちは頑張って生きて行こうと僕は考えている。

生きるとはその日その日のやるべきことを粛々とこなして行くことだと思う。粛々と飯を食う。粛々と惰眠を貪る。ありだと思います。

そこに何らかの価値観とか意義を持ち込むから、生がややこしくなる。

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2024年10月27日 (日)

駒形神社の奇跡が始まりだった気がする

このブログで15年前ぐらいだったろうか、水沢の駒形神社に参拝に行くと、手前に信号機がある十字路があるのだけれど、必ずプレート番号に77がある車が信号待ちしていると言う偶然が数十回連続していると言う記事を書いた。

このことは神社の総代さんや神主さんも知ることとなり、僕も妻を乗せて行ったり、友人を乗せて行ったりして検証してみたのだけれど、やっぱり77の車が信号待ちしているのである。50回以上は続いた気がする。確率から言うと天文学的数字だ。

東日本大震災がやって来て、この奇跡は止まったけれど、ある日友人宅の佐惣珈琲豆店から200メート離れた自分の仕事場に向かう途中、『三峰神社へ行け』と言う言葉が僕の脳裏に舞い降りてきた。人生で初めての経験だった。

僕は躊躇なく衣川の三峰神社に向かった。それが初めての磐座神であるアラハバキとの遭遇だった。

そして一関や平泉周辺の磐座神の探索を始め、発見したのが配志和神社を中央に配置された7つの磐座神社六芒星だった。

東京から岩手に戻って、初めて登った山が駒形山だった。そして早池峰山や五葉山に登るようになって、磐座に対する僕のセンサーが鍛えられた気がする。

山には本当に似たような岩があっちにもこっちにも鎮座している。しかしある特定の岩だけが磐座として信仰の対象になっている。なぜ。

その解答が六芒星の発見に繋がった。きっと坂上田村麻呂も僕と同じことに気づいて結界を作ったのかもしれない。僕は気づくのに3年の年月を要したけれど、田村麻呂は瞬時に見出したのだろうな。さすがだ。

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2024年10月26日 (土)

魂の世界はごまかしが効かないんだろうな

年に一回くらい、7名ほど生徒が来るはずの曜日に、待てど暮せど誰も来ない日がある。で僕はどうしているかと言えば、本を読んだりうたた寝をしたりしているわけだけれど、神様がくれた休息日だと思ってぼーとしている。

窓から夕焼けを眺めながら、時に自分の人生などを振り返ってみたりするのだが、自分で言うのもなんだが、お金以外で言えばなかなかおもろい人生だったと思う。

やりたいことをやってきた。米作りもそう。作詞作曲もそう。卓球もそう。山登りもそう。神社巡りもそう。自宅や納屋のDIYもそう。自分の思いつくまま、身体を動かし、没頭してきた。

その基盤を作り得たのは、中学高校時代だった。勉強はしなかったが、興味のアンテナはとどまることを知らず、兎にも角にもやりたいことには手を出し、失敗しようがなりふり構わずチャレンジして行った。

その根底にあったのは、一度きりの人生めいいっぱい楽しもうぜと言うシンプルな思考だった。少年期が恵まれなかった分、反動として青春時代がはちゃけたのだと思う。

それにしてもとうに還暦を過ぎた爺いが、夕焼けを見ながら人生を俯瞰するなんて、僕も随分と黄昏たもんだと思う。

奇妙に聞こえるかも知れないが、最近は死ぬことが楽しみになってきた。もちろん自殺なんかは毛頭する気はないが、あっちの世界に興味深々である。

薄々感じることはあるのだが、魂の世界はごまかしは効かないんだろうなと思うね。その予行練習も兼ねて、これからの残された人生、自分に正直に生きようかな(笑)。

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ものすごい分量を書いている作家中山七里

僕と同い年の作家で、めちゃくちゃ面白いミステリー小説を書く仲山七里さん。この秋ハマってもう10冊ほど読了した。

それにしても書きまくる枚数とその卓越したストーリー構成に、本当に引き込まれてしまう。特に世界的ピアニストであり犯罪のトリックを見破って行く岬洋介なる人物が登場するシリーズは圧巻だ。

ひとりの作家にこれほどのめり込めるのはなんか嬉しい。それも同世代の作家なので、時代を読む空気感みたいなものにものすごいシンパシーを感じることができて、精神安定剤を処方されたような癒しを感じる。精神安定剤を飲んだことはないけれど(笑)。

七里さんの作品が次から次へと出版されているが、単純に計算しても彼は毎日に原稿用紙20枚ほどを書き上げているペースだ。信じられない。

僕なんか毎日1枚半から2枚ぽっちのブログ記事を書くだけでも、ネタ切れ状態との戦いなのに、毎日20枚平均とは恐るべし。

中山七里さんのミステリー小説は、いろんな意味で読者を裏切らない。登場人物の心理描写が緻密で、推理小説にありがちな、作品の辻褄合わせがない。

この秋おすすめの作家です。みなさん読んでみませんか。ちなみに僕が読んだ中では『合唱』が一番引き込まれたかな。

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2024年10月25日 (金)

疲れた時は疲れたって言おうぜ

一気に朝は冷え込むようになったが、昼間はエアコンが欲しいくらいの暑さだ。ストーブをつけたりエアコンをつけたり実に忙しい日々だ。

今年の夏は暑くて長かった。そして草もよく伸びた。今までで一番草刈りをやったかもしれない。草刈りが終わると薪ストーブの薪の準備に入るのだけれど、その気力が湧かず、チェンソーの歯を研ぐこともなく、斧を振り下ろすこともしなかった。

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故に昨年の暮れに割った薪を消費すると、燃やす薪がなくなる。薪を買えばいいじゃないかって?そんな余裕はない。

疲れてしまったのかもしれない。もうすぐ64歳になる僕はスパーマンでもなければ鉄人でもない。卓球のコーチこそ引退したけれど、毎日朝から夜まで教える仕事に付け加え草刈りの日々が付随した。

そして母親のプチ介護もある。疲れない方がおかしい。正々堂々僕は疲れた時は疲れたと言うことにした。いたわってもらいたいとか同情してくれと言うのでは決してない。

ただ疲れた自分がいることを理解して欲しい。ちなみに僕が卓球の指導をやめたと言ったら、来月から年末まで、休日は祭りのライブ依頼やテレビ取材、地区の雑用など全てスケジュールが埋まった。

やっぱり薪割りは無理だわな(苦笑い)

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いつの世も

軽々しく言うつもりはないが、謙虚さがない人間って周りの人間を見下しているよね。自分が出来る人間だから他人が馬鹿に見えるのかね。

才能があるなしで優劣をつけられるのであれば、才能がある方がいいに決まっているのだが、才能も学歴もない人間がこの社会を生き抜いて行くには、根性や体力ってことになるのかも知れないが、それさえない人はどうしたらいい。

僕は教育と言う名の仕事に就いて随分となるが、弱者の立場になって考えた時に、この世の中の理不尽さにくらくらしてしまう。

普通の人が普通に働いても大変な世の中で、身体や家庭環境にハンデギャップがある若者たちは本当に厳し生活を強いられる。

誰もが見てもそれとわかる障害がある人間には、社会はまだ救いの手をのべてくれる。しかし一見健常者にみえて見えない障害を抱えている人間には世の中は不条理であり理不尽な対応をとる。

こんなことも分からないのか。こんなことも出来ないのか。誰と比べての言葉だろうか。知らぬ間に自分を基準に判断していることに人は気づかない。

人は弱者を作り自分の存在価値を見出そうとする。だからイジメもパワハラもなくならない。いつの世も、したり顔の見識者がいて、世の中の常識というものを語り、非常識の人間を炙り出す。

その中に大切な真実があることに気づくこともなく。

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2024年10月24日 (木)

リーダーシップが仇となり標的にされたら

積極的に意見を述べ、委員や役員を率先して引き受ける人って職場でも学校でもいる。

でもそう言う人が失敗をやらかしたり苦境に立たせられると、援助の手が差し伸べられるかと言えばそうとも限らない。それどころか、あの人は強いから大丈夫と言うことで傍観されることが多い。

実は自分の弱さを隠すためにリダーシップを意図的に取る人がいる。そう言う人は無理をする。リーダーであり続けようとするがために標的にされることも多い。

困ったらあの人に頼めばなんとかしてくれると言うフレーズ、誰でも一度や二度は聞いたことがあるだろうと思う。でも冷静に考えてみるとかなり身勝手な依存心だ。

ギブアンドテイクで、お金が介入しての頼みごとならまだしも、善意にすがるそう言った態度は考えなければならない。

狡賢いと言う言葉があるが、能力があるのに様々な理由をつけて、お金にならないことはいっさい関与しない輩がいる。前者とは対極にいる人だ。

どちらが正しいとか正しくないとかの問題ではなくて、感情的な嗜好の問題だろうと思う。

ただ最終的に、自分が人生でとってきたスタンが、晩年の自分の姿として合わせ鏡で知らしめられることになるのは間違いないだろうと思う。

撒いた種は、いずれ刈り取ることになる。その総決算のために自分が出来ること出来ないことははっきりとさせておきたいものだ。

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2024年10月23日 (水)

なぜモダンジャズに魅了されるのか

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ジャズを聴くためのリスリングルームを自分で作ってしまうほど僕はジャズが好きだ。病気と言っても過言じゃない。

ぼろぼろの納屋を妻から、『アトリエ風と虹』のギャラリーにしたいと言われて始めたリフォームだったけれど、作っている途中から僕の目論みは変遷していった。これはジャズが大音量で聴ける僕の遊び場になるんじゃないか・・と。

妻はギャラリーが出来たといって喜んでいるが、僕がこのリフォームに心血を注ぐことが出来たのはそのような理由からであった。

何故にモダンジャズに心を奪われるのか。これを言うと変人扱いをされるので言わないできたが、六芒星の結界を提唱したり、自称プレアデス星人などと嘯いている僕はすでに変人扱いされているので、今日はカミングアウトする。

実は昔のブログで過去生が寺の坊さんであったりネテブウアメリカだった気がすると言うことを書いたのだけれど、前世の僕は1950年代のアメリカで人生を終えたように思われる。数年で日本に転生してきたことになるが、何か今生に急ぎの用事があったのかも知れない。

大学でアメリカ文学を専攻したのも、こうやってジョン・コルトレーンやチャーリー・パーカー、そしてアートブレーキなどに魅了されるのも前世の影響ではないかと思っている。

英語が飯の種になっているのも必然と言えば必然かも知れない。

小さい頃前世の記憶を保持していて、誰も教えない英語をアメリカ南部訛りで話し始めた日本人の男の子のことを聞いたことがあるけれど、僕の場合は成人を過ぎて急に嗜好が過去生に影響され始めたような気がする。まあ気がするだけで証拠はないけれどね。

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11月3日は大験セミナー分室『アトリエ風と虹』のオープンデイ

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来月11月3日はDIYした納屋ギャラリーにて『アトリエ風と虹』のオープンデイを開催いたします。場所は僕の自宅となります。花泉金沢刈生沢コミセンの近くになります。

前回の催しで最後にするつもりでしたが好評につき開催することになりました。みんなでお茶を飲んだり、だべったり、誰かが飛び入りで歌を歌ったり楽器を演奏したり、占いコーナーを設けたり、あやしい龍神グッツを販売したり、きっと楽しいひと時を過ごせると思います。

花泉駅前では伝統の花泉互市が開催される日でもあります。帰りにでもちょっと足を伸ばして来てみてください。

時間は11時より15時までとなります。お待ちしております。

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2024年10月22日 (火)

救われたって言われるとやっぱ嬉しいよね。

かれこれ20年前に卒塾した塾生のお母さんより、先日かねごん先生の記事に救われましたと言うお言葉を頂いた。

家庭内でトラブルがあったらしいのだけれど、僕の貧乏話に勇気をもらったらしい。僕の貧乏話が役立つことがあるのだと知って僕も勇気をもらった。

世間的に見れば、高校の講師をやって塾もやってさぞかし儲かっているのだろうと思われている節があるが、逆の見方をすれば家の中が大変だからこそ一生懸命に働いているのである。

末の子が短大を終わって、子どもたちも全員社会人となり、学費もかからなくなり、今度は自分達夫婦の老後の蓄えのために頑張ろうと思った矢先、母がくも膜下で倒れ長期入院。そして介護生活へと突入した。

お金が貯まるどころか、稼いだお金がそのままスライドして行く日々である。綱渡り状態と言うのはまさに僕のためにある言葉じゃないのかと勘ぐりたくなるここ数年の暮らしである。

ストレス解消に、なんちゃってシンガーシングライターなんてことをやってみたり、古材を使って納屋のDIYを試みたり、薪ストーブをもらってきて薪割りなどもやってみたけれど、根本的な経済の問題は解決する術もなく、ただただ働き続ける日々である。

救いなのは、ここ20年整体には行っているが、風邪などで体調を崩したことはなく、高校も塾も冠婚葬祭以外で20年間仕事を休んだことがない。

これに関しては妻の作ってくれる食事に感謝あるのみだ。我が家では醤油や味噌をはじめ、妻が厳選したものを食している。怪しげな調味料や加工食品は食卓には上がらない。

職員室ではたまにこっそりと、カップ麺を食べるけれど(笑)

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選挙が近づいている

衆議院選挙が近づいている。無機質な実態調査の電話がやって来る。選挙に行きますか?何党に入れますか?思想チェックかと言いたくなる電話だ。

今の政治に何が不満かと言えば、国民年金の低さだよね。それと1円にもならない土地に、持っているってだけで固定資産税がかかってくること。

全然貧乏人のことなんか考えてないもんね。そもそも政治家の皆さまお金に苦労していないから分かんないだよね。

お金が無いのは自己責任だよね的なこの日本と言う社会は、資本主義社会のもっとも負の部分を象徴している社会だと思うね。

平等という名の生殺し社会だね。子どもを育て、親の面倒をみるって至極普通のことが困難なこの国は、福祉ダメダメ国家だよ。

30年上がらない地方の給料。かと言って物価は都会並みに高騰。良い職に就くには学歴や資格が必要と言われても、大学や専門学校の学費はまさに鰻登り。

倍率が無くて入りやすいと言われても、お金がかかるので入れないと言う刹なる声が聞こえてくる。

この収入じゃ結婚は無理だし、自分の生活費を稼ぐのでいっぱいいっぱいで、子育てなんて無理。こう言った声は全く政治には反映されない。

地方は見捨てられた感がある。故に公務員と公立学校の先生方の豊かさが目立ってしまう。実はそれほど裕福じゃないのにね。

今回の選挙に期待することは多いけれど、問題は若者たちが選挙に行くかどうかだね。

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2024年10月21日 (月)

一気に冬の寒さ


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今朝は初氷がはって、めちゃくちゃ寒かった。この秋初めて薪ストーブが稼働した。

ただ今年は草刈り仕事で疲れはて、薪割りはいっさいしなかった。今あるストックがなくなれば終了。薪を買う資金などないし、かと言って灯油は高いし、溜息の日々である。

暑いのも嫌だけれど、寒いのも嫌だ。年を重ねるたびにどちらも身体にこたえるようになった。

実は今朝寒さも影響したのだろうと思うのだが、起きて台所に入ろうとした時に、上り口につまづいて、転げて倒れて、したたかにおでこをぶつけた。

まさに顔の回りに星が点滅した。高校での授業中も痛さの残像が残りぼーとしていた。昼過ぎからようやく痛みも引いて食欲も出てきたが、全く持って自分も年を取ったなと思う。

転げ方が老人そのもの。50代の頃には決してやらない失態だ。

こんなことがあると、いつまで働けるだろうかとじっと手を見るの心境だ。

さてと、灯油と冬タイヤの準備をしなければならない。また厳しい冬が来るね。

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2024年10月20日 (日)

ブログランキングいいねの最高記録

昨日の記事に対して120の一押しを頂き、ブログを書き始めてからの最高記録を更新した。

いつもは60前後なので、ほぼ倍のいいねを頂いたことになる。全国塾ブログランキング万年2位のわくわく日記であるがちょっとだけ1位のブログに迫った感がなくもない。

気合を入れて熟考して書いたブログがさっぱり音沙汰なしと言う日があれば、思いつきで書き散らしたブログがめちゃくちゃアクセス数を伸ばしたりということがある。何が評価されるのかさっぱり分からない。

基本的には毎日思いつきで行き当たりばったりの記事を書いているので、しょうもない雑文なのだけれど、好きこそものの上手なれと言う心境で、日々暴走を続けるかねごんである。

人は生きていれば必ず悲しみや怒りやそして喜びに出逢う。その感情の揺れを文章にするだけで、ストレスはかなり軽減される。

僕は貧乏話を頻繁に書くけれど、書くことで、貧乏でもいいか、と言う諦観が滲み出る。それで貧乏生活が改善されるわけではないけれど、心はちょっとだけ救われる。

だから怒りややるせなさを感じたことをブログに書くことで、僕は精神のバランスを取ってきたのかも知れない。それが証拠に、とっても短気だった僕は、このブログを始めてからと言うもの、ドチギレルことがなくなった。

いい感じだね。

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2024年10月19日 (土)

道は遠い

汗水垂らして働いても、入るお金は僅かばかりと嘆く農家のみなさん。油まみれになって工場で働いても、手取りは15万にもならないと嘆息する若者たち。

一方パソコンを使った株式投資によって、年収1000万を超えるインベスターたちがいる。

誰しも苦労してお金を稼ぐよりは楽して稼ぎたい。当たり前のことだけれど。

現代の資本主義社会では、何を言っても最後はお金がある人が強い。故にみんなお金のために頑張る。でも頑張っても頑張っても報われない人がいる。

お金を稼ぐ能力は学歴や頭の良さだけではない。お金になる仕事を臭覚的に察知出来る人間が勝ち組になる。その臭覚は何処で鍛えられるのか。分かっていたなら僕も苦労はしなかっただろうけれど、残念ながら僕にはその才能が微塵もなかった。

お金持ちになりたかったら人の2倍も3倍も働きなさいと言われた。努力は報われるとも教わった。それらをレクチャーしてくれた人たちは、もうすでに鬼籍に入ってしまったけれど、今僕はそれを後輩たちには言えない。

頑張っても報われなかった人たちを見すぎてきてしまった。震災やコロナで人生を狂わされた人たちがあまりにも多くいた。

かく言う僕も、人一倍どころか睡眠時間を削ってずっと働いてきた。でも塾名義の通帳にも僕個人の通帳にも7桁の印字を見たことがない。そしてこのまま年金受給者に突入する。

サラリーマンを数年しか経験していない僕の国民年金は雀の涙だ。生活のために死ぬまで働かなければならない。

道は遠い。

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2024年10月18日 (金)

ブログを書き続ける理由を自問自答してみる

自分で言うのもなんだが、よくぞ毎日どうでもいいような記事をアップするもんだと、自分の愚行に感心する。

息子が高校生になった時に書き始めたこのブログ。息子も34歳になっている。と言うことは、もうすぐ20年を迎える。オーマイゴット!

日々貧乏話のオンパレード。このブログが塾ブログであることを、当の本人も忘却している始末。

以前も書いたけれど、このブログを書き始めようとしていた頃、酒と不摂生な日常で痛風になるは、酒の飲み過ぎで内臓が悲鳴をあげて慢性の腰痛に苦しむは、まさにぼろぼろ状態だった。

家族への遺言のつもりでこのブログを書き始めたと言っても過言ではない。ブログの効能というわけではないが、毎夜ブログを書くようになって酒を飲む時間が減った(笑)。ブログのお陰で少しずつ体調が復活していった。ブログ様さまである。

ブログが縁で活動の幅が広がったことも大きな収穫である。塾ブログとしては生徒集めにはほとんど効力を発揮しないブログではあったが、このブログをたまたま読んでくれた私立高校生の先生より、講師の要請を頂いたり、新聞社より評論の話を頂いたり、予期せぬオファーを頂いた。ありがたかった。

それだけでも書き続けてきた甲斐があったと言うものだが、雑文を書いてきた本心みたいなものは何かと自問自答するならば、自分の弱さと向き合うために書いてきたような気がする。

僕が神社が好きで行くのも、毎晩酒を飲むのも、このブログを書き続けているのも、自分の弱さ故のような気がする。自分に自信があって不安も憂いもなかったなら、神社に興味を持つことはなかっただろうし、ブログを書くこともなかったと思う。

このブログは弱さに対する僕の脅迫概念が書かせているのかも知れない。

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2024年10月17日 (木)

勉強しない理由

勉強しなさい!この言葉を屁とも思わない児童生徒がいる。

家に帰ればランドセルを放り投げ、友だちと遊びにレッツゴー。塾や習いごとに行く同級生たちなどいっさい眼中になく、友だちの部屋でゲームバトル。

宿題はやらず、学校で出されたプリントは未提出。ランドセルの底に潰されているか、ゴミ箱に直行するか、自分の勉強机に座るのはマンガを読む時ぐらい。

クラス順位も通信簿の成績も全く関与せず。ひたすら欲望の赴くままに爆進あるのみ。

周りの生徒には、そう言った同級生が羨ましく見える時もないことはないが、浮いた存在になることは否定できない。

こういった児童生徒は間違いなくクラスに数名はいる。担任の先生にとっては頭痛の種だ。

親御さんにアポイントを取るものの、そこに現れたお父さんやお母さんの頭は金色だったり、赤かったり。鶏冠がたっていたり。腕からは皮膚につけた紋様がチラリチラリ。

先生たちが踏み込めない壁が横たわる。

勉強に価値を見出すのは、勉強することが人生で大切なことだと分かっているからであって、分からないければ勉強はしない。遊びまくっている方が楽しいに決まっている。

蟻とキリギリスの逸話も、亀とウサギの話も、彼らにとってはきっと退屈極まりない話なんだろうと思う。

どうするアイフル。そこに愛はあるんか!?

ふ~俺もある意味自由になりて〜

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気温の変動にちょっとダウン

今日は高校の授業がないのも幸いして午前中いっぱい寝ていた。偏頭痛と目眩で起きれなかった。

朝は暖房が欲しい寒さで、昼は冷房が欲しい暑さ。さすがに体調管理が難しい気候だ。故にダウン。

10年振りくらいだろうか体調を崩したのは。午後になって頭痛がひいたので、無事塾に辿り着き、仕事のスタンバイをしている。

妻曰く、酒の飲み過ぎじゃないのと言うことだが、確かにそれもありかな。最近はジンの炭酸割りにハマり、一杯では止まらない晩酌になっている。

しかしである。酒が美味いと言うことは、体調もいい証拠だろうと思うので、今回の体調の悪さは、気候のせいにしておこう。

そう言うことで今日は短い文章で失礼します。

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2024年10月16日 (水)

2000年以降四半世紀が経って

21世紀を迎えて四半世紀が過ぎようとしている。まさにに激動の四半世紀だった。

幾多の自然災害が猛威をふるい、多くの人命が失われた。とどめは新型コロナウイルスの蔓延で、経済がストップしてしまった。

一見世の中が復活したように見えるが、水面化では諦観を纏い、落胆した影が彷徨っている。

日本は円安に経済がさらに低迷し、我が国が発展途上国になってしまったかにように、外国からの観光客の増加が進んでいる。

日本の教育も将来が見えない状況だ。大学は無試験合格が普通になり、レベルの低下が叫ばれている。大学不要論さえ囁かれる昨今である。

この国を担うべき若者たちから夢を奪ってきたのは、一言に政治力の無さがあげられる。宗教や大企業に支えられてきた現在の与党の、寄らば大樹の陰的な政治体質が、本質的な舵取りを誤ってきた。

本当に優秀な人間は、この状況下では政治家など目指すはずがない。お金のために政治家を目指す輩は所詮お金で潰れて行く。

この現代において、貧乏人とお金持ちがこれほどはっきり分別された時代も珍しい。

自慢じゃないが毎日14時間労働をやり抜いても、全く貯蓄が出来ない社会ってなんだろう。きっと僕のせいなのかも知れないが、無常を感じる。

お金を産まない土地でも税金が課せられ、所得に関係なく食べものを買えば10パーセントもの税金が取られる。物価が上がっても国民年金は変わらず、65歳で手にする年金は本当に小遣い程度。月々の税金や車の維持費にもならない額だ。

死んだ方が楽だと言う老人が増えるのも、悲しいかな現実だ。

サバイバルゲームは嫌いじゃないが、ちょっとゲームのやり過ぎかな。自虐を込めて。

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2024年10月15日 (火)

余命あと20年か

1年ちょっとで高齢者の領域に突入する。日本男性65歳の平均余命は19年だそうだ。僕は後20年ほど生きる計算になるわけだが、ふと20年前を考えてしまう。

43歳だった。酒と不摂生が災いし、身体はボロボロ、疲労困憊の日々だった。

米作りをやっても、利益は出ず、塾も教室が老朽化して、ハード面で生徒が集まらず、ストレスがたまり酒の量が増え、痛風の発作にのたうち回る日々だった。

転機が訪れたのは、たまたま在籍してくれた生徒が現役で東大の医学部に合格したことだった。中学3年から高校1年までいた生徒だったが、僕の塾をやめてからは独学で勉強をしたらしい。

小さな田舎町故、どこの塾に通っていたのだろうと言うことになって、彼がかつて通っていた僕の塾が注目を浴びることになった。

現在の3倍ほどの生徒数に塾は満杯状態になった。もちろん僕1人では指導出来るはずもなく、講師の先生を3人ほどお願いした。

もちろん頂く月謝は増えたのだけれど、人件費もそれなりに出て行くわけで、貧乏暮らしは大幅に改善したわけではなかったけれど、精神的にはだいぶ楽になったあの頃だった。

そんなことがあって20年経って今があるわけだけれど、同じ年月が今後横たわっているのかと思うと、ちょっとくらくらする。

僕にとってやっぱり人生は長いな。

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2024年10月14日 (月)

ありふれた悲しみ

朝起きて珈琲を飲もうとしたら珈琲豆がきれていた。そんな日は悲しい。代わりにコンビニで買ってくればいいと思うかも知れないが、長年飲んで来た佐惣珈琲豆をコンビニの珈琲で代用することはできない。

いつも聴いていたジョン・コルトレーンのCDが聴いていたら飛んだ。やばいと思ってCDを確かめたら小さな傷がついている。実に悲しい。いろんな思い出が染み込んだアルバムだけにショックだ。

僕の大好きな日本酒八仙をリーカーショップ・コンノで買ってきてちょっとだけ飲んで、あとは明日飲もうと冷蔵庫に入れて寝た。翌日になったら空瓶が冷蔵庫の横の瓶捨てにはいっていた。悲しい。ちょっとだけ悲しい。妻や息子たちは八仙には目がない。しまう所を失敗した。

合格した生徒より前沢牛を頂いた。こんな高級な肉は買うことがないので、めちゃくちゃハーピーだった。翌日の夜、前沢牛は?と妻に尋ねたら息子たちがめちゃ美味しいって食べちゃったとの爆弾発言。前沢牛は幻に終わった。

僕のありふれた悲しみでした。

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優しさは

どこまでも続く一本道よりも、僕は曲がりくねった道が好きだ。思わぬ風景との遭遇が疲れを癒してくれる気がする。

山頂がずっと向こうに見えている山もそうだ。この年になると、見えるがゆえに登る気力が削がれそうになる。あんなに遠いのかと。

子どもたちに将来の現実を突きつけるのも似たようなものだと感じる。そんなだと○○みたいになるよ。勉強が苦手でも話すのが苦手でも、誰にも得意なことはある、

アウトローの生き方も、堅実な生き方も目標意識がしっかりしていて努力を継続していれば、必ずいいことがある。即効性のない努力を現代人は嫌う傾向があるけれど、継続は力なりと言う至言を侮ってはいけない。

優しさと言うのは、相手のことを思いやることなのだろうけれど、辛抱強く相手を見守ってあげることが僕は優しさだと考えている。

やりたいことがあると言うだけで、人生は充実しているはずだ。そのやりたがっていることを否定せず拒絶せず、見守ってあげる勇気や忍耐が優しさ なんじゃないだろうか。

人は年を重ねて、自分がやり残したことに気づく。恋愛だったリ仕事だったり、趣味だったり。

やらないでしまった理由と、やるべきだったなと言う後悔。その狭間の中で、僕らは遠い昔を懐かしむわけだけれど、やっぱり若い頃の夢の残像を引き摺っている。

そこにあった優しは少なからずあった気がするのだけれど。

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2024年10月13日 (日)

小学校の4年から6年生が大切だと言ったけれど

前回のブログで、小学4年生から6年生までの内容が掌握出来れば中学はばっちりだよと言うことを書いたが、小学校で伸びる資質は幼児期に作られると言う話は今日はしたい。

僕の塾は寺子屋式の指導だけれど、大験セミナーの別館として自宅では妻がシュタイナー教育を取り入れた幼稚園年長さんからの親子教室をやっている。元々は大験セミナーの一階で行っていたのだが、広い場所が必要ということで、12年前から自宅に指導場所を移して行っている。

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シュタイナー教育の真髄は、身体を使って芸術的感性を育てること。自分たちで染めた糸による編み物や粘土造形、濡らし絵、そしてオイリュトミーなどの実践がカリキュラムにとり込まれている。興味がある方はSNSで『アトリエ風と虹』を検索して見てください。

ちなみに僕はシュタイナー教育に関しては数冊の本を読んだだけだけれど、妻はシュタイナー教育教員養成講座を受講し15年近く指導にあたっている。

妻の口癖は、シュタイナー教育をもっと早く知っていたなら、息子たちに実践できたのにな〜と言うことらしいのだけれど、息子たちは見事に僕のDNAを受け継ぎ、自由奔放に人生を謳歌している。まあしょうがない。

ところで、幼児の頃までに脳の80パーセントが完成するらしいのだが、身体と脳をリンクさせた刺激が大切だと言われている。言語と認識能力を鍛えるには本の読み聞かせや、楽器の演奏。書道やそろばんによる指と視野の連動性の感覚がとても重要だと言われる。

仕事で忙しくてそんなに子どもにかまってられないと言う声が聞こえてきそうだ。スマホやテレビを見る時間をちょっと控えるだけで、実は時間が取れるのだけれどね。

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2024年10月12日 (土)

誰もが子どもだった

高校生に、もし過去に戻れるとしたらいつに戻りたいって聞くと、小学生の3年生か4年頃という返答が多い。

理由はその頃から真面目に勉強していれば、今頃は優秀になっているからというもの。なるほど。

真面目に勉強していれば・・・か。

中学で学ぶ基礎事項は英語を除いて、ほぼ小学4年から6年生で学び終える。この3年間の学習が完璧な子どもは、そのまま中学校を難なくかけ抜け俗に言う進学校に上がって行く。

それほど重要な小学校の期間をどうして、ゲームやどうでもいいようなテレビやYouTubeの閲覧で終わってしまうのだろう。子どもだからだ。

我々は大人になってそのことに気づく。仕事をすること。結婚すること。家族を養うこと。年老いた親をみること。自分が生きて行くこと。

その基盤にあるのが教養であったり知識であったり、資格であったり、時に学歴だったりする。勇気だったりする。

子どもは勉強の先にそういう現実が待っていることを知らないふりをする。言葉を変えればどうにかなるとおもっている。そして時間が過ぎて行き、みんな大人になる。

僕の話をしよう。僕は上記の大切な期間を不安と情けなさとある種の絶望でもって過ごしてしまった。そして当時落ちこぼれの吹き溜まりと言われた高校に入ったのだけれど、その吹き溜まりの中で僕の魂は覚醒した。大袈裟に言えば神が降臨した。だから母校には感謝しかない。

失った過去を取り戻すのに、目の眩むような時間を要したけれど、高校3年生で失われた小学校の3年間を取り戻すことが出来た気がする。

僕はどの過去にも戻りたくない。常に進化し続ける自分でありたいからね。

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2024年10月11日 (金)

AI頼りで文章を書いていると

今の高校生も大学生も、スマホやパソコンでGoogleを利用して作文や論文の規範例文をダウンロードして固有名詞を変えたぐらいにして提出してくる。

志望理由書しかり、課題論文しかり。英作文などもそうだ。

生徒たちは分からないと思っているかもしれないが、バレバレである。

ひょっとするとブログ記事などもそんな感じで書いているひとがいるかもしれないが、そんなことはどうでもいい。

文章を書く作業は、間違いなく脳の機能の退化を予防してくれる。ここ数年東北の古代史に傾倒しているかねごんであるが、学生の頃よりも、脳みそが面白いように閃いてくれる。これも20年間毎日雑文を書いてきた効能ではないかとちょっとだけ自負している。

そもそも文章というのは個々人の思考を代弁するものだ。それをAIに任せていいわけがない。思考なき文章ほど読むに値しないものはない。

AIの進歩によって、どんどん我々の仕事が喪失されて行っている。翻訳家はもうすぐ淘汰されるだろうし、通訳も同様に必要とされなくなるだろう。

作家業はどうだろう。あらすじと詳細なプロットをインプットすれば、それなりの作品は出てきそうだ。

例えばAIに夏目漱石の吾輩は猫であるの文体で、三島由紀夫の金閣寺をモチーフにした大銀行崩壊の物語を描いてなんて言ったら、カオスな作品が生まれるかもしれない。

僕らは間違いなく人間であり、ある種の分野ではコンピュータには太刀打ち出来ない。しかしやっぱり人間なので、人間ゆえの能力は絶対持っている。そう信じてもうちょい生きていこうかな。

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孤独であることの条件

高齢者で家族がいなくても、お金がある人はいい。環境の整った施設で余生を過ごすことが出来る。

高齢者で家族がいなくても、趣味を通じて友達がいっぱいいる人いい。万が一の時はなんとかしてくれる。

高齢者で家族がいなくても、酒飲みともだちがいる人はいい。お互いに愚痴が言える。

高齢者で家族がいなくても、仕事がある人はいい。とにかく生きていける。

本当の孤独とは、心を許しあえる人がいないことだろうな。

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今朝高校に到着して空を見上げると、早くも冬の使者がやって来た。渡り鳥たちは、孤独じゃないようだね。

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2024年10月10日 (木)

坂上田村麻呂に関する史観

僕が岩手六芒星を発表して以来、世の中では結界をテーマにしたYouTubeや講演会が目白押しのようだ。他の有名な六芒星や五芒星は発見者の著作権があるようで、勝手に取り扱うことが出来ないようだけれど、僕の発見した六芒星は一切著作権をかけていないので、バッチやテイシャツなど自由に作っていいですよと進言させて頂いている。

ただし、まるで自分が発見したかのような発言や講演は論外であるし、岩手六芒星を利用したお金儲けに関しては、一言連絡は欲しいなと思っている。

今度岩手朝日テレビの企画で、僕が木村天津さんと岩手六芒星の結界を現地に行って紹介することになっているのだけれど、あまり結界の根拠となる説明をし過ぎるとテレビ番組が面白くなくなるので控えさせていただくけれど(笑)、兎にも角にも蝦夷と中央政権の戦いに於いて、劣勢を余儀なくされた中央政権が、最後の切り札として任命した坂上田村麻呂は、ただものではなかったと言うことだ。

蝦夷が崇拝してきた磐座の神を、大陸由来の神を勧請して封印して行ったあたりは、安倍晴明もタジタジの神使いであるとともに、緻密な測量と後世の支配体制を考慮に入れた坂上田村麻呂の信仰統制は敵ながらあっぱれだ(あくまで僕が東北蝦夷の末裔だという状況での話ですが)。

阿弖流為や母礼を説得できたのは、やはり彼しかいなかったであろうと思う。そう言う意味では人選の勝利と言っていいだろう。

後の後三年の役や前九年の役では、安倍氏がこの六芒星を強化するためにアラハバキ神に多大なる信仰を示し、さらにその結界を味方にすべく、源義家は結界の四隅に八幡神を勧請している。

壮大なロマンだ。だから東北古代史はやめられない。

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2024年10月 9日 (水)

自分の見ている人生がひょっとしたら夢だとしたら

夜が涼しくなって寝心地が良くなったせいか物語性が豊かなリアルな夢を見る。

先日は僕がリフォームした納屋の前に80歳くらいの老婆が現れ、一生懸命糸を紡いでいるのだけれど、僕のそばに来て、この糸は私が求めているものじゃないと言って残念がっている。

どこから運んできたものか軒下の駐車場にピアノが置いてあり、突然ピアノがひとりでに鳴り始め、そのピアノを合図に老婆は姿を消した。その際に老婆は僕に名前を告げたのだけれど、夢を見た翌日、同じ名前の女性が妻にメールをよこした。

30代の方で老婆ではなかったようだが、その偶然に僕はびっくりだ。

我が家の庭は溢れるばかりのコスモスでいっぱいだ。その満開の花を見ていたら、今自分が生きている人生が僕が観ている夢のような気がして、横にいた妻にそのことを告げた。

ずいぶん長い夢だこと。言った妻も僕と一緒に満開のコスモスを眺めていたのだけれど、人生は一瞬にして過ぎさるものだと、自分で変に納得した僕は、あの夢の中のピアノの曲はなんだったんだろうと考えるのであった。

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2024年10月 8日 (火)

1日が終わる

僕の前には本日の生徒指導のメモノートがある。

一番最初にやって来たのは一高附属中の2年生。英語の文型の指導。第4文型の英文を第3文型に書き換える練習。それが終わって歴史の江戸時代。鎖国と江戸の3代改革を演習。最後は理解の化学式をやって終了。

その次にやって来たのは附属受験をする小学6年生。国語の文章題をやり、英語の挨拶文の復習。理科は地層をやり、算数は道のり速さの文章題応用。最後に対照実験のレポート問題をやって終了。

その間高校3年生たちが英単語帳と格闘。後半戦中学1年生が入室。地理のアジア州とヨーロッパ州の演習の後、理科の火山をやり、数学の方程式と英語の三人称単数をやって帰還。

最後にやって来たのは高校2年生で、明日提出するレポート作成に全力投球。

今日の疲労度はマックスではなく、ちょっと体力を温存。

問題は明日。高校の授業が一限目。そして午後の塾も1週間で一番生徒が多い日。今夜は酒を少しだけ控えて寝るか。^_^

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2024年10月 7日 (月)

知の源泉


テレビのクイズ番組を観た方は多くいると思うが、解答者の知識量に大抵の人は感嘆し驚く。さすが東大出とか言って。

知識量は暗記によって保たれる。そしてその力量は個人差によって優劣が生まれる。

あの人は頭がいいと言うのと、あの人は優秀だと言うのはほぼ同義語だろうと思う。じゃ賢いと言う表現はどうだろう。

これはあくまでも個人的な意見だけれど、行動力が伴わない知識人は、単なるお利口さんで、人や社会に影響を及ぼす人が賢者と呼ばれる人だろうと思う。

あんな人になってみたいと思われて、その人の持つ知の源泉は、多くの人の癒しとなるのではないだろうか。

本を多く読み、世の中の現象を理解し、その理解が周りの人々の啓蒙になれば、それは素晴らしいことだと思う。

僕ら塾教師は、受験で必要な力を生徒に与えてやる仕事だ。この高校に入るにはここまでの習得が大切だと言う知識があるからこそ生徒を指導出来る。

大学受験のために必死に英単語を暗記しようとする受験生がいるが、その前に英語特有の構文を理解しないと単なる暗記に終わってしまい、英語の偏差値は上がっても、英語を話すことは出来ない。

大学まで終えた日本人のうち、1パーセントしか日常会話が出来ないと言うのはそのためだ。

ものの道理を理解することが、地球を救う。なぜ戦争が続くのかとか、なぜ肥満で苦しむ国があって、一方で餓死が日常化している国があるのとか、そう言うことを分析して行動することができないから歪みが生まれて、気候までが狂う。

クイズ用に膨大な雑学を覚える暇があったら、その優秀な頭脳を違うところに使って欲しいと思うのは僕だけだろうか。

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2024年10月 6日 (日)

退塾する理由

生徒が退塾する理由は、思い通りに成績が上がらないから。これに尽きるわけだけれど、実は塾をやめて自分で勉強し始める生徒は成績が上がるけれど、他所の塾に移る生徒は成績がほぼ上がらない。

僕も何故だかな〜と真剣に考えてみた。それはですね・・・成績の上がらない理由を塾のせいにしているから。

上がらないと言えども現状維持ができていたのは塾で勉強していたからであって、塾を変える利点はあまりない

僕のような寺子屋塾から、塾を変えて行く先は、フランチャイズ塾。チラシを頻繁に入れる塾に吸い込まれて行くわけだけれど、僕の塾から移っていった生徒が入った塾はなぜかそのあと数年で廃業に追いやられている。

うちの生徒曰く、「大験セミナーの呪いじゃないの」と言うことらしいが、そんなことがあるわけない。

塾の宣伝費への過剰投資による経営の悪化だね。少子化による生徒数減少の昨今、なんとか生徒を集めようと新聞折り込みやらテレビコマーシャルなど、尋常じゃない宣伝費が注ぎ込まれてれる。気持はわかるけれどね。

僕の塾?

20年前から新聞広告もチラシもいっさいなし。お金がないのでそんな広告費を捻出出来るわけもなく、口コミと偶然の入塾頼み。まさに神頼み。

故にやめられると大ショック。みなさんやめないでね。^_^

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2024年10月 5日 (土)

同じ年に生まれた作家の作品にもうワクワク

小説家の中山七里と歌野晶午は僕と同じ1961年生まれ。読むほどに共有できる時代空間や感情がほとばしり、耽溺してしまう。

中山七里の代表作と言ってもいいかもしれないが『護れなかった者たちへ』は仙台・塩釜を舞台とする社会派ミステリーとでも言うべき作品。理論思考が幻惑される作品だ

東日本大震災と貧困というシビアなテーマを、鋭利な切り口で炙り出してくる中山の力量に感服してしまう。

歌野晶午のヒット作は『葉桜の季節に君を想うということ』。かつて図書館から借りて読んだけれど、また読みたくなって文庫本を買ってきて昨日読み終わった。

時間軸を縦横無尽に駆け巡るこの作品は、最後のどんでん返しが分かっていても、感心するというのか、やられたって感じになる推理小説だ。

これからの秋の夜長、自分と同世代の作品を読むのも色んな発見があって面白いと思いますよ

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どこに行こうとしているのか

23歳の時の僕と63歳の今の自分を比較して見ると、違いが無いね。進歩してないって言うより、変わりようがない。

知力も体力も若い頃と変わらないと思っているが気力だけは落ちた。それ以外は変わりがない。

夏、4時半に起きて、6時まで草刈り。僕の言うことしか聞かなくなった母を起こし朝食を出して、僕は8時に家を出て高校に向かう。

高校の授業が午後に終わって僕は塾へ。4時過ぎから塾での指導開始。

自宅に帰るのは9時半頃。それから夕飯お風呂。ブログを打ち込んだりして寝るのは12時頃。それが雨じゃないかぎりずっと続いて行く。

今年の夏にやめたけれど、日曜日は中学校の卓球部の指導。15年やってきた。ちなみに高校の講師は空白はあるけれどトータル11年目になる。

それなのにそれなのに、じっと手を見るの日々。何かがおかしい。世の中のシステムがおかしいのか、単なる自分がおかしいのか。

ふと自分が何処に行こうとしているのか、自分でも分からなくなる時がある。困ったものだ。

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2024年10月 4日 (金)

そう言うことでやっぱり受験勉強は必要だね

学校の宿題に振り回されるのではなく、受験のために必要な勉強を、自分の計画のもと、参考書や問題集を自分の能力に合わせて買ってきて勉強することはとても大切なことだと思う。勉強を通じて己を知るという意味で受験勉強は人生における重要なアイテムだと考える。

学校から出される宿題をやることが勉強だと思っている生徒が多いけれど、進学校じゃないかぎり、悪いけどその出せれた宿題の中の問題が大学入試に出ることはまずない。

推薦で入るから内申点を上げなくちゃいけないので、宿題をちゃんとやらなければと言う気持ちは良く分かる。でもそれだけじゃこの競争社会は乗り越えられない。推薦希望者も受験勉強をするべきだ。

たとえ受験に失敗し、妥協して違う大学に入ったたとしても、自己研究した受験勉強は武器になる。間違いなく。大学生と言う学歴の前に、受験勉強をした人間の人生はタフだ。

会社に勤めるとわかるが、受験勉強を経験した人間はお互いの嗅覚でわかるものだ。さりげない日常のワードに受験勉強をやったものでしか分からないフレーズが出てくる。

3流の大学にしか入れなかったけれど、一応受験勉強をやった。おかげで一流大学を出た人たちから侮られたことはない。受験勉強で習得した知識や経験は裏切らない。

そう言うことで受験勉強は必要だ。

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2024年10月 3日 (木)

また葬式の夢を見た

葬式の夢を見た。また身辺が変わるのかな。

今でもはっきり覚えている。15年前もそうだった。派手な葬式の夢を見たら、市内の2つ私立高校から同時に講師のオファーがやって来た。

一昨日見た夢は自宅で葬式をしているのだけれど、僕は誰の葬儀かわからず、喪服を着てうろうろ。母が死んだらひっそりと家族葬をやるつもりなのだが、夢のなかの葬儀はめちゃくちゃ人が多かった。

夢判断によると葬式の夢は吉夢らしい。今年は夏の凄い暑さのせいか、バテバテのかねごん爺いである。例年ならば休耕田の最後の草刈りが終了するこの時期は、薪ストーブに使う薪の準備に入るのだけれど、今回はダメだ。気力が湧かない。

年相応の労働というのがどんなものかは知らないけれど、もうすぐ高齢者のカテゴリーに入る僕に、もっと楽に稼げる朗報がやってくればいいなと、吉夢に期待するかねごんであった。

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2024年10月 2日 (水)

混沌としたこの世界で

朝テレビをつければ、空爆の映像だったり、老夫婦の家を狙う強盗事件だったり、子どもを虐待して死なせたニュースだったり、暗い報道ばかり。

この混沌とした世界は、いったいどこへ向かおうとしているのか。光明があるのか。あるとしたら何を求めたらいいのか。

世界が良い方向に向かっているようには僕にはどうしても思えない。刹那的に滅亡へ向かっているような、そんな様相だ。

多くの貧乏人のうえに成り立っている資本主義社会。ひと握りの富裕層のために社会が構築されているような錯覚に陥ってしまう。

給料が上がらない。医療費が上がり、健康保険税が上がって行く。年金の掛け金が上がり、需給額が減額されて行く。

いつの時代も弱者は虐げられ、不安と時に恐怖を抱え生きている。存在の不安。死の恐怖。

一歩間違えば、明日から生活する場所がなくなってしまうのが今の日本社会。飼い猫と一緒に橋の下にダンボールを敷いて暮らすことを余儀なくされる光景を誰もが想像できる社会だ。

この社会の病理は今始まったことではない。呆れるほど昔から巣食っていた。表に出てこなかったのは、単なる情報の遮断があったから。

混沌としたこの社会を脱却する方法は、知の共用だ。言葉を変えれば、無知からの脱却だ。

知的好奇心を研ぎ澄ませ。若者たち!

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2024年10月 1日 (火)

親を失う悲しみよりも親が壊れて行く悲しみの方が大きい


僕は20代後半で父を亡くしたけれど、悲しみよりも、正直戸惑いの方が大きかった。いきなり一家の主人(あるじ)になったことへの不安と焦りがあった。

その戸惑いも多忙になった我が身ゆえ、薄れては行くのだけれど、父との別れは何処かで納得している自分がいた。運命とか宿命みたいなものを感じていたのかもしれない。

一方母は8年前にくも膜下で倒れ、命は取り止めたが、認知症の人となってしまった。初めは施設に入れていたのだけれど、面会に行くたびに家に帰りたいと泣かれ、自宅に連れて来た。

デイサービスやショートステイを利用しての自宅介護が始まって7年になる。

50代半ばの父は体調を崩してすぐ天国に行ってしまったので、毅然とした姿のままの父が脳裏に残っている。一方日々理解力が鈍化して行く母を見るのは当初辛かった。

日々壊れて行く母と接することが、想像以上に僕の精神を揺さぶった。しかし近頃はちょっと違う感覚に陥っている。子どもに帰って行く母を見ていると、それもありかなと思うようになった。

人は誰もが生まれてきたからには、遅かれ早かれみんな死んで行く。そこにもし不幸が介入するとするならば、残されたものたちの哀惜だろうか。

僕は僕が選択してきた介護に対して後悔はない。母への恩返しができていることに僕は感謝さえしている。

あとどれくらいの期間が残されているのか知るよしもないが、少なくとも母よりは僕の方が生きなければならないね。

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