
このわくわく日記も15年目に突入している。ほぼ毎日更新してきたわけだけれど、書き始めた頃と現在の心境を比べてみると、実はこれと言って変わったものはない。日々の自分の状況や心情を様々な出来事にリンクさせながら書いてきた。
15年の間には、友人との別れがあったり、仕事に行き詰まったり、生きる希望がちょっと消えかかった時もあった。楽しいこと、苦しいこと、むかついたこと、自分の心に忖度なく書いてきたつもりだ。
不特定多数の方々が読んでいるこう言ったWeb上に自分の文章を晒すことに、最初はかなり怖さがあった。しかし慣れると言うことは恐ろしいもので、良い意味でも悪い意味でも、数年もすると鈍感になってしまった。故に暴走して炎上したこともある(笑)。
本当のことを書いたり言ったりすることが、やばいと言うことを身を持って体験した。世の中は暗黙の了解の嘘で成立している社会であることを実感した。
原子力の問題然り、今回のワクチンの問題然り、例えて言えば、100人の生活や命を救うためなら、2、3人の犠牲など厭わない社会が今の社会のようだ。これ以上書くとまた大変な目に会うのでやめるが、かつてどこの世界にも存在していた生贄の思想が、文明社会になった今でも歴然と存在していることに、人間の闇を感じるとともに、かりそめの文明社会の哀しみを実感する。
自分たちの利益のためならなんでもやる社会。テレビや新聞などのメディアを利用した洗脳は当たり前。政治が腐敗しても国民が頑張っているうちはなんとかなると信じたい。
その国民の1人として僕はブログを書き続けていきたいと思っている。
写真の喫茶店は盛岡にある羅針盤と言うカフェ。

僕が初めて新聞に、半年間論評を書かせて頂いた河北新報の評論コーナーで、自分的に羅針盤と言う言葉を念頭に入れてコラムを執筆した。
先日この店で、美味しい珈琲を飲みながら、今後の自分の羅針盤を模索していた。何処へ辿り着くのかはまさに神のみぞ知る。僕の漂流は続きそうだ。
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