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2022年11月24日 (木)

大人になるってことは・・・

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ジャクソン・ブラウンのhold outを聴いていた僕が、アートペッパーを聴くようになった頃、ひょっとすると大人になっていたのかな。繰り返す希望と絶望の狭間で、時代はいとも簡単に少年を青年に変えて行く。

それはまるで子どもの頃のかくれんぼのようだ。もういいかい。もういいよ。何も準備が出来ていないまま、僕らは鬼の行動を容認する。捕まえらることを期待でもしているのかのように。

多くの喧騒と静寂が過ぎて行った。どこまで辿りつけばいいのだろうと模索していた30代が過ぎ。諦観を装うことで自分を慰めた40代が過ぎ、そして瞬間移動のごとく60代がやって来た。

孫が出来た同級生たちは、いきなり爺さんに変身し、独身貴族を謳歌していた友人たちは、自由気ままな一人暮らしの終焉を気にしだした。ある意味大人になったのかも知れない。

大人になるって、自分の欲望を削ぎ落として行くことなんだと気づいた時から、僕は大人になることに抵抗しだした。死ぬまで駄々をこねて生きてやろうと決意した。その結果が現在の多忙な日々を呼び寄せたようだ。

年を重ねたから大人になるんじゃなくて、経験値に基づいて思慮分別を持つから大人と言われるらしい。しかしこの思慮分別というやつが厄介だ。

思慮分別というのは夢掠奪の同義語でもあるようで、時に若者たちから夢を奪ってしまう。

若者からさんざん夢を聞き出しておいて、お前の言うことはわかるが、でもね・・・というやつ。これで自分の夢を諦めてしまう若者がどれだけけいることか。思慮分別の独断的偏見ほどたちの悪いものはない。自称大人が気づいていないだけに。

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