最近のトラックバック

« 不登校という表現がそもそもね | トップページ | クレッセントの夜 »

2022年9月30日 (金)

敵を作らないという選択と自分を押し殺すという選択

821b9cb7da9945a0b9ab697b9a0aeb83

毎日夕焼け空を撮っているものだから、夕暮れ時になると教室に居る生徒から「先生写真撮らないの」と言われる。

僕のFacebookは夕焼け日記になっている感がある。言いたいことはブログの方で書いているのでFacebookはおとなしくしているつもり。

さてそのブログがこのブログなわけだけれど、なんとなく飽きてきた。その理由は書きたいことが書けない苛立ちと、13年以上書き続けてきたのでネタ切れ状態になってきたことである。

過去の記事の二番煎じが増えてきたように思える。それと毎日書くことを自分に課してきたので、疲れてきた(笑)。

このブログを書いてきたことで、多くの友人知人も出来たけれど、間違いなく敵も増えた。自分の嗜好性を全面に押し出してきたので、あんな奴のやっている塾なんかに誰が子どもを入れるかと思っている人はいるはずである。

ブログを書き続けてきたお陰で、生徒はなかなか思うように入っては来ないけれど、塾の知名度は上がったかなと自負している。僕がやめればそれでこの塾はジ・エンド。カッコよく言えば、激動の時代を駆け抜けてきた寺子屋ってところだけれど、激動も本当はほどほどがよかったね。

ギターを抱えてテレビに出たり、私立高校や短大の講師をおおせつかったり、ラジオに出演したり、そうかと思えば神社の趣味が暴走して週刊誌や格新聞で特集を組んでもらったり、新聞のコラムを書かせてもらったり、卓球のコーチを続けてきたり、激動の30年間だった。

過去形で書いたけれど、まだまだ続きそうだ。命果て大地に倒れるまで僕は走り続ける宿命なのかも知れない。でも泥の田んぼで草刈りをしていて命果てるのはちょっとかな(笑い)

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ ⇚ぽちっと一押しの応援お願い致します。

当塾のホームページはこちら☞➡大験セミナー

 

« 不登校という表現がそもそもね | トップページ | クレッセントの夜 »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 不登校という表現がそもそもね | トップページ | クレッセントの夜 »