仮定法としての俯瞰
また高校時代の話で恐縮だけれど、1年生の時に2度退学届けを持っていった。僕自身やめるつもりだったし、親も了承してくれての行動だった。
結論から言えば担任の先生に言いくるめられての保留だったのだけれど、あの決断が僕の人生のターニングポイントだったように思う。
夏休みが終わって、毎年高校を去る生徒がいる。その度に、自分の青春時代を振り返り、感慨に浸る自分がいる。あの時高校を辞めていたら、今の自分はどうなっていただろうかと。
間違いなく塾教師にはなっていなかったはずだ。今のようなお金に苦労する生活はしていなかったと思うが、つまらない人生だったかもしれない。
40年間の塾教師生活で、4000人以上の児童.生徒と縁を持たせていただいてきた。一番最初に教えた生徒は今年57歳になっている。
農家ばかりの農村地帯で、アトリエ教室をやり塾を生業とする我が家は、異質だ。個性的と言えば聞こえはいいが、間違いなく変人である。
高校を中退しても変人だったろうし、中退しなくても変人。これが僕の人生なんだろうなと思う。
教育の仕事は楽しい。一方農家仕事は楽しくない。でもこの二つのバランスで僕は生かされてきたのだろうと思う。塾だけでは途中放棄していただろし、農家仕事だけでは僕は間違いなく逃亡していたと思う。神様は僕に陰と陽のバランスを与えてくれたんだろうと思っている。
学校でも仕事でも辞めることは自由だし、選択したことに責任を持つこともないだろうと思う。なぜかと言うと、迷って選択したことは、どっちを選択しても正解なんだと思うよ。
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