ラッキーナンバーは8
人生を振り返ると、年齢に8の数字がついた年に、人生のターニングポイント的な出来事やドラマが生まれてきたような気がする。
8歳の時に卓球を始めた。まさかこの年になるまで続けていようとはびっくりだ。何故に卓球に惹きつけられたんだろう。自分でも謎だ。地元中学の卓球部のコーチングも15年になる。これも縁なんでしょうね。
18歳の時に一関を離れ東京暮らしを始めた。都会のビルの谷間でなくしたものも多かったけれど、見つけたものもいっぱいあったね。大学時代に出逢った多くの友人たちや本や音楽。今もかけがえのないものです。
28歳の時に長男が誕生した。子の親となって、責任というものの所在が変わった。翌年に現在の大験セミナーを開校したのだけれど、間違いなく子の親になったその責任が僕の背中を押してくれたのだと思う。正直言って32年もよく潰れないで継続して来れたな〜と思っている。僕的には奇跡ですね。
僕が38歳の時に、妻が小学校で読み聞かせをするお話ポケットというグループを立ち上げた。妻からギターで何か弾いてというリクエストがきた。学生以来封印していたギターを手にした僕は、ついでに曲作りを始めた。調子に乗ってFMラジオに出たり、ライブを始めた。も一つ調子に乗ってギブソンのギターまで買ってしまった。元を取るために、紅白歌合戦出場を目指しているが、いまだ叶わず。残念。
48歳このブログを書き始めた。このブログ記事がきっかけで、テレビ出演があったり、市内の高校での非常勤講師を頼まれたり、いろいろと人生に刺激が多くなり、お陰様で忙しくなった。ありがたいことだと思っている。毎日300アクセスぐらいあるのだけれど。いつのまにか、総アクセス数が182万を超えていた。感謝以外の何ものでもない。
58歳、縄文の神であるアラハバキの磐座を調べていた僕は、岩手六芒星というパワースポットを発見した。これがバズって多くの新聞取材、週刊誌の取材を受けた。六芒星ツアーなる企画までが巷で流行し、これまた多忙な年であった。
こうやって見てくると、8の歳は確かに幸運な歳ではあったが、その前には必ずドツボの日々があったことも付け加えておきたい。
今日は僕の個人的な話にお付き合いいただきありがとうございました。
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