宗教はなぜ存在するのか
ずばり日本では葬式のためと、ビジネスとしてのお金儲けのために存在していますね。
お寺さんや教会がないとやっぱり葬式は大変です。火葬して灰を海に撒いておしまいというのもありかもしれませんが、故人とお別れをしたいという方々のことを思えば、儀式としての葬式は必要なんでしょうね。
葬式をすることで、亡くなった方との区切りをつけるというのか、実質的な生活に戻るための踏ん切りをつけるわけですね。もちろん家族が亡くなった悲しみは大きいものですが、それぞれ仕事があり生活がありますからね。いつまでも泣いてばかりはいられません。
仏教とキリスト教と他の宗教では、死後行くところが違うなんていう方がいますが、そんなことはないでしょうね。それこそ人が死ぬという現象は全ての人に平等に訪れるものです。人間が作った宗教如きで行くところが変わるはずがありません。
宗教は神様が絡んでくるから厄介です。自分が信仰する宗教の神様が一番という考え方が、歴史上多くの悲劇を生んで来ましたからね。ある意味神様なんか存在しないという世界の方が幸福だったかも知れませんね。
人間は弱いですからね。どうしようもない時に、頼るものが欲しいんですよ。そこに神様の需要が生まれるんですね。僕は宗教上の神様は宇宙人だと思っているんですよ。高度の知性とテクノロジーを持つ神様ですね。バリバリ奇跡も起こせます。
かつて旧約聖書の暗号に関する本が出版されました。旧約聖書のヘブライ語がコンピュータ言語になっていて、インプットの仕方によっては歴史的な事件から、隣のおじさんの職業までが検索出来るという優れもの。かなり宗教界から弾圧を受けたようですが、現在でも粘り強く続行している研究者がいます。
旧約聖書を誰が書いたかは、正直なところどうでもいんですよ。問題なのは、地球上の未来が示されていることが問題なんです。だってあらかじめわかっている未来を生きて行くって嫌ですよね。わからないから面白いんじゃないですか。
もしKaneda shouji って打ち込んで、卓球の指導者.塾教師、77歳で他界。なんて出たら余計なお世話ですよね。
今月号の文藝春秋が、統一教会と創価学会を取り上げて、書きまくっていましたが、編集部さん凄いですよね。ブログで書いたら100パー炎上で、また僕のパソコンが崩壊ですよ(苦笑い)。だから感想も批判も書きません。
昔、学校の先生の前で、○○教をちょっと揶揄する発言をしたら、その先生が信者の方で、その後の状況が大変になったことがあります。
触らぬ神に祟り無しですね。
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