最近のトラックバック

« 先が見えないからこそ進めるのかも知れない | トップページ | 激辛のネギ味噌ラーメン »

2022年7月 7日 (木)

最近僕の文章に終焉という言葉が増えてきた

B9a064173d294cc1a739df1e071cd423

小学生の時と同じ場所に同じ机を今年になって置いている。机はヤスリをかけて再塗装した。椅子はアンティークショップで買ってきた。半世紀ぶりの復活だ。

塾の指導室のテーブルが僕が一番佇む場所だが、自宅のこの机はほとんど使うことがない。ひょっとすると講師で行っている私立高校の職員室の机の方が僕が使う頻度が多いかも知れない。

この机の価値は実は違うところにある。どう思い返しても恵まれない小学校時代だった。僕はその時と同じ机を同じ場所に据えることによって、過去の悲しみの終焉作業をしている。

最近僕のブログ記事に終焉と言う言葉が頻繁に現れるのだけれど、還暦を過ぎて過去のモヤモヤ感と訣別したい自分がいて、何かと終焉という言葉を使っているような気がする。

確かに自分の命の残りのスパーンが限られてきたと言うものあるのだけれど、この言葉を使うことでこの地球を去る日のショックを緩和しておこうと言う魂胆がなくもない。

この年になるまで、親しい人との今生の別れを随分と経験してきた。去り行く人は人生を終えた安堵感に満ちていても、送る側の悲しみはあまりにも深い。本当は終わりじゃなくて、かりそめの終焉であることを知れば、涙の先に見えて来る風景は違って来る。

さようなら三角また来て四角♪

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ ⇚ぽちっと一押しの応援お願い致します。

当塾のホームページはこちら☞➡大験セミナー

« 先が見えないからこそ進めるのかも知れない | トップページ | 激辛のネギ味噌ラーメン »

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 先が見えないからこそ進めるのかも知れない | トップページ | 激辛のネギ味噌ラーメン »