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2021年5月 7日 (金)

『なので』の時代

30年ほど論文の指導をしてきた。近年気になるのが『なので』。言わずもがな、結論を述べる時の接続詞であるが、これがどうも気になってしかたがない。

高校生の作文を読んでいて、この『なので』が登場してくると、もやもや感が僕を襲う。考え過ぎなのかもしれないが、なのでの接続詞が、読み手の共感を損ねている気がしてならないのだ。なので僕は思わず、赤ペンを手にする(笑)。

言葉というのは、時代のなかで変化する。副詞の絶対は、かつては否定で用いたが、今は「絶対行く」のように強い肯定を表す言葉として使われることが多い。古典の例を述べるまでもなく、言葉の変遷は劇的だ。

・・・・なのでが、全く違和感がなく使われる頃、僕の寺子屋での仕事も終焉しているんだろうと思う。時代の変遷は誰も止められない。

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