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2021年4月 7日 (水)

信じる者は救われる

その人の哲学や信条などは、その人が信じているのならそれでOK。他人が口出しすることじゃないんだよね。

死後の世界があると思う人は、そういう生き方をすればいいし、死んで終わりだと思うなら、そういった生き方をすればいい。

人生に於いて学歴が勝負だと思う人は、いい大学を目指して一生懸命頑張ればいいし、体力が勝負だと思う人は徹底的に身体を鍛えればいい。

価値観に介入するものだから、摩擦が生じ、それが国家間になると戦争になってしまう。その人間や民族、国家が選択した生き方に自己の利益が阻害される時、人は怒りを生じるのだろうけれど、それ以外は穏便に済ましてしまえば、問題はないね。

環境問題や宗教の問題もそうなんだよね。みんな世界が地球がと危機感を煽るけれど、生きていることが奇跡みたいなこの世界で、そもそも滅亡を気にしていたら、生きて行けないって。

日本がクジラをいっぱい食べるものだから、どこかの国が、クジラはとっちゃいけないと言ってくる。しまいには知的動物だから殺しちゃダメときた。おいおいだよね。あんたたち建国と同時にバッファローを絶滅させたし、人道主義を掲げる国家が猛烈な人種差別を過去にややってきたし、それ以前はもともといた人たちの土地を勝手に奪ってきた。

でもこの国はいま世界の警察なんて言っているわけで、信じる者は救われるてな感じで、自分たちがそう思っているから、そういう発想がでてくるんだよね。そこにいちゃもんをつけて、彼らの利益を不安に陥れると、どっかの国みたいに爆撃されてしまうってわけだ。

本音と建て前という言葉があるけれど、それ以前、信じることを実践して生きて行くことが、すべてに超越するような気がするね。さて我々日本人は何を信じて生きていけばいのかな。そこが教育の問題だよね。

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