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2021年4月16日 (金)

いつどこで学ぶ


10年ほど高校や短大で文系科目を教えてきたけれど、ふと思うことがある。夫婦間のトラブルや嫁姑の問題、金銭感覚のずれによるストレス。こういったことで離婚や家庭崩壊が生じていくのだけれど、その解決策や身の施し方はどこで学ぶのかというと、各自の力量に任されているのが今の社会だ。


高校や大学では不倫の対処法とか、嫁姑の行動心理学、ましてや金持と貧乏人の格差に対する空気感の読み方などという講義も授業もない。本を読んだり、友達との会話や、家での教育の中で培ってくる知識や感性なんだろうと思う。


僕は現代国語や英語の論文の中で出てきたテーマのなかで、下ネタを交えながら家庭のあり方や、恋愛や、お金の話をなるべくするようにしている。生徒たちは悩み多き生き物で、そんなことでと思われるようなことで真剣に悩んでいる。


「子どもができてもセックスをしなきゃいけないんですか」
「離婚したらどっちの親と住むかは、こどもに決められるんですか」「中学生になって親と一緒にお風呂に入るって変ですか」などなど・・・・・


小説の中で家庭の性を取り上げた教材があれば、僕はとことん突っ込んでいく。やんちゃな生徒たちは、ここぞとばかりに過激な質問をしてくるわけだけれど、それが誘い水となって、様々な意見が噴出する。


毎年この時期は、教科指導の年間計画を学校に提出しなければならないのだけれど、僕の年間計画が計画通りになったことは一度もない。脱線の連続の授業である。それでも首にならないところをみると、僕のような教師もひょっとしたら必要なのかもしれないと、かってに言い訳をするハゲおやじである。

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