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2019年9月26日 (木)

見えないもの

僕らには視覚で捉えられないものがたくさんある。愛情も感情もそして不幸も幸福も直接目で捉えることはできない。
しかし間違いなく見えなくても感覚的なものとして、僕らは把握できる。
そういう意味では、教育に於ける理解力もそうだ。あくまでも点数で掌握しようとするが、点数がその人間の知性の全てであるはずがない。
だから受験というものは厄介だ。点数に現れない知性や感受性を殺戮のごとく切り捨てる。
切り捨てられた魂の慟哭は、怒りとなって間違いなく社会の中でくすぶり続ける。その負の波動が、あらたな慟哭を導きだす。
教育の現場に求められるものは結果だ。そうじゃなければ今のような選抜方法が存続してくるはずがない。
若者と話をしてみるといい。5分もあればその人の本質が見えてくる。学歴や偏差値の類は、本質の前では、競馬場に投げ捨てられたはずれ馬券のようなものだ。
自分の姿を捉えられなくて、どれほどの人間が、進むべき道を見失っていることか。能力を見いだせないまま、絶望と怒りのなかで、希望や夢をあざ笑う。
愛するひとに出会えたひとは幸いだ。仕事に希望を見出せたひとは幸いだ。
人生は楽しむためにある。修行の場だと言う人がいるけれども、そんなネガティブさに洗脳されてはいけない。
人生を楽しむために、僕らは学ぶのだと僕は思っている。学んでも楽しくないものなど、学ばなくていいのだ。
僕らはいつの間にか、目に見えないものの呪縛にがんじがらめになっている。そうじゃないだろうか。

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