僕の寺子屋塾も開校以来四半世紀が過ぎ、もうすぐ30年を迎えようとしている。バブル崩壊以降、開業した塾の90%が10年以内に撤退している現状を垣間見ると、まあよくもぬけぬけと生き残ってきたものだと、われながら感慨にふけるこの頃である。
これと言った経営哲学も、教育理念も僕にはないのだけれど、しいて言えば、「流れに逆らわない」「無理をしない」いう指導と、僕の生き方が、なんとなく支持を得てきたのなかな~と思っている。
誰しも絶頂期など続くわけがないし、どん底が続くとも思わない。人間の能力は不平等だけれど、人生に於いて、チャンスは平等にやって来ると思っている。自分自身のバイオリズム的な浮き沈みを、世の中の動きとリンクして思考する能力は、誰でもゲットできるものだと思う。キーワードは、謙虚であることじゃないだろうか。
ここだけの話であるが(笑い)、僕はお金もないし髪もない(笑い)。高校も大学も母校には失礼かも知れないけれど、受ければ誰でも入れる学校だ。ゆえに、必死に謙虚になって、できる人間の能力を模範とし、学ばせていただくことに徹するしかない人生だった。
そのおかげで、自分の前に現れた微弱なチャンスの波を察知できてきたような気がする。60も近くなって、多くの生徒たちに接するチャンスを頂いている。多様化する社会の中で、教育はハード面・ソフト面の両面で激動の時代を迎えている。過去の因習や常識がもはや通用しない時代と言っていい。
精神論一点張りの根性論や努力論は、もはや子どもたちには通用しない。子どもたちはそういった大人の詭弁を見抜いてしまっている。
本質はどこにでも転がっているが、その本質をキャッチするには、どうも時代が構築してきた固定観念を捨てる勇気が必要なようだ。
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