自分の人生にとってこの選択がベストだと思ったから、僕らは、君たちはここに生れてきたのだ
塾教師の仕事は塾生を合格に導くことにある。当たり前すぎで、言うほどのことでもないが、時にそれが叶わないことがある。失態以外のなにものでもないわけで、穴があったらアリの巣穴の中にでも入りたい気分だ。
この時期、合格した生徒さんが親ごさんと塾に来られ、ご丁寧なごあいさつを頂く。まことに嬉しい事限りない。しかし一方では、不本意な結果に終わる生徒もいる。第一志望ではない大学に行かざるを得ない生徒だ。それぞれが、それぞれの想いを持って、明日・明後日の卒業式を迎える。
自分の失態を棚に上げて言うのもなんだが、頑張った結果ならどこの学校でもいいのではないかと思っている。そこに縁があったのだと思えば、これからの人生の一歩として、ポジティブな生活を送れるのではないだろうか。
人は逃げ道が必要だ。逃げながら自分の得意な一矢を狙う人生でいいのではないかと思う。いつも追い風の人生などないし、北風が吹きっぱなしの人生もない。
自分の不得手なことに目を向けるあまり、自分の輝かしい原石に気づかない若者が、いかに多いことか。出来ないことは出来なくていいのだと思う。出来ることが飯の種になって行く。学歴なんて糞くらえと思ったら、体力・度胸で勝負すればいい。生きるってそういう事じゃないだろうか。
人間平等なんて嘘っぱちだ。頭のいい人間と悪い人間が共存し、不細工な人間とイケメンの人間がこれまた軋轢を醸し出しながら生きている。それが社会だ。その不平等を嘆いて愚痴をこぼしていることが最悪なのであって、それを個性ととらえられる人間が大成して行く。
確かに運命的なことはあるだろう。でも僕は、人間というものは生まれて来る親・家庭・環境というものを選んで生まれて来る存在だと思っている。なぜならそう思うことで、自分の周辺の事象を他人のせいにしたり、自分の不運に浸って、いじけることもない。
自分の人生にとってこの選択がベストだと思ったから、僕らは、君たちはここに生れてきたのだ。お金がない。上等じゃないか。健康がすぐれない。上等じゃないか。頭が悪い。さらに上等じゃないか。学びから僕らはさらなる高みに到達する。
努力や根性の先にまるで成功が待っているかのようなことを扇動する輩が多いが、ここに誕生し生きていることが成功なのだよ。だから逃げても、諦めてもいいのだ。違う道で生きることは敗北じゃない。さあ今年も春がやって来る。出逢いが待っている。わくわくするね。
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