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2016年9月10日 (土)

タイミングの神様

宿命や運命という言葉がある。一人一人の人生にはそれぞれのさざ波があって、避けられない出来事や悲しみがつきまとうという考えかただ。

人は生まれてきたからには、必ず死を迎える。愛する人との別離や、病気、そして孤独等々、やんごとなき人生の変遷の中で、ため息をつくことも多いのではないだろうか。

数十年も受験指導という仕事をなりわいにしてくると、生徒たちそれぞれが持つ、運命のエネルギーみたいなものを感じることがある。集中力や醸し出すバランス感覚、そして周囲を明るくする空気感など、学力や性格的な何かを超えたサムシングなものの恩恵や、パワーをもつ人間がいることは否定できないようだ。

それをある人は神の力と呼ぶかも知れないし、その家のもつ歴史や波動という考え方をするひともいるかも知れない。スピリチュアルな世界では前世からのカルマに言及する場合もあるようだ。

どうしても人生に於いて避けられないものがあるならば、あとはそれが生じるタイミングが、人生を左右する。子どもが独立するタイミング、親を亡くすタイミング、退職するタイミング、伴侶と別れるタイミング、そういったタイミングが不運そのものであるのか、諦観として受け止められるかで、人生の価値観がそれぞれの心や魂をそれぞれのステージに導いて行くような気がする。

高校3年生は、大学受受験に向けていよいよ佳境に入ってきた。それぞれの経済状況、それぞれの成績、そしてそれぞれの指向性で、生徒たちは志望校を選択して行く。入った大学で生涯の伴侶と出逢う人もいるだろう。入った大学が縁で、生涯の仕事を見つける人もいるだろう。それもある意味宿命や運命かも知れない。

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歩んで行く道の先に何が待ち構えているのか、誰も分からない。だから人は努力をし、希望ある道を選択しようとする。努力はタイミングの神様を味方にする最強のツールだと僕は思う。ただし利己的な努力では神様は手を伸ばしてくれないような気がする、そんな今日この頃だ。

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