明日は早池峰神社の夏の大祭
明日は早池峰神社の夏の大祭に行ってくる。塾生の合格と、家内安全の感謝を申し上げてくる。
早池峰山の静謐な空気感の中、神々の御神意に感謝をあらわす早池峰神楽は、圧巻だ。1年間の穢れを禊おとし、受験指導に邁進したい。
昨年に塾生に書いて頂いた合格絵馬は駒形神社の絵馬だったが、今年は早池峰の絵馬にしたいと思う。瀬織律姫のご心霊のパワーを塾生に授けて頂こうと思う。
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明日は早池峰神社の夏の大祭に行ってくる。塾生の合格と、家内安全の感謝を申し上げてくる。
早池峰山の静謐な空気感の中、神々の御神意に感謝をあらわす早池峰神楽は、圧巻だ。1年間の穢れを禊おとし、受験指導に邁進したい。
昨年に塾生に書いて頂いた合格絵馬は駒形神社の絵馬だったが、今年は早池峰の絵馬にしたいと思う。瀬織律姫のご心霊のパワーを塾生に授けて頂こうと思う。
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今日から夏期勉強会。恒例の14時間労働が始まる。
今年の夏はまだ30度を超えることが少なく、だいぶしのぎやすい夏だが、それでも年々重ねる年とともに体力の温存が厳しくなってきた。
今年は夏期勉強会もさることながら、高3生の在籍が多く、通常の大学受験英語ゼミも毎日熱気がこもり、おかげで体重も4キロほど落ち、ウエスト88のズボンが、ちょっとだぶついてきた。
とにもかくにもぼちぼち頑張って行きたいと思う。
【今後の教室の日程のお知らせです】
◎8月1日(月曜日)は一関一高の体験入学のため、夏期勉強会はお休みとなります。夕方からの通常ゼミはあります。
◎8月5日(金曜日)は奥州市で行われる卓球の東北大会にてアドバイザーをするため夏期講習及び通常のゼミはございません。8月7日(日曜日)に振り替えます。
◎8月14日(日曜日)~8月17日(水曜日)はお盆休みとさせていただきます。よろしくお願い致します。
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今日は曇り空で涼しい。珍しく草刈り機械の音もせず静かな朝だ。
田んぼと山に囲まれたこの風景も、半世紀以上見て来ると、これと言った感慨はわかないのだけれど、日々刻まれてきた歴史の体積を考えると、軽いめまいを覚える。
一番上の写真が我が家の田んぼだ。実は今年の春から稲作農家を廃業したので、近隣の方に田んぼを使用して頂いている。荒れ地にならなくて済んで、ほっとしている。感謝で一杯だ。
前回このブログも9年目に突入した話を書いたが、29歳の時に始めて塾は26年目に突入した。昨日夏期勉強会の前ということもあって、掃除をしていた時に、ずっと昔の塾生のファイルが出てきた。
失礼な話だが、鮮明に顔が浮かんでくる生徒と、全く忘却の彼方に消えてしまった生徒がいる。大変だった生徒の顔だけが僕の記憶から浮き上がってきて、きっと指導が順調だった生徒の顔は卒業と同時に記憶の奥底に沈殿してしまったのだろうと思う。
ゆえに町で僕に声をかけて、名前どころか僕が塾生であったことまで忘却した状況の場合は、面倒をかけなかった存在だったんだなと自負してして頂きたい(笑)。全くの言い訳にすぎないのだけれど・・・
ぼんやりした風景の中で、今朝はぼんやりとこんなことを考えていた。
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2007の5月に書き始めたこのブログも9年目に突入した。アップした記事が4500稿を超えたので、平均すれば毎日1.3稿書いてきたことになる。閲覧して頂いた延べ人数ももうすぐ150万人になろうとしている。飽きっぽい性格の僕としては、奇跡に近い継続力だとちょっと自負している(笑)。
塾よりもなんかこのブログが注目された感があって、嬉しいのか哀しいのかちょっと分からないのだけれど、このブログを通じて多くの友人が出来たことは、本当に僕のかけがえのない財産だと思っている。
この10年余りを振り返ると、本当にいろんなことがあり過ぎて、クラクラするというのが、正直なところだ。気づいたら当時高校生と小学生だった息子たちは、当然のことだが社会人となっており、僕は間違いなく年をとった。
東日本大震災以後は生徒が激減し、閉塾することも脳裡をかすめたけれど、私立高校、そして短大の非常勤講師という機会を頂き、どうにかこうやって塾を継続することが出来てきた。関係者各位には本当に感謝で一杯である。
最近、かねごんさんのブログは過激度がなくなりましたねと言われるが、僕的にはちょっと休憩という感じで、充電中なのかもしれない。正直9年間もほぼ毎日、雑文を書き続けて来ると、知性の弱い僕にはストックがなくなるわけで、どうにもこうにも青息吐息である。
たまに過去の自分の文章を閲覧することがある。自分の感情が移り変わり、諦観や怒りが日々錯綜してきたわけだけれど、基本的には、学生の頃から、思想的なスタンスは全く変わっていない自分にちょっと愕然としてしまう。はっきり言ってしまえば進歩がない。独りよがりで妄想癖がとまらない自分と向き合うことがしばしばだ。
家族からは好きな卓球と音楽と、そして神社巡りを好き放題やらせてもらっている。こんなオヤジを持つ家族も大変かもしれないが、まあドンマイといくことで許してもらうことにしよう。
この秋からは自宅での母の介護も始まる。万が一という心配はないことはないが、母も自宅で最期の人生を送りたいというのが強い希望なので、僕も最後の親孝行だと思って、マイペースでやっていこうと思っている。
家に引きこもることが多くなると思うので(笑)、またこのブログに向かう時間も増えるかもしれない。ストレス解消に過激になることがあるかもしれないので、ご了承願いたい(笑)。
とにもかくにも、僕の拙い雑文にお付き合い頂いてきた皆様には本当に心より感謝申し上げます。10年という節目を目標に、このブログも、あっちこっちに寄り道しながらなんとか続けてきました。もう少しだけ頑張りたいと思います。よろしくお願い致します。
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昨年から僕の周縁には一関市千厩町に縁がある方々が、怒涛のごとく押し寄せてきている。押し寄せるというのは適切な表現じゃないな。怒涛のごとく親交を深めているという表現が適切かもしれない。
つれづれに考えてみると、僕が生まれて初めて出逢った巨石というのか信仰の岩は千厩の夫婦岩だったように思う。近くに従兄弟の家があり、小さい頃この岩の周辺で遊んでいた。
そしてもう一つ千厩というと、三島温泉に曲がる道を曲がらないでまっすぐ行くとこんな岩と遭遇する。
重箱石だ。この石も不思議な岩で、いったい誰がいつ何の目的で、ここに巨石を重ねて置いたのだろうと思うと、僕の想像は、宇宙の果てまで飛躍する(笑)。
千厩は昔からとてもエネルギッシュで多くの偉人を輩出してきた町だ。現在でも定期的に夜市が行われ、活気あふれるイベントが日々敢行されている。はた目からみてもその団結力と実行力は称賛に値する。
今年は千厩から僕の塾に通ってきている生徒さんもいる。ますます千厩から目を離せなくなってきたかねごんである。
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日本に於いて医療費で使われるお金の割合は、ダントツ精神科に於ける医療費だそうだ。
昔のように精神科に通う垣根のようなものがなくなり、眠れない、不安だ、ちょっと生きる気力がなくなった、、極端に記憶力が悪くなった等、我々は心療内科の診断を仰ぐ。
鬱とかトラウマとかいう言葉が、日常会話で使われるようになったのは、僕らが社会人になった頃だったろうか。そしてバブルが崩壊して、精神を病む人々の数が激増した。
その時期を同じくして新興宗教が雨後の竹の子のようにメディアに現れ、日本人の自殺率が先進国でダントツになって行った。
日本という国はそれほどまでに生きづらい国なのだろうか。世界では安全な国と評され、毎年1千万人以上の外国人旅行者達がやって来る。真夜中の地下鉄に女性が一人で乗れる唯一の国でもある。
水面下では貧富の差が拡大し、児童の6人に1人が貧困状態にあると言われている。嘘だろうという意見もあるようだが、実際に一月の小遣いが皆無という児童生徒は全体の40パーセントになっているという統計も出ている。
20代30代の若者たちに於いては、3割近くの人たちが国民年金を支払っていないと言う。彼らの老後は誰が面倒をみるのだろうか。
年金や介護保険を払い続けてきても、いざとなった時に老人ホームにも入れない国。生活保護家庭にでもならないかぎり、失業しようが貧困に苦しもうが、税金や年金の催促が容赦なくやってくる国。
貧困にあえぐ人々の矛先は、金銭的に安定している公務員や公立学校の先生方に向けられ、総合理解は喪失され、負のスパイラルが社会の中で濁流のごとく巻き起こっている。
負け組になりたくなかったら、勉強をして学歴を持てと言う。大学の進学率だけは軒並み増えたが、その学費の負担が、家族を崩壊させかねない状況を生み出している。
どこで歯車が狂ってきたのだろう。一見豊かで平和に見えるこの国で何が起こっているのだろうか。街中でスマホを片手に佇んでいるこの国の国民に、今何が必要で、何が希望を断絶してしまっているのだろうか。
結果には必ず原因がある。日本人の心に閉塞感を与えてしまっているのは、経済が原因だと言われている。簡単に言ってしまえば、お金が無いからつまらないということなのだが、本質はそこだろうか。
僕は34年間塾教師をやってきた。途中6年間の高校での非常勤講師の経験もあるが、塾教師ゆえの世界観の中で、教育を取り巻く潮流に気づくことは多い。明らかに子どもたちの精神力が衰えてきた。不合理に対する抗体がない。
人生に現れる様々な状況に対して傍観してしまう若者が多すぎる。つまり飛び込んで行かない。いや行けない。だから恋愛もしないし、政治や不合理に対する怒りも、飲み込んでしまう。一見平和主義者のようだが、僕に言わせれば臆病なだけのような気がする。
じゃあなぜこうなってしまったのか。偏見を覚悟で言わせてもらえば、男女平等のインチキ教育がすべての根源だと思っている。男性と女性は平等なんかじゃない。まるっきり違う生き物だ。運動能力も、思春期の訪れる時期も性欲も、そして学習能力も。
男女平等の教育という言葉を、いつの時代か誰かが勘違いしだした。そしてその勘違いが市民権を得てしまったゆえに、誰も公の場でその勘違いを指摘できなくなってしまった。そして子育てが出来ない女性をキャリアウーマンなどと横文字で括り付け、エプロンをして台所に立つ父親を、素敵なパパなどと称賛し、この国はおかしくなってきた。
女性の皆さんどんな男性が好きですか。男性の皆さんどんな女性が好きですか。価値観の多様性、ジェンダーの問題をどこかの枝に吊して、自分の足元を見れない人たちが増えているのではないですか。
平均的な価値観の中に埋もれるはよしませんか。人は平等じゃないですよね。貧乏人には貧乏人の生き方があります。頭の悪い奴には、悪いなりの生き方がちゃんとあります!だから自分を悲観してはダメなんですよ。今の自分が幸せだと思えない、思わせない社会になんか迎合しなくていいと僕は思います。
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いろんなことがあって、ブログもぼちぼちの更新。
今年の春から稲作農家を廃業したのはいいのだけれど、1ヘクタールほどの農地の草刈り作業がめちゃ忙しい。ようやく家の周りが終ったと思えば、今度は山里の休耕地、そして母が作っていた畑も今や単なる草畑と化したので、これまた草刈り作業が頻繁に必要となっている。肥料が多い土地なので、雑草も喜んでいるのだろうと思う。
昨年倒れた母も、脳挫傷によるくも膜下出血の影響から回復し、施設からの退院がまじかになってきた。完全に失われてしまった記憶があるにはあるのだけれど、僕との会話も普通にできるようになったし、歩行に関してもほとんど介護が必要じゃなくなってきた。
今まで田んぼの水の管理や、畑仕事、そして洗濯ものの取り込みなどをしてくれていた母が居なくなったことで、本当に今までの存在のありがたみが身に染みた馬鹿息子である。
宮城にある母の施設には週一ぐらいで行っているのだけれど、往復で発見した神社も多く、僕の神社オタクの範疇がめちゃ広がった感がある。母が宮城の施設に入らなければ絶対縁が持てなかっただろう神様もいるわけで、今回のことで母が奇跡的に回復したのも、日頃神社オタクに邁進している僕に対する神様のご褒美だったのではないだろうかと、勝手に思っている。
今回多大なるご縁を頂いた神社を紹介したい。
ジャズと神社と卓球を愛する実に変わった塾オヤジである。
来週からは夏期勉強会が始まる。日曜日は4年ぶりの東北大会に向けて、卓球の指導も佳境に入る。今度の土曜日は、久しぶりの僕のおちゃらけライブもある。
まあ必要とされるうちが、人生も花なのだろうと思う。
ぼちぼち頑張ります。
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入塾するしないは別にして、今年は塾の問い合わせの電話が頻繁にくる。ひょっとすると中には、父兄を装った同業者の方からの電話もあるのかもしれないけれど、とりあえず失礼のない対応を心がけているつもりだ。自立学習型の個別指導で、人数も限られたスペースの指導なのに、どうして月謝が安いのですかという問い合わせが結構くる。
からくりがあるわけではない。いつもこのブログで繰り返し言ってきたことだが、金が無ければ教育の機会が得られないという、世の中の仕組みが腹だたしいのだ。だから頑張って安い月謝の塾を四半世紀やってきた。それだけのことである。
僕は根っこは不器用で頭が悪い人間だ。時々賢いふりをするけれども、長年居る生徒は鮮やかに僕の本質を見抜いている(笑)。
一関の塾という記事を以前書いたのだけれど、多くの市内の方から問い合わせを頂く昨今、僕の塾経営者としての想いが、ストレートに書けた文章だったので、再びここに掲載させて頂きたいと思う。
【一関の塾】※再掲載
塾の親御さんや友人の方々から、どこそこにまた新しい塾ができたよという情報を頂く。
一関は塾ブームである。一関市に附属中学が開校して、一関がフランチャイズ塾のターゲットになった感がある。自分で塾を営んでいて言うのもなんだが、塾がどんどん押し寄せてくる感じだ。
フランチャイズ塾に加盟し、一関市内で塾を開校する方々に、いちゃもんをつけようとか、ブログで脅迫しようとかそんな意図は全くないのだけれど、よそ様のことだけれど、心配になってくる。
個人事業を営まれていると、日々いろんなダイレクトメールやビジネス資料が送られてくると思う。
たとえばこんな感じ。
『空き店舗を利用して学習塾を営んでみませんか』
『先生と呼ばれる仕事は魅力的ですよ』
『テキストからチラシの手配、塾講師の手配もすべて本部が行います』
などなど。
開塾に要した資本金は3年でペイバックできますなんて甘い言葉に乗せられ、コンビニや喫茶店をフランチャイズ塾にリホームして塾を始める方々が全国で急増中だ。
なかには、学生時代に取得した教員免許を活かしたいからなんていう人もいる。サラリーマン塾教師時代を含めると、僕はちょうど30年間、一関で教える仕事をしてきた。この間10年以上存続している塾を数えると、片手で数えるほどもない。
20年以上存続してきている個人塾の共通点をあげてみよう。
(その1)塾の他に一つ以上の仕事をこなしている。
(その2)チラシをほとんどまかない。
(その3)教える教科はすべて自分でこなしている。
(その4)一斉授業をしない。
(その5)教室の賃貸料を売り上げの5分の1以下にキープしている。
大手に負けずとチラシを折り込んでいたら、とてもじゃないがいくらお金があっても足らない。また見栄えを気にして、ビルのテナントを借りたりしたら、それこそ生徒から頂く月謝がすべて飛んでいく。受験指導の結果をしっかりだしていけば、口コミの紹介という最良の宣伝効果を得ることが出来る。
大手と同じ土俵で頑張ろうとすると個人塾は長続きはしない。隠居生活のような塾経営がちょうどいいのかもしれない。
兎にも角にも生徒が納得する指導が塾の生命線だ。それぞれの塾が生き残りをかけてがんっばているわけで、僕も25年目の夏をなんとか乗り切りたいと思っている。
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僕は趣味として、毎朝早起きをして朝食を毎日用意する。友人の営む佐惣珈琲豆店の焙煎珈琲をミルで挽き、食パンに早池峰の麓でとれたはちみつ、そしてトマトをメインとした野菜サラダが定番だ。
トマトはほぼ1年中毎日食べている。実はこのトマトを調べてみると、色素リコピンというものが含まれていて、体内の酸化を防ぐ抗酸化力がとても強いのだそうだ。どれだけ強いのかというと、酸化を防止すると言われているベータカロチンの2倍、ビタミンEの100倍だそうだ。
そう言われてみるとトマトを毎日食べるようになってからは、風邪もひかないし、ハードな運動をやったあとのダメージも、昔と比べるとだいぶ軽減されてきたような気がする。
野菜を最初に食べると血糖値にもいいようだし、トマトは我が家には欠かせない一品だ。さて今日は海の日。昨日一昨日と僕は中総体卓球の県大会に出かけていた。団体は残念ながら3回戦で涙を飲んだが、個人の部では東北大会の切符を手に入れた。4年ぶりの東北大会である。
岩手も海の日を迎え、これから暑くなる。夏期勉強会、そして東北大会に向けての練習と、僕も息が抜けない。今年の夏もトマトパワーで乗りきりたいと思う。
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景気の低迷で、国立大志向が加速し、私立大離れが進んでいたが、今日の岩手日報の新聞記事に、私大人気の回復が見られてきたという記事が掲載されていた。
リクルート調べの統計だが、国立大と私立大のどちらに行きたいかとの質問に、関東では高校生の33.7%が国立大と答え、54.6%が私立大学と答えている。
明治大学の1位人気は8年連続で、群を抜いている。うちの高3生も私立の第1志望は明治大学が毎年多い。人気の秘密はブランド志向じゃない学風だろうか。
上智や駒沢を抜いて、東洋大がベスト10入りしているのは、箱根駅伝の活躍の賜物のような気がするが、いかがだろうか。
親の家計を考えると国立ということなのだろうけれど、受験勉強の困難さを考えれば、得意の科目で勝負が出来る私立大学は、高校生にとっては救いだ。
私立高校や私立大学へ通う生徒や学生への、教育経済支援を国が本気で考えていかないと、教育の理念である、学ぶ機会の平等性がますます希薄になっていく気がする。不景気の今だからこそ、若者たちの教育支援が大切だ。
※塾からの連絡
明日7月16は中総体の県大会が行われます。私もコーチで出かけます。ゆえに塾に戻るのが夕方になります。あらかじめ塾生の皆さんには連絡しておきましたが、もう一度確認のほどよろしくお願い致します。明日は夕方4時30分より塾が開始となります。
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神社や霊山の磐座(いわくら)に魅せられて早10年。今日は今まで探訪した磐座を一挙公開します。
これは一関舞川に鎮座する観音山の大岩です。舞草神社の近くにありますが、足場が悪いので登るときはお気をつけください。
一関藤沢町にある立石神社の磐座です。圧倒的なパワーを感じますね。縄文の風を感じるとでも言ったらいいでしょうか。ぜひ一度訪れてみてください。
遠野市にある続き石です。山登りが苦手な人には、ちょっときつい参道がありますが、遠野に行かれた時にはぜひこの岩に対面してみてください。癒されます。
東和町の丹内山神社にあるアラハバキ神の磐座です。古代人の信仰の残像が放射してきます。僕はこの前に立つとピリピリしましたね。
平泉町の束稲山中腹に鎮座する胎内くぐり岩です。この時は写真に猛烈な光が磐座から放射してきました。ただならぬ岩磐座です。
一関萩荘に鎮座する三島神社の巨石群です。山神の信仰の強さがひしひしと伝わってきます。
ラストは、一関真滝に鎮座する白山瀧神社の瀧岩です。瀬尾律姫の清らかな水の波動が伝わってきます。
このほかにも早池峰や五葉山の巨岩など紹介したかったのですが、とりあえず一関の方が気軽に訪れることができる磐座を紹介しました。
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生徒さまは神さまです⁉
某大手塾の前で夕方になると見られる光景!
その塾の先生が入り口にズラッと並んで、塾に通う子どもたちが三々五々集まってくるのを「お出迎え」している!やってきた子どもたちに向かって90度に頭を下げながら「こんにちは」。その間を子どもたちは、無言で胸を張ったまま、通り過ぎていく!まるでお殿様を迎える家来たちのようです。異様なのは、深々と頭を下げている「家来」が身なりの立派な大人で、その前を偉そうに通り過ぎていく「殿様」が、小学生の子どもだと言うところです❗
社会における上下関係では、必ず大人のほうが上です。どの国の文化においてもそうです。なぜなら、大人が子どもを教え導くという構図はどの時代になっても絶対に変わらないことだからです。
こうして商業主義に則って、「生徒さまは神さまです」とばかり、本来きちんと指導する立場にあるはずの大人が子どもにへりくだって、そして子どもをleaderだと錯覚させてしまう!これは大きな罪ではないでしょうか⁉「進学塾不要論」より引用
池田勝彦先生のFBより転載
僕らの塾稼業は確かにサービス業ではあるけれど、子どもにへりくだる態度はNGだな。子どもというのは純粋であるだけに、勘違いをしてしまう。
確かに勉強が出来る生徒というのは、努力タイプのしっかりものが多いけれど、だからと言ってそれだけで人間的に崇拝される存在ではない。スポーツができることや、音楽の才能や、優しさなど、人間の良さはいっぱいある。
大手塾が、殿様気分の子どもたちを世に出して行くことは勝手だが、必ずしっぺ返しが来ることも忘れてはならないと、僕は思うな。
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、
自称なんちゃってミュージシャンの僕は、下手の横好きというのだろうか、まあ頼まれればどこへでもギターを片手に参上するオジサンだ。時に商店街だったり、クリスマスイベントの小学校だったり、ラジオのスタジオライブだったり、まあ出たがり屋と言うのか、節操がないというのか困ったものだ。
僕がギターを片手に作詞作曲を始めたのは、受験勉強からの逃避だった。よくモテタイからとか目立ちたいからという理由で音楽を始める方が多いようだけれど、僕は勉強からの逃避だったな。
教える仕事を長年やってきてこんなことを言うのもなんだが、10代の僕は勉強嫌いで、ほとんど宿題などは未提出。体育館で卓球をやっていた記憶と、ギターを弾いてがなり立てていた記憶しかない。
僕は大学を卒業してから、なんか、学ぶことに快感を覚えて勉強を始めた。遅すぎた感があるが、ギターの誘惑に勝てなかった青春だったね。ドンマイだ(笑)。
ただこれだけは言える。僕に音楽が無かったら、実に退屈な人生だったんじゃないかとね。自分の想いを歌詞にしてメロディーをつける、ただそれだけのことだけれど、自分の心の奥底の素の自分と、とことん付き合えるような気がして、なんだか楽しい。
そう、人生は楽しくなくちゃいけない。辛いことや哀しいことが多くても、楽しくなくちゃいけない。僕の歌を聴いて、笑ってくれり子どもたちやおじいちゃん、そういった人たちがいてくれて、僕は生かされているんだな。ふむふむふむ・・・・
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今回は好評につき、夏期勉強会がもう少しで定員になります。参加ご希望の方はお急ぎください。
尚日程に変更がございます。8月1日が夏期勉強会の初日でしたが、この日は一関一高の体験入学の日のため、7月29日を初日とし、8月1日は夕方からの通常ゼミのみとさせて頂きます。よろしくお願い致します。
今年度は通常の高校3年生の大学受験英語ゼミはすでに定員になっており、募集は終了しております。高1・高2の英語個別指導はまだ余裕がございます。
中学3年生の全教科個別指導は、あと数名の空きがございます。よろしくお願い致します。
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下の映像を 見て皆さんは何を感じるでしょうか。我々はいかに見た目で、他人を識別しているかが理解できると思います。
外見やその人の経済力、学歴、職業、宗教、もちろんそういったものが、人を判断する材料のピースであることは否定できませんが、それがすべてではありません。
その当然のことを、社会で生きて行く我々は、固定観念や常識という鎧の中で忘却してしまいがちです。そしてそのことが、多くの哀しみや悲劇を生んでいます。
個人対個人の感情がやがて民族や国家に拡散し、テロや戦争のきっかけにさえなっていきます。負の感情を堆積させているこの文明社会は、悲鳴をあげています。
比べない勇気を持ちませんか。
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7月に突入。新聞の折り込みには、夏期講習の折り込みチラシが毎日ように入って来る。今年の夏も僕の塾は広告費が捻出できないので、折り込みはなし。縁ある人に来て頂こうと思っている(笑)。ちなみにあと7名ほど入れます。詳細はこの画面下の当塾のホームページをご覧くださいませ。
さて今日はSNSからこんな写真を見つけた。CGではなく本物のドラゴンの写真らしい。信じるか信じないかは別にして、龍好きの僕にはたまらない写真だ。
鼻先から何やらオーラーのようなものが出ている。ドラゴンの子どもなのかな。かわいい。7月1日にこんな写真と遭遇するのも何かの縁。いい感じだ。
ところで中総体が終り期末テストが終わった。悩める子羊のみなさん。龍好きの塾長がいる変な塾ですが、よかったら体験指導を受けに来ませんか。お待ちしておりますね。
※明日土曜日は県民体育大会の卓球の試合に出場するため、塾を勝手ながら休ませて頂きます。よろしくお願い致します。
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