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2016年6月23日 (木)

当時の僕には想像すらできない今がある

先生と呼ばれる仕事を始めてほほ35年近くになる。

大学時代の家庭教師、東京での進学塾での仕事、地元の学習塾での勤務、そして独立。近年は私立高校や短期大学の英語講師、いろん場面で先生と呼ばれる仕事をやってきた。

その間、先生と呼ばれる仕事だけでは食べて行けず、農業をするかたわら、様々なバイトもこなしてきた。プライベートでは、作詞作曲を趣味でやり、12年間毎年地元の小学校でミニライブを敢行してきた。時期を同じくして母校中学校の卓球のコーチを仰せつかってきた。

世間からは、趣味人とか、自由人とか言われる傾向があるが、おそらくそんな感じの人間なのだろうと思う。

若い頃は生徒から「どうして塾の先生になったの」とよく聞かれた。僕が岩手で塾の先生を始めた1980年代は、塾教師という職業はエイリアン的職業だったと思う。将来の展望が見えないヤクザ稼業だった。マイナーな仕事だったと思う。

教員採用試験を失敗した方の、腰掛け的な仕事だったことは否定できなかっただろうと思う。僕と言えば、大学を出るのがいっぱいいっぱいで、教員採用試験などと言うものは全く眼中になく、たまたま採用された職場が進学塾だっただけで、ポリシーも展望もなにもなかった。

それが気づいてみたら30年以上も塾教師をやっている。当時の僕には想像すらできない今がある。

初めてワープロを手にした時の感動。初めてパソコンを買って、ネットをつないだ時の驚き。教育の世界はどこまで進化し拡散するのだろうと思ったものだが、その直後にバブルが崩壊し、学級崩壊や不登校などという単語がマスメディアに躍り出てきた。

世の中の進化と人間の感情がかみ合わない世界。虚無と偽善が錯綜する世界の中で、子どもたちの自由度は奪われ、学校は管理のための柵を、これでもかと構築していった。皮肉なもので、その直後から塾はメジャーな地位を取得し、塾教師は背筋を伸ばし闊歩するようになった。

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僕はといえば、相変わらず背中を丸め、草刈り機械を背負い、休耕田で汗を流す日々だが、ここ30年で塾は新たな境界線を越えてきたようだ。まるで野生の熊が里山の境界線を越えて頻繁に出没してくるごとく。

教える側の想像力がちょっとだけ不足しているんじゃないかと僕は思う。塾教師というものは、日々学校の先生の批判を耳にする。それほど学校の先生が悪いわけじゃないが、どうも親御さんからみれば感情的な違和感を覚えることが多いようだ。

親御さんが塾教師に対して、学校の先生の相談をしてくるからと言って、塾教師がゆえに優れているとは決して言えない。そこのところを勘違いしだすと、学校と塾の溝は深まるばかりだ。本当は学校教育をサポートする立場が塾である。調子に乗って全面にしゃしゃり出てはいけない。僕は職業欄にいつもサービス業と書く。偽らない僕の塾教師としてのスタンスだ。

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