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2015年10月14日 (水)

アラハバキ神とのファーストコンタクト

皆さんは内なる声というものを信じるだろうか。例えば朝会社に行こうとして、今日はそっちの道は行かないほうがいい、なんていう心のささやきが聞こえてきて、遠回りをして行ったら、いつもの道で、玉突き事故があったなんてことはないだろうか。

脈絡もなく昔の友人のことをふと考えていたら、友人の訃報を告げる電話が来た、なんて言うことがなかっただろうか。

毎度の繰り返しになるが、僕の家はこのみちのく磐井の地で、400年近く細々と百姓を営んできた。僕が18代目だか19代目になる。僕の代になって、お明神様に祀るお札は、駒形神社と早池峰神社、そして小牛田の山ノ神神社の3柱の神様をおまつりさせて頂いているが、祖父の代までは、衣川の三峰神社のお札を祀っていた。

以前の記事でも書いたが、そのご先祖が祀ってきた衣川の三峰神社の神様に、僕はある日心の声を通じて呼ばれた。震災があった年の秋晴れの日だった。友人の営む佐惣珈琲豆店でいつものコーヒー豆を買って、塾に戻ろうとして軽トラックに乗った瞬間、「三峰神社に行こう」という心の声が突然聞こえてきた。

一関の磐井町から衣川の三峰神社までは車で20分ぐらいだろうか。10年間もご無沙汰していた神社だったので、疑心暗鬼の心情は一切かなぐり捨てて、僕は声に従った。

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神社に到着した僕の思考はまさに上の写真のようにもやもやした感じだった。10年前には建っていなかった案内柱に、僕は「アラハバキ神」の文字を目にした。当時僕の友人の小林先生が、安倍氏の陸奥話記の現代語訳を書き上げた時で、様々な偶然の一致が僕の心の声にシンクロしたのかも知れない。

Photo


神社への階段を登って行った僕は、一種のデジャブに襲われた。遠い遠い昔に、この階段を登った感覚が蘇ってきたと言えば嘘になるだろうか。不思議な感情に支配されたのを覚えている。

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三峰神社にはせ参じた僕は、長い間のご無沙汰を詫び、祝詞を奏上し、アラハバキ神が祀られている月山の頂上へと向かった。

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鳥居をくぐり急な傾斜の山道を30分ほど登って行くと、鬱蒼とした杉木立と樅ノ木に囲まれた社の裏に、アラハバキの磐座があった。

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頂上の磐座の写真は何度とっても映像が文字化けしてパソコンに転送出来ないので、ウエーブ上から借用させて頂いた。この月山のふもとには前九年の役の舞台となった衣川関がある。度重なる争いで散っていた尊い命の鎮魂の祈りが聞こえてきそうな佇まいだ。

古代の人々が、いにしえから信奉してきたアラハバキの磐座を、僕のように希求し探訪している方々が岩手に何名かおられる。TwitterやFBでその研究を拝見すると、いにしえ人達の、命の尊厳をかけた祈りの息遣いが聞こえてきそうだ。

今僕らが佇んでいる故郷の大地が、多くの人たちの汗と涙とそして祈りから保たれてきたことを忘れてはならないだろうと思う。 合掌

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