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小さな感動や、わずかな希望や、そして不安を抱きながら道を歩んできた。
この道の曲がり角を過ぎたら、何があるんだろう。
期待はいつも裏切られるのだけれど、それでも歩み続けてきた。
さりげない日常の連続の中で、時には感情を押し殺し、時には爆発させ、
道を登り、そして下り、日々を重ねてきた自分がいる。
誰かが通った道を、自分も歩いてきたはずだ。
その当然の事実に、なぜか僕はめまいを覚える。
若かった頃の風景は、年をとっても変わりはしない。
ほんの少しわがままなままで、歩ませてもらおうかな。
見えなかった道がちょっとだけ見えてきた気がする。
きっと多くの季節が過ぎてきたからだろうと思う。
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学習障害という言葉がある。簡単に言ってしまえば物事を理解する能力が通常の人より劣っているということなわけだけれど、はっきり言って障害という表現はおかしいんだよね。
なんでもかんでも障害という言葉を使えば、指導の責任を逃れられると思うのか、教育現場では頻繁に使われる言葉だ。このブログで何度も繰り返して来たけれど、平均的な人間とか、能力というのは言ってみれば、僕らが文明の中で勝手に位置づけた幻想であって、人間の本質を何も語ってはいないんだよね。
極端な意見になるかも知れないけれど、学習能力の差を障害と言ってしまうならば、障害の無い人なんていないと思うんだよね。例えば、野菜を食べれないのも障害、僕のように泳げないのも障害、音痴なのも障害ということになってしまうんじゃないかな。
能力の差は個性だと思うよ。
よく暗記力がすごくていいねなんて言うけれど、記憶を消去できないのも言ってみれば障害で、そのために神経を病んでしまって、ドロップアウトって人も多いんだよね。
自立して生きて行けないのは大変だと言われるけれど、自立ってなんだろうね。他人に迷惑をかけないことかな。それとも自分の食い扶持を稼ぐことかな。曖昧だよね。自立って愛されて生きることだと僕は思うな。
経済的な自立ばかりを問題にするあまり、愛がないがしろにされているんじゃないかな。
勉強が出来る出来ないは個性だよ。運動能力もそうだ。そう思えば、そんなに苦悩することはないね。自分のできる範囲で生きて行くことって、実はとても有意義なことなんじゃないだろうか。そうじゃないかな。
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どうも世の中のいじめの定義がおかしい。定義がおかしいから、いじめられる側にも責任があるなんて言う無茶苦茶な理論が噴出したり、いじめを隠ぺいしようとする先生がいたりするわけで、マスコミ的な扇動にあたふたしている現状が蔓延している。
この社会が資本主義という理念で、競争社会を継続して行くかぎり、敗者と勝者は生まれ続けるわけだから、その精神安定剤的負の衝動として、いじめを実行する人間は後を絶たない。あえて資本主義という言葉を使ったが、どんなイデオロギーに於いても負の衝動は消滅はしない。
いじめは暴力であって、それ以外の何ものでもない。暴力なのだから犯罪だという認識を世の中はしっかり持つべきなのだ。
こどもの自殺が起きるたびに、いじめの問題がクローズアップされる。なぜいじめを止められなかったのか、なぜこどものSOSをキャッチできなかったのかと。
世の中の論理は様々なすり替えによって、悪者を作り出す。まずは学校教育に対してだ。いじめがあってもいじめを隠ぺいする教師が多いのは、教師自身の学級運営の能力を問われれるからだという論理。次にいじめる人間の家庭環境の問題という論理。
いつも組織や集団や社会に対する責任問題としての追及がなされるが、個にたいする言及が、曖昧、尚且つ不自然だ。他人に精神的暴力を行使している人間は、間違いなく確信犯だ。その人間の責任を黙認する習慣が、今のいじめ社会を助長してしっまた。僕はそうのように考えている。
学校でも会社でもそうだけれど、良識ある意見は黙殺され、声が大きく押しが強い人間の意見がゴリ押しされる。
「はっきりものを言いなさい!」この言葉ほど嫌いな言葉はない。この言葉を他人に発する人間は、きっと人に対する想像力が欠如しているのだろうと思う。そしてこういった言葉を間違いなく暴力だとは思っていない。
そうりゃ誰だって、自分の思っていることを口にしたい。しかしそれが出来ない心情があるのだ。寄り添う優しさが欲しい。
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心の安らぎを求めてとか、安定のある暮らし、なんてフレーズが巷に溢れているけれど、僕はそれって単なる執着じゃないかと思うんですね。健康にしてもお金にしても、いつまでもあるものじゃないし、命と共に流転して行くものですよね。
結局この宇宙森羅万象の動きを見ていればわかるように、安定なんてものはそもそもないんですよ。太陽系の惑星が銀河系のはじっこを金魚のフンのようにどうにかくっついて回っているのも、地球が23.4度の傾きをかろうじて保っているのも、安定などでなく、変遷や流転の過程なんですね。
人は生まれて死んでゆく。形あるものは壊れる。全く自然なことなんですよね。この自然なことを何とかしようともがき苦しむのは、自然の摂理に反しているような気がするんですよ。
努力→成功→安定なんていう図式を追いかけていると、そのバランスが壊れた時にどうしたらいいのか、てことに苦悩するわけだけれど、とりあえず毎日を明日に向かって生きて行くことでいんじゃないでしょうか。
僕もようやくオヤジが生きぬいた年齢になります。この年でオヤジは死んだんだな~と思うと、ちょと残念な気もするけれど、それも宇宙森羅万象の変遷の中での宿命だったんだろうなと思っています。
僕のブログのタイトルではないですが、わくわく生きて行くことが、人生の本質のような気がするんですね。とにかく人生何かで迷ったらわくわく感を感じる方へ舵取りをすればいんじゃないでしょうか。わくわく感があれば、少々大変でも頑張れますもんね。
お金を稼ぐことにわくわくするならば、とことんお金を稼げばいいし、恋することにわくわくするならば、死ぬまで恋をすればいいと思うんですよ。ギャンブラーであることにわくわくする人は、世界一のギャンブラーを目指せばいい。僕はそう思うんですよね。
物事は常に流転している。だから価値観なんてものも、一瞬に崩壊するんです。恋愛だってそうじゃないですか、死ぬほど愛しているなんて言って、結婚したカップルのうち30パーセントが別れてしまう。いいとか悪いとかじゃなくて、こういった社会で、絶対的な基準を作ろうとすること自体が無理なんですよ。
競争社会だから頑張れって言うけれど、競争社会って必ず敗者が出るじゃないですか。敗者は敗者なりの生き方があっていんですよ。100メートルを10秒で走る人は、なんとかオリンピックに出たいと思うかもしれないけれど、13秒でしか走れない人は、そんなこと考えもしないですよ。なのに勉強や学歴の世界では、そんなことは微塵も態度にあらわさず、みんなおいこまれていく。おかしいですよね。
どんな人だって、他人が経験できない経験を持っているんです。そのこと自体がすごく素晴らしいことなのに、お金や実益に絡まないと無視されちゃうんですね。もし神様がいるとしたなら、神様は本当に実益に絡むことだけを推進しているんでしょうか。僕は違うと思うな。やっぱり神様もわくわくしたいんじゃないかな。
生きてきた間に、捨てきれず背負い続けてきたものを一度投げ出してみれば、自分の本来の軽さが実感できると思うよ。こだわりを捨ててわくわくしてみませんか。
震災後年収15万まで落っこちて、でもこうやって結構わくわく生きている僕がいうのだから、間違いないと思います。ハイ。
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日本のフォーク界で、叙情詩の世界を描かせたらさだまさしさんの右に出るものはいないだろうと思います。そして彼のギターはテクニック云々を超越して、聞く者の魂を揺さぶります。
山口百恵さんの秋桜も素敵ですが、僕はさだまさしさんの歌う秋桜がいいですね。実は僕は人前で歌を歌う時、このさだまさしさんのライブ盤の秋桜を聞くんですよ、歌うという行為の尊厳と言ったらいいでしょうか、そんなことをさださんの歌とギターは僕に教えてくれます。
それにしても不思議ですね。中島みゆきさんの『時代』と、さだまさしさんの『秋桜』がラジオなどから突然流れて来ると、なぜか涙腺があやしくなってしまいます。年なんでしょうかね・・・・。
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前回の記事の続きの話になりますが、川崎図書館に立ち寄った後、僕は図書館そばの浪分神社に立ち寄り参拝しました。
祭神は瀬織律姫です。前々からこの神社の名前には不思議な感覚を持っていましたが、川崎という地名を考慮すると、この神社のあたりが、古代北上川と海との境だったのでしょうね。
神社の横を流れる北上川の両岸の風景が、ここから一変します。ちなみにここから北上川を数キロ下ると、黄海、日形という地名の町に入ります。日形はきっと干潟が転じたものでしょうね。周辺の高台に位置する老松や油島からは、縄文時代の貝塚が多数発見されています。
浪分神社から北上川を眺めると、古代の海の潮騒が聞こえてきそうな感覚におちいるかねごんでした。
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土曜日に一関市立川崎中学校の文化祭にお邪魔しました。木のぬくもりが温かい素敵な校舎でしたね。
帰りに川崎図書館に寄ったのですが、ふと考えれば、震災後初めての川崎図書館という事でした。久しぶりの感じがしたのも当然でしたね。
図書館でこんなものを見つけました。
仙台人名大辞書、伊達藩の人名辞典の復刻版と言えばいいでしょうか。江戸時代に於いて伊達藩で何かしらの業績を残した人達を記した人名辞典ですね。ひょっとしたらと思い、金田姓を検索したところ、載っていました。我が家の祖先が。金田庄太左衛門です。
持ち出し禁止の辞典だったものですから、図書館司書のかたより写真撮影の許可を頂き、ここに掲載させて頂きます。
奥州平泉の藤原氏が滅亡した後、鎌倉時代から陸奥を支配したのは葛西氏です。その葛西氏も戦国の時代に歴史の表舞台から消えるわけですが、我が祖先は葛西氏に属する一派だったようで、葛西氏滅亡後農民として磐井の地で田畑を耕して暮らしてきました。400年間も。
僕の名前の本名は、庄太左衛門から漢字をもらっていますし、漢字こそ違いますが、息子長男の名前も庄太左衛門から頂いています。昔からの土地で20代近く続いてくると、家を離れることはプレッシャーなのではないかと言われますが、まさにそうで、東京に出た僕は、長男としての使命を祖先から常にインプットされてきた感じがして、気づいてみたら、磐井の地で寺子屋をやっていました(苦笑い)。
こんな僕をご先祖はどんなふうに見ているんでしょうかね。ちょっと複雑な心境ではありますね。
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自宅前の風景である。こんな自然の中で暮らしてきたものだから、きっと性格がアバウトになってしまったのだろうと思う。
実は若かりし30代の頃、自宅周辺から見える奥羽山脈や北上高地の山々の名前が分からず、岩手に住んでいてこれじゃまずいだろうということで、一つ一つ山を確認する意味で、見える山々に登ることにした。
ちなみに僕の住む里山からは、室根山・栗駒山・焼石岳・夏油三山をはじめとして、かなりの有名どころが見えるのだけれど、当時はさっぱりだった。
30代、10年ほどかけて、自宅周辺から見える山々はほぼ登った。したがって今はそれぞれの山の名前もわかるし、どんな形状で、どんな特色があるのか僕なりに理解しているつもりだ。
さて今日はこれから、いくつかの中学校の文化祭を見て回る。途中ボランティアの仕事もあり、そして夕方からは平泉吉野屋さんにて、14回イーハトーブ音楽祭があって、1年半ぶりに、僕も歌わせてもらう。夕方5時45分開演、9時頃終了という感じだろうか。観覧無料なので、お時間のある方は覗いてみてください。
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50肩で接骨院に通院して一月、ようやく腕の上げ下げが楽になってきた。運動不足と言うよりはストレス性の50肩なのだろうと、通院とともに散歩の距離を今までより長くして、最近は30分は歩くことにしている。
塾がある磐井町から釣山下の弁財天まで、往復30分の散歩を敢行している。桜並木が消えた磐井川の土手からは、束稲山や観音山の北上高地の連なりが、爽やかな風とともに目に飛び込んで来る。
磐井川の川べりを眺めると、太平洋から北上川を登り、さらに磐井川に戻って来た鮭の姿があった。来週あたりには、この川に白鳥や雁が舞い降りるだろう。
僕は弁財天に頭を垂れ、塾生を指導して行く元気と勇気と愛と、そして塾を営んでいくパワーを頂き、帰途に向かった。
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震災まえから50肩がじわじわと浸食して、授業中黒板にチョークで文字を書くのがしんどかった。休耕田の草刈りや卓球の指導などで、いよいよ肩があがらなくなり、先月から定期的に接骨院に通っている。だいぶ回復してきたが、まっすぐ腕を伸ばせる状況にはまだほど遠い。
僕のところに時々相談にやってくる方がいて、「疲れて死にたくなることがあるんです」という相談というのか、告白をされる方がいる。
語る内容の深刻さの割には、元気っぽいのだけれど、背中は確かに哀愁に満ちている。
「そんなことみんな普通ですよ。僕なんか毎年2、3回死にたいと思うくらい、精神的にも肉体的にもダメージを食らうことがありますよ。」
相談者は意外だというような驚きの顔をする。本当の事だからしょうがない。
僕は正常であることの意味をよく考える。学年でトップの生徒が正常で、びりの生徒が異常かというと、そんなことはない。たとえ成績が良くても、世の中をなめきって自己中な人はいっぱいるし、成績が悪くても天使のような心をもった素晴らしい人もいる。
自分に自信があって、自分を中心に地球が回っているくらいに人生を達観しているというのか、勘違いしている人は幸せだろうけれど、常に自己嫌悪を抱いて生きている人はしんどいだろうな思う。
苦しいなと思ったら、自分の責任を分散することだな。お金のことも仕事のことも勉強もだ、そうした方が絶対にいい。一人で抱え込むことを習慣化してしまう人は、自殺願望が強くなる。
お金がなくてみじめだとか、今の仕事が辛いとか、精神的な苦痛を抱えている場合は、いったんリセットしたらどうだろうか。感情的な不安は、意外とどうしようもない自己幻想の場合が多い。
自己破産や生活保護の給付を避けたいと言う方は大勢いて、無理をして身体まで壊してしまう人がいるけれど、生きて行くことが困難だと思ったら、放棄すること、そして頼ることは大切だ。
自分に肉体的、精神的な力が復活してきたら、運も向上するはずだと思って、その時を待つことが大切だと思うよ。
いろんな家庭の事情があって、生活保護家庭の経験もしてきたし、頭が悪くて高校も大学も私学しかいけなかった僕は、しょうがないので、高校から大学までの7年間の学費は奨学金とバイト代でどうにか賄ってきた。
今だってそうだ。こんな不安定な仕事をしているものだから、しんどい時は素直に家族に頭を下げている。そのかわり自分が出来ることはとことん頑張ろうとは思っている。ただし無理なことはやらない。
自分が出来ることでしか、家族や社会に貢献できるものはない。そんな当然のことにこの年になってようやく気付いてきた。遅すぎる感があるが、それも己の能力なのでしょうがない。
自分は自分他人は他人、自分が持っていないものを他人に見出して、嫉妬や焦りを感じるのではなく、自分が持っているのもでなんとか生きて行くしかないのに、僕らは世の中に扇動されて、足元を見失っている。
世の中の常識が万人にとっての常識なのではないのだ。自分の良さを否定してまで世の中に迎合することのどない。疲れた休めばいいし、いやになったら一度手放してみるのもいい。
そうそう僕は15歳から25歳までの間、ほとんどテレビを見なかった。世の中に毒されないで、自分のゆがんだ個性で生きて来れたのは、テレビを捨てた選択だったと今でも思っている。
死にたいと思う自分に不安になるのは、生きたいと希求があるからだ。だからぼちぼち生きて行こう。
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今日は午前中町内の卓球大会があり、我が地区はなんとか2連覇を果たした。かつての部活の教え子達に助けられての優勝だった。
午後は水沢の駒形神社に参拝に行って来た。秋の午後の日差しが、神々しい境内の佇まいを演出していた。七五三のお参りに、かわいらしい晴れ着姿のこどもたちがいた。
いつもの十字路で77の車が現れず、赤信号に止まった僕の軽トラックの横と正面に666のプレートナンバーの車が止まった。震災前の嫌な記憶が蘇る。冷汗が流れた。
しかし駒形神社からの帰り、十字路に止まった僕の車のすぐ後ろに77のプレートナンバーの車がいつものように停止した。こうなって来ると、もう奇跡ではなく、駒形の奇跡は僕の人生の中では、ルーティンになっている。
駒形神社の絵馬に、明日から塾の受験生に合格祈願の名前記入をしてもらう。そんな季節がやってきた。
今度の土曜日、日曜日は一関市内、中学校の文化祭だ。塾生からは、来てほしいとのラブコールをもらっている。時間を作ってぜひ生徒たちの作品や発表を見てみたいと思っている。
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パソコンの受信メールには実に様々な詐欺メールがやってくる。例えばこんなものが・・・。
あなたのブログを読んで感動しました。私は余命半年を言い渡されました。資産の2000万円をあなたに託したいと思います。振り込みますのであなたの通帳番号を下記のメールあてに送付してください。
引っかかる人はいないと思うが、思わず笑ってしまう。
きっと多くの男性諸君が経験することだろうけれど、ちょっとエッチなサイトを眺めるとこんなメールが入って来る。貴方が閲覧したアダルトサイトは有料サイトです。あなたのIDも確認しました。加盟料金20万円を下記の講座に至急お振込み下さい。入金がない場合は、司法に訴えます。解約の場合は5万円となりますので、下記までお電話下さい。
それにしてもアトランダムに送られてくる迷惑メールの数は増えることはあっても、減ることはない。専門家に伺うと、ブログ上に書かれたアダルトとかそういった単語に検索機能が反応して多種の迷惑メールが自動的に送られるらしい。
常識で考えれば、すぐに詐欺メールだとわかるのだけれども、中には焦る人もいるのだろうと思う。決して電話やメールを送ってはいけない。脅迫された方が、数百万円支払わされた事件があった。中学生や高校生の息子さんをお持ちのお父さん方は、ちょっとアドバイスしておいた方がいいと思いますね。
ちなみに塾生の男子諸君に話してあげると、「ためになる忠告をありがとうございます。」と感謝される(笑い)。
震災後原子力や放射能被害の話を書きまくっていた僕のパソコンには、連日ウイルスを添付した迷惑メールがわんさかわんさか送り付けられてきた。ウイルスチェックが甘かった僕のパソコンは、あっと言う間にだめになってしまった。パソコンを新しくしてからは、有料のウイルスバスターを何重にもダウンロードしているので、少々のことでは大丈夫なのだが、まあ油断は禁物で、常に最新のものに変えることは心がけている。
近くまで来たのですがお会いできますか♡なんていうメールも頻繁にやって来る。最終的にはお金が目当てなのだろうけれど、もう少しセンスのいい文面を考えてみてはと、迷惑メールに振り分けられるメールを見て、思うかねごんであった。
マイナンバー制度が施行される。あの手この手の詐欺行為が横行する可能性もあるので、皆様十分お気を付け頂きたい。
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僕が一番ジャズを聴いた時代は、一関に帰郷して結婚するまでの間だった気がする。20代の中盤だ。回数と言うよりも、ジャズが一番僕の精神に沁み通った時代とでも言えばよいだろうか。
当時僕は個別指導の学習塾に勤めていて、家庭教師の派遣もあり、岩手県南を駆けずり回っていた。家庭教師のキャンセルが入ったりすると、僕はジャズ喫茶に鎮座し、ジャズを聴いた。当時偶然にもよく流れていたのが、ジャズメッセンジャーズの曲で、僕はその重厚感と哀愁のあるペットの音に、魅了された。
ジャズの魅力は何かと問われれば、何度聞いても飽きないということだろうか。僕はとにかく飽きることが日常に於いて天敵なので、ジャズの音はほっとする。ある物事を理解してしまうと、興味が失せてしまう性格なものだから、ジャズのような音楽は救われるのだ。
僕は聴く音楽はジャズだけれど、ジャズはやらない。正確に言うと難しくて弾けない。ゆえにおちゃらけソングを作ってはお茶を濁している。デミニッシュや難解なメジャーコードを駆使するようなギターテクニックもない。もちろん譜面の読み取りも論外。だからジャズに飽きないのだと思う。
ライブなどで、余興でさりげなくジャズを演奏する人たちを尊敬する。ジャズコードは簡単ですよなんて言われると、思わずギターを落としてしまいそうになる(笑い)。
僕のブログでジャズの虜になりました、なんていうメールを頂くことがある。とても嬉しく思っている。ジャズを聴く人の中には、難解な評論家が多いけれど、たかが音楽なので、気持ちが良いと感じる曲を聴けばいいと思う。幸いにも今の時代は、ありとあらゆるジャンルの音楽がユウチューブ等で視聴できる。たまに渋いジャズもいかがですか。
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かつて、人は本当のことを言うと怒るという記事を書いたのだが、数年経った今でも、アクセスが結構入って来る。
僕もそうだけれど、自分の欠点や醜さは、本当は自分が一番知っているのだ。そのことに向き合うことが嫌なものだから、ごまかして逃げまくっている。完璧であることなど所詮無理なのに、まともなふりをして疲れてしまうのだ。
そもそも正常であることの定義とか、幸せの定義とか、愛だとか、抽象的な価値観や定義に僕らは頼りすぎる傾向がある。社会を生きて行くために必要なバランス感覚を、行動で培うのではなく、理論ありきで保とうとするがゆえに、考えすぎるのだ。
嫌なことを嫌だと言えない社会。本当は自分が一番なのに、それを鼓舞できない社会。権力に身をゆだねて、日常の糧を得なければならないジレンマにじくじくたる思いの人間は多い。
学校を終えてから、ずっと塾業界に身を置いてきた。ぼちぼち33年ほどになる。一応先生などと呼ばれているけれど、自分のアイデンティティは先生などと呼ばれるものじゃないことは重々承知だ。
例えば先生だからという括り、生徒だからという括り、対等であるはずのスタンスが捻じ曲げられ、信頼関係が欠如している教育が見えて来る。従順と素直さは違うはずなのに、従順であることを強制される社会は、支配者階級の具弁をそのまま近世から受け継いできた悪しき習慣であり、そのことによる個性の喪失は減少することは決してない。
僕らの頃には100点満点のテストで20点以下などと言う生徒はゴロゴロいた。勉強が出来ないことに恥じらいもなく、快活にそして大胆に生きていた。それぞれが曲がりになりにも家庭を持ち、いっぱしの顔をしている。
ところが今はどうだろうか。10点台の点数を連発するものならば、すぐに何らかの障害を疑われ、カウンセリングと称する精神的鎮静剤を処方される。たかがテストの結果で自信を失わされ、希望をはく奪される。
高校ぐらいは出ないと職がないと脅かされ、大学をでないといい給料がもらえないと脅かされる。脅迫観念で強制される努力だから、子どもたちは努力を嫌うのだ。
自由を得るために僕らは努力が必要なのではないだろうか。何ものにもとらわれない自由な思考や希望を実現するためのに、僕らは努力が必要なんじゃないだろうか。権力や組織に低頭してお金を得ることは悪いことではない。しかし、そのとを強制する社会であってはいけない気がする。
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皆さんは内なる声というものを信じるだろうか。例えば朝会社に行こうとして、今日はそっちの道は行かないほうがいい、なんていう心のささやきが聞こえてきて、遠回りをして行ったら、いつもの道で、玉突き事故があったなんてことはないだろうか。
脈絡もなく昔の友人のことをふと考えていたら、友人の訃報を告げる電話が来た、なんて言うことがなかっただろうか。
毎度の繰り返しになるが、僕の家はこのみちのく磐井の地で、400年近く細々と百姓を営んできた。僕が18代目だか19代目になる。僕の代になって、お明神様に祀るお札は、駒形神社と早池峰神社、そして小牛田の山ノ神神社の3柱の神様をおまつりさせて頂いているが、祖父の代までは、衣川の三峰神社のお札を祀っていた。
以前の記事でも書いたが、そのご先祖が祀ってきた衣川の三峰神社の神様に、僕はある日心の声を通じて呼ばれた。震災があった年の秋晴れの日だった。友人の営む佐惣珈琲豆店でいつものコーヒー豆を買って、塾に戻ろうとして軽トラックに乗った瞬間、「三峰神社に行こう」という心の声が突然聞こえてきた。
一関の磐井町から衣川の三峰神社までは車で20分ぐらいだろうか。10年間もご無沙汰していた神社だったので、疑心暗鬼の心情は一切かなぐり捨てて、僕は声に従った。
神社に到着した僕の思考はまさに上の写真のようにもやもやした感じだった。10年前には建っていなかった案内柱に、僕は「アラハバキ神」の文字を目にした。当時僕の友人の小林先生が、安倍氏の陸奥話記の現代語訳を書き上げた時で、様々な偶然の一致が僕の心の声にシンクロしたのかも知れない。
神社への階段を登って行った僕は、一種のデジャブに襲われた。遠い遠い昔に、この階段を登った感覚が蘇ってきたと言えば嘘になるだろうか。不思議な感情に支配されたのを覚えている。
三峰神社にはせ参じた僕は、長い間のご無沙汰を詫び、祝詞を奏上し、アラハバキ神が祀られている月山の頂上へと向かった。
鳥居をくぐり急な傾斜の山道を30分ほど登って行くと、鬱蒼とした杉木立と樅ノ木に囲まれた社の裏に、アラハバキの磐座があった。
頂上の磐座の写真は何度とっても映像が文字化けしてパソコンに転送出来ないので、ウエーブ上から借用させて頂いた。この月山のふもとには前九年の役の舞台となった衣川関がある。度重なる争いで散っていた尊い命の鎮魂の祈りが聞こえてきそうな佇まいだ。
古代の人々が、いにしえから信奉してきたアラハバキの磐座を、僕のように希求し探訪している方々が岩手に何名かおられる。TwitterやFBでその研究を拝見すると、いにしえ人達の、命の尊厳をかけた祈りの息遣いが聞こえてきそうだ。
今僕らが佇んでいる故郷の大地が、多くの人たちの汗と涙とそして祈りから保たれてきたことを忘れてはならないだろうと思う。 合掌
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ブログの検索機能を見ると、どのようなワード検索でどのくらいの人数が自分のどの記事を読んでいるのかがわかるのだけれど、今年の春からダントツ1位になっているのは、『塾の辞め方』という検索ワードだ。
これは二通りの解釈が可能だろうと思う。つまり塾を退塾したくて、その辞め方を検索されている方と、塾を営んでいるか、もしくは塾に勤めている方が、その辞め方で検索しているのだろうと思う。
僕の町に限って言えば、そのほとんどがフランチャイズの塾になった。ノンフランチャイズの個人塾は僕の塾を含めて4件だけで、あとは全部フランチャイズ塾ということになる。
僕はフランチャイズ塾を決して非難しているわけでもないし、全くの個人塾が素晴らしいと思っているわけでもない。フランチャイズ塾は教材研究やパソコンのソフトの研究が素晴らしくて、その指導ノウハウは目から鱗のものが多い。僕は市販されている教材をだいぶ参考にさせていただいている。
塾をやりたいという方は、フランチャイズのノウハウをそのまま借用できるシステムの方が楽なのは当然だろうし、広告宣伝も全国規模のCM等に便乗できるメリットがある。難点は加盟料や開校の費用が結構かかることだろうけれど、順調に生徒が集まれば、その後の経営は順風満帆かもしれない。
一方僕らのような個人塾は、すべてが経営者の創意工夫にかかってくる。看板から教室のレイアウト、広告の媒体をどうするか、指導教科の選択、講師の配置等々、開校する時も、そしてそれからも、右往左往の毎日だ。それで生活が成り立てばいいのだけれど、そうじゃないのが人生というもので、金策に走ること多かりきである。
震災前は稲作農業と畑作の自給自足的な生活だったものだから、なんとか凌いできたけれど、震災後の放射能汚染は、地域の食文化を震撼させ、わが家の生活は完全にペースを崩された。それは経済的にも精神的にもである。
幸いにも私立高校や短大での非常勤講師の職を得ることが出来たので、昨年まではどうにか塾もやって来れたのだが、今年度は昼の仕事が見つからず、正直廃業の2文字が頭をよぎった年でもある。
四半世紀も塾を営んで来ると、今年のような危機的な年は何度かあるものだ。今年もそうだったが、そんな時に救ってくれるのが家族である。僕は見栄もプライドもないので、困った時は正直に家族に相談することにしている。よく女房や子供に隠して、借金をする方がおられるようだけれど、僕はそれだけは絶対避けたいと思って生きてきた。
お金がないならばないなりの選択肢はある。切り詰めるところは切り詰め、耐えるべきところは耐えればいいのだ。そして一人で抱え込まないことだ。生きていれば当然のことながら、調子がいい時も調子が悪い時もある。僕は調子が悪い時こそチャンスだと思って生きてきた。気づきや学びの年だと思えば、必ず次の打開策が見えて来る。
塾の辞め方というワードをパソコンに打ち込んでいる皆様に一言、言い添えたい。人生は喜びを見いだせればなんとかなるものです。経営に行き詰ったら、逆に積極的に楽しいことをやりましょう。お金のかからない楽しみ方を学ぶのも人生の大きな収穫だと思います。
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昨日は盛りだくさんの行事がありました。自宅前の道路では花泉・瀬古利彦杯マラソン大会、そして、塾のすぐ前の磐井川河川敷ではバルーンフェスタが行われ、めちゃ盛り上がっていました。
今月は本当にスケジュールが過密です。今週の14日は中3生の実力テスト。もちろん今日の祝日は返上で指導日です。
今度の日曜日は町内の卓球大会があって、僕も召集がかけられていいます。50肩で右腕があがらず、毎日接骨院に通っているのですが、どうにか徐々にラケットがふれる状況になってきました。
24日の土曜日は、平泉吉野屋さんで開催されるイーハトーブ音楽祭に1年ぶりに出せて頂きます。この音楽祭、最近は小学生のちびっ子天才プレーヤーも登場し、出演者の年齢層の幅も厚くなり、開催されるたびに、音楽のレパートリーも増え、盛り上がっています。入場無料です。時間のある方はぜひ足を運んで見てください。
塾の方も受験学年のほとんどの生徒が塾に通う回数を増やしてきました。震災後以降の入塾減は相変わらずですが、在籍者の指導回数が増え、今月から忙しくなっています。
暇だければ暇で大変ですが、多忙になると多忙なりに大変です(笑い)。これからどんどん寒い季節になって行きます。中学校は文化祭の準備で忙しいわけですが、受験生は勉強のペースを乱すことなく、日々学校活動にいそしんでもらいたいと思います。
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今日は花泉・瀬古利彦杯マラソン大会が行われた。あいにくの雨模様ではあったが、10キロコースの折り返し地点が近い我が家の前の道路を、老若男女が駆け抜けて行った。
この写真は旧刈生沢(かりゅうざわ)小学校前のコースだ。現在はコミュニティーセンターとして使われている。僕が通った小学校で、赤い屋根の体育館は廃校から30年以上たった今も、現役で使われてる。
ここが我が家の前の道路。折り返し地点から700メートルほどの距離にあり、給水所が設けられている。この場所で今日マラソンに参加した中学時代の同級生が、僕の名前を叫びながらハイタッチして行った。実に20年ぶりの邂逅だった。55歳にして引き締まった走る姿に、ぼよぼよになった我が身が情けなく、こりゃ鍛えないといかんな~と痛感した瞬間だった。
卓球部の教え子の姿もあった。塾で教えた生徒の姿もあった。みんな頑張ってるな~という感動を、そこはかとなく感じたかねごんであった。
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TOKYO WAIKER からの記事の抜粋である。大手コンビニが100円台で売りだし中の焙煎珈琲の評価記事なのだが、珈琲通の僕からみても昨今のこれらの珈琲は半端じゃない風味とコクを醸し出している。
僕が自宅から塾へ向かう途中にあるコンビニは、上記の記事で言えばミニストップ以外すべてある。ゆえにすべて飲食済みだ。容器の使い勝手と風味の良さではセブンイレブンの珈琲が一歩リードという感がする。
100円でこれだけ本格的な珈琲を提供されるとなると、カフェや喫茶店はまさに受難の時代だ。
我が家では一高そばにある佐惣珈琲豆店の珈琲豆を毎朝飲んでいる。インスタント珈琲を飲むと口内炎になる僕は、自家焙煎したコヒーしか自宅では飲まない。缶珈琲は、デミダスコヒー以外のコーヒーを飲むと下痢をする。アレルギー体質の僕は、非常に扱いにくい。
ところで、一日3・4杯のコーヒーは、がん予防や糖尿病の予防になることが、医学界のデーターでも示されている。ただしインスタントではなく焙煎珈琲で尚且つブラックと言う条件なのだが。一方逆に1日に10杯以上の珈琲は、胃がん等の発生率を高めるのでお気を付け頂きたい。お酒もそうであるが、ほどほどが良いのである。
経済的に余裕のない僕は、1日の小遣いをワンコインと決めている。喫茶店でコーヒーを飲みたいのだけれど、消費税が上がってからというもの、コーヒーをワンコインで飲める喫茶店が無くなった。ゆえにコンビニでの焙煎珈琲が最近の僕の癒しのひと時となっている。
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このブログの『おすすめの本』の過去の記事を読んでみていただければわかると思うのだけれど、近年自分と同世代の作家の作品ばかりを読み漁っている。例外は浅田次郎と村上春樹ぐらいで、あとはすべて50代半ばの小説家の作品をえっちらほっちらと読んでいる。
過去の読書傾向の反動で、こうなっている。実は40代の頃までは同年代の作家の作品を読みのが好きじゃなかった。理由はいたって簡単で、彼らの才能にジェラシーを感じまくっていたからだ。読むたびに自分の感性の不甲斐なさに情けなくなってしまうので、同世代の作家の作品は封印していた。
ところがである。僕も年を取ってきたせいで、諦観というのか郷愁というのか、同世代の作品を読むことで、自分が生きてきた過去から現在までの思考の在り方というのか、感情の推移と言ってらいいのか、そんなことを読書で疑似体験する快感を味わってしまったのである。
自分が日頃言いたくてもうまく言えないことを、ズバット書かれているのを見ると、うっひょう~てな感じでテンションがあがるかねごんなのだ。もうそこにはジェラシーも糞もない(下品な表現で失礼・・・)。
現在50代の日本の作家は素晴らしい。本が売れているとか売れてないとかという現実的な問題はあるだろうけれど、作品のクオリティの高さはすさまじい。ぜひ読んでみて頂きたい。
かねごんのおすすめの本
楡周平 ・・・・・・・骨の記憶
山本弘・・・・・・・・神は沈黙せず
乃南アサ・・・・・・二サッタ・二サッタ
萩原浩・・・・・・・砂の王国
ヒキタクニオ・・遠くて浅い海
麻生幾・・・・・・瀕死のライオン
熊谷達也・・・邂逅の森
石田衣良…・約束
天童荒太・・・悼む人
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宮城県内の小・中学校に通う児童生徒のうち、16・5%にあたる32000人の家庭が、給食費や学級費が払えず、特別支援を受けている。このうち東日本大震災で被災した家庭の児童・生徒数は10512人となっている。
震災から来年の3月が来て、もうすぐ5年になる。被災地である沿岸の街では、復興できる方々はすでに住居を構え、日常の生活が始まっているが、いまだ仮設住宅に住んでいる方々は、引っ越しをするお金さえ無く、食料を確保することもままならない状況の日々が続いている。
震災後世間は、アベノミクスがどうのこうのと、マスコミ媒体の策略に翻弄されているが、豊かになったのは株の投資家や、一部の上流階級で、一般家庭に及ぼされた恩恵はない。
消費税の値上げに付け加え、TPP交渉が本決まりになり、農業・畜産の収入で地盤を築いてきた東北は、これで沈没しかねない状況に追いやられる。平均年収が200万円を超えない生活環境は、人々の生きる希望を希薄にしてしまっている。
3人に1人が年金や介護保険を支払わない、いや支払えない実情は、この国の格差社会を象徴している現象だ。
先日自営業を営んできた老人の方が言っていた。わしら夫婦は1ヶ月12万円の年金で、かつかつの生活をしている。一方年金をかけてこなかったご夫婦が、お金がないということで、生活保護を受けて、わしらより多くのお金を支給されているのは理不尽だと。
日本だけの事ではない、アメリカの格差社会はもっとひどい。全国民の34パーセントが銀行に通帳を作れず、カードを所持できない貧困層なのだという。
富めるものとそうじゃない人間の境界線は、最終的に老後の暮らしを不自由なく過ごせるかどうかだろうと思う。反対の意見もあるかと思うが、経済優先の核家族化が逆に日本やアメリカの経済格差を生んだ一番の要因だと僕は考えている。
仕事を求めて都会に流失していく若者たちを停める手段はもはやない。しかしそのことで疲弊していく地方の実情が、日本人の根本の生活力を弱体化してきたのではないかと思う。
東京に暮らす方々の2代、3代を遡れば、そのほとんどが地方の農村地帯にルーツを持つ人たちだ。我が家のように400年近く辺鄙な山里に縋りつき農業を営んできた家など、日本ではもはや稀人だ。
かつてこんな話を聞いた。都内の小学校で、お米を育てるということで種まきをしようと言うことになったらしいのだけれど、親御さんと一緒に若い担任の先生が、児童たちと家から持ち寄った白米を土に撒いていたということだ。
笑い話としてやり過ごせない切ない感覚が、押し寄せてくるのは僕だけだろうか。工業国として成功したこの国は、次に第3次産業に労働力が怒涛の如く流失してきた。ものを作る感覚は、今の現代人には稀薄だ。
人間が生きて行く中で一番重要なのは、パソコンでもなければ、自動車でもない。食料だ。その食料を得る手段として教育がある。その教育の格差が経済格差を作ってしまっているこの社会の構造には、ゆがみと言ってしまうにはあまりにも深い溝が横たわっている。
物事を理解する力は生きる力に直結する。だからみんな歯を食いしばって頑張って勉強しているのだ。そのことで格差が生じる社会なら、肝を据えて頑張るしかないだろうと思う。一度逃げてしまうと逃げ癖がついてしまう。負けてもいいからぶつかってみればいい。かならず得るものはある。
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オフコースの名曲である。
大学時代、友人の車に乗って秋の湘南を走っていた時に、この曲がカーステレオから流れていた。あれから気の遠くなるような月日が流れた。
僕は就職し結婚をして、そして子どもが生まれ父となり、そして50も半ばになった。
誰もが自分の人生を振り返ることがあると思うのだけれど、僕は自分の過ぎ去ってきた人生に十分満足している。塾教師という仕事は、実に僕の人生をいろんな色に染め上げてくれた気がする。
苦労が多かったけれど、子どもたちの元気な姿に励まされ、僕自身が癒されてきた。学生時代に自分が理想とした暮らしには手が届いていないけれど、後悔はない。
家族に恵まれ、好きな音楽をやり、そして本を読む時間がある。これ以上なにを求めるというのか。感謝で一杯だ。
岩手の今年の秋は、いつもよりゆっくりやって来たけれど、冬は早くやって来そうだ。自宅ではストーブが活躍している。
我が家の無断熱材の室内は、全くもって外気温と変わらないけれど、塾は築11年の断熱材バリバリの物件なので、ストーブがまだまだいらない。それどころか日中は暑くてクーラーが欲しいくらいだ。
自宅と塾での温度差に、身体のサーモスタットがちょっと悲鳴をあげているかねごんであるが、老体をだましだまし、頑張って行こうと思っている。
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先月の末、一関花泉町金沢境田のセブンイレブンから一関東工業団地に抜ける道路が開通した。これによって、冬道に難儀していた雪の急カーブや急坂の悪路が緩和され、非常に走りやすい幹線が誕生した。
その中間あたりに神社が道路際にあり、石段が続くこんもりした森がある。神社オタクのかねごんであるが、四半世紀そばを走っていて立ち寄ることがなかった。昨日ふと参拝したくなり、軽トラックを停めた。
非常に珍しい石塔が鳥居の下に立っていた。通常山の神神社の場合、『山の神』という石塔が建立されるのが普通なのだが、此の花の咲くや姫の御神名を刻んだ石塔はまれだ。一関にある山の神神社はそのほとんどが、宮城県小牛田の山ノ神神社の祭神である此の花の咲くや姫を勧請して祭ったものだ。
近隣の山ノ神神社は伊達政宗の時代に勧請されたもののようだ。伊達家が小牛田の山ノ神神社を安産祈願、子育て祈願の神社として崇拝してきたことによる。
実はこの神社がある街道も松尾芭蕉が通ったとされる旧道の一部だ。階段を登って行くと、先日訪れた一関真柴柳沢の愛宕神社同様、愛宕権現の石塔が祭られていた。墓石程度の大きさだが、威厳に満ちた石塔だ。
写真を撮ってみたが、案の定僕のパソコンに転送出来なかった。上の写真はOKでも、愛宕権現の写真はNGだった。
ちなみにご存じの方も多いと思うが、此の花の咲くや姫は富士山の御祭神である。戸籍上富士山の所有者はこの神様の名前になっている。
一関で此の花の咲くや姫を御祭神とする神社は、配志和神社をはじめとして数多くある。山の神は安産と子育ての神である。ゆえに僕の塾でも一番に大切にしている神様だ。今年もその神力を発動して頂く時期がやってきた。
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<フィリーズ7-2マーリンズ>◇4日(日本時間5日)◇シチズンズバンクパーク
マーリンズのイチロー外野手(41)が、メジャーで初登板を果たした。
今季公式戦最終戦に、3回裏から右翼の守備で途中出場していたが、2-6の8回裏から4番手として救援。先頭打者ヘレラに右翼線二塁打を浴びた後、続くラップを中飛。
代打スウィーニーに右翼線二塁打を浴びて1失点したが、その後、ガルビスを二ゴロ、アンテールを左飛に打ち取った。
1回、18球を投げて2安打1失点だった。
最速は89マイル(143キロ)だった。
念願だった初登板後は、「二度とピッチャーの悪口は言わないと誓いました。ショックでしたね、最低90(マイル)とは思ってましたからね。メジャーリーグのマウンドに立つなんて通常あり得ないこと。その事実に対しては、もちろん思い出として残しますけど、2回目はいらないです」と、笑顔で振り返った。(日刊スポーツ)
41歳でメジャー初登板。それもマックス143キロ。凄まじい身体能力だ。日々の鍛練と努力の賜物だろうと思う。
イチロー選手を見ていると、努力とはどうあるべきなのかを教えられる。彼は努力を楽しんでいる。ストイックに頂上を目指し、そして下山を楽しんでいる。
イチローは間違いなく日本のプロ野球の価値観を変えた。そしてメジャーリーグの価値観さえも変えようとしている。イチローの視線の先に見えているものはなんだろうか。凡人である僕には理解の枠を超えた人間だけれども、自分が生きている間は、彼の人生の歩みを俯瞰していきたい。きっと年老いて行く僕に、彼は多くの学びを与えてくれるだろう。
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伊能忠敬は人生50年と言われていた時代に、50歳で日本地図を作成すべく全国行脚を始めた。
イエズス会のフランシスコ・ザビエルが日本にやって来たのは44歳の時だ。彼はその後2年後に亡くなっている。晩年のチャレンジだった。
30歳そこそこの若者が、人生の世捨て人になって、フリーターの日々に甘んじている光景を見ると、頑張れ!と言いたい。人生80年の時代、体力気力を充実させ驀進してみてはどうだろうか。
今日部活の中学生にも話したのだけれども、軽く走ることは、身体を鍛えるだけじゃなく脳内を活性化させ生きるリズムも整って行く。
僕は部活を引退して大学受験の勉強を始めた時も、毎日7キロから10キロ走っていた。そして塾の仕事に行き詰りを感じた42歳の頃も、毎日5キ ロほど走っていた。丸2年間毎日走り続けた。走ると言っても速足に歩く程度よりちょっと速いだけだけれど・・・。
現在はちょっと50肩だけではなく、ひざの間接も胡坐をかくことが出来ないくらいに炎症を起こしているので、ジョギングは難しい状況だ。今年の夏は今まで以上に草刈り仕事に精を出し足腰を鍛えてきたつもりが、やり過ぎてちょっと肩を痛めてしまった。ドンマイだ。
散歩や軽いジョギングは、気持ちがいいものだ。心がちょっと陰になったときや、悩みがある時は、閉じこもっていないで散歩やジョギングをお勧めする。
人目があるので近所ではどうも、という方は、自転車や車でちょっと出かけて行って、風景のいい場所を散歩してみてはどうだろうか。僕は30代の頃、さすがに田んぼ仕事に精を出している近所の方々の前を散歩するのは気が引けたので、軽トラックで山に出かけ、仕事がオフの日は登山にいそしんだ。
今は週に1度、中学生と卓球をやって汗をかくことが、身体の活性化になっている。年相応の無理のない汗をかくことをお勧めしたい。30代までのかたなら、散歩から始めて、軽めのジョギングが、精神をリフレッシュしてくれるのではないだろうか。ご検討のほどを。
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磐井川の河川敷に呼ばれて行って石を拾った話を書いた。翌日、つまり昨日その河川敷に2台の重機が入って、洪水で崩壊した河川敷の修復が始まった。つまり一昨日僕がその石を拾わなかったなら・・・・いろいろ考えさせられた。
このブログで何度か書いてきたが、衣川の磐座(アラハバキ神)の写真を撮って、パソコンに転送しようとしたのだが、何度取り直してもその磐座の写真だけが転送できないことがあった。同じように一関真滝にある熊野白山神社下にある池を何度写しても、やはりその池の写真だけはパソコンに転送できない。
僕なりの勝手な結論なのだが、そこに鎮座しているサムシングが、写真を公開してくれるなと僕に訴えているのではないかと思うことにして、諦めることにした。そこで今回僕を呼んだ石も、転送出来なければ、公開拒否なのだろうと思い、転送して見たら、普通に転送が出来た。石から許可が下りたのだろうと思う。皆様に公開したい。
土偶に鎮座させた石だ。一切何も手を加えていない、磐井川の河川敷に呼ばれて行って、泥まみれになっていた石を拾ってきて水道の水で洗って置いただけだ。見た方がそれぞれに何かを感じるのかも知れないけれど、あえて僕の感想は控えさせていただく。
僕が手にした限り、嫌な感じはいっさいしなかったことを申し送りして今日のブログを終えたい。
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50肩が辛くて昨日、教室の近くにある整骨院に行ってきた。長年卓球をやってきた筋肉疲労と、日々の草刈作業の負荷が右肩にのしかかってきたのだろうと思う。しばらく通院するようだ。
磐井橋の上をいつもの通り軽トラックで走っていると・・・・・。
磐井川の河川敷に膨大な砂利石が堆積している。先月の大雨で上流から流されてきた小石の堆積だ。いつもならさりげなく過ぎ去って行く光景なのだけれど、僕の内なる声が、河川敷に行ってみろと、呼びかけて来るのである(笑い)。
教室の駐車場に車を停めた僕はそのまま、一関一高前の土手を駆け上がり、河川敷に下りて行った。宮澤賢治に影響されてきた僕は、やはり石には多大なる興味があって、上流から流されてきた様々な石を眺めながら散策していた。すると・・・・・。
8センチぐらいの小さな小石に目が行った。石の中央にお月さんのような形の円が浮かび上がっていて、その中に微笑んでいる顔が浮かび上がっているのである。自然にできた石の模様にしてはちょっと・・・・・。
手に取ってみると、なんかいい感じ。塾にもっていって土偶のレプリカの胸に置いた。
前の日にしばらくぶりに水天宮にお参りしたので、磐井川の水の神様が、僕にプレゼントをくれたのだろうか。写真でお見せすればいいのだが、なんか不謹慎な気がしたので、その石の写真は今回はちょっと控えさせていただく。
塾生の皆さん、自習室の机の上の土偶に鎮座させていますので、興味がある方は見てくださいね。
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本は図書館から借りるけれど、僕は基本的に図書館では本を読まない。正確に言うと読めない。最近は立ち読みOKどころか、テーブルまで用意している本屋さんがあるけれど、そこでも読まない。
周りで本を読んでる人がいると、読書に集中できないというのが主な理由なのだが、外の風景が目に飛び込んで来ない室内での読書が嫌なのである。自分でも理由がわからない。したがって僕が本を読む場所は限られてくる。
周りからいい加減にしたらと言われるぐらい本好きである。そのつけが視力に現れて、老眼が加速している。困ったものである。教室内にも、家庭内にも、あちこちに僕の老眼鏡が錯乱している。
少なくても年間200冊以上は本を読む日常なのだけれど、昨年から僕の読書傾向に異変が現れている。それは同世代の作家ばかり読み漁っているのである。きっと同世代の作家のエピソードなり思想体系に触れて、過去を懐かしんでいるのかも知れない。明らかに老人的読書嗜好になってきた。
いま読んでいるのは岐阜県出身1959年生まれの奥田英朗さんの小説だ。彼は『空中ブランコ』で2004年直木賞を受賞しているが、個人的には大藪春彦賞を受賞した『邪魔』が面白かった。家庭内や職場における人間関係の稀薄さと、一種の狂気があまりにも日常的に描かれていて、ドキッとするサスペンスがたまらなかった。
この後は1960年生まれの天童荒太さんの作品に着手しようかなと思っている。
ところで先月一関市藤沢町の出身である楡周平さんの作品につて書いたのだけれど、楡さんの従兄弟である開業医の先生からメールを頂いた。実はその先生と先日某会合でお合いして名刺の交換をさせていただいたのだけれど、知っていれば、いろいろお聞きしたいことがあったのにと、残念無念のかねごんであった。
読書の秋である。また新たな出逢いを求めて、僕の読書の旅は続く。
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自宅を出て塾に向かう途中、見事なコスモスが沿道に咲き乱れている。
秋が深まってきた。今朝は寒くてストーブが欲しいくらいだった。中学校は中間テストが終わり、文化祭に向けて始動し始めた。
例年だと、大学進学を目指す高3生の、AO入試や推薦入試に向けて論文指導が始まる僕の塾なのだが、今年は10年ぶりに大学受験生が在籍していない。そのぶん中3生が多く、実力テスト対策が忙しい。
ところでこの花をコスモスと命名したのは、カバニレス神父(マドリッドの植物園長)という方らしいのですが、コスモスの星の形をした花粉から宇宙を想像したのかも知れません。
今年も10月に突入した。そして花粉症が始まった。こんな素敵な花粉なら我慢もできるかな・・・・・
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