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2015年6月12日 (金)

仮定法

塾に来ている一関一高の2年生たちは、仮定法を使って書く英作文の宿題に、ああでもない、こうでもないと、奮闘していた。

もし僕がドラえもんだったらとか、もし私が億万長者だったなら、などの出だしで始まる英文を作る課題なのだが、ふと自分も人生を振り返り妄想していた。

僕は人生に、もしもというのはないんじゃないだろうかと考える人間だ。もしあなたと出逢わなかったらとか、あの時頑張っていればという言葉が日常生活で頻繁に用いられるのだけれど、僕らの人生は何らかの宿命を背負っていて、一見偶然に思える選択が実は必然なのじゃないだろうかと思う。

人生には頑張らなくても順調に物事が進んで行く時があり、頑張っても頑張ってもドツボにはまってしまう時がある。勉強も仕事も結婚もそうだ。

努力は大切なものだが、家柄や家庭環境までも努力で変えることは難しい。特に若い頃はそうだ。金持ちの家に生まれたり、貧乏な家に生まれる選択肢は、言わば神に委ねているようなもので、我々には計り知れない。

僕らは両親を選んで生まれて来ると言うけれども、そんな記憶は残念ながら持ち合わせていない。試練の人生をあえて選択する人間はいないだろうと思うのが通常の人間の観念だろうけれど、押し寄せる試練に戸惑う人は、超越的なものを仮定することで、己の人生観を肯定しようとする。仮定法を教えていてそんなことを考えていた。

ところで仮定法という英語の表現は、実に英語らしい。あり得ないことを時制の差異で表現しようという意図は、ゲルマン民族の言語的センスを感じるとともに、叶わぬ願望のいらだちをひしひしと感じる言語でもある。そのような民族だからこそ、常に歴史の表舞台に立ってきたのだろうと思う。

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