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2015年6月20日 (土)

青春時代

学校の校舎から眺める風景は、南風が吹いてくる空ばかり。

その南風がやってくるずっとずっと先にはあこがれの大都会があった。

にきび面の少年にとって、恋することも人生を考えることも、すべてが未来につながっているような気がした。

さざ波のような憧憬も、痛々しい青春のためらいも、いったい誰のための格闘で、なんのための苦悩なのか、その答えが知りたくて、僕は南の空を眺めていた。

大人になりきれない心のひだが、常に中途半端ないらだちを運んできて、眩しすぎる少女たちの笑顔に僕はうつむくばかりだった。

10代が終わる頃に、孤独であることの特権を俯瞰しつつ、自分を取り巻く世界に惰眠をむさぼることで、大人になることを拒絶していた自分がいた。

やがてやってくる社会の激流を傍観しようとしてもしきれないいらだちと、世の中のせめぎあいに、僕は僕であることの時間が錯綜し、普段着の自分を喪失して行った。

その喪失は、おのずと諦観を装うことを覚え、まぎれもない偽りの中で、自分が演じているドラマを、自虐的な脚本のままページを閉じれない自分がいた。

若さが沈黙する時も、若さが暴走する時も、才能や感性を当てにするのだけれど、それらが枯渇する不安がゆえに、僕らは無性に愛するべき対象を求める。

青春時代に訪れる多くの疑問に立ち向かう勇気は、一種の幻想なのか知れないが、微弱な勇気であっても、その原動力はとても計り知れない。

そしてそれが若さの特権なのだ。 

自分を否定しないからこそ僕らは生きて行ける。その事実を隠ぺいしようと、悪魔はささやくけれど、若者はその波長に同調しない。しかし青春を忘却した瞬間に、人は悪魔のささやきに耳を傾けてしまう。

夢を放棄する辛さより、夢を追い続ける困難を求めるべきだ。

愛をあきらめる悲しみよりも、愛し続ける誠実さを維持するべきだ。

校舎の窓から吹いてくる北風に震えていないで、南から差し込む日差しを求めるべきだ。

青春は永劫に続く僕らの汗と涙だ。捨てない限り僕らは青春を生き続けることができる。40になっても50を過ぎても、70歳になっても、青春は終わらない。自分を否定しない限り。

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