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2015年6月15日 (月)

少彦名命の神様

自他ともに認める神社オタクの僕は、宮城県北から岩手県南の神社に関してはほぼ網羅しているつもりだ。軽トラックで山道を走っていて鳥居を見つけると、僕は車を停めて境内に足を運ぶ。

したがって市内のどの辺りに、山神神社があり八幡神社があって、どこに熊野神社があり、愛宕神社あるかなど、神社のことはこのかねごんに聞いてくれという感じである。

ブログで何度か紹介してきたが、最近の得意分野は磐座や巨石をご神体にしている神社だ。中央集権の支配体制以前の古代東北のパワースポットに魅せられてきたかねごんである。

それにしても僕の住む一関には、いろんな神社が鎮座する。八幡系の神社と山神系の神社が圧倒的に多いのだけれども、東北にあって珍しい神様をまつっている神社もある。

Photo


この神社は山目駅を過ぎた旧国道4号線沿いに鎮座する神社なのだけれども、少彦名命を祀っている神社である。近郷の神社では少彦名命を祀る神社はここだけだ。

Wikipediaから引用

名前の由来について、『古事記伝』によれば「御名の須久那(スクナ)はただ大名持(オホナムチ)の大名と対であるため」とある。あるいは金井清一によれば「若き日の御子」の意とする説もある。また、この神が単独ではなく、必ずオホナムチと行動を共にすることから、二神の関係が古くから議論されている。

国造りの協力神、常世の神、医薬温泉禁厭(まじない)・穀物・知識・酒造の神など多様な性質を持つ。 酒造に関しては、は古来薬の1つとされ、この神が酒造りの技術も広めた事と、神功皇后が角鹿(敦賀)より還った応神天皇を迎えた時の歌にも「少名御神」の名で登場する為、酒造の神であるといえる。 石に関しては記述よりそうした面が見られると想像されるだけであり、あくまで性質的なものである。 大林太良はこの神に「第二の自我」を見、吉田敦彦双生児的な関係を指摘している。海から来訪したとの記述により渡来人という説もあるが、船で渡来=外国人という単純な図式からの連想であり、奇説の域を出ない。

この少彦名命の神様は、ウィキペディアによると温泉や穀物・知識・酒造・石の神などの性質を持つらしい。僕の好きなものばかりだ。どのような歴史でこの地に少彦名命が祀られたのだろうか。僕の神社探訪はますます深みにはまって行く・・・。

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