乃南アサさんの『ニサッタ、二サッタ』
本を読んで号泣したことが皆さんはあるだろうか。僕は高校時代に夏目漱石の『心』を読んで号泣した経験がある。受験を失敗したり彼女に振られたりと、自分の不甲斐なさに涙のスイッチが入ったのだろうと思うのだが、突然の自分の感情の揺れに戸惑ったのを覚えている。
そして今回の連休に読んでいた一冊の本に突然心が揺さぶられ、涙が止まらなかった。乃南アサさんの『ニサッタ、二サッタ』だ。
乃南アサさんは僕と同学年の作家。デビュー作の『幸福な朝食』は女性の孤独と内包する一種の狂気を、現代社会のアミニズムとでも言うべき視点で描いた、強烈な作品だった。田口ランディさんや乃南アサさんの同年代の作品を読むと、戦後社会の高度産業経済の発展のなかでうごめき、そして封印されてきた女性の孤独感や無意識に恫喝されてきた魂への哀しみを感じる。
乃南さんの文体は男性的だ。そして男性の視点から描かれる女性の姿が彼女の作品には多く登場する。
『ニサッタ、二サッタ』に登場する沖縄の少女の姿は、とても哀しい。その哀しさの深遠さは、生きる希望や夢といったすべての人間の前向きな感情に対する敵対心とでも言える闇を抱えている。
乃南さんの作品は、その闇をいつも夜明けに変えてしまう呪詛をはらんでいる。そしてその呪詛はいつも人間の優しさの根源を読み手に見させてくれる。それは共感と言うよりは、魂の類似とでも表現すべき、人間の行動理念のような気がする。
幸福がかりそめの感情なら、苦悩もかりそめの感情である。僕らが生きて行く実態は、孤独そのものだけれど、その孤独は決して疎外ではない。孤独だから求められる生があることを、彼女の作品はいつも読み手に語りかけてくれる。
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コメント
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本の紹介、ありがとうございます
とても心惹かれ、読んで見たくなりました
ニサッタ とはどんな意味なのでしょうか 早速図書館に予約してみます
(かねごん)
hanamori様コメントを頂きありがとうございます。
二サッタはアイヌ語で『明日』という意味だそうです。これ以上この言葉を解説すると、ストーリーに抵触するのでやめておきますね(笑い)。
この作品は、生きる希望の本質を抉り出したような作品だと思います。
投稿: hanamori | 2015年5月11日 (月) 23時02分