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2015年5月 6日 (水)

自己責任

自己責任、この言葉の冷たさはとても人をいたたまれなくさせる。

学歴もなく資格も持っていない人が就職が出来ないのは自己責任?結婚をせず、老後を迎え孤独死をするのは自己責任?酒やたばこを続けて癌になるのは自己責任?

塾で子どもたちと接していて思うこと。それは、子どもは親の生活力や知性にものすごく影響を与えられるということだ。たとえば僕の塾の卒塾生で、3人姉妹や兄弟が、3人とも親元を離れて大学生活を送っているケースがあるが、そういった子どもたちの親御さんは例外なく公務員や会社役員だ。

子ども3人を同時に大学に通わせられる経済力を有する田舎町の親御さんの職業は限られてくる。

お兄ちゃんが大学に行っているから、あなたを私立大学に入れるのは無理というのは自己責任だろうか。

職業に貴賤なしと言うけれど、仕事による経済力の差が社会格差を生み出している現在、勉強していい仕事に就くという目標設定は、多くの親や子どもたちが抱いている指標だと言っていいだろう。

したがって受験や就活での失敗は、多くの挫折を生み出す結果になる。今までの努力なり生き方を否定された気持ちになってしまうのだ。

しかし、僕はそれは自己責任なんかじゃないと思う。人間性を否定されたわけでもない。ただ生き方の指向性が、ちょっとずれていただけのことだと思う。

不思議に思うのは、素晴らしい人生というものはお金がないと実現されないと思う人があまりにも多くいることだ。物質的な幸福感が精神性を凌駕してしまっている。

勉強はお金のためにするものだと思ってしまうと、勉強出来ないものはお金儲けができないことになってしまう。

そんなことはないだろうと、笑い飛ばして、自分がやりたいことに全力を注ぐことが出来る人間が幸福な人間じゃないだろうか。

人生なんて長いようで実に短い。仕事も趣味もそしてプライベートも、マイペースでいんじゃないかな。楽しい仲間がいて、似たような風を共有できる友人がいれば生きられる。

お金はなくても大変だけれど、あっても大変だ。お金がある経験はないけれどきっとそうだろうと思う(笑い)。

どんな人間と付き合い、どんな本を読んでいるかで、おおよそその人の人生が決まる。 “類は友を呼ぶ” これ以上の運命哲学はない。客観的に自分が関与している人間を眺めてみれば、自分のレベルが分かるはずだ。自己責任なんてせいぜいそれぐらいだ。

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