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2015年4月29日 (水)

子どもたちの受験指導は毎年の仕事だけれども、子どもたにとっては1回きりの大勝負だ

受験指導を生業(なりわい)とする仕事をしていると、運とか不運のような実体のないものにどうしても意識が向かう。簡単にいってしまうと生徒たちを合格させてなんぼの仕事なので、人間が支配されている運命とか宿命みたいなものとの格闘や、ジレンマとの軋轢みたいなものを日常生活のなかで体験する。

ゆえに神社仏閣への願掛けや、吉凶を左右するような行動や言葉に追従することが多くなって、ゲンを担いだりジンクスを無視できなくなっている自分がいる。

このブログで何度か書いてきたけれど、僕の家は代々百姓をやってきた家系だ。磐井の里に定住して400年近くになる。僕で18代目か19代目なはずだ。この間には、家が断絶するような危機が何度もあっただろうと思う。こうやって大地を耕し、生かされてきたことは奇跡以外のなにものでもないだろうと思っている。

僕が思うに父が50代半ばで他界し、一人っ子である僕が百姓を継ぎながら塾をやるという構図も、実は運命だったのではないかと思っている。祖父が亡くなり10年もしないうちに父が亡くなったわが家は、まさに危機的状況だった。

僕は新しい仕事を始めるにあたり、家屋敷の祀りごとを見直した。その手始めとして鬼門である家の北東の方角の浄化を試みた。うっそうとした杉林の中に埋もれていた祠を整備し、杉林を伐採して明るい裏庭にした。

20140902_175318


さんさんと春の日差しが注ぐ中、お明神様の祠がある裏庭の草刈作業を今年初めてやった。1時間半ほどの作業に汗だくになった。

神様がいるのかどうかは正直わからない。ただ掃除がされている神社の境内は気持ちがいいし、掃除がなされていないぼろぼろの社や境内は陰湿で気持ちは良くない。

子どもたちの受験指導は毎年の仕事だけれども、子どもたにとっては1回きりの大勝負だ。受験期に体調が崩れませんように、緊張のあまり失敗しませんように、勉強したところが問題にでますように、そしてなによりも努力が継続しますようにと願う。指導する僕の運がなければ合格に導くエネルギーも枯渇するのじゃないかと実は思っている。その不安を打ち消すように、僕は教室を掃除し、神棚に頭を垂れる。

自分の存在は家族のおかげであり、こうやって塾の仕事ができるのも、この世に自分を導いてくれた両親やお先祖のおかげだと思っている。だから小さなことにも謙虚にならなければならない。おのずとやるべきことは見えてくるような気がする。

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