お金と教育のからくり
花粉症でちょっと意識が朦朧としているけれど、今日は教育とお金というテーマで、塾教師をやってきてずっとわだかまってきた想いを話してみたい。
高校に入るのも大学に入るのにもお金がかかる。いい学校に入るには当然のことながら学力が必要だ。その学力を身に着けさせるために、親御さんは一生懸命だ。
通信添削の教材を与えたり、塾に通わせたり、家庭教師をつけたり、世の中に出て困らないようにと、必死に学ぶ機会を与えていく。
一方そういったことに無頓着な親御さんもいる。その意識の境界線は何によって線引きされるかと言えば、親自身の体験や想いだろうと思う。
お金がないという状況で、教育は無理だとあきらめれば、あとは子どもの自主性に任される。「うちでお金がないから中学でたら働いてくれ」と言われれば、そうするしかない状況というのがある。昭和30年代の高度経済成長期ならまだしも、現在において中卒での働き口はほぼない。
最低高校を出なければという言葉を僕は軽々しく言えない。実際高校を中退したり退学した子どもたちを多く見てきたからだ。水商売等で働く根性がある若者はまだしも、半数以上が引きこもりになる。いかに高校時代の身の置き方が大切かを痛感する。
このブログをずっと読まれてきた方は気づいて頂いているかもしれないが、僕は基本的に金持ちは嫌いだ。それは自分が貧乏だから性格がゆがんでいるせいもあるのだろうけれど、お金持ちは嫌いだし苦手だ。
塾の利益は、塾に来てくれているご家庭に還元しようと、教室と家庭が維持できるギリギリの料金設定で塾を営んできた。ギャンブルはいっさいやめ、外で飲むこともなく、家族旅行はせず、山登りと読書、ギターを弾くことを趣味として慎ましく生きてきた。そんなわけで、震災をはさんで、僕を非常勤講師として雇ってくれた修紅高校及び修紅短大には心より感謝している。
この年で全く蓄えない人生というものなんだかな~と思うのだけれど、現実なのでしょうがない。とりあえず住む家があり、曲りなりにも仕事があることに感謝だ。
このブログを打ち込んでいる間に、郵便物が届いた。息子の短大の授業料の振込通知書と国民年金の振込用紙、そして固定資産税の振込用紙。う~くらくらしてくる。
一日500円の僕の小遣いも今年は厳しい状況だ。塾に通うのに、車をやめて自転車にしようかなどと考えるわけだけれど、往復3時間の自転車通勤というのも現実としては厳しいようだ。
東京などの塾では合格実績を前面に押し出した宣伝をやっているわけだけれど、僕の塾は大学や高校に全員が合格しても、しなくても生徒数には変化がないという不思議な塾である。
ただかつて中3~高1まで在籍していた生徒が、東京大学の後期で合格したときには、生徒がわんさかやってきた。「彼はどこの塾に通っていたんだ」という話題が持ち上がったようで、僕の塾に生徒が押し寄せてきた(笑い)。
2年前も塾生が東大にチャレンジしたのだけれど、残念ながらダメだった。3万円も5万円もする塾に通うのもスティタスならば、僕の塾のような5000円の月謝の塾に通うのもある意味ステイタスではないだろうかと思うのだけれど、世間の評価は違うようだ。どうも高い月謝=面倒見のいい塾という幻想があるようだ。
僕の塾も月謝を3倍にしようかな・・・・・・もちろん冗談ですよ。
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