教育の神様
最近新聞に折り込まれてくる塾のチラシを眺めている。大手塾のほとんどが、合格した塾生の写真を掲載し、合格体験記なるものをチラシのメインにしている。
その発想はあっても、僕はやらないな。まるで塾の力だけで合格させたような傲慢さが見えて僕はその手のチラシは好きになれない。
○○大学合格とか○○高校合格と言っても、高校や中学での真摯な指導があっての栄冠であって、塾はサポート役のはずである。塾の指導のみで合格があるわけではない。
したがって、塾のチラシに掲載される、歯の浮くような塾のおかげでという合格体験記は、塾側のパフォーマンスとしては面白いかもしれないが、その生徒を合格に導いた本質は秘匿されていると考えた方が無難だろうと思う。
30年間受験指導をしてきて僕が強く感じていること、それは学校の先生の教科指導が抜群に上手になったということだ。なんか上から目線のような言い回しになってしまったが、教え方だけではなく教材のチョイスや教科資料の質が良くなっている。
自分の中学時代や高校時代と比べると、次元が違うくらい良くなっている。確かに一部問題教師がいることも事実だけれど、教える技術が素晴らしくなってきたことは事実だ。
昔の教師は威厳に満ちて、偉そうに授業はしていたけれど、何を言っているのか分からない授業が多かった。もちろんそれは僕の理解能力が劣っていたからだろうけれど、今の先生は忍耐強く一生懸理解させようとしている。
それにも拘わらず、生徒や保護者からクレームや不満が出るのはなぜだろう。嫌いな教科や苦手な科目の理由を聞くと、「学校の先生の授業が分からない」という返答が多い。
30名~40名の様々なレベルの生徒に、一斉授業で教えることの困難さは誰もが知っている。100の内容を教えようとすれば、生徒の半分は残念ながら置き去りにされて行くのが現実だ。きっと同じことを塾の先生にやらせても結果は変わらないはずだ。
なのになぜ塾の指導は分かりやすいのか。答えは簡単である。少人数指導であること。レベル分けしてあること。なにより重要なのは、生徒が自分の気持ちで通ってきていることだ。嫌ならいつでもやめられる自由がある。
塾教師をしてきて言うのもなんだが、公立の先生より塾の先生が能力があるのではなくて、塾の指導の仕方が学校よりはるかに効率的なのである。
予備校や塾の先生の中には、学校の先生の教え方を生徒の前でけなす輩がいるようだが、それはフェアーじゃない。
学校の先生は、生徒が増えても減っても給料は変わらない。塾の先生は生徒数によって収入が変わるから一生懸命だと言うけれど、本当にそうだろうか。塾の講師の大半が時間給制のバイト先生である。そのバイト先生と学校の先生を比較して塾の良さをアピールしても、あまり説得力はないように思える。
僕の街にはかつて200以上の生徒を抱える大きな塾が何度も出来ては消えていった。消える原因は、講師の先生の独立騒動だ。地方に限らず都会でも頻繁に生じる内部抗争だ。塾そのものが多額の利益を生み出すようになると、必ずと言っていいほど報酬や待遇に不満を漏らす講師が出てくる。
教員採用やなんらかの資格と取るまでの,つなぎとして塾講師をやっている方はそうではないだろうけれど、塾に勤める多くの専業講師は自分の教室を持つことを夢みているはずだ。かつての僕がそうであったように。
ただお金だけを基準に塾の開校を考えれば、たいていの人間は継続を断念する。勤めているほうが気軽だからだ。僕のような最初からつぶれているような零細個人塾の経営者が言うのもなんだが、信念が必要だ。自分の塾が地域の子どもたちに必要な学びの場であるという信念が必要だ。
その信念があれば、必ずピンチの時には救いの手がやって来る。僕は何度も塾の継続が困難な状況に追い込まれてことがあった。四半世紀の塾経営の中で、廃業という文字が何度脳裏をよぎったことだろうか。
1人の塾生が突然10名の生徒を連れてきてくれたり、学校の非常勤講師を紹介してもらったり、このタイミングでという奇跡に何度も救われた。僕の教え方がいいとか、月謝が安いとかということではなく、僕の信念にたいする教育の神様のご褒美だと思っている。
じゃ僕の信念は具体的に何かというと、それは『人は学ぶことで幸福にならなければならない』ということだ。
いい高校やいい大学に入ることが幸福になるための条件ではないし、いい会社に入っていい給料をもらうことが、幸福の目的ではない。自分らしく生きることは、自分の想いを実現することだ。そのハードルはそれぞれの能力で変遷して行くだろうけれど、常に学び続ければ必ず人は想った自分になれる。
学び続けることは誰でもできる。自分が学ぶべきことが見つかれば、人生は加速する。学校の勉強も塾での勉強も大切な学びであって、優劣はない。何を学んだかが大切なことだと思う。
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