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2015年2月24日 (火)

我が家の家訓

一関花泉の丘陵地帯に居を構え、僕で18代目になる。僕のご先祖は400年あまり、この地で農業を営んできた

家訓と言えば仰々しいが、小さい頃から祖父や父に戒められてきたことがある。賃借契約に関して、人の保証人になっていけない。他所の家にあることは我が家にもある。軽蔑したり嘲笑ってはいけない。

明治の中頃に、我が家は保証人になったばかりに、田畑や山林そして自宅まで失い、一文無しになったこがあったことを、何度も聞かされて育った。

他所様の家で起こる不幸は、わが家にだって生じる可能性がある。手を貸すことはあっても、傷口に塩を塗るようなことをやってはいけない。何度も何度も言い聞かされた。

したがって僕は用心深い人間として成長した。甘い話には裏がある。そんなことを常に意識して生きてきた人生だったように思う。

人の身体能力や経済力を決してバカにしてはいけない。人にはそれぞれの事情があるのだということを、僕は祖父や父に教わった。父は5人兄弟の長男だったが、家計が苦しく、末の弟以外高校に行かなかった。僕の叔父や叔母たちはいわゆる中卒だ。

高校や大学を偏差値で評価し、低い学校をバカにする人間がいるが、僕が一番嫌う人間だ。このブログで何度も書いてきたが、出来ないことが個性なのだ。

僕は底辺にある高校に入り、私学の大学の文学部に入ったけれど、学歴という点に於いてはずっと日陰の道を歩いてきた。人に軽蔑されたことはあっても、人を学力や学歴でバカにしたことはない。僕が塾屋として生きてこれたのは、ひとえにそれ故だったのではないかと思っている。

誰にでも個々人の事情がある。家庭環境というものは間違いなく人間形成に多大な影響を与えるものだ。少しくらい頭がいいと思って、他人をバカにしていると必ずしっぺ返しが来るものだ。

ちょっとお金があると思って、貧乏人を憐れんでいると、自分が憐みの対象に突然なったりするものだ。

長い人生の中には、様々な波がやって来る。様々な季節がやって来る。個々人の家の歴史もそうだ。自分の行いや想いは、良くも悪くも後に返ってくる。それも利子がついて。

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