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2015年1月

2015年1月31日 (土)

ブッタ

年が明けると、厳冬期の夕暮れ、太鼓をどんどん鳴らしながら法泉寺のお坊さんが市内を練り歩く。

僕の塾の前に来ると、いつも塾生の合格祈願をしてくれる。ありがたい。そして3日前お札までわざわざ寒い中、教室に届けてくれた。

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塾に鎮座するブッタ像のそばに、祀らせて頂いた。さあ今年も神様方のパワーが出そろった。よ~し。

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2015年1月30日 (金)

今日も塾の四方山ばなし

一関市の商店街は、空き店舗が増えている。どこの田舎の町もそうだが、郊外に大きな駐車場を備えた大型店が出店し、駅前は閑古鳥が鳴いている。

一関に限らず地方の町を車で走ると、一つの通りに必ずあるのが、クリーニング屋さんと歯医者さん、そしてコンビニだ。かつては経営者の苗字を冠した個人塾も多かったが、山田塾とか佐々木塾などの個人塾名は消え、大手フランチャイズの塾の看板がどこの町の駅前にも鎮座している。

僕の塾は『大験セミナー』などという実態のわからない名前を付けているものだから、どこが本部ですかとか、仙台にはないんですかなどの質問をよくされた。残念ながら、何でも屋の唯一1件だけの個人塾である。

有限会社でもないしましてや株式会社でもない。かつては非常勤講師の先生方に応援してもらっていたが、東日本大震災後は女房と2人三脚で営んできた。

来年下の息子が就職すれば、経済面での子育ては終了する。しかし僕ら零細個人業者には、退職金もなければ潤沢な年金もない。限りなく死ぬまで働かなければならないだろうと思っている。

前回のブログでも書いたが、身体がボロボロだった40歳前半は、この仕事を続けて行けるんだろうかと危惧していた。40歳なのに生徒には10歳以上年上に見られていた。しかし最近は逆に10歳ほど若く見られる。きっとこのブログを始めて、酒を酔うほどまで飲まなくなり、言いたいことを言ってストレスを発散しているがゆえに、老化が加速しなくなったのかも知れない。ブログさまさまである。

「先生いつまで塾続けるの」こんな質問を中学生によくされる。確かに僕の世代ぐらいになると学校の先生は管理職となり、教壇に立つ先生は少なくなるし、塾でもそうだ。

お陰様で震災後風邪やインフルエンザで一度も教務の仕事を休んでないし、薬こそ飲んでいるが、そこそこ体調はいい。ただ受験が近づくと胃がチクチクしてくるし、肝臓の場所がわかるような、そう言った感覚に苛まれる。仕事柄仕方がないだろうと思う。

受験に臨む塾生の気持ちを思うと、本当に我がことのようにハラハラドキドキだ。残念ながら合格できなかった時は、心底へこんでしまう。自分の力不足にがっくりだ。生徒や児童の心境を思うと、ご飯も喉を通らない。30年以上もそんなことを繰り返してきた。僕は実に進化しない生き物なんだな~と思う。

東京の私大を卒業して、最初に勤めた塾が、千歳烏山にある進学塾だった。2年勤めて岩手に戻り、奥州市にある個別指導塾に6年勤めた。その間に結婚し子どもが生まれ、そして29歳に独立し今の塾を始めた。あれから25年が過ぎようとしている。

足し算をすると33年間塾業界に籍をおいてきたことになる。実に多くの同僚が他種業に転職して行った。置き薬の営業マンになり成功しているもの。大学の教授になったの。もちろん公立学校の先生になったものも多い。飲み屋さんの経営に転職したもの。そして残念ながら志なかばにして、病に倒れ他界したかつての同僚達もいる。

僕らの仕事は過酷だ。塾の経営はギャンブルかも知れない。僕は独立して以来パチンコをはじめとして一切のギャンブルをやらなくなった。もちろんお金に余裕がないというのも大きな理由のひとつだが、ギャンブルのような経営を毎年強いられるものだから、それだけでギャンブル的な刺激に満たされて(笑い)、身体がギャンブルを求めなくなったのかも知れない。

もうすぐ今年も1月が終わる。さてこれから最後のラストスパートだ。頑張るぞ!

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2015年1月29日 (木)

自分を信じない者に、チャンスは訪れない

40歳を過ぎて、僕は感謝することの意味を知った気がする。情けないくらい遅かった。

若い頃は、感謝という言葉に胡散臭い響きを感じた。新興宗教団体のキャッチフレーズや、商売人が手をこすりながら擦り寄ってくる策略のような言葉として警戒していた自分がいた。

40を過ぎて、健康を害したり、仕事がうまく噛み合わない時があった。空回りする自分の姿に苛立っていた。そんな頃、何冊かの感動的な本にであった。感謝という言葉が実態を伴って僕の心に中に染みこんできた。

何に感謝するべきかを知った。簡単なことだった。優しくしてくれる人やお金をくれる人じゃない。自分に感謝することを忘れていた。

心臓を自分の意志で動かしている人がいるだろうか。全身をめぐる血液を自分でコントロールしている人間がいるだろうか。

自分に感謝出来ない人間が、人に感謝出来るはずもない。

自分を無意識に否定している人間は、当然のことながら自分の道を歩むことは出来ないのだ。身体がボロボロだった頃の自分は、自分を否定して、思うようにならない社会を否定していた。

そのままの自分を受け入れ、そのままの自分を認めなければ、先に進む自分を信じることが誰が出来るだろうか。

自分を信じない者に、チャンスは訪れない。

利己的な人間は自分を信じていないから利己的なのだ。目先の利益は、所詮目先の利益で終わる。

あれほど大変だった持病の腰痛も、痛風の発作も、感謝の意味を知ってからは僕を苦しめなくなった。

相変わらず財布の中身は貧相だけれど、仕事も心も充実している。まさに感謝だ。

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自動詞と他動詞

英語には自動詞と他動詞がある。目的語を必要とするのが他動詞だ。目的語を必要としないのが自動詞だ。

動詞によっては、自動詞・他動詞両方の働きを有するものが多い。

I run in the park. この場合のrunは、もちろん『走る』という意味で自動詞の働きだ。ところが I run the book shop.  となるとrun は『経営する』という他動詞の意味を持つ。

ここで文法的にやっかいな動詞が頻繁に登場する。例えばlook at は、~を見るという動詞で明らかに他動詞であるが、僕らが受験生の頃は、自動詞 look に前置詞 at がついた形であるなどという説明があって、はあ~?って感じで眺めていたものだ。

今は高校英語ではあまり使わなくなったが、参考書に完全自動詞・不完全他動詞などという説明が頻繁に現れたりして、もやもや感に支配されたことを覚えている。

英語を学んでいるというより、英語学を学んでいる感じで、これって何か役にたつのかと思ったりしたのだけれど、はっきりいってしゃべることには関係ない学問だったような気がする。

確かに日本語の文法もそうだ。自分たちがしゃべっている動詞が五段活用の動詞なのか下二段活用の動詞なのかなどという知識は、話すのに邪魔になることはあっても、会話力に役立つことは決してない。

高校英語の授業から文法という教科が消えて久しい。その代わりオーラル・コミュニケーションとか、コミニュケーション・イングリッシュなどの長い横文字のタイトルがついた授業が登場し、高校は会話重視の英語教育が盛んかのように思ってしまう。

数年前、文科省は高校の英語の授業をオールイングリッシュでやるべしというお触れを発した。現場を知ろうとしない官僚が暴走した感がある。それを鵜呑みにして素直に追従した学校長もいたらしいが、まさにオーマイガーである。

英語を聞き取る能力や話す力は、残念がら中学校や高校の教育では身につかないのが現実だ。その理由は明らかだ。

受験のための英語だからだ。センター試験の英語を見ればそんなことは誰でも分かる。細々とした語法問題は、まるでパズル・クイズだ。一応とってつけたようにリスニングテストが実施されているが、グローバル化を目指す語学教育の根本を変革するには程遠い。

英検の1級の問題のように、テーマに沿った論文を英語で書かせる試験のほうが、ガチで英語の表現能力がつくだろう。それが書けなかったから大学入試を諦めろというのも酷だが、もともと英語の能力を、コンピューターで採点したいがために4択で出そうということ自体が無理がある。それを言っちゃ、全ての教科がほころび出すわけだけれど、6年後にはセンター試験が廃止されるらしいので、画期的な選抜入試が行われることを期待したい。

僕は塾で小学校・中学校の全教科を教えているが、受験にでるから覚えなさいというしがらみは正直つらい。数学の素数を並べて、「美しいだろう」などと子ども達に問いかける発想はさすがにないが、少なくとも英語はちょっとした英会話が出来るようになれば、間違いなく人生に於いて役立つものだ。

でも、生徒にとっては受験に受かるために英語力が必要なわけで、長文の英語を読む能力が必要とされる。時事問題や西洋の歴史、トリッキーな笑いを読み取る能力など、その内容は多岐に渡る。英語以前の能力が試されるのだ。

実際僕の塾が、明日から英会話の教室になったら、塾生は来なくなるだろうと思う。需要と供給が違うのだ。

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2015年1月28日 (水)

本の神さま

僕の友人知人たちの存在は、僕が生きてきた道標だと思っている。

塾の同業者の先生方が友人の数では一番多い。そのほとんどがこのブログを通じてお付き合いさせて頂いている方々だ。僕のような零細個人塾を営む先生ではなく、塾生を数百名抱える企業的塾の先生が多く、本当に多くの事を学ばさせて頂いている。

次に多い友人たちは、卓球関係者だ。卓球協会の方々や各中学校のコーチや先生方だ。もちろん卓球部の保護者の方々も、僕にとってはかなり親密な同胞者たちである。

その次に数的に多いのがお世話になっている高校や短大の先生方、及び音楽関係者の友人たちである。プロ・アマに関係なく、クリエイティブな友人たちがいる。

そして最後に数は少ないが、一番濃い付き合いなのがスピリチャルな方々だ。日頃龍神様がどうの縄文の神様がなんちゃらと書きまくり、言いまっくっているものだから、神様好きの方々がまわりに集い、全く興味がない人が聞いたなら、『この人達おかしんじゃないの?』的な異質な存在のお付き合いをしている(笑い)。

そもそも前世の話や宇宙人の話は、子供の頃から好きだった。SF小説の読み過ぎからくる妄想癖によって、現実逃避の夢物語を信じてしまった変なおじさんである。

カミングアウトなんて言うと大げさだけれども、僕は俗に言う見える人ではないし、神様と会話ができるような俗人でもない(爆笑)。

ただ・・・・。人の相談にのっていたり、話を聞いているうちに、その人の感情や思考が僕に流れ込んでくる感覚はある。たいていの人間は誰しもそういったことがあるだろうと思うけれど、普通の人よりはその感覚が研ぎ澄まされているかも知れない。

そういった感覚が強くなったのは、長年の読書量にあるような気がしている。零細個人塾の暇人なものだから、暇さえあれば本を読んできた。じっさい今まで読んだ冊数を数えたことはないが、月に読む冊数を考えると、きっと6000冊から7000冊の本を読みまくってきたはずだ。

例えば小説家などというものは、常識を外れた妄想人間であり、大嘘つきである。ところがその大嘘つきが、小説の登場人物を利用して、自分の本音を吐露させることがある。その瞬間をキャッチすることが、実は僕の読書の楽しみの一つである。

その楽しみを重ねてくるうちに、人間の心理をキャッチする特技みたいなものを僕はひょっとしたら身につけたのかもしれない。そういう意味では実にいやなオヤジである。

よく宇宙人や神様とのチャンネリングをテーマとした本が、巷にあふれているけれど、作者の単なる創作か、精神を病んだ妄想人間の戯言(たわごと)かは、だいぶ判断できてきた気がする。

本の神様が僕の心の片隅にちょんと居座った感じだ。

・・・・・なにせ自分が宇宙人なものだから(爆笑)。

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岩手県高校入試直前日曜講座のご案内

2月8日の日曜日から、中3県立高校直前日曜日ゼミが始まります。

岩手県公立高校の入試日は3月10日火曜日ですが、直前の3月8日までまさに直前ゼミは開催されます。

岩手県の過去問の中から出題頻度が高い問題をピックアップして、点数に直結する解法のテクニックを伝授します。

最後の最後まで、あがいてみることも人生には必要なことだと思います。まだ座席に若干の空きがございます。

中3生のみなさん、お待ちしております。

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2015年1月27日 (火)

違和感を覚えるのは僕だけだろうか

イスラム過激派組織「イスラム国」とされるグループによる日本人人質事件で、拘束されているジャーナリストの後藤健二さん(47)の早期解放に向け、政府がヨルダンで収監されている女死刑囚の釈放というイスラム国側の要求をヨルダン政府に伝え、事態打開への協力を要請したことが26日、わかった。これを受け、ヨルダン政府は、後藤さんを含めた複数の人質交換についてイスラム国側と交渉する検討に入った模様だ。

 イスラム国側が後藤さんとの引き換えに釈放を求めているのは、2005年のアンマンでの同時爆破テロ事件の実行犯の一人、サジダ・リシャウィ死刑囚。(読売新聞)

様々な情報が飛びかっている。殺害されたとされる湯川さんに関しては、拉致されたことは数ヶ月以上前から日本政府も情報を得ていたのではないかということだが、湯川さんのブログを読んだ政府関係者が、戦争マニアのオタクということで、彼の命を軽視したのではという推測的Twitterのコメントが駆け巡っている。

僕自身も湯川さんのブログに目を通した。その内容に関してはコメントを避けるが、文章の内容と彼の命の尊さは関係ない。

後藤健二さんがジャーナリストだから救わなければならないとか、湯川さんが戦争マニア的人間だから救わなくていいという問題では決してなかったはずだ。

僕はこういった人質事件が起こるたびに思うことだが、これが一般人でなく、仮に日本の大使館員だったり政府要人の拉致人質となれば、政府の対応はどうだったろうかと考える。

豚肉や牛肉は構わないけれど、鯨やイルカを食するのはけしからんという発想も、命の差別の根源が垣間見られる現象だと僕は感じている。

人間の価値を何らかの尺度で測ることは世の中の常識だが、命に関しては尺度などない。

宗教や民族や国籍の有無で、人間の命を天秤にかけてはいけない。飛行機の墜落事故が起こるたびに、『日本人の乗客はいないもようです』というコメントがテレビから流れる。違和感を覚えるのは僕だけだろうか。

後藤健二さんの一日も早い解放を希求する。

後藤さんだけではない。中国では大麻を所持し他人に譲渡したことで、国籍に関係なく死刑を宣告される。毎年日本人が拘束されている。治外法権の越権の有無など関係なく、護るべき命があるはずだ。

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2015年1月26日 (月)

もともと人間そのものが曖昧なわけで

一関市内のガソリンスタンドでは、ガソリンの値段が1リッター128円になった。我々にとって、安くなることは大歓迎なのだけれど、商社の丸紅は原油安で1200億円の損失が出たらしい。

資本主義経済に於いては、儲かるものが出ればおのずと損するものも出るわけで、競争社会の原理の中、悲喜こもごものドラマが生まれる。

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悲喜こもごものドラマと言えば、センター試験の結果を踏まえ、国公立大の2次試験及び私大の出願が始まる。

当塾の今年度の高校3年生は、国立大・私立大学志望者は昨年暮れまでに推薦で決まり、今回のセンター試験で国公立大を目指すのは1名である。

毎年毎年センター入試の要項が変わり、本当に受験担当の先生方は大変だろうと思う。実際僕なども受験雑誌を片手に毎年頭が痛い。

そのセンター試験が、現在の小学6年生が大学受験学年になると消滅する。複数の学力テストによる選別テストや論文テスト、人物評価の加点によって、1発勝負の入試が終わる。

細かな選別方法はこれから具体化されていくわけだが、間違いなく今までよりは、人間味のあふれる大学入試になるようだ。その分曖昧さも生じるわけだけれど、それはそれでいんじゃないかと思う。

もともと人間そのものが曖昧なわけで、点数だけで選別される入試のほうがおかしいと言えばおかしい。

受験指導はますます難しくはなるけれど・・・

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2015年1月25日 (日)

僕はそう思う

世の中を自己中心的に見ることは、時に批判の対象になるけれど、まあたいていの人間は利己的なので、自己中な価値観はしょうがないだろうと思う。

例えば、人間の頭脳はそれぞれの個性があって、暗記が得意であったり、苦手だったり、感情の起伏が激しかったり、理性的であったりと、十人十色の能力や個性が錯綜する。

そういった錯綜した社会で生きて行くためには、常に他人の感情に気を配り、自分のおかれている立場を認識して、自分という存在の価値観を模索して行かなければならない。その対策として利己主義であることも逆説的には必要なことなのかもしれない。

僕もなんとか半世紀以上生きてきたが、生きる意味とか、人生の場面場面での価値の意味などというものを考えると、生きてきたスパンなど木っ端微塵になるほど僕は動揺してしまう。

人間は生まれてそして死んでいく。その価値が何かと問われたら、僕は困ってしまうだろうな。毎日食事を取り、排便をし、仕事をし、睡眠を貪り、時に快楽を貪ろうとする。哀しみや苦しみが日々訪れ、ほんのとひと時安らぎを覚える。

どうだろうか。僕ら人間は素晴らしい存在なのだろうか。僕はいつも疑問を抱いてしまう。僕ら人間は幸福な存在なのだろうかと。

ある種の哲学者や宗教家は、人間という存在を神と同等の存在とみなすものもいる。いや、神という存在を否定する人間もいるわけだから、僕らの存在はさらに曖昧だ。

人間も植物のように光合成をして、エネルギーを得ることが出来るならば、仕事もお金も必要じゃない。僕らは鳥のように空を飛べないし、魚のように水の中を泳ぐことも出来ない。随分と不自由な存在だ。

10代の後半だったけど、僕は本を読みすぎてちょっとうつ状態になった。ちょうどその時期、大好きだった祖父が他界した。僕は無神論者で、もちろん輪廻転生など信じないかなりアナキーな若者だったから、祖父が急にこの世からいなくなったことが、とても辛かった。涙ぐみながら、毎日を過ごしていた。

当時の気持ちを考えてみるとそれも、僕の利己的な哀しみだったんだろうなと思う。80近くまで生きた祖父は、鮮やかに自分の人生を全うして、向こうの世界に行ったはずだ。

そうなふうに人間にはどうしようもない利己的な好き嫌いがある。生死に関する感情もそうだし、人間や職業人に対してもだ。

僕には嫌いな職業があった(あくまでも過去形であることを強調しておく)。英語教師と坊さんだ。感情的な理由かも知れないけれど、自分的にはしっかりした嫌いな理屈があった。

寺の坊さんは、浄土の世界とか極楽など信じていないだろなうなと思っていた。葬式でたんまりお金がはいるとヅラを被って、歓楽街に出かけていくクソ坊主を見ていると胸糞が悪かった。たしかに素晴らしい坊さんもいるんだろうけれど、僕の身近にいた坊さんは最悪だった。いまだにその印象から逃れることが出来ないでいる。

そして教師だ。このブログでもなんどか書いてきたけれど、中学時代の英語教師はまったくハズレだった。英語には興味があったが、英語の授業はまったくつまらなくて、理解不能に陥った。心から給料泥棒だと思った。

英語の教科書を読ませて、黒板に問題を書いて生徒に解かせるだけの授業ならだれでも出来る。詳しい説明をしろっていの。でもあの教師がいたから、僕は英語で飯を食う人間になったのかも知れない。反面教師という言葉があるが、嫌味ではなく感謝している。

勉強できない生徒には、出来ない理由というのがある。その感情や環境に寄り添ってあげるだけで、生徒の気持ちは救われるものだ。生徒の心を理解しようとしない教師はアウトだと思う。

誰だって得手不得手がある。学校の先生だって、生徒の心理の読み取りが苦手だという先生は多いはずだ。大学でちょとだけ教育心理を学んだって、そんなものは砂漠に撒くコップ1杯の水に等しい。机上の理論はまったく役に立たないことが嫌になるくらいある。

でも、相手に対する優しさや、いたわりがあれば、改善する風は流れると思うんだよね。心から生徒のことを思ってない教師が存在するから、学校の現場は殺伐とするんじゃないかな。

国民のことを心から思わない政治家が増えてしまっているから、生活における苦しみが改善しないんだと思う。思想やイデオロギーでなくて、最初の根本の優しさがないんだな。弱者に寄り添うリーダー的存在が衰退すれば、この社会は間違いなく崩壊に向かうと思う。

宗教や政治、教育でもスポーツでも何でもそうだと思う。建前や利己的な利益を上手に隠しても、本心にいたわりや優しさがなければ、この星に住む人たちの幸福は訪れないと思う。

利己的であることを放棄することは出来なくても、人をいたわる心のスペースはあるはずだ。自分の利益のためにどうぞ勉強してください。どうぞ働いてください。どうぞお金をためてください。でもせいぜい70年やそこらで人間の命は終わってしまう。

競争社会の中で、生きていくのは大変。でもだからと言って、他人を蔑ろにしていいはずはない。弱者に寄り添う心を持てば、必ず困ったときに助けてくれる人がいるはずだ。利己的なものには利己的な風しか吹いて来ない。僕はそう思う。

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塾上空に数万羽の・・・

昨日の夕暮れ時、4時半過ぎから30分ほどの間、一関上空を雁などの水鳥が数万羽空を覆った。

僕も長い間冬の空を眺めてきたが、この時期30分間も空を覆い尽くす渡り鳥の大群を目にしたのは初めてだ。

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携帯で撮った写真なので見づらいと思うが、南に向かう渡り鳥の編隊が、途切れることなく30分ほど続いた。

塾生らと唖然としながら暮れゆく空を眺めていた。たしかに昨日の天候はおかしかった。ストーブをつけなくても、教室の温度は25度を超え、初夏のような陽気だった。

渡り鳥たちも暑気払いに、一斉に空に舞い上がったのだろうか。何かの前兆でないことを祈りたい。

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2015年1月24日 (土)

僕の塾にも最高裁から天下ったものがある

先日『原子力は安全だ』と判決を下した最高裁の判事が、原発を作っている会社に天下った話を書いたが、今日は僕の塾にも最高裁から天下って(?)きたものがあるので紹介したい。

これだ。

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25年前塾を開いた時に、リサイクルショップから購入してきた最高裁判所払い下げの机と椅子だ。

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裁判所での御役目を終わったこれらの机と椅子は、僕の塾にやって来て四半世紀経った今も、現役で頑張っている。

さすが最高裁判所で使われたものだけあって、丈夫でどこにも不都合がない。全国広しといえども、最高裁判所で使われていた机と椅子を使用している塾などというものは、ないのではないだろうか。

今日はどうでもいいようなぷち自慢でした・・・。

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まるで学生時代のような読書三昧の1年になってしまった

金曜日の塾のラストは高校1年生の女子2名。陸上部に所属していて、塾にやってくるのは夜7時半頃。

最近彼女たちはいつも最後に残って、勉強が終わると僕に歌のリクエストをして来る。リクエストしてくるのは、僕の曲の中では珍しくラブソングだ。

音楽に逃避して受験を失敗した僕だが、音楽をやってきたことで得たことは多い。下手の横好きなわけだけれど、音楽は生活を潤してくれる。

実は僕の音楽好きは長男に伝播してしまい、我が息子の部屋は完全にスタジオ状態になっている。もらっている給料のどれほどが音楽関連に費やされているのか知る由もないが、ほとんど病気だ(笑い)。

まあ酒やギャンブルに溺れる生活よりはずっとマシだろうから、僕も何も言わないが、ぼちぼち音楽もいいけれど嫁さん探しも大切じゃないかと思うわけで、ハゲオヤジはちょっと心配はしているのである。

ここ10年ほどは、忙しくても最低1年間に2曲は歌を作ってきたのだけれど、昨年は1曲も書かないでしまった。読書三昧の1年だったがゆえに、歌作りまで時間をさくことがなかった。昨年は久しぶりに大台の300冊をゆうに超える本を読んでしまった。

昨年は部活優先の塾生が多く、暇な曜日が多かった。一応2時30分には塾をあけるのだが、放課後の部活や夜間練習があって、夜7時まで誰もやってこない日がだいぶあった。ゆえに僕の読書タイムが充実し、まるで学生時代のような読書三昧の1年になってしまった。

今年はなんとか塾が忙しくなることを希望したい

きっと活字の読み過ぎだろう、メガネが合わなくなって3回ほど眼鏡を買い替えてしまった。1年間で本当に文字が見えなくなってしまった。

このブログも大文字で書くようになって久しいが、最大文字で打ち込まなければならなくなったら行間の感覚が変わって、書きづらくなるだろうと思う。

目を休める意味でも塾生を増やさなければ・・・・。

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2015年1月23日 (金)

原発は安全

 
 

【司法にも広がる原発マネー汚染】
  ■
「原発は安全」と判決を書いた最高裁判事が東芝に天下りしていました!
  ■
これじゃ裁判しても、最終的には、勝てっこないですね。
 mynewsjapan.com/reports/1437
 
真実はネット上にあり

 
 

 

原子力発電所を建設する会社は、仕事で作っているわけですから違法ではないのでしょうけれど、その会社に天下っている人間が最高裁判事というのはいかがなものですかね。

人間にとって命の次に大切なのはお金でしょうから、お金のためならかなりのことは覚悟で生きているんでしょうね。

世界中に日本の企業はいろんなものを売りさばいています。もちろん原子力関連のものもそうですが、人を殺すための武器もいっぱい売りさばいています。それも堂々と。

その販路の拡大に、政治家が必死になっている現状があるわけですが、世界平和の維持とか、人道的支援だとか、良くも言葉を誤用できるものだと心から感心しますね。

頭がいい人は、いろいろ考えつきますね。素晴らしい!

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若者たちの恋愛は困難を極めているようだ

高校生や大学生と話をすると、女子はめちゃくちゃ結婚願望があるのに、男子学生はさっぱりだ。

そう言えば、成人式でのアンケートなのだそうだが、20歳まで女性と付き合ったことがない成人男性が8割りなのだという。

付き合いがないということは・・・、そういうことなんだろうけれど、正直驚きだ。

学校帰りに手を繋いで帰る高校生のカップルが目につくので、それなりに青春を楽しんでいるんだろうなと思っていたら、ごく一部の現象であって、若者たちの恋愛は困難を極めているようだ。

結婚願望が希薄な男子が多いということは、将来に於ける少子化の問題は、ますます深刻さを増すわけで、由々しき問題だ。

先日中学生が、誰々が付き合っているとかいないとかで盛りあがっていたものだから、「付き合うってどういうこと?」と思わず聞いてみた。

うん~メールをやりとりしたり、ラインで連絡をとりあうことかな。

メールのやり取りが付き合うことでは、人間関係の構築はやはり難しい。

現代の若者は、生の感情に向き合うことが苦手だと言われている。一見悟ったような言動を見せるのだが、単なる臆病さの裏返しなのではと言う指摘もある。

バーチャルな世界でしか、自分の感情を発露出来ない若者が増えているとしたら、確かに恋愛は難しいだろうな。

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2015年1月22日 (木)

雨は似合わない

今日のように真っ白な風景の中に降りしきる雨をみると、NSPのこの歌を思い出す。中学生の頃に何度この歌を聞いただろうか。

年を重ねてくると、いろんなことが忘却の彼方に彷徨うのだけれど、歌だけは風景とともに鮮明に蘇ってくる。あの頃の風とともに・・・・・。

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2015年1月21日 (水)

お疲れ様でした・・・自分

午前中にパソコンに向かい、短大の後期テストを作っていた。

我が家の猫がかまってもらいたくて、パソコンのマウスに猫パンチをしてきた。一応訳すとマウスはネズミだけれど・・・。

ようやく問題作りも調子にのってきたころ、女房が資源ごみの日なので、持って行ってと、僕をせき立ててきた。ふと道路に目をやると、収集車がやってくるのが見える。僕は100メートルほどの距離をダッシュした。疲れた・・・。

再びパソコンに向かう。

子どもたちを親御さんが連れてきた。今日の自宅はこども教室の日だ。女房が無言で洗濯物が入ったかごをパソコンの横に置いていった。僕は外に出て洗濯物を干した。

2年生の問題を作り終えたところで、短大に行かねばならない時間がやって来た。1年生の問題は後日だ。

今日の短大での2年生の授業は最後の授業だった。学生たちと後半はお茶会をやり、思い出話に花が咲いた。来週はテストだ。

2時半に塾に到着。

まもなく、一関修紅高校の入試を終えた塾生がやって来た。ふむふむと問題を閲覧。数学の問題はなかなかの良問。球の体積が絡んだ問題は、ちょっと意表をつかれた。理科は天気の問題がちょっと難しかったかな。早速補助ワークの問題で、演習。

そこへセンター試験の結果を踏まえて、出願する大学の相談に高3生が登場。明るい表情に、ちょっと安心。

その後、小学5年生の男子児童が登場。分母が違う分数の足し算をやる。

高校1年生は、今週の末にある英検の勉強。いつもより真剣な眼差しで鉛筆を動かしている。思わず合格祈願消しこむをプレゼント。

最後に塾をあとにしたのは、中学2年生の女子生徒。今日は平行四辺形の証明と、理科の電磁誘導、そして英語は比較表現を演習して帰っていった。

今日も頑張った。お疲れ様でした・・・自分。

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2015年1月20日 (火)

椅子

震災後自分でリフォームした台所に、自分専用の椅子をリサイクル店から購入してきて使っている。

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僕は毎朝この椅子に座ってコーヒー豆を挽き、南部鉄瓶でコーヒーを淹れ、トーストとコーヒーの朝食をとる。塾の椅子もそうだけれど、毎日使う椅子は身体の一部のようなもので、慣れ親しむと手放せない。

ちなみにこの椅子は1000円で手に入れたものだ。時に猫が座り、時に洗濯物やタオルが置かれたりするのだけれど、この場所と、この朝の時間だけは譲れない。

この椅子に座り、1日の計画を練る。時にブログネタを思考する。時に苛立ち、時に沈思黙考するこの椅子は、1日の始まりを演出する。

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一生懸命働いていて、お金がないことは恥ではありません!

かつて友人からこんな話を聞いた。

大学進学を希望している息子がいる会社の同僚がいて、息子が大学に入りたいと言うんだけれどお金がなくて困っているんだという相談を持ちかけられたのだと言う。

その後その同僚の方は、保険金で大学に入れとの遺言を残し自らの命をたったのだという。とても悲しい話だ。辛い話だ。

子どもの進学で頭を悩ませている親御さんは多いだろうと思う。奨学金を借りさせたくても、利息が高くて、高利貸しローンと変わらない情況だ。安易に息子や娘に勧められる話でもない。

そもそも日本の大学はお金がかかりすぎる。教育の公平さを著しく欠いたこの教育制度を日本は本当になんとかしなければならない。

僕もこんな不安定な仕事をしているので、計画的に準備をするお金がない。つまり子どもの教育費に於いても、なにかでローンを組むこともままならない情況だ。

毎年大学に生徒を合格させることを生業(なりわい)にしている仕事をしているのだが、残念ながら自分の息子たちには短大資格の教育までしか与えることしかできなかった。息子たちの学力もさることながら、4年生大学に進ませる金銭的余裕がなかったのだ。

そのことを息子たちに非難されれば、父親として立つ瀬がないのだけれど、さいわいにも息子たちは我が家の経済力を知っている。文句も言わず情況を受け入れてくれた。

昭和30年代、東北地区の高校進学率は2人に1人だった。そして大学にすすむ人は高校に行ったうちの10人に1人だけだった。

僕らの世代になっても大学進学率は20%ぐらいだったろうか。僕は新聞配達やら家庭教師やら、キャバレーの呼び込みやら、ありとあらゆるバイトをこなして学費を稼いだ。そういう時代だった。

だからお前たちも頑張れとは言えない。時代が違うのだ。

現代はあまりにもお金がかかりすぎる。稼いでも稼いでもお金が吸い取られていく。地方にいる限り、日本という国は社会主義国家になったような気になる。公務員だけが突出した安定を得ている。

僕がこんなことを書くと、貧乏人の僻みにしか聞こえないなだろうけれど、そのことを承知でさらに言わせてもらう。僕らのような自営業は、なんら社会保障はない。休めばお金が入らないし、家族手当や住居手当が出るわけじゃない。収入がない月でも、健康保険税や固定資産税や国民年金の引き落としは容赦なくやって来る。石川啄木じゃないけれど、じっと手を見るの日常だ。

僕のようにお金がなくて困っているお父さん!

一生懸命働いていて、お金がないことは恥ではありません!お金がないなら無理はやめましょう。それでいんです。お金のために無理をすると身体を壊します。コマーシャルにおだてられて、不必要なものを買うのもやめましょう。消費は美徳なんかじゃありません。

やけくそになってパチンコ屋ギャンブルもいけません。日曜大工の道具を買ってきて、身体を動かしてみませんか。お金のかからない楽しみが見つかると思いますよ。

確かに教育はお金がかかりますが、高校さえ出してやればなんとかなるもんです。大丈夫ですよ。その後の社会人としての努力がきっと道を切り開いて行きます。心を割って話し合ってみましょうよ、こどもと。

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2015年1月19日 (月)

部活・部活・部活・部活・・・

 NHKで「不登校12万人のかげで」というのをやるというので、見てみることにしました。
 どうせ部活動が不登校の大きな原因になっているのだろうと思ってみてみたら、案の定でした。今の部活は、本当に教育界の癌ですね。

 不登校になったきっかけ

 友人関係        53% 
 生活リズムの乱れ  34%
 勉強がわからない  31%
 先生との関係     26%
 部活の人間関係   23%

 これだけ見ると、部活の人間関係は23%と5番目ですが、事はそう単純ではありません。アンケートの他の回答の中に部活関連のものが含まれているからです。

 テレビでは、生活リズムの乱れで入院してる子供たちへのアンケートが出ていました。リズムが乱れたきっかけの1位が部活でした。約4割の子供が部活がきっかけと回答しています。

 不登校原因1位の友人関係ですが、部活の人間関係が含まれている割合も少なくないでしょう。
 部活の人間関係と学校の友人関係がほぼダブっている場合で、「部活の人間関係」ではなく「友人関係」の方にのみ回答した生徒たちが一定割合いるはずです。

塾関連のブログを見ていたら札幌で個別指導塾を開業している40代の先生のブログ記事が目に止まった。上の記事である。 

実は僕のブログにコメントを寄せて頂くMr.Peki-chanさんも、部活の悪しき慣習に苦言を呈している某学校のPTA会長さんなのだが、過熱する学校の部活に対して、昨今多くの苦言が僕のところにも寄せられることが多くなった。

地元の中学校の部活のコーチをしている僕だが、確かに部活に対する親の意識は年々良い意味でも悪い意味でもエスカレートして来ている。

部活の送迎のために、新しく6人乗りのワゴン車を購入する親御さんがいたり、強い部活がある中学校に子どもを入れるため引っ越したり、仕事を替えるお父さんまでいる。

確かに県内にとどまらず、近県の私立高校から東北大会や全国大会に出た中学生には様々なアプローチがくる。特待生となればお金の話も絡んでくる。部活内のパワー・バランスも微妙に人間関係に影響が及んでくる。

健康増進や趣味的な軽い気持で部活に入ったはずが、県トップを目指すコーチや顧問の先生の猛烈なシゴキにあい、不登校状態になってしまう生徒も多い。

僕は長年中学校の部活を見てきたけれど、試合は負けてもいいと思っている。自分の練習してきた思いを、1球でいいから試合で表現できれば、それでいいと思っている。

このブログで何度も述べてきたが、勉強ができないのも個性、スポーツができないのも個性なのだ。できないがゆえに楽しめる世界というものがある。勉強したからといって誰もが東大に入れるわけではないし、身体を鍛えたからといってオリンピックに出れるわけではない。そんなことは誰でも知っている。

それなのに、それなのにだ。

100メートル18秒で走る中学生に、12秒を目指せとは誰も言わない。やれば出来ると言うのは大嘘だ。努力というのは、自分が好きなことをやってはじめて花開するものだ。嫌なことを強制しては、今の子どもたちはすぐに心が病んでしまう。

それは個人の責任ではなく、家庭の環境や親の思いや、社会が培ってきた風だ。

部活に入らないという選択も必要だ。その代わり何らかの社会奉仕に参加するとか、図書館での読書会のようなものを部活として認めるとか、いくらでも工夫はあるだろうと思う。

学校単位の部活の構成が人数的に無理ならば、合同チームの公式戦の参加を容認するとか、いくらでもやり方はあると思う。部活は勝つためにあるのではない。楽しく身体を動かしたり、学年を超えた人間関係を学ぶ場所だ。それが全く真逆になってしまっている部活がある。反省すべきだと思う。

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2015年1月18日 (日)

猫の超音波

猫は撫でてやるとゴロゴロいう。実はこのゴロゴロ、10ヘルツ~20ヘルツの低周波で、骨の密度を強度する特殊波なのだという研究報告がある。

ということは、猫を抱いてゴロゴロを聞きながら寝ている猫好きの人は、骨が丈夫ということだろうか。

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そう言えば、小さい頃からかなりのやんちゃなガキ大将で、野生児のごとく野山を駆け回っていた僕だが、転んでも倒れても骨折をしたことがない。

 

小さいころ飼っていた猫のゴロゴロのおかげだろうか。

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そこは雪国だった

今日は中3の白ゆりテストがあって、僕は朝7時台に家を出た。突然試験監督をしていたら胸が苦しくなった。ヤバイヤバイ。また地震が来るのだろかと不安になったのだが、よ~く考えたら、塾に到着して寒い中慌てて雪かきをしたものだから、肋間神経で痛くなったのだろうと気づいた。

そんなふうに考えたら、痛みもおさまった。ふむふむ。

夕方までに一関市内の道路は雪が解けてやれやれと思ったのもつかの間。自宅のある刈生沢(かりゅうざわ)に入ったら、完全な雪国。まいった。

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昨年のような猛烈なドカ雪こそ降らないが、気温が下がり道は完全なアイスバーンだ。

ふ~早く暖かい季節がやってこないかな。

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電話なのだ

受験シーズンたけなわとなり、受験生も緊張感がみなぎってきた。寒さもつのり毎年ストレスが襲う季節だ。

そこでちょっとストレス緩和というのか、僕の遊び心で電話にこんな細工をしてみた。

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電話が塾にくると天才バカボンのパパが『電話なのだ』としゃべる人形を取り付けた。

どうかな。

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2015年1月17日 (土)

祈り

キース・ジャレットのこのアルバムを買ったのは25歳の時だった。独身生活最後に買ったこのアルバムに込めた僕の想いは忘却の彼方に行ってしまったけれど、自分の夢に終止符を打ち、現実の海原に船出した我が心の祈りだったかも知れない。

実は成人式に向かう若者たちが華やぎに包まれた先日の11日、25歳になる息子は、喪服姿で出かけていった。近くに住む小中学校時代の同級生の告別式に向った。

浴室で倒れ、そのまま帰らぬ人となってしまった。20人ちょっとの同級生だ。過ごした時間はあまりにも濃厚で思い出に満ちている。元気な笑顔が思い出される。

25歳の早すぎる死に、慟哭の想いを追いやるすべはない。

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社会のシステムに自分を合わせて行くことだけに疲弊していく人生だけは、僕は御免だな

実を言うと震災以後、東大出の官僚や研究者が書いた著作を読むことを拒絶してきた。

この気持を言葉で表すならば、面白くないという言葉に凝縮できるだろうか。

努力の人間は大好きだけれど、天才肌の人間は苦手だ。当たり前のことを当たり前のようにやってのける人間を僕はあまり信用しない。ひねくれた人間だ。

政治家も科学者も教育者も、いわゆる出来る人間を心のどこかで僕は疑っている。出来る人間がしっかりしていれば、こんな格差社会が生まれる土壌は育たなかったはずだ。

若者の3分の1は正社員になれず、年収400万以下の家庭のこどもの大学進学率は30%を割った。今日のテレビはセンター試験の話題をずっと流しているが、この映像を苦虫を噛み潰した心境で見ている若者も多いはずだ。

優秀な人間に何も責任はないのだけれど、僕はひねくれているので、面白くないのだ。

霞ヶ関で、日本のコアーを操作している官僚のことだけを言っているのではない。貧すれば鈍する人間の害などというものは、取るに足りないと思っている。問題は権力を持った人間の傲慢さだ。学歴があって、頭がいい人間が利己的になった時こそいい迷惑だ。

凡人は言葉に取り込まれ、しっぽを振ってしまう。生きるために。

そうならないように勉強しろよ。のし上がれよという大人は多いけれど、いつの世もそういった言葉にうつむく若者がいる。

社会のシステムに自分を合わせて行くことだけに疲弊していく人生だけは、僕は御免だな。

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2015年1月16日 (金)

もう少し頑張るか

今日は長男の25回目の誕生日だ。息子が生まれた年は、僕にとっては本当に激動の年だった。

結婚して4年目に子どもを授かった喜びもつかの間、その年に父が55歳で他界し、急遽実家に戻った僕は、稲作農家を継ぎ、現在の塾をスタートさせた。

長男の年齢と、塾の年齢がリンクしていく。25年間本当に多くの方々のお世話になって塾をやってこれた。振り返れば四半世紀はあっと言う間だった。

多くの方々に感謝を申し上げたい。当塾に生徒を預けてくださった多くのご父兄の皆様、25年間教室を貸して頂いてきた塾の大家さん、そして今まで塾講師をやってきて頂いた多くの先生方に感謝したい。

長男も僕が結婚した年令になった。孫の顔を見たいとは言わないが、愛する人と一緒になることは人生を豊かにしてくれる。・・・・・と思うな。

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家族がいるからここまで頑張ってこれたと思う。もう少し頑張るか。

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2015年1月15日 (木)

見ているだけでクラクラするね~

僕の知人の先生が昨年中古のギブソン・ギターを買った。ネックの修正が効かなくなっているということで、だいぶ安く手に入れたらしいのだが、仙台の修理屋さんに持っていったら数千円でリカバーしてもらってほぼ完璧に復活したらしい。

ちなみにその先生、FMなどにしょっちゅう出演しているシンガー・ソングライターなのだけれど、ライブはギブソンのアコギで弾きまくるらしい。うらやましい~。

ちなみに僕もギブソンのアコギは1本持っているのだけれど、もし仮に宝くじかなんかでお金が入って、ギターを買っていいと言われた間違いなく下のギターが欲しい!

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このギターはGibsonL-0アコースというギターで、ロバート・ジョンソンの使っていたGibsonのモデルとして1926年にリリースされたものだ。ギブソンフラット・トップの元祖とも呼べるギターである。

きっと外車1台を購入するくらいするんじゃないかと思う。見ているだけでクラクラするね~。

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何だこれ

夕暮れ時、春のような暖かさでぼ~としていたら、何やら塾の指導室に異質な影が現れた。

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夕日のシルエットが壁に模様を作ったのだが、何かが舞っている姿に見えるのは、単なる僕の錯覚だろうか。

空にはよく龍神の形をした雲が現れるのだけれど、教室の中までなにやら異界のものが現れたのだろうか。

夕日が雲に隠れると、壁のシルエットも消えてしまった。

日頃宇宙人とか、縄文の神とか、そんなことを書いたり言ったりしているものだから、異界から様々なお客さんがやってくるのだろうか。

あまり調子に乗らないようにしよっと・・・・

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2015年1月14日 (水)

今日は私立高校の推薦入試

今日は私立高校の一般推薦入試だ。冷静にそして慎重に頑張って欲しい。

今朝は息子を駅まで送った後、遅まきながら御嶽山神社に初詣に寄った。神様にお願いしたいことが山ほどある。しかし自分の不甲斐なさを棚にあげて神頼みも何もあったもんじゃないと戒めて、今年もよろしくと頭をたれてきた。

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御嶽神社の裏手を登ると汁足(しったれ)にでる道があって、すぐ自宅に帰れるのだけれど、今朝は須川岳をはじめとする山々が久しぶりに荘厳な姿を見せた。

今日は気温が8度まで上がるらしい。久しぶりのほっとする1日になりそうだ。受験生も気持ちよく入試に臨めるだろう。

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2015年1月13日 (火)

見知らぬ妻へ・浅田次郎

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浅田次郎の作品を半年ぶりに読んだ。2年前は浅田次郎の歴史小説を読みあさっていたのだけれど、短篇集の哀愁あふれる作品も実にいい。

この短篇集は、人間の孤独がテーマだ。組織や家庭からはみ出した人間の切なさや戸惑いが、時にユーモラスに、時に哀惜を込めて描かられている。

学生の頃の恋人が忘れられなくて、40になっても結婚しない女性。亡くなった夫と暮らした団地を離れられず、孤独死をしてしまう女性。営む会社が倒産し、家族に捨てられ、ヤクザ稼業に身を落としている元社長。

様々な人生模様の中で、小説の中の主人公達は、自分の周辺に漂う孤独感を時に忌避し、時に諦観する。

人を愛することの脆さは、真剣に人を愛した人しかわからないかもしれない。

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今年はじめて買ったもの

今年の正月は初売りには行かなかった。別に買いたいものがあるわけではないし、そもそもお金もないので、初詣以外はどこにも出かけなかった。

冬期講習が終り、市内のリサイクルショップで買ったのがこれ。

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手回し式の自家発電ライトだ。これがすぐれもので、LDライトの明かりが三段階に変えられる。ラジオが聞けて、おまけに非常用アラーム付き。もちろん防水タイプだ。軽くはないが、とても頑丈だ。

ほんのわずかの発電で、長時間使用できる。緊急時には僕が持っているガラ携帯の充電器にもなる。ただ不思議なことにメーカー名がついていない。

新品で580円。僕の1日の小遣い金額を80円オーバーしてしまったが、防災グッズとしては、なかなかいい買い物をしたと思っている。

できれば需要がないことを祈りたいのだけれど・・・。

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2015年1月12日 (月)

明日から新学期だ

一関市の中学校は明日から新学期だ。新年に入ってまあまあの天気が続いているが、毎年冬休みが終わるとドカ雪が降る。

正月飾りがぼちぼち街から消えてきた。コンビニでは早くも節分用の豆が売っている。

今日は各地の神社でどんと祭が行われたところが多い。我が家は15日に、地元の神社で、古い御札や正月飾りをお焚き上げしてもらうつもりだ。

ところで中学生諸君は宿題が終わっただろうか。僕らの時代に比べると、宿題の量は半端じゃない。先生と呼ばれる仕事をやっていて言うのも何だが、よくぞ生徒たちは、宿題をまじめにこなすと思う。正直尊敬する。

僕は冬休みドリルを終えるのも七転八倒していた口なので、2pノートだ、演習プリンだなどと矢継ぎ早に出されたら、間違いなくアウトだったろうと思う。

勉強が好きじゃなかった。僕の好奇心は間違いなく違うところにさまよいだしていた。勉強をしなかった自分に反省はしているけれど、後悔はしていない。大概、自分のやることはそんなものだろうと思う。だいたいにして鳶は鷹を生まないし、いくら頑張っても捨て石はダイヤモンドにはならないのだ。

人間は努力しないとダメだと分かっていても、なぜか努力をしたくない時がある。俗にいうスランプみたいなものだろうけれど、脱却するのにはカンフル剤が必要だ。僕にとってのカンフル剤は高校受験失敗ということだったが、受験の失敗を期に目覚めたような気がする。あくまでも気がするだけなので、実際は全然ゆるかったかも知れない。

高校は実業高校だったので、普通科と言っても宿題など出なかった。それが僕には幸いした。好きなだけ本が読めたし、英語は怪しげなエロ本の原文を読んでいた。受験には絶対でない単語のボキャブラリーが増えていった(笑い)。全くもってドンマイである。

ということで、明日の提出を目前にして徹夜作業の中学生も多くいることと思う。ありきたりだけれども、頑張れ!

明日から学校が始まることは、冬休みに入る前から分かっていたことだと思う。あ~それなのに、それなのに、終わっていない。宿題が

分かるなその気持!せいぜい風邪をひかないように温かくして勉強しなよ!

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2015年1月11日 (日)

瞬間瞬間に世界が変わる

実はこのブログ記事は公開すると自動的に、ツイッターとフェイスブックに連動して記事が載ることになっている。

最近僕の記事を読んだ高校生がツイッターのフォロワーに結構なってくれている。彼女たちや彼らからすれば、僕は完全に父親の世代を超えてジジイの年齢になって来たわけだけれど、共感してもらえるのは正直嬉しい。

僕にとってブログは、自分の感性の鏡だと思っている。力を入れた書いた記事が全く反応がなかったり、暇つぶしにささやいたつぶやきの記事が、多くリツイートされたり、そうなんだという気付きがしょっちゅうある。

若者が何を考えているかわからないと嘆く同世代のおやじ連合が多いが、僕はそんなことはない(笑い)。手に取るようにわかると言ってしまうと傲慢チキだけれど、かなりの確率で、若者たちの心に僕の感性は忍び寄る。

若い頃こそ逆に、学生たちの気持ちがはかりかねたが、この歳になって見ると肩の力がぬけてきたせいか、ぼ~としているせいか(笑い)、高校生や中学生が抱えている悩みや、青春の闇のようなものをキャッチできるセンサーが働きやすくなった気がする。

音楽と読書とそして卓球をこよなく愛する初老のオヤジである僕にとって、世界は常に流動的だ。曲を書くことも、好きな作家を追い続けることも、そしてスポーツで相手の心理を読むことも、根っこは同じだ。

社会が求めているものは、孤独を癒してくれるものや、愛するべき者の存在だ。そのベースがあって、人は生きる希望と命の折り合いをつけて存在している。年齢に関係ない。濃度がちょっと違うだけだ。

僕にとって音楽や文学を堪能したりスポーツをすることは、実は仕事をすることやブログを書くことと全く同じ土俵なのだ。同じ土俵だからこそ、そういった経験がそれぞれにリンクし、僕を支えてくれる。

人間にはそれぞれが顔があるように、心がある。学校で見せる顔と、友人や好きな人を前にした顔が違うように、瞬間瞬間に世界が変わる。辛辣な感情や怒りや、時に嫉妬や憎しみさえも、湧いては消えていく。

どの瞬間を多く捉えるかで、その人間の性格が相手に投影される。それだけのことだ。沈静化した後の人間を見ずに、打ち上げ花火のような瞬間だけを捉えようとすると、感情だけが露出して、本質を見失う。

だから人間はおもしろいのだけれど、それがやっかいでもある。相手の感情や感性に追従するんじゃなくて、認めてあげれば、寄り添ってあげることがたやすくなる。

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公立高校直前中3日曜講座

   公立高校直前中3日曜講座

正月が過ぎ、あっと言う間に最後の学期を迎えました。体調管理には十分な注意を払い、毎日を大切に過ごしてもらいたいと思います。

大験セミナーでは2月・3月の日曜日を利用しまして、公立高校入試直前対策ゼミを行います。指導形態は、一斉授業を中心とした岩手県の過去問の徹底分析と、演習解説です。

通常の個別指導と平行して受講頂ければ幸いです。定員は10名ですが、外部生の受講も可能です。申し込みは定員になり次第締め切りとさせて頂きます。

要項は下記の通りです。

 

開催日 2月8日・15日・22日・3月1日・8日

時間   午後2時~5時

費用  17500円(教材費等全て含みます

 

      申し込み  大験セミナーまで

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2015年1月10日 (土)

絶対負けない方法

負けないためには、やり続けることがだいじだ。

時代遅れだと言われようが、もう無理だと言われようが、やめなければ必ず日の目を見る。

人生なんて短い。あっと言う間だ。自分がやりたいことをやらずして人生とは言えないだろう。

いつも背後霊のようにまつわり付いて来るもの。お金。このお金のためにいったいどれだけの人間が、自分の生き方を変えざるを得ないか。

民主主義だの資本主義だのと言葉では何とでも言えるが、所詮1%の人間が90%の資本を動かしている世界だ。お金の奴隷になるか、お金に洗脳されるか、どっちみち社会のレールに乗っかるということは、そういうことじゃないだろうか。

泥棒や万引きは犯罪だ。しかし株価を操作して、右から左にお金を動かして富を得ることは犯罪じゃない。たとえ多くの人間がそのことによって失望して命を断ってもだ。

僕は幸か不幸か、お金を持ちあわせていない。しかし仕事が途切れることはないし、愛する家族もいる。ジャズを聞いて本を読む時間もある。1日の小遣いを500円と決めている僕は、ことし消費税があがってから喫茶店に行けなくなってしまった。もちろん酒屋さんも。しかし気にしない。

挫折を乗り越える力は継続だ。自分が正しいかどうかなんて関係ない。自分がやりたいことをずっと続ければそれが成功なんじゃないだろうか。

仕事は楽しくないという人が多い。とても哀しいことだ。お金のために頑張っているのだと言う。

せっかく生きているのだから仕事を楽しみましょうよ。今の仕事を替えなくたって、仕事を楽しむ方法はいっぱいあるはず。

テレビや新聞のつまらないニュースに一喜一憂してもな~んも変わらない。いい音楽を聞いて、おもしろい本を読みませんか。そして妄想でもいいからいっぱい恋しましょうよ。

人生を楽しく生きるんだと決意すれば、そうなりますよ。お金がないからダメだとか、学歴がないからダメだとか、才能がないとか、自分を貶めてどうすんですか。

騙されたと思って願い続けてみましょうよ。必ず人生はいい方向へ転換すると僕は思うな。

自分に自信を持つことは簡単ですよ。あきらめなきゃいい。それが才能ですよ。

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冬季講習会終了!

昨日で冬期講習会の全日程を終了した。1月13日からは冬休みも終り、一関市内の中学校は3学期が始まる。

今年の冬期講習は、非常に努力レベルが高い児童・生徒が受講し、緊張感がバシバシ伝わってくる講習会であった。

来週からセンター試験そして附属中学の入試、私立高校の入試と、矢継ぎ早に塾生の受験が始まる。例年のごとく駒形神社への元日の合格祈願も滞り無く済ますことができ、入試本番を迎える。

実は今年は塾生への合格鉛筆の配布はやめた。決してお金をケチってのことではない。もちろん神社への合格祈願の玉串料はケチったりはせず、めいいっぱいの心づもりはさせて頂いた。

精神性を高め、気力で勝負をしてきてもらいたい。合格なんとかのグッツは持たずとも、大丈夫、君たちは守られている。安心して受験に臨んで欲しい。

昨年の2014年は、好不調のゆらぎが非常に大きい年だったが、今年はリズミカルに安定感を増して行きたいと思っている。

受験生達よ、いざ出陣だ!

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2015年1月 9日 (金)

日本のストロンチウム汚染状況地図

(1)アメリカ政府が発表したデータを基に、日本のストロンチウム汚染状況地図を作成いたしました

Sr90は多くの拠点で検出されておりますので、関東のところの数値だけ列記致します。

神奈川県

横須賀 15.83Bq/kg、平塚 10.62Bq/kg、上野原市 5.14Bq/kg

千葉県

成田市A 18.60Bq/kg、成田市B 11.30Bq/kg、香取市 8.00Bq/kg

茨城県

龍ヶ崎市 4.45Bq/kg、神栖市  5.64Bq/kg

栃木県

小山市 7.02Bq/kg、栃木市 18.10Bq/kg、鹿沼市 3.03Bq/kg

日光市 5.2Bq/kg

群馬県 34.68B/kg

など、他多数ございました。

アメリカ政府が発表したストロンチウムの汚染地図

韓国が東北地方から水揚げした 魚介類を全て輸入禁止にしたのは、アメリカが持っている資料を元にしての処置だと言われている。確かにストロンチウムの入った魚や貝を食べたいとは思わない。

かく言う我が家でも、海産物に於いては、女房は北海道産のものか、四国・九州地方でとれたものしか買ってこない。

ちなみこの資料は昨年の暮に公表されたもののようだが、もちろん日本政府は知っていたはず。

風評被害という言葉が、ダメよダメダメに消された感があるが、この言葉の持つ意味は深刻だ。

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2015年1月 8日 (木)

岩手は24位

ランキング 都道府県 魅力度 

この表の順位は何かというと、昨年発表された都道府県別魅力度ランキングだそうだ。

我が故郷岩手県は24位。まあまあの順位かな。

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2015年1月 7日 (水)

学校教育が児童や生徒に教えないできてしまったこと

学校教育が児童や生徒に教えないできてしまったこと、それは人生を楽しむ方法だ。

快楽は黙っていても、人間は追求する。しかし人生を楽しむことはなかなか難しい。

努力の先に栄光が待っているとか、忍耐が大切だとか、そういったフレーズはよく耳にしてきたが、人生を楽しむ方法は学校では教えてくれなかった気がする。

苦虫を噛み潰したような受業のなかで、人生を楽しむ方法を教えてもらうことはなかった。

だから僕は、人生を楽しむ方法を子どもたちに教えたいと思ってきた。お金や地位や名誉も確かに人生を楽しむツールではあるが、心から楽しいと感じる人生は、間違いなく愛する人がいることだ。

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そうなんだよ。人を愛することを学校では教えてくれない。LOVEが大切なのに、愛する方法を教えてはくれない。残念。だから性欲と愛の違いさえも分からない生徒たちがうようよいるんだよな。

本当は数学の公式よりも、化学反応式よりも、人を愛することのほうが大切なはずなのにな・・・・。

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2015年1月 6日 (火)

心療内科に行けば、何がしかの病名を頂くかも知れない

話すのが仕事。

今日は4時間半、塾生や学生の前でずっとしゃべりっぱなし。話すことがこんなにあったのかというくらい、話し始めると止まらない。

ゆえに日常生活でも、話が止まらなくなり女房に叱られる。

自分でも言うものなんだが、きっと僕が話下手の内向的な性格だったなら、きっと小説家にでもなっていたかも知れない。思ったことをすぐに口にしてしまうので、思考が定着せず、創造性がない。ゆえにこんなブログを毎日飽きもせず書き続けることになる。困ったものだ。

小さい頃から本の虫だった。小学校の頃、多読賞で県から賞状をもらったことがある。中学の頃は部活と音楽にのめり込んで本を読まなかったが、高校に入って読書病が再発し、今に至る。

いくら本を読むことが大切だと言っても、僕のは間違いなく病気だ。ひどい年だと年間に読む冊数が300冊を超える。1日に1冊のペースだ。完全に中毒症である。

確かに速読のテクニックを使って読んではいるのだけれど、本を読まないと不安になってくる。心療内科に行けば、何がしかの病名を頂くかも知れない。例えば『活字中毒症』とか『本依存症』など。

単純に計算すると、高校時代から6000冊ぐらいの本は読んだことになる。しかしそのほとんどは忘却され、脳随の縁にさえも記憶は残っていない。残念だ。膨大な時間を無駄にしたことになる。

図書館から本を借りてきて、それがかつて読んだ本だったなんてことがしょっちゅうだ。50半ば前にして、痴呆症的症状が現れたのだろうか。あぶない、あぶない。

僕は本の論評などというものは読まない。手当たり次第に読んでいく。強いて言えばタイトルと表紙のデザインが、本を手に取るポイントだ。良いタイトルとセンスの良い表紙の本にハズレがないというのが僕の持論だ。

本を読む時間をキープしたいがために、今の仕事を選んだような輩なので、自分の境遇は自己責任なのだけれど、もう少しお金を稼ぐことができるような実用書を読んでくればよかったと反省している。

ちなみに熊谷達也氏の著作を読み終えた僕は、ヤクザ世界を描いたヒキタクニオの小説を読み続けている。消しやと呼ばれる、闇世界の暗躍に、強烈な魅力を感じる僕は、やはり変だ。ひょっとすると僕の心のなかには、消し去りたい人間がいるのかも知れない。

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2015年1月 5日 (月)

夏や秋にはごかませた心の色が冬がやって来るとごまかせない。

シュタイナー教育 を取り入れたこども教室『風と虹』を開校している自宅教室の昨年の秋の風景。

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先日の元旦の風景。

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冬の空の色は、秋とは全然違う。空のオーラーが静謐な感情をむき出しにしている。

人の心も同じで、夏や秋にはごかませた心の色が、冬がやって来るとごまかせない。

本日より通常ゼミが再開した。しかし、いろいろあるのだろう。半分ほどしか来なかった。残念。

明日の午前中は中学3年生の冬期講習の受業。講座のメインは世界地理。そして昼食を食べる暇もなく、短大に移動して、3時間連続の今年最初の英語の受業。

雪が降らないことを祈って、さあ寝るか・・・・。

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2015年1月 4日 (日)

無理無理

今日から冬期講習も復活。2015年の仕事始めだ。昨日書き上げた友人・知人への年賀状をようやく投函。遅まきながらの年賀、本当に申し訳ないという感じである。

さて未年ということで、世の中には羊の話題があふれているのだけれど、我が愚妻は羊を飼いたいと突然言い出した。簡単に言うが、いったい誰が世話をすると言うのだろう。

夏は田んぼの土手に繋いでおけば、勝手に草を食べてくれるのでいいとして、冬の餌は大変。犬や猫と違って、小屋だって必要だ。毛だって刈り取ってあげないといけない。また僕の仕事が増えるだけだ。

ダメよ~ダメダメ。

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我が家の冬眠猫は、コワラの人形を枕に爆睡。猫に餌をやるのでさえ、面倒臭がっている我が女房に、羊は無理無理。

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2015年1月 3日 (土)

心に旅を

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このポスターは、元日に駒形神社から頂いてきたものだ。『心に旅を。』いいよねこのフレーズ。

茶の間に飾ったら、いい感じ。部屋が凛とした。

明日から冬期講習の後半が始まる。数年ぶりにゆったりした正月を過ごさせて頂いた。

餅を食べ過ぎたようだ。身体が重い。寒いけどちょっと散歩をしてこようかな・・・。

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2015年1月 2日 (金)

2015年の年頭にあたり

大験セミナーは、お陰様で今年開校25年を迎えます。

1991年の創立以来、延べ700名ほどの卒塾生を数えました。大学受験英語専門塾として一関に産声を上げた当セミナーも今年で四半世紀を迎えます。 

18年前より、高校生の英語指導はもちろんのこと、高校受験指導の個別指導塾として地域の皆様にはご利用して頂いております。 中学生の皆さんには、学びたい教科・単元を自由に学習できる塾として、好評を頂いてきました。

また6年前より一関一高附属中学校が開校し、一関市内の小学生の塾通いが加熱し始めました。当セミナーはその加熱の外側でちょっとだけ傍観を装っていたのですが、やはり時代の流れに逆らうことはできません。塾生の小学生率がぐんと上がりました。

日本経済は、かつてのような右肩上がりの成長が止まり、若者の3人に1人が、非正規雇用の労働者です。年収が100万ちょっとの若者が増加しています。お金がなくて当たり前という生活を強いられる日々を送る若者がいる一方、ITベンチャー企業で巨額の富を得ている若者もいます。

その差は何でしょうか。学歴でしょうか。資産力でしょうか。それとも運でしょうか。

僕は創造力の違いだと思っています。自分の人生が、周りの風で変わって行くと思うのではなく、自分が風を吹かせ、針路を切り開いて行くんだという意志力の差だと思います。

日本の教育のシステムは、中学3年くらいまでに、それぞれの能力を見限ってしまうようなシステムを構築してしまいました。つまり高校の選別です。

さらにそれは加速し、地方に於いてさえも、小学校での選別が忍び寄ってきました。

IQの高さや暗記力の優秀な子どもを選別すれば、受験に強い生徒を育成出来るという大人の思惑が、どんどん冷たい風を教育の場に流し込んでしまいました。関東地区の公立中学校の先生方の離職率がその情況を如実に示しています。

30年前、僕が勤めていた東京の進学塾でさえ、塾は勉強するところ、学校は気分転換をするところと言い切る子どもたちがいました。

塾は学校の勉強のサポートをする場です。塾がメインになってはいけないのです。そのことを勘違いしている塾教師が昨今は多くいます。

学校の先生と塾の先生でどっちが優秀だとか、どっちが教え方がうまいとかいう比較はナンセンスです。僕らはサービス業です。僕らは学校の先生ではありません。

公立の学校の先生は生徒募集の営業などやる必要がありません。当然のことです。犯罪を犯さないかぎり、クビになることもありません。しかし、学校生活に於いて、ひとりひとりの生徒への気配りと生活指導は全責任を負っています。責任の度合いが違います。

教科指導は当然のこと、生活に問題があれば即家庭訪問をし、解決を見なければ、学年会や職員会議が招集されます。もちろん保護者への対応も臨機応変に要求されます。

僕らは受験に子ども達を合格させることが至上命令です。そのことに生活がかかっていると言っても過言ではありません。逆にその苛酷さがゆえに、放漫さを生み、学校の教師批判になることがありますが、根本のスタンスが違うのです。

僕は、塾教師と学校の先生が敵対関係にある時代を長い間見てきました。しかし、今時代は変わなければならないと思います。

塾教育と学校の連携が必要な時代だと思います。なぜなら親御さんはなかなか学校の先生に本音を言わなくなりました。しかしそのことが、塾教育の優位さを示すものではありません。

保護者の皆さんの中には、経済的に恵まれている学校の先生に対して、ある種のヒエラルキーを感じている方がいて、生活の大変な塾教師に対して同胞的感情を持ち、心の思いを吐露してくださるケースが多いと僕は感じています。

経済格差が生まれ、学校の先生の日常性が、昔より監視される時代になったと僕は思っています。そのことを感知している先生方のストレスも大変です。

そう言えば、僕らが塾を始めた頃は、塾は通産省の管轄でした。登校拒否が不登校と呼ばれるようになった頃、塾は文部省の管轄に入りました。それはあくまでも形式的にではありましたが、フリースクールなどと呼ばれる施設が誕生し、うまく国からお金をせしめ、弱者を食い物にする悪徳塾屋がはびこりだした時代でもあります。

10年ほど前から予備校や進学塾の先生が、学校という教育の場に講師として招かれるケースが増えてきています。実は僕もその1人なのですが、いろんな意味で教育は多面的になってきました。

しかしやはり主役は学校であるべきだと思います。多くの税金と人材が投入され、学校がダメだではいけないのです。

優秀な人材を生かせないのは、厳しい言い方をすれば、トップの責任です。文科省のトップダウン式の管理システムに、イエスマンだけをはびこらしてはいけません。

政治も経済も柔軟性が求められています。教育の世界だけが硬直したままでいいはずがありません。子どもたちを想わない先生はいないはずです。その想いが生徒やご父兄に届かないとしたら、それは大きな損失です。

塾が学校のサポート役として、謙虚にそして柔軟に連動しなければなりません。子どもたちの創造性は、順位やテストの点数による評価に疲弊しています。教育は転換期を迎えています。

経済格差が教育格差になっている現在、才能あるこどもたちの魂が泣いています。智慧ある方々の援助が必要です。お願いします。

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2015年1月 1日 (木)

元日の朝

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晦日、大晦日と雪が降らなくて楽だったのだけれど、元日の今日はまた雪が降り積もり、元朝参りは大変だった。

家族で水沢の駒形神社に参拝して来た。正式参拝の手続きをして社務所でまっていると、教え子のMくんが現れた。42歳の厄年のご祈祷に駒形神社に来たのだという。偶然にも同じご祈祷を受けることになった。

僕は家族の家内安全に感謝するとともに、Mくんの今後のさらなる飛躍を祈った。

Mくんは僕の塾の2期生。僕が30歳の時の教え子だ。ということは、僕の塾の最初の卒塾生は今年数え歳43歳ということになる。

ちなみに今年で僕は塾教師生活33年になる。初めて教えた世代は今年50歳だ。僕も当然のことながら年をとった。

実は人生を振り返ると、一番体力が落ちたと感じたのは38歳ぐらいの時だった。その後体力の衰えはそれほど感じないが、飲まなければならない薬の種類が増えてしまった。ドンマイである。

さて今年の初夢は、どんな夢になるだろうか。楽しみだ。

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新年明けましておめでとうございます

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平成27年 皆様明けましておめでとうございます。

昨年は大変お世話になりました。

今年も大験セミナーわくわく日記をよろしくお願い致します。

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受験生の皆様 合格を祈願し

お手を拝借 よ~パパパンパン・パパパンパン。

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