最近のトラックバック

« 2014年10月 | トップページ | 2014年12月 »

2014年11月

2014年11月30日 (日)

冬の定番

秋が過ぎ去り、近くの川や提に白鳥が飛来する季節になると、ビル・エバンスのピアノが聴きたくなる。特にフーリッシュハートは、僕にとっては冬の定番だ。

大地に雪が降り積もった朝に、ビル・エバンスのこの曲を聞くとゾクゾクっとしてくる。終わり行く年の様々な記憶が、ピアノの調べと共に過ぎ去っていく。

過去を振り返ることはあまり好きではないけれど、ビル・エバンスのピアノだけは、なぜか懐古趣味に浸ってしまう愉悦を感じてしまう。

明日から12月だ。塾の前には冬期講習会ののぼり旗がはためいている。大学の推薦合格が決まった第一号の塾生の報告が先日届いた。年明けからは一関一高附属中学の入試を皮切に、いよいよ入試ラッシュだ。

僕の卓球の指導も12月末から3月の高校入試までお休みとなる。いよいよ塾生もそして僕も正念場だ。

今年はここ20年で受験学年の塾生の数が一番少ない。小6が4名、中3生が15名、高3生が3名だ。例年手を抜いているわけでは決して無いが、今年は受験生が少ない分、とても濃密な指導が出来ていると自負している。手応えは感じている。

先日僕の台所事情を心配してくれる塾生から、「先生、他の塾のようにチラシを出して生徒を集めたらいのに」と言われた。

僕の塾はチラシ等の宣伝広告費を0円に抑えているからこそ、現在の月謝金額が維持できているのである。それに紙の資源を無駄に浪費したくない。

塾生が多く入ってくれれば、そりゃ家計は楽になっていいかもしれないけれど、その分好きなジャズを聴く時間がなくなるし、大好きな読書の時間も減るだろう。お金が無いゆえに控えている酒が、お金に余裕ができるとついつい飲んでしまうかもしれない。

ゆえにほどほどがいいのかもしれない。

今月はなんとか僕の軽トラックと女房の軽自動車の車検代を工面できた。ホッとしている。ただしそのしわ寄せで、年金が2ヶ月分滞っている。

よく考えたらほどほどの暮らしなんかじゃ全くない。ドンマイだ。

ということで、たまっている年金も払いたいので、冬期講習会を受講して頂ければ本当に助かります

それにしてもビル・エバンスのピアノはいいな。心だけはリッチな気分になるかねごんであった。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

明日から師走だ

Cocolog_oekaki_2014_11_30_19_26


僕の塾ではこの僕のグットマークを100個手に入れると宇宙旅行が出来ることになっている。

ちなみに短大では、このマークを10個集めると愛の平常点がゲットできる。

塾生は宇宙旅行ができるよと言っても、誰も僕の相手をしてくれない。

「ハイハイわかりました」

などと軽く僕をあしらってくる。

「どうせ軽トラックが実はUFOだなんて言うんでしょう」

さすが塾生は僕の思考回路を読み取っている。

でも僕はくじけない。

明日から師走だ。UFOも走り回るくらい忙しい季節だ。頑張るべ~。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

人生は成功しなくたっていい

夢を叶えるためだとか、成功するためだとか、そんなことのために僕らは生きているんじゃない。

夢を叶えられなかったやつが敗北者で、夢をつかんだやつが成功者という断定的な決めつけそのものがナンセンスだ。

泥臭くてもいい、格好悪くてもいい。一日一日を自分に正直に、頑張って生きてればOKだよ。僕はそう思っている。

自分が劣っていることも、自分が出来ないことも個性なのだ。希望とか愛とか真実とか、バラ色な言葉が闊歩しているが、そんなに人生はパラダイスじゃないんだよ。

苦しみや哀しみに鈍感なふりしてをして、そっぽ向いたって虚しいだけだ。きっちりと嫌な感情や情況と向き合ってみると、本当の自分が見えてくる。本当の自分を見ようとしないで、キレイ事の自分をさがしたってダメなんだよ。

自分が持っていないものを欲求したってしょうがない。自分が今持っているもので生きてくしかないんだよな。他人に嫉妬してばかりして、自分の存在をけなすのって一番良くない気がする。

いやらしい自分で結構さ。ダメな人間で結構さ。それって、人と比較するからそうなっちゃうだけで、人間性の問題なんかじゃない。尊厳がどうのこうのなんていう問題でもない。

気軽に、すんなり、自分の存在を尊重しようよ。周りの雑音や、形式張った行動原則に縛られることはないんだよ。

さあ自由に羽ばたこうぜ。その顔で、その頭で、その名前で生きられるのは今回一度限りだ。何をためらっているのか知らないけれど、いつもブレーキに足をかけていたら、疲れちゃうだろう。

人生は成功しなくたっていい。自分であることに正直であることで、人生は気持ちよく過ぎて行くんじゃないだろうか。だからあせらないで、あきらめないで、自分の人生を楽しもうぜ。

お金持ちになりたいとか、有名になりたいとか、負けたくないとか、そういった感情が悪いんじゃなくて、そういったことに囚われるから、逆に生きることをつまらなくしているんだと思うよ。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

2014年11月29日 (土)

汚染廃棄物処理施設・住民が反対デモ(岩手日日)

Photo_2


放射能汚染物質の処理場を一関市狐禅寺に作るという話しは、狐禅寺地区だけの問題ではなく、一関市市民の生活環境悪化という由々しき問題がさらに深刻化する。

一関に舞い降りた放射能物質だけではなく、近隣の汚染物質までも、狐禅寺に搬入するという事態になれば、一関の幹線道路を中心に放射能が拡散して行くことは避けられないだろう。

東京電力が撒いた放射能は、東京電力に持って行くべきもので、一番責任を取るべき根本の組織が、東北の特定の町に負の役割を担わせることは言語道断だ。

様々な利権が絡んだ、お金と政治の闇が垣間見えて来る。一関の皆さん、子どもたちの未来のためにもこの計画を許してはいけません。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

2014年11月28日 (金)

費用は0円

昨日は小春日和の暖かい一日だった。庭先に竹の柵を作って置いてみた。

Photo

この竹は、子どもたちと竹ぽっくりを作るために、近隣の方から譲って頂いた青竹だ。せっかく切り出してきた竹なので、燃やしてしまうのも惜しいので、のこぎりを片手に、残った竹で柵を作ってみた。費用は0円。

20140902_170029_2

自分で言うのもなんだが、やっぱり僕は、教室に居るより、山中やこういった場所に居るほうが、しっくりするな・・・・。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

企業努力は大切だよ

2014年11月27日(木)18時46分配信 共同通信

 全国の電力10社と都市ガス大手4社は27日、原燃料費調整制度に基づく来年1月の電気・ガス料金を発表した。原燃料の液化天然ガス(LNG)の価格が上昇したため、電力6社と、全てのガス会社が、7カ月ぶりに値上げする。

 電気料金を標準的な家庭でみると、前月比の上げ幅が最も大きいのは中部電力の48円で、東京電力の29円、東北電力17円、九州電力15円、関西電力12円、中国電力の8円と続く。 

 一方、価格の下落傾向が続く原油を使った火力発電の割合が高い3社は値下げする。

 都市ガス4社の上げ幅は東京ガスが37円、大阪ガスが35円、東邦ガスが33円、西部ガスが24円。

電力会社はいいよな。燃料費が上がったのでハイ値上げですって、簡単にできちゃうもんな。企業努力なんて言葉は死語だよね

個人塾なんてさ、値上げしないためにどんだけ頑張っているかっていうと、聞くも涙の物語だよ。

消費税は上がるし、電気代は上がるし、てんやわんやだ。おまけに今年はお米の買取り値段ががくっと下がった。それでも肥料代や委託作業料は下がるどころか上がっていく。

若い頃からそうだけど、僕は授業をしに仕事場に行くときは、必ず喫茶店によって珈琲を飲みながらその日の講義の概略を考えた。東京で初めて進学塾に勤めた時は、千歳烏山駅前の喫茶店で珈琲を飲んでいたし、岩手に戻って家庭教師業をやっていたときも家庭教師に行く前にジャズ喫茶で珈琲を片手に指導案を模索していた。

ところが、今年は末の子が進学したこともあって、学費やらなにやらお金が翼を持ってどんどん飛んで行く。喫茶店に立ち寄る余裕がなくなった。

そういう訳で短大に行くときは、喫茶店には立ち寄らなくなった。実は短大の講師室にはこんな素晴らしいものが置いてある。

20140902_170029


20140902_173456

ただで、美味しいドリップ式の珈琲が飲める。短大も少子化に伴い経営が大変だろうと思うが、こういった心尽くしをしてもらうと、教える方も頑張ろうという気概が湧いてくる。

やっぱり企業努力は大切だよ。電力会社さんよ。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

2014年11月27日 (木)

アンビリーバブルだ

人生は何度も分かれ道が来る。僕らは時にさり気なく、時に熟考してその道を選択する。

経験上、直感のひらめきによる決断が、考えぬいた選択より良い結果を生むようだ。

違和感を覚えたら、その道は戻った方がいい。僕らはお金や安定度で仕事や様々な情況を選んでいくが、本当にやりたいことかどうか自問自答することは無駄なことではない。

例えば僕の例で言えば、僕は朝8時から夕方5時まで働くサラリーマン生活というものを経験したことがない。来年の2月が来ると54歳になる僕だが、タイムカードを押した職場というものは2年間ぐらいなもので、ほとんどが授業のコマ数で給料というのかお金をもらう生活をしてきた。

生涯パートタイムの仕事をしてきたと言っても過言ではない。故にボーナスも経験がない。だからボーナスをもらう人が羨ましい。

だって給料の他に給料の2ヶ月分とか3ヶ月分をもらえるなんて、なんてワンダフルなんだろう。アンビリーバブルだ。

僕と同じ年齢の学校の先生や公務員は、ボーナスだけで僕の年収をはるかに超える。全くもってアンビリーバブルだ。

でも、しかし、である。

僕は塾教師を選択したことに、後悔はしていない。好きな本を読める時間はあるし、仕事の合間に妄想する時間もいっぱいある。故にこんなわけの分からないブログを書くネタにも事欠かない。

家族には、贅沢な暮らしをさせてあげることなど皆無だけれど、緊張感のあるドキドキの暮らしは経験出来ているようだ(笑い)。

また僕の妄想だけれど、どうも僕は前世でお金を儲けることにあくせくし過ぎたようだ。今生は魂のエネルギー補充期間なのではないかと考えている。

若い頃は時間があり余っていたので、毎週山登りが出来た。今は暇さえあれば本を読んでいるか、庭いじりなどをしている。そして日曜日は卓球だ。まるでリタイヤーした老人のごとくの生活だ。それでお金が無いと言っているのだから、自業自得だろう。

人生には何度も分かれ道がやって来る。來世は、今生で補充したエネルギーを爆発させたいと思っている。

え、まだまだ今生の人生が残っているって。

そうなんだよね。どうしようか。困ったな・・・・。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

放射能の影が自給自足の我が家の家計を圧迫してきた

ゴリ押ししてお金を稼ぎたいと思うのだけれど、どうしても躊躇してしまう。長い間貧乏暮らしをしてきた。

いつも銀行の通帳には、小学生が正月にもらって溜め込んでいるお年玉ほどもない。稼いだお金が、毎月きれいになくなって行く。

財布に1万円札が入っていることも、まれの稀である。そう言えば9月以降喫茶店にも入っていない。もちろん赤ちょうちんなど論外だ。

血筋なのか、手先が器用だと言われる。自宅のリホームも庭作りも、ちょっとした土木工事も全部自分でこなす。実は父は、大工仕事をしていたし、祖父は桶職人だった。

器用貧乏と言う言葉があるが、僕の性質を語るには、この言葉ほど言い得ている言葉はないだろう。記憶力は悪いが、口先の流暢さと、手先を使う作業の習得力だけはある。

なんとなく、練習してしまうと要領をつかんでしまう。そのため飽きやすく、世の中を甘く見てきた感がある。故に皆中途半端。残念だ。

英語が専門だといっても、南部訛りの英語でまくしたてられれば、ほとんどちんぷんかんぷん。情けない。ギターが弾けると言っても、譜面が読めないし書けない。情けない。

お人好しなので、1年間を通じて正月の3日間ぐらいがオフで、休日はほとんどがボランテイアで埋まって行く。お金がなかったらボランテイアなんかしていないで、稼げよという感じなわけだけれど。気が弱いのか、やっぱりお人好しなのか断れない。病気かもしれない(笑い)。

このブログだってそうだ、ブログを利用してお金を稼ぐ方法なるものを、多くの方からご丁寧にも伝授して頂く。ちょっとした工夫で月額20万円ほど稼いでいる人もいるらしい。

僕は書きたいことを書いて、書きたくないことは書きたくないし、わけのわからない広告をベタベタ貼り付けるのも好きじゃない。何度か出版業者さんから本を出しませんかなんていうメールも頂いたけれど、こんなブログ記事を本なんかにしたら世の中にゴミを増やすだけで、失礼千万な話だ。

現在の貧乏暮らしの一番の原因は、副業の農業が立ちゆかなくなったことだろうか。放射能の影が自給自足の我が家の家計を圧迫してきた。

実際本業は塾なわけだけれど、25年前の一関市の小中学生の数が、震災後の人数を見るとちょうど半分になっている。少子化の波は間違いなく加速している。25年前といえば、僕が今の塾を開講した年なわけだけれど、当時から塾の数が4倍になっている。少ない駒を分け合う形になっているわけで、どこも厳しい塾経営を強いられている。

9坪の教室で延べ人数が100人を超えた頃から考えると、現在はほぼ半分の数になっている。50人も在籍しているんですかとよく言われるが、月謝の金額を考えれば、経費を差し引いたあとに残るお金はわずかばかりだ。もちろん今の生徒数では講師を雇う余裕はない。

さらに今年のように部活を優先する休塾者や退塾者が増えると、頭が痛い。今月はそんな状況の中、僕の軽トラックと女房の軽自動車がダブルで車検だった。胃が痛くなったり、口内炎になったり、大変だ。

こんな愚痴を書いていたらもう夜中の1時だ。明日はそれこそボランテイアでやっている納税組合の仕事がある。早く寝なければ・・・・。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

2014年11月26日 (水)

思わず倒れこんだ

I will do  whatever  you  want  me to  do.

この英語を訳させたらすご~くラブリーな和訳が飛び出してきた。

あなたが望むならなんでもあげます♡

授業中丸付けチェックをしていた僕は、思わず倒れこんだ(爆笑)。

もちろんほとんどの女子学生が『私はあなたがして欲しいことは、何でもやってあげます』と訳したのは言うまでもない。

僕は決してシモネタ的な英文を書いたつもりは無いのだけれど、意訳と言うには、飛躍しすぎだべ・・・・・

.

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

ここまでやっちゃっていいの?

塾の前に自動販売機を設置することにした。塾の周りに自動販売機が無いわけではないが、土手の修復工事が終わった一関一高前の磐井川の土手下からは、桜並木が消え、公共トイレもなくなり、そして自販機も消えた。

一関一高や修紅高校の生徒たちの通学路になっているので、ひょっとすると買ってくれるのではないかと期待してのことだけれど・・・・。業者さんからは、採算が取れない時は撤去しますということなので、仮設置ということになる。

自販機の契約をしてすぐ、自販機のデコをする会社からパンフレットが送られてきた。こんな自販機の写真が載っていた。

Photo


ここまでやっちゃっていいの?というデコなのだが、これじゃどこの会社の自販機か全くわからない状況なわけで、許されるのだろうか。

今度聞いてみよ。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

2014年11月25日 (火)

勉強の集中力をアップする方法

20140902_125726

家庭学習がきちんとできる子とできない子、違いはどこか? 教育心理学の専門家に聞いたら、その差は意外に単純なことでした!■勉強を始める前の15秒で集中力を高める

お手洗いなどを済ませたら、いよいよ勉強を始めましょう。はじめに、子供の集中力は25分程度しかもたないと言いました。しかし、集中すること自体ができない、という子もいるでしょう。そこで簡単に集中力をアップする方法を教えます。

まず図1のように、左に大きな丸、右に小さな点を描いた紙を用意してください。次に、できるだけまばたきせずに左の大きな丸を15秒間、じっと見つめます。見終わったら、すぐに右の点を見てください。点の周りに白い輪(残像)が見えたら集中力が高まった証拠です。何も見えないときは、数回まばたきをすると白い輪が見えるようになります。まばたきしても見えないときは、もう一度左の丸を見つめるところからやり直してください。2、3度繰り返せば見えると思いますが、「それでもダメ」という人は、左の丸に緑や紫などの色をつけてみましょう。色がついたほうが、集中して見やすくなります。色によって輪の色も変わりますが、残像が見えればOKです。

これは、自律訓練法という手法で、輪の残像がきれいに見えているときは、集中力が高まっていることを示す脳波が出ていることが実験によって証明されています。勉強する前に、毎回行うようにすれば、勉強の効率が非常に高まります。

(プレジデントオンラインより転載)

スマホやゲームが気になって、なかなか勉強に集中できない子どもたちが多いようだけれど、人生に於いて断捨離は必要だ。意志の強化にはやはり集中力が必要だ。お試しあれ。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

鳥肌ものだった

11月23日一関文化センター大ホールで行われた修紅短期大学幼児教育学科生によるコンサートは、会場前から入場を待つ長蛇の列。華やかな女子大生の歌と踊りが多くの市民を魅了した。

ところで幼児教育と言うと女子大のイメージが強いが、修紅短期大学には保育士を目指す男子学生も15名ほど在籍しており、今回のコンサートに於いても、ピアノやギター演奏、そしてダンスパーフォーマンスに、女子に負けない異才を放っていた。

個人的には、2年生のタクト君のエレクトン演奏が、めちゃ感動した。そのままプロとしてやっていけんじゃね~的な鳥肌ものだった。

涙もろくなった僕は、園児の歌う姿に思わずほろりとし、学生たちの踊りとダンスにほろりとしてしまったかねごんである。

2年生は就職活動と練習が重なり、多忙なスケジュールを調整しての練習だったわけだが、短期間で仕上げたパーフォーマンス力は、さすが幼稚園の先生を目指す若者たち。随所に見せた演技力は、きっと将来の仕事力に繋がって行くことだろうと思う。

ということで、今日はこれから短大での授業だ。実は県大会やら冬期講習の準備やらで疲労がたまったのだろうと思う。先週末から久しぶりの口内炎になってしまった。本日火曜日は3時間しゃべりっぱなしの講義なのだが、口内炎では厳しい状況なので、日曜日の夜は牛たんを買ってきてむしゃぶりついた。

僕にとっては、口内炎用の薬よりは、この牛たんが炎症を和らげてくれる。なんとか痛みもとれてしゃべることができるようになった。頑張ってこよう!

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

2014年11月24日 (月)

松下村塾のごとく

25年前塾として使う教室を探していた時に、松のそばにあるガレージが気にいった。松下村塾のごとく松の下にある物件が、教えの場としてのエネルギーを感じた僕は、大家さんにお願いして借りることにした。

20140902_155913

10年前に建て替えた塾は、松の木より高い建物になったけれど、当時の気持ちには変わりがない。

松下村塾のごとく、新しい時代をリードして行く人材の育成が僕の偽らない夢である。

それにしても、大家さんの松の木の雪吊り作業は完璧だ。僕の自宅のなんちゃって雪吊り作業とは違う。プロはやっぱりプロの技がある。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

2014年11月23日 (日)

寒椿

父が何を思ったか鉢植えの寒椿を買ってきた。玄関に置いた寒椿は、見事な花を咲かせていた。その年の暮れに、父は他界した。

父が他界した年になった僕は、正直寒椿の鉢植えを買うような趣味嗜好はない。寒い季節に花をつける植物に、なにか無理があるような気がして、痛々しさを感じて好きになれないのだ。

父が亡くなった後、寒椿の鉢植えを松の木のそばに植え替えた。今年25年経った寒椿は結構な太さになった。きっと植えた場所が悪かったのだろう。25年間で花を咲かせた年が1,2度しかなかった。北風が直接当たるので、蕾をもったままで開花しないのだ。

今年も寒椿は多くの蕾を付けた。僕の気まぐれなのかもしれないけれど、寒椿の花を見たくなった。先日雪吊りの作業をやった松の木の下で、寒椿の周りに竹を組み、ビニールシートをかけてあげた。北風が当たらないようにした。

20140902_125726

うまく行けば、師走に入った頃に花を咲き始めるかもしれない。冬の東北で、花を咲かせる寒椿。その花の姿に、北国の人々は春の先取りをするのだろうか。多くの家の庭先に寒椿を見かける。

父の25回忌に、父が買ってきた寒椿が満開になったら、当時の父と同年代になった僕はどんな感慨を持つだろうか。ちょっと楽しみだ。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

修紅短期大学・幼児教育学科生による第32回こどものためのファンタジックコンサート2014

本日午後2時30分より修紅短期大学・幼児教育学科生による第32回こどものためのファンタジックコンサート2014が、一関文化センター大ホールで開催されます。

20140902_125726


入場は無料です。一関修紅幼稚園のかわいい園児等とのコラボレーションコンサートです。

講義室で僕が英語の授業をしていると、体育館や大学内のホールから練習する学生達の歌声が聞こえてきました。はっきり言って上手でしたね。

一関市の皆様、晩秋のこの季節、ファンタジックな歌とダンスに、ほのぼのとした時間を過ごしてみませんか。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

2014年11月22日 (土)

冬の準備

昨日の午前中は、1人庭の松の木の雪吊り作業に汗をかいた。

20140902_125726


本来ならば青竹を切ってきてやるところなのだが、息子たちが小さい頃に上げた鯉のぼりのポールを代用して雪吊り作業を行なった。

高所恐怖症の僕にとって、高い場所での作業は命がけである(笑い)。素人の作業なので見た目はイマイチなのだが、なんとか今年の冬も雪による枝折れがないだろうと、ちょと自画自賛のかねごんである。

明日の日曜日は、自家用車のタイヤを冬タイヤに交換しようと思う。先週は卓球の新人戦で宮古に行っていたわけだけれど、盛岡から宮古にかけての峠の道路は、40センチほどの積雪だったらしい(我々は沿岸を来たので雪はなかったけれど)。昨日の朝は、我が家の廊下の温度計がちょうど0度だった。凍結予防のヒーターがオンになる季節が来てしまった。

先日もブログで愚痴ったけれど、我が家の一冬の灯油代は20万円を超える。それに水道の凍結予防のヒーターで電気代も一気に上がる。頭が痛い季節だ。

夏は過ごしやすい我が家だけれど、厳冬期はひたすら忍耐の日々だ。岩手路が白くなると、一気に入試が近づいて来る。さあ、今年も大詰めだ。がんばろう。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

2014年11月21日 (金)

冬期講習受付開始

昨日から冬期講習のご案内を中3生を中心に配布しております。

今回も僕がパソコンで打ち込んだ地味なチラシです。お金はかかっていませんが、愛情はそこはかとなくかけております。

午前の部が中学3年生のコースとなります。中学3年生の指導は、一斉授業と集団個別指導のコラボの冬期講習会です。

午後が小学6年生と中学1年・2年のコースとなります。

詳細はチラシにてご確認下さい。申し込み締め切りは12月18日となっております。定員は中3は10名。午後の他の学年は6名となっております。

例年のことですが、新聞折込もDMも、校門前でのチラシまきもやりません。お申し込みは直接塾に来室していただくか、もしくはメールか電話でお問い合わせ下さい。よろしくお願いい致します。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

縄文の神

古代東北・縄文の頃から信仰されてきた環状列石や磐座の神代を、僕はあえてアラハバキ神と呼んできた。

1f05eecc

胎内山神社のアラハバキ神

Photo_2

樺山遺跡の環状列石

縄文の集落跡には、磐座や環状列石が必ずと言っていいほど鎮座している。そういったアラハバキ神が祀られているシチェーションは驚くほど共通点が多い。

なだらかな山岳や丘陵地帯であること。そばをいにしえからの大らかな清流が流れていること。そしてこれは重要なことかもしれないが、アラハバキや環状列石から眺望する風景が、素晴らしいことだ。

遠く山々の風景を眺め、夜には満天の星を眺めながら、縄文人は自然の神々とどんな物語を共有していたのだろう。

僕は磐座に耳を傾け、いにしえの声を感じようとするのだけれど、現代のしがらみの中で鈍化した僕の感性は、忘却の中で、うろたえる。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

2014年11月20日 (木)

まただ・・・

磐井川の堤防から夕焼け空を眺めた。荘厳な美しさだ。

1f05eecc

一関の夕暮れ空が真っ赤に燃えていた。

今朝は頭痛がして起きれなかった。9時まで寝ていた。いつもながらのことだが、地震が起きた。福島沖マグニチュード5・3、震度4。

地震が起きても胸がズキズキ痛い。僕の症状を見て、女房は、水を汲み置きしようかなと言っていた。

僕の体質は、どこからやってきたのだろうか。山の神の木花開耶姫命や水の神である瀬織津姫そしてアラハバキ神に傾倒はしているが、そのことと僕の身体が地震発生にリンクして体調が崩れるのと関係があるのだろうか。わからない。

できれば地震と身体がリンクして欲しくない。

人からは、地震が予知できて良いですねなんて言われるが、できれば頭痛や胸の痛みは避けて通りたい。ふ~

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

2014年11月19日 (水)

有壁本陣

花泉町金沢の自宅から塾に向かう時は、菅ノ平の大提を通り一関の東工業団地経由で通勤しているのだが、講師に行っている修紅短期大学に向かう時は、宮城県の金成町有壁を通って行く。その有壁には有壁本陣がある。江戸時代、奥州街道における御武家様方の休憩拠点になっていた。

20140902_155913


Photo

20140902_125726

1f05eecc_2


有壁本陣は東日本大震災で大きなダメージを受けた。修復が終えた感があるが、残念ながらまだ公開は再開されていない。

歴史好きにはたまらないスポットである。陸奥に、京都の古都の街並が突然現れたような静寂ある光景だ。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

声だけで、実体がやって来ない

自宅周辺から見える須川岳も焼石連峰も完全な雪景色。晩秋も終り冬の季節がやって来た。

1f05eecc

隣家の柿の木もすっかり葉が落ち、数個の柿の実が山鳥たちの餌として取り残されている。

宮古での2泊3日の県大会が終わって、1日明けた昨日は、疲労感がどっと出た感じだ。冬期講習のチラシ原案を作って仕上げに入ろうかなと思っていたのだけれど、気力がわかず放棄状態だ。

寒くなってくると朝起きるのがつらい。年を取るごとに気合を入れないと身体が言うことを聞かなくなってきた。困ったものだ。

先月から今月にかけて、駆け込みで中3生が入会してくれたのだけれど、中学2年生が部活が忙しいという理由で、同じ人数が退会したので、今年の年度末はだいぶ塾の仕事は余裕がある。

お金に余裕があると言うのなら嬉しいのだけれど、この時期生徒数に余裕があるというのは経営者としては失格だな~と思う今日この頃である。しかし指導をしてもらう塾生にとっては今年度はラッキーなわけで、これも何かのめぐり合わせなのだろうと思い、日々精進する塾おやじである。

巷からは「誰々さんが塾に入りたいって言ってるよ」という声が聞こえて来るのだけれど、声だけで、なかなか実体がやって来ない(笑い)。

冬期講習会に生徒がやってこないと、正月を迎えられない状況なわけで、ちょっと気合を入れて宣伝をと考えるのだけれど、やっぱりその宣伝するお金もない。ドンマイだ。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

ツイッター的つぶやき

衆議院を解散するって?

選挙にいくらお金が使われるか知っているのかな。安倍さん。

700億だよ。今生きるか死ぬかの状況に置かれている多くの人たちがいる。なんだかな・・・・。

消費税だけどさ、食料品と燃料費には課税しないでほしいよな。年金に保険税に自動車税そして固定資産税。収入がなくてもボカボカ取られる。税金貧乏だぜ。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

2014年11月18日 (火)

幸福をじゃまするもの

人生に仮定法というのはあまり想定したくないけれど、東日本大震災で東京電力福島第一原発がもし崩壊もせず、放射能の拡散がなかったなら、きっと人類の終焉が訪れるであろうスパンは、もっと短くなっていたかもしれない。

僕らはあまりにも多くの代償を支払わされた。利益追求の理論が暴走すると、盲目になった群衆は負のスパイラルに身をまかしてしまう。

僕ら人間は日々、多くの犠牲のもとに命をつないでいる。多くの命を頂いて生かしてもらっている存在だ。生命というものはそういうのもだ。生態系のトップに君臨するものが一番偉いわけでもなく、一番価値があるものでもない。

道具を使い、言葉を操り、文字を使用する人類の営みは、未来永劫続いて行くわけではなく、宇宙の時間にしてみれば、ほんの一瞬のことだ。ゆえに謙虚であらねばならない。

人生は突然始まって突然終わるわけではない。偶然の産物として僕らが存在するのであれば、これほどまでに僕らは感情の起伏にさいなまれることはないだろう。僕らが苦しみを感じるのは、苦しみを感じる理由があるのだ。

人は必ず何かに囚われて生きている。恋愛もそうだ。勉強もそうだ。仕事もお金もそうだ。個人の幸福と社会全体の幸福は、残念ながらいつも共有関係にあるとは言いがたい。

しかし少なくとも、他人の幸福を邪魔する意図を持たない限り、僕らは幸福を追従できるのではないだろうか。努力が実るのではないだろうか。

幸福を邪魔するものは、個人個人の強烈な利己主義だと僕は思っている。持てる才能や経済力を、ほんの一握りの人間や組織が独占し、共有しようとはしない。

僕らは間違いなく、社会通念が抱く幸福という観点から考えれば、不平等な存在だ。不平等な存在だからこそ、相互依存と価値観の共有が必要なのである。それがいつの間にか支配と忍従の関係になってしまったこの文明は、幸福よりも不幸を生み出している。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

2014年11月17日 (月)

食の日常

朝食を食べるか食べないかで、学業成績が全然違う! 日本で初めて科学的に証明した名物教授が、最新データと「伝説の調査」をもとに、そのメカニズムを教えてくれた。■朝食を食べている学生と食べていない学生

子供のいる家庭の朝は、まさに戦場のような慌ただしさ。学校に送り出す準備に追われて、簡単なメニューですませたり、朝食自体を抜いている家庭も多いだろう。しかし、朝食軽視の生活習慣が、子供の学業成績に影響を与えているとしたらどうだろうか。

女子栄養大学の香川靖雄副学長が朝食と成績の関係に気づいたのは、自治医科大学で国家試験対策の委員長を務めていた約30年前のこと。自治医科大学は、僻地(へきち)医療・地域医療の充実を目的に設立された特殊な医大で、通常の入試制度と違うやり方で学生を選ぶため、入学者の偏差値は必ずしも高くはなかった。香川先生は当時の状況を振り返る。

「独自の選び方をしているとみんな医師国家試験に落ちて学校がつぶれるのではないかと、マスコミに散々たたかれました。そこで、国家試験の合格率を高めるために、まずは学生の生活面と成績との関連を調査しました。こうして浮かび上がってきたのが、朝食と成績の関係だったのです」

香川先生が学生を対象に調査したところ、朝食を食べている学生は食べていない学生より、平均得点の成績が百点満点で4.2点高いという結果に。成績の順位も朝食を食べている学生のほうが平均換算すると22番高かった。【プレジデントより】

朝食をしっかり食べることが出来ないのは、早起きをしないからだろうと思う。つまりは夜更かし習慣が身について、夜食にスナック菓子等を口にしているがゆえに、朝は食欲もなく、時間に追われ家をでるという日常性なのではなかろうか。

学習能力が高い子とそうじゃない子の差は、日常の時間管理や規則的な生活の有無に影響することは至極当然なことで、専門の研究成果を待たずとも、多くの方々の既知とすることだろう。

朝食もそうであるが、弁当を持ってくる生徒とそうじゃない生徒の成績も差が現れているようだ。私立高校などで、特别進学の教室と、普通クラスの昼食風景を垣間見るとその差は歴然だ。

昼食時間になりパンの自販機に集まる顔ぶれを見ると、残念ながら学習成績の思わしくないメンバーの顔ぶれが目につく。

仕事の都合上、子どもの昼食を作ることが大変な親がさんがいることも事実だ。お弁当代わりに500円玉を与える日常が重なってしまっている場合もあるのだろう。

しかし食は、人間の身体を細胞を、感性を育てる根源のものだ。食をおろそかにしてはいけない。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

これからが正念場だ

宮古で宿泊したホテルは港のそばにあって、窓からはすぐ海が見える。大会初日5時に目が覚めた僕は、夜明け間近の海を眺めていた。

20140902_173456

港の朝は早い。夜明け前から港湾には車のライトがすでに行き交い、一日の作業が始まっていた。

宮古を訪れたのは4年前の県民卓球大会の時、三陸の浜辺では多くのサーファーが波乗りに興じていた。その三陸海岸の浜辺もほとんどが津波に流され、頑丈なホテルを除いて、海沿いのほとんどの民宿は跡形もなくなり、更地になっていた。

我々は一関から三陸の海岸線を4時間近くかけて宮古市に到着したのだけれど、4年前の記憶とは全く違う港湾の姿があった。

帰りの沿岸の道は夜になっていたのだけれど、かつて光に満ちていた大船渡や陸前高田の街の灯りが、遠い昔にタイムスリップしたかのような、ひっそりとした夜の明かりだった。

仮設住宅は本当に簡易な建物だ。夏の暑さ、冬の厳しさは本当に大変だろうと思う。復興は確かに進んでいる。しかし、それは人口が密集している湾岸都市部がそうであって、田舎町の沿岸は、まだまだ手付かずのところが多い。

これからが正念場だ。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

2014年11月16日 (日)

新たなチャレンジが始まる

2泊3日の宮古遠征から帰って来ました。

1f05eecc_4


気仙沼から宮古まで約200キロの三陸道をスクールバスで北上。卓球部の生徒たちもそして我々コーチ人も先生方も、復興の兆しが見えてきたとはいえ、点在する仮設住宅や津波の傷跡に、ストイックになる場面も何度か。

20140902_170029


建物や港は一見きれいになったように見えるのだけれど、海から吹き渡って来る風は、まだまだ多くの哀しみを撫でて行く。

20140902_173456

花泉卓球部男子団体は3回戦で、優勝した石鳥谷に3-2で破れベスト8。花泉女子団体は同じく準決勝で、優勝した石鳥谷に破れ、優勝カップを持ち帰ってくることは出来なかった。来年の中総体に向けて新たなチャレンジが始まる。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

2014年11月15日 (土)

若者たちの時代

悲しいかな人生は短い。長いと思っていてもかなり短い。

その人生の中で、やりたいことをやって生きていくことは難しい。なぜ難しいのかと言えば、それは制約があるからだ。

税金は納めなくちゃいけないし、法律も遵守しなければならない。家族や隣人との関係もある。もちろんお金が無ければ生きて行けないので、働かなければならない。

資格が必要となれば、専門学校や高校や大学に入らなければならない。そのなかで、自分の夢を実現し、自由奔放に生きていくことは、やっぱり簡単じゃないと多くの人が思っている。

若者たちに夢がないと言われて久しい。生活が豊かになって、夢を必要としないという声も聞くけれど、僕はそうは思わない。

言葉は悪いけれど、牙を抜かれ去勢され、社会に飼い慣らされたオットセイの哀しい群れを僕は想像してしまう。

安定を求めて、優秀な若者は公務員や教員を目指す。それが夢だということに異論はない。

じゃ学歴もなく、優秀でもなく、当てにできるお金もない若者はどうだろう。頑張れば人生は輝いていくのだと言われても、親を捨て田舎を捨てて旅立つ勇気はない。危険を犯して飛翔する気力をもぎ取られてしまっている。

僕たちは生徒に叱咤激励する。勉強をしなさい。努力をしなさい。理解力がないのは学ぼうとする姿勢がないからだ。なんて・・・。

間違いなくしらける。しらけるぐらいならまだしも、聞いたふりをして眠りはじめるものもいる。

僕頑張ります!なんていう言葉を期待している大人はご気楽だね。

実は言われなくてもみんな頑張っているのだ。それなりに努力もしているのだ。自分の能力を見限って諦観を装っているわけではない。価値観の多様化に若者たちの意識が覚醒しようとしているのに、僕らの時代が追いついていないだけじゃないだろうか。

ゲームに熱中する多くの人たちを見ていると、彼ら彼女らの魂の慟哭が聞こえてきそうだ。彼らがバーチャルの世界に逃避するのは、それなりの理由がある。スマホの世界もそうだ。

世の中の進むべき方向性が間違っているのではなく、自由度がなくなっているのだ。教育システムしかり、政治システムしかり、そして経済構造しかりである。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

2014年11月14日 (金)

あ~怖い怖い

僕の塾なんかは5000円の月謝を頂いているわけだけれど、巷のあやしい占い館などでは、オーラー鑑定や前世鑑定と銘打って、30分5000円~10000円くらいをお客からぶんどっている(いや失礼徴収してる)。

目に見えないものを提供すると言う点に於いては、敎育も占いも似たようなものだと思うのだけれど、学力はテストで計れる分、占いと比べて分が悪い(笑い)。

占いのように誰もが見えないものをいい加減に喋ってお金を稼げる商売は、元手がかからず楽ちんだろうと思うかもしれないが、見えない世界には見えない落とし穴がある。

宇宙人も幽霊もお化けもこの世の中には存在しないと強い信念を持って生きている人には関係ない話かもしれないが、ひょっとしたら幽霊もお化けもいるんじゃないかと思っている人が、占いのような商法を始めるとやられてしまう。何にやられるかって? それは幽霊やお化けにだよ。

だいたいにして、占いを生業にしている人の人生の終焉は厳しい。アル中・薬物依存そして最後は孤独な死を遂げていく。なぜそうなってしまうのか。

何も問題がない人に適当なことを喋ったり、手をかざして何とか療法みたいなことをやっているうちはいいのだけれど、本当に危ない人がやって来たときは、下手にこっちからパワーを送ったりすると、返り討ちに合う。

若くして癌で亡くなったり、家庭崩壊が起きたり、自殺に追い込まれたり、自称占い師や自称宗教家と呼ばれる人には、悲惨な末路を迎える人が実に多い。

本当にやりたいのなら、無料でやるか、もしくは命がけの修行をするかしかないだろうなと思う。

葬式の拝み代に50万も100万も請求してくる坊さんがいるけれど、彼らは本当は浄土も死後の世界も信じていないんじゃないだろうか。だから檀家の経済力などお構いなしに、お金を請求できるんだろうな。

あ~怖い怖い。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

2014年11月13日 (木)

明日から宮古遠征

今朝、いつものようにお明神様にお塩とお水をお供えしようと裏庭に出たところ、西の空に虹が出ていた。画面には写っていないけれど、月まで出ていた。

虹の出ている場所にいつもなら須川岳が見えるのだが、残念ながら雲に隠れて今朝は拝めなかった。

明日から2泊3日の宮古遠征である。卓球の新人戦の県大会だ。塾は金曜日・土曜日とお休みさせて頂く。

一関一高が今日から定期テストに入ったこの時期に、休塾というのも気がひけるのだけれど、なんともしょうがない。。昨夜はなんとか1年生の英語を見てあげたが、他の学年は、本日塾に来て頑張ってもらいたい。

そういうことでよろしくお願いしたい。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

2014年11月12日 (水)

僕のライフワークに染み込んだ6年周期

神社仏閣やパワースポットに行くと、頻繁に77の数字に遭遇する僕だが、実は僕の人生の様々なサークルが6年周期に彩られている。

まず小学時代が6年間。これは別に皆が同じで全く普通。次に卓球部に所属した期間が中1から高3までの6年間。大学入学を期に東京に行き、住んだのが6年間。

岩手に戻って車に乗るようになったのだが、農業で使う軽トラックは別として、中古で買った自家用車はことごとく6年で乗りつぶしてきた。

独立する前に勤めた水沢の塾にいた期間が6年間。家内と結婚したのが25歳の後半だっだが、付き合った期間は6年間。6の数字はまだ続く。

私立高校に非常勤講師で勤めたのが6年間。そして母校卓球部のコーチを引き受けて今年で6年が過ぎ去ろうとしている。ひょっとするとコーチの引退も間近かもしれない。

例外的に6年が過ぎ去り今だに継続しているのが、塾とブログとそして結婚生活だ(笑い)。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

吉本興業にいたらひょっとすると花開いた人生だったかもしれない

学校に子どもが行かないという時に、親ごさんはどのようなスタンスをとるだろうか。

しょうがないな~と、初めから傍観する親御さんはいないはず。疑うのはいじめ。次に学校での人間関係(教師間も含めて)。

僕の経験。振られたショックで学校をサボった。教師の馬鹿さかげんにあきれて学校を無視。

と言っても2.3日で復帰をしたのは、部活がやりたかったから。家庭にいろんな事があって、生活保護を受けていた小・中学校時代、我が家は暗かった。僕は精神力がなかったので、勉強はやらず、運動神経だけは特出していたので、部活だけが自分を表現する唯一の手段だった。いやストレス発散だった。

中学校時代を振り返ると、部活をやっていた体育館の風景と、部屋でネックが反った安いギターを弾いていた光景しか蘇ってこない。ドンマイだ。

でも、部活が原因で学校に行けないという相談を受けたりすると、自分はラッキーだったなと思う。ヤクザ風の僕に喧嘩をふっかけてくる先輩は居なかったし、部活の中身をあれこれと言ってくる顧問の先生はいなかったし、僕のようなうざいコーチも居なかった。

今の学校が楽しくないということが、学校に足が向かない生徒にはとってはある意味致命的なのだろうと思う。

「学校つまんない!」このことに尽きる。

僕が修紅高校にお世話になって、非常勤講師で英語を教えていた時に、クラスの半数以上が中学時代不登校か保健室登校というクラスがあった。でも学校が楽しかったのか、居心地が良かったのか、ほとんどの生徒が休むこと無く学校に通って来た。先生方の気配りと努力の成果だと思う。

他の教科の時間、具合が悪いと言って保健室に行っていた生徒が、英語の時間はちゃっかり舞戻って来ることがしょっちゅうあった。

自分で言うのもおこがましいが、僕の授業は楽しいらしい。吉本興業にいたらひょっとすると花開いた人生だったかもしれない(爆笑)。しもネタ混じりの人生訓話は、今だから言うけれど、教科指導の準備より念入りにやっていた(笑い)。

自慢するわけではないけれど、年間読み漁る300冊近い本の中に、僕の話のネタは無尽蔵に眠っている。もちろんしもネタも・・・・・。

学校は確かに勉強の場だけれど、その学びの場が、子どもたちの成長を促すどころか、一部の生徒の精神を蝕む原因になっていることは、実にやるせない。

学校に通うことの出来ない生徒のための、通信制の中学校等を検討する時期に来ているのではないだろうか。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

2014年11月11日 (火)

登校拒否が不登校と呼ばれるようになって

心を病む人が増えている。

僕が塾教育の世界に足を踏み入れた頃は、学校に行かないことを登校拒否と言っていた。それが不登校と呼ばれるようになって、不登校は増加した。

僕は保護者の方や関係者に言い続けてきたが、学校に行かない選択が悪いのではなく、学校に行けないという心理状態が問題なのだと。

小学校や中学校の初期の段階で、しっかりしたケアーをやらないと改善が困難になる。

学校に行かなくなってそのまま引きこもりになり、仕事ができないまま中年を迎えてしまう方々を見るにつけ、残念でならない。

不登校になるきっかけは様々だ。いじめ、テストの不出来、家庭不和、経済問題、教諭との人間関係、寄せられる相談は多岐にわたる。

学校に登校出来ない生徒は、おのずと塾にも来れない。居場所は自分の部屋の中ということになる。ネット環境があれば、退屈することもない。したがって現在の不登校は改善が難しい。

各クラスに2名から3名の不登校児童、生徒がいると言われる昨今、保健室登校を加えれば、不登校の予備軍とも言われる生徒の数は、かなりの数になる。

不登校だけれど、休みの日は友達とつるんで街に繰り出しているというのは、まだ大丈夫。しかし、部屋から一歩も出られないというのはまずい。健康衛生上良くない。街に出て問題を起こされるのも困るという声を耳にするが、引きこもりはまずい。

いつかは治るだろうと放置される若者たちが多いけれど、残念ながら自然治癒というのは難しいようだ。それが万が一うつ状態だと危険だ。怠慢と病気は違う、そのへんの判断は専門家に委ねた方がいい。専門のカウンセリングをお勧めする。

僕の個人的な見解だが、即薬による処方をする改善手段はあまり良い結果をもたらさないようだ。それと、変な宗教に頼るのも危ない。家庭が崩壊する大きな原因の一つになっている。

何らかの意図があっての学校拒否と、心の病がひきおこしている登校拒否は全く本質が違う。初期の対応がとても大切だ。教育関係者はそのことをしっかり認識しなければならないと思う。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

2014年11月10日 (月)

満身創痍

調子に乗って昨日、今日と肉をちょっと食べ過ぎた。痛風の発作の兆候が現れた。思わず薬を2倍飲み込んだが、なんとか発作が起こらないことを願うのみだ。

それにしても満身創痍だ。痛風はなんとか薬でごまかしているが、ストレスがたまるとすぐ口内炎になるし、血圧と糖尿値は危険ゾーンをかすっている。

一番厄介のは花粉のアレルギー。春は1ヶ月半の間、呼吸困難になるほど鼻水が垂れ流しだ。この季節も春ほどではないが、鼻水が止まらない。

そして先日も書いたが、老眼がすすんでいる。そして地震が起こる朝は頭痛や胸の痛みに襲われる。

ただ満身創痍と言っても、先日の羽生選手の満身創痍の演技に比べれば、中年オヤジの不摂生など霞んでしまう。

1f05eecc_2

今後の選手生活を考えるならば、あんな無理はするべきじゃないという声も多かったが、彼には彼の演技する理由があったのだろうと思う。東北の真の復興を願う彼の中には、大きな心のうねりがあったはずだ。

根性とかの問題ではなく、鬼気迫る彼の視線の先にあったものは、凡庸なものではなかったはずだ。彼の中に秘められている覚悟というのか使命みたいなものに、鳥肌がたったかねごんであった。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

ケチケチ生活

今年の農業の決済を行なった。早い話が借金払いをしてきた。40アールの水稲の作付をして、JAに売却したお米代は125000円。委託作業に支払ったお金は、180000円。55000円の赤字の収支決算だった。

塾の在籍数も東日本大震災前の人数に達したのはいいが、1割以上が部活などのために実質休塾状態。経済状態は低迷したままだ。

何とか短大の講師料などで、借金地獄に陥らずにすんでいるが、四半世紀に及び、綱渡り状態だ。

我ながら良く生活を維持してきたと思う。

お金を使わないことがとにかく節制の基本だ。僕はギャンブルは一切やらない。タバコは吸わない。酒を外で飲むこともない。本は図書館で借りるか、買っても古本屋の100円コーナーのみだ。震災後新刊本を僕は1冊も買っていない(雑誌を除いて)。衣類はほとんどがリサイクルショップのものだ。

家のリホームは、ほぼ僕が自分でやって来た。台所も息子の部屋のリホームも廊下の天井もホームセンターで材料を買ってきて、自分でやった、今年は庭のリホームもやった。

1f05eecc


モルタルの庭がボロボロ状態になったので、コンクリートをハンマーでコツコツたたき、石をひきつめボロ隠しの小道を作った。ちなみに右端にあるウッドデッキも僕が手作りしたものだ。なんだかんだと1ヶ月を要したが、費用は2万ほどだった。このあたりの金額が僕が捻出できる限界かな。

本当はお金がかかるので車も要らないのだけれど、さすがに往復30キロの塾までの通勤をチャリ通をするわけにもいかず、軽トラックでしのいでいる。

その軽トラックと、女房の軽自動車が今月ダブルで車検で、どうお金を捻出しようかと頭を抱えているこの頃である。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

2014年11月 9日 (日)

満足度のストライクゾーンはかなり複雑だ

自営業をやっていればいろんなことがある。自分では頑張っているつもりだが、方向性がいつの間にかずれていたり、社会のニーズに取り残されていることに鈍感になっていたりすれば、おのずと経営は下降気味になるわけで、空回りは正直怖い。

そうならないために、一応アンテナを張り巡らしているつもりだが、そのアンテナが錆びているのに気づかずに、チューニングができていない状況に慢性化してしまう日常がやっぱり怖い。

つまりは、僕は臆病人間なので、なにかと怖い。

お金に余裕があれば、それなりの対処というのか歯止めをかけられるのだが、何分このご時世、零細自営業に融資をしてくれる所はなく、かと言って闇金業に手を出せば、間違いなく万事休すなわけで、やはり怖い。

自分だけがアウトになるのならまだしも、家族を路頭に迷わすことは出来ない。だから男は頑張るわけだけれど、時に頑張り過ぎて精神が消耗すると、鬱傾向に陥り、大変だ。

僕は塾という自営業を25年間やってきた。もうあかん!と思ったことは何度かある。学校の先生ならば、教務や学級運営に全力投球すれば生活は破綻しないだろうけれど、塾教師は経営という十字架を常に背負わなければならない。

自分が満足した受験指導をやったから生徒が入って来るかと言えば、そうとも限らない。生徒や保護者のニーズは成績の向上だろうと思われるかも知れないけれど、実はそうでもない。満足度のストライクゾーンはかなり複雑だ。

塾を卒業以来、個人的に僕とつるんでくれている教え子たちは、実は受験の失敗組が結構多い。第一志望に受からなかったなら、塾なんて見向きもしないだろうと世間は思うかもしれないが、あに図らんや、現実はそうでもないのだ。親身になって僕の塾を心配して塾生を紹介してくれたりする。本当にありがたい。

実は今日、中学生の卓球の指導に行ったら、中学2年生二人にこんな質問をされた。

「かねごんコーチ、コーチは何の仕事をしているんですか?」

きっと家庭で、コーチは何の仕事をしているんだろうね、なんて親子の会話があって、僕の仕事が気になったんだろうね。

塾を始めた頃、何の仕事やってるのって聞かれて、塾ですって素直に言えなかったんだよね。自分の仕事にプライドがあるとかないとかじゃなくて、なんか恥ずかしくて言えなかった。

でもね今思うと、そんな感じでスターとしたことが良かったと思っている。

ところで、今日の中学生の質問に「塾やってんだよ」って言ったら、めちゃ驚いていた。日頃のコーチとしての言動を見ていたら、アンビリーバブルだろうな。

僕の卓球指導のストライクゾーンは、先生なんて呼ばれる次元というのか、カテゴリーを完全に逸脱しているからな・・・。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

2014年11月 8日 (土)

トマト買ってきて

携帯電話を持ち始めて1年半が過ぎた。

日常生活で変わったこと。塾の仕事が終わって帰ろうとすると、女房からメールが来る。

『卵買ってきて』

もしくは

『遺伝子組み換えの大豆を使用していない醤油買ってきて』

もしくは

『トマト買ってきて』

など。

飲み会の人付き合いがめちゃくちゃ苦手な僕なので、携帯が無い方がまったく楽なのだが、なにかと周りが大変なようなので、やっぱり携帯は持ちませんという分けにはいかないようだ。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

そろそろうずきだした

老眼が日々進み、メガネなしでは全く本を読めなくなってしまった。30ぐらいまで視力2.0を保っていた僕だが、その視力の良さが逆に老眼を加速させてしまった。

このブログで何度か触れてきたが、僕には色彩認識の障害がある。色盲ではないけれど、特定の色の識別が困難だ。

面倒くさいのでジャケットやズボンは黒以外買わない。ネクタイも女房の見立てなしで勝手に買ってくると、かなりちぐはぐなものになってしまう。

茶色と赤の区別がほとんど出来ないし、ちょっと薄暗いだけで赤と黒の識別が出来なくなってしまう。それに老眼が加わり、やっかいなことになっている。

視覚に難点がある僕だが、その代わりと言ってはなんだが音感には特殊な能力を持っているようだ。いわゆる作詞作曲ということを僕はするのだけれど、残念ながら楽譜が全く読めないし書けない。

自分が作り出すメロディーを暗記して、それをギターの音で追従する。歌詞とギターコードだけの作詞・作曲なので忘却した曲が100曲以上になってしまった。今現在再生できる曲は20曲ぐらいだろうか。残念。

ここ10年間で、色んな所で歌わせてもらった。市内の幼稚園や小学校で歌わせて頂いたミニライブは延べ30回ほどになるだろうか。塾生の皆さんから中学校に来て歌ってと言われるが、まさかお呼びがかからないのに行くわけにはいかない(笑い)。基本的に正式な要望があれば、ギターと専用の椅子を軽トラックに積み込んでどこへでも参ります。ちなみに今ままで一番遠くに出向いたのは大船渡市の綾里小学校。

昨年まで6年間私立高校の非常勤講師をしていたので、なかなか出前ライブに参上出来なかった。今年度から短大の非常勤講師になって月・木・金の平日が空いている。これからの冬の季節農作業もないので、午後3時までに塾に戻れる条件の地域ならばなんとかなるかと思います。

最近は我が女房がいろんなところに講演を頼まれて出かけているようだけれど、僕にはお声がかからなくなってしまった(笑い)。

12月は一関市日形小学校・同じく一関市立金沢小学校でかねごんサンタ出前ライブを読み聞かさせのお母さん方とのコラボで行います。

僕のブログを読んで下さっている方で、企画ネタで困っている方、物好きな方(笑い)、サンタの格好でも着ぐるみ姿でも何でもOKですよ、お声をお掛けくだされば参上致します。塾までご連絡下さい。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

2014年11月 7日 (金)

授乳中の写真はヌード写真なのか

授乳中の写真はヌード写真なのか――。あるイギリス在住女性が愛する我が子に授乳する写真をフェイスブックに投稿したところ、閲覧者がクレーム報告し、写真が一時削除される出来事が起きた。

 フェイスブックは授乳写真の投稿を公式に認めているが、今回は「誤って」削除してしまったのだという。

僕は髪が薄くてヒゲを生やしているため、実年齢より7歳ぐらいはいつも上に思われてきたようだ(笑い)。そのためか、僕が30代後半の頃から、若いお母さん方が、さり気なく僕の前でもおっぱいを出して赤ちゃんに授乳する光景に遭遇してきた。

ラッキーなのか、それとも男性としてもはや眼中にないのか複雑な心境ではあるが、女性が赤ちゃんに授乳している姿は神々しい。

20140902_170029

大学生の時に、電車の中で赤ちゃんに授乳しているお母さんの姿を見たことがあって、うまく言葉にすることができないけれど、すごく感動したのを覚えている。

この子を私は育てているんだという、決意というのか信念というのか、強烈なオーラーを感じた。男には立ち入ることができない領域かもしれない。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

そうしましょ

年をとると見えてくるものがある。逆に見えなくなってしまっているのもある。今年も気づけば来月が師走。もう冬期講習の準備に入らなければならない季節だ。

3日前、郵便局に勤める知人が予約していた年賀はがきを持ってきてくれた。世の中はハロウィンが終わって、早くもクリスマスバージョンに突入だ。

1f05eecc


かつては、こんな感じのディスプレイをやってみた。震災以降クリスマスツリーの電飾というのはなんだかな~と思い、例のチカチカはやめた。

12月に、読み聞かせのお母さん方とのイベントコラボで、市内2つの小学校でサンタの格好をしてミニライブを行う。12年間続いている僕の恒例のイベントだ。

毎年新しい曲を書いてきたが、今年は新曲はなしで、他の曲をパクってみようかと思う。ユーチューブでこんなのを見つけた。

いまどきの小学生に受けるだろうか・・・・。

それにしても左のギターのおにいさん。ヒゲとメガネと太りぐあいが誰かに似ているんですけど・・・

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

2014年11月 6日 (木)

偶然もここまで来ると・・・

20140902_170029_2


国道4号線を北上して行くと、北上の相去の手前に巨大な赤い鳥居が見えてくる。二ッ森稲荷神社の鳥居だ。

僕はこの神社に2度参拝したことがある。1度目は6年前、そして2度目は昨日だ。この鳥居を建立した頃は、地元の方々の信仰心が厚く、神社を大切にしていたのだろうけれど、残念ながら現在は境内に向かう参道は荒れ果てている。

決して非難して、地元の方々にいちゃもんをつけようと言うわけではない。どこの田舎の神社もそうで、氏子が少なくなり、祭りを執り行う宮司さんが不在になれば、神社が荒廃していくのは、時代の趨勢だ。

僕の神社オタクの効能だろうか。神社の前で祝詞をあげていると、不思議な現象に出会うことがある。

まずその1、僕が神社に行くと不思議とその神社の氏子のお子さんが塾にやって来る。

その2、祝詞をあげていると不思議な風が吹いてくる。昨日も二ッ森稲荷神社の境内で祝詞をあげさせて頂いたのだが、急に風が吹いてきて、しめ縄の神代が揺れた。

6年前にこの神社を訪れた後、塾に神社と同じ苗字の生徒が入会してきた。一関では非常に珍しい名字である。

更に昨日は不思議な偶然が重なった。夕方塾に戻ると指導中に携帯が鳴った。僕がコーチに行っている卓球部の育成会会長さんからの電話だった。

「かねごんコーチ忙しいところすいません。北上南中から急に練習試合の話が来たんですけど、事後承諾ですいません。今度の日曜日予定はいかがでしょうか」

この赤い鳥居のすぐ近くにある北上市の中学から、県南の花泉中に練習試合の申し込みの話が、このタイミングでやって来るとは・・・・・。距離にして50キロ以上は離れている。日曜日に来てくれるらしい。

最近こういったシンクロニシティが頻繁に起こる。不思議だ・・・・

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

神様はどこにいるのだろう

神様を求めて三千里ではないけれど、超越したパワーを求めて、巡礼をする人たちは多い。宗教や各種のセミナーは、いつの時代も悩める子羊たちを魅了してやまない。

生活の安定や富の繁栄を求めて、良い学校や良い企業に入っても、悩みや儚さは消え去ることはないようだ。

もし全知全能の神がいて、この宇宙を統合していると仮定するならば、きっと神様は退屈かも知れない。なぜなら全知全能である神は、全てを知り尽くしているし、偶然やハプニングが生じる隙間はないからだ。

僕がもし神様だったら、刺激を求めて冒険したいと思うだろうな。善なる存在だけでは善を知ることができないので、悪なる存在を創造し、平和であることを知るために争いを創造する。

ただし、その全責任を負うために、神自身がその全ての創造物に、神の息吹を吹き込む義務を負う。

20140902_170029

僕ら人間は、神社仏閣やもしくは果てしない空の彼方に神を求めるけれども、j実は神の本質は我々の内に存在しているのかも知れない。

順風満帆な人生では、僕らは覚醒しないんだろうと思う。困難や苦労は誰しも避けたいものだろうけれど、多くのつまづきが最大の学びになって行くのがわれわれ人間なのではないだろうか。

人生でぶつ受かる壁に、感謝をできる人間が、内に秘めた神心を発露して行けるのではないかと思う。故に困難はチャンスである。生きていく課程で、困難が多い人生ほど、人間の深みが増して行く。

苦しくて、神様を求める人が多いけれど、自分自身が神の息吹であることを知れば、僕らは死ぬまで間違いなくチャレンジャーでいられる。

なぜって、僕らは神だからだ。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

2014年11月 5日 (水)

縄文の光

息子が金ケ崎の免許センターで試験を受けている間、北上の樺山遺跡を訪れた。

写真を見て頂きたい。環状列石をはじめとする縄文のエネルギーがほとばしっていた。文句なしのパワースポットである。

Photo

20140902_125726



Photo_2

1f05eecc

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

冬がやってきた

20140902_170029

昨日の朝、朝露で光っていた庭の葉っぱが、今朝は初霜で真っ白。

20140902_173456
お明神様に昨日お供えした井戸水が、コップの中で凍っていた。今朝は今年初めての氷点下。冬がやってきた。

今日は次男が自動車の免許試験があるというので、これから金ケ崎の免許センターに送って行く。晩秋の、いや初冬の陸奥路をドライブしてこようと思う。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

2014年11月 4日 (火)

風景に癒やされる

息子を東北本線の花泉駅まで送って行く途中、綺麗な棚田がある。

20140902_175807


草刈りをきれいに施された休耕田が、秋の朝日にきらめいていた。自宅に帰ってお明神様にお参りしたら、そばの雑草も朝露に輝いていた。

20140902_170029

なんかいい感じで、9月の初めから続いていた、偏頭痛と胸の痛みが、今日ようやくおさまった。さあ、受験指導頑張るぞ!

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

微妙なところで

僕がブログを書き続けていることを家族はどう見ているかというと、呆れている。家に帰ってきてパソコンに向かう僕を見て、女房は言う。

塾の生徒の成績をつけるとか、指導案を作るとか、塾の先生としてやることはないのと。

はっきり言って僕は自宅に塾の仕事や短大での仕事を持ち込むことは殆ど無い。帰宅する前にほぼ消化する。

高校で講師をしていた時は、結構頻繁にテストがあったりして、テストのまるつけや、通知表に記載する点数の整理をするために、高校での仕事を持ち帰ってきたけれど、大学は試験が前期と後期の2回だけだし、講義の内容を吟味するのは、暇な時間を利用して塾の教室でやっているので、自宅に仕事を持ち帰ることはほとんど無い。

生徒がいっぱいいて複数の講師で各教科の指導を行なっている塾では、成績管理や生徒の指導会議などというものが必要かと思うが、1日8名前後の生徒を、僕1人で午後3時頃から夜9時頃まで個別で指導している私塾では、その必要もない。指導ファイルのメモを見れば、完璧に掌握できる人数であるし、全ての教科を僕が見ているので指導会議も必要ない。

だから暇だから自宅に帰ってブログを打ち込んでいるのかと言われれば、実はそうでもない。一応農家だし、草刈り仕事やら、雑用は多い。

多くの同業者である友人の先生方は、ブログの更新がフリーズしている。世の中はフェイスブックの時代になったらしく、広告的要素を考えると、ブログは時代遅れらしい。確かに僕のブログのアクセス人数も全盛期の人数の3分の1以下になった。正直僕のブログを読んで入会してくれる塾生もそんなにいない。稀人である。

でも時々、遠路はるばる僕のブログを読んで下さっている方が、塾に来て頂いて、今後もブログを発信し続けてくださいね♡などと言われると、単純な僕は今日もまたこうやってPCの前で、どうでもいいような雑文を打ち込むのである。

ブログはお金のかからない僕の趣味と言えば、そういうことなわけだけれど、そろそろ4000稿近く書いてきて、正直ネタ切れではある。書き続ける意志が、ブログをやめる意志よりも、ほんのちょっとだけまだ優っているようなので、もう少し続けようかと思っているかねごんではある。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

2014年11月 3日 (月)

死について

メイナードさんは同月26日の夫ダン・ディアスさん(43)の誕生日を自分の母親らとともに祝った後に、「最期をベッドで好きな曲を聴きながら穏やかに迎えたい」としている。尊厳死のため自己投与する薬も用意済みだという。 だが、一方で先週、ディアスさんらとグランドキャニオン国立公園を訪れた際に、「気分がまだよく、笑うこともできる」と感じたという。「今が(死に)ふさわしいときではない」と話したが、「いずれそのときは来る」とも述べ、心の葛藤をうかがわせた。 昨年結婚したメイナードさんはカリフォルニア州サンフランシスコで生活していたが、今年1月に脳腫瘍と診断され、開頭手術を受けた。だが病状は悪化し、「余命は半年程度」との医師の宣告もあり、1997年に全米で初めて尊厳死を合法化する法律が施行されたオレゴン州に転居した。 尊厳死は、ワシントン、モンタナ、バーモント、ニューメキシコの4州でも合法化されている。メイナードさんの告白で、国内では尊厳死を認めるか否かの議論も活発化している。 

人間は死を選択できる存在が故に、安楽死や尊厳死の問題が生じる。アメリカオレゴン州で安楽死を遂げたメイナードさんに対して、様々なコメントが世界から寄せられている。こうやってブログを書いている僕もその1人ということになるだが、安楽死は法律に養護された自殺だと僕は思う。

医師に余命を告げられたら、最期の日が来るまで生きようぜ。肉体の痛みはモルヒネで、心の痛みは家族の愛情におんぶにだっこで甘えればいい。家族も愛する人もいないという人は、思い出での中で愛を呼び起こせばいい。

病気じゃなくても、人生に行き詰まって死を考える人は多い。一度も死を考えなかったという大人はいないんじゃないだろうか。かく言う僕も、若い頃うつ状態に陥ってあっちの世界を考えたことはある。

人生はドラマだ。いい事も悪いことも予告なくやって来る。大丈夫人間は間違いなく肉体の死を迎える存在だ。なにも焦って早く行く必要はない。

1分でも1秒でも生きて、自分の存在を知らしめればいい。深刻に考えていることが、実は死で償うほどのことではないことがほとんどだ。ていうか死ぬことなんか何もない。何度でも言うけれど、死ななくてもタイミングよく人生の終焉はやって来る。そのためにはとにかく生きることだ。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

 

15歳の僕は燃え尽き症候群のどまんなかにいた

部活の指導に行っていて、ご父兄から次のようなお話を聞くことができた。

「息子の部活や試合に付き合うことが、生き甲斐になっていて、仕事も息子の部活活動に付き合えるから頑張ろうなんて思うんですよ。息子の部活がなくなったら今度は何を目標に頑張っていいのか分からなくなるんじゃないですかね」

野球やサッカーもバレーもそうだけれど、部活をやっている娘さんや息子さんの追っかけをやっているお父さんやお母さんは多い。

子どもたちと一緒に泣き笑い、まるで過ぎ去った青春を再び取り戻そうとしているかのようだ。

中学生や高校生の本分は勉強だというのは、ひょっとすると世の中の常識じゃないかも知れない。本分は部活動だと思っている生徒や親御さんが多いのではないだろうか。

部活が忙しくなれば、一番最初に見限られるのが塾通いだ(苦笑い)。塾で一斉授業をやろうと思えば、強引に部活を休ませるか、夜遅く授業を開始するしかない。故に理念云々ではなくて、個別指導にならざるを得ないのが状況だ。

スポーツ推薦の季節がやってきた。

私立高校で活躍して、大学もスポーツ推薦でという生徒も多い。その選択肢を批判するつもりはないのだけれど、高校時代本は読んで欲しいと思う。

毎晩遅くまで部活をやり、自宅すると夜10時を過ぎる生徒も多い。そして朝は朝練で7時集合。遠い生徒は起床は5時なんて生徒もいる。これで勉強をやれと言う方が無理だ。

誰のための部活だろうか。そんな疑念を持ってしまったらすべてが瓦解する。身体を鍛えることは大切だ。また部活は先輩後輩の関係を通じて人間関係を学ぶ場でもある。しかしだ。勉強をやらなくていいという言い訳に部活を持ちだしてはいけない。

部活をやったことがない人間がこんなことを言えば、嫌な大人だろうと思われるかも知れない。でも僕は部活をやるために中学校に行っていた。高校も1年までは部活漬けだった。部活を頑張ったことに後悔はない。しかしそのために勉強をやらないでしまったことに対しては大後悔がある。

部活以上に勉強をやらなければならないという意識はあっても、疲れてしまって勉強まで辿りつけなかった。そして部活が終わった後に、受験勉強に立ち向かう気力が残っていなかった。15歳の僕は燃え尽き症候群のどまんなかにいた。

県立高校に落ちて私立に入った僕の青春時代は、めちゃ暗かった。しかしたまたま今の仕事には多くの学びとなった。僕は部活ではいつもスポットライトを浴びてきた。もし受験勉強をしないまま、県立高校にまんまと入っていたならば、僕は世の中を甘く見て、嫌な人間に成長していっただろうと思う。

部活で栄光を知り、勉強で挫折を学んだ。これが逆だったらどうだろうか。

勉強で栄光を知り、部活で挫折を学ぶ。やはりどう考えても、自分には関係ない相関関係だ。

普通のことをもう一度繰り返す。部活は頑張って欲しい。しかしそれを勉強が出来ない理由にしないで欲しい。自分の身体は自分が知っている。頭も身体もバランスが必要だ。僕のように燃え尽き症候群の魔の手に絡め取られてはいけない。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

2014年11月 2日 (日)

今日は白ゆりテスト

10月27日のブログで下のような記事を書いた。

20140902_170029_2

上の問題を見て、まずこの時期の中学3年生ならば点A・Bを通る1次関数の直線式を書けなければならない。次に三角形AOBの面積を求めることができれば、関数に関しては基本ができていると言えるだろう。

もしこの図形を眺めて、出題される問題が全く予測できない生徒は、頑張らなければならない。頑張れないという生徒は、塾通いを考えてみてはどうだろうか。まだ間に合うと思うよ。

そして本日は第2回の中3白ゆりテストだった。ほとんど同じような設問が数学に出題されていた。

きっと白ゆりテストの問題作成者も僕と同じ考えだったのだろうな・・・。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

座敷わらし

Bj86a6ocyaarxj9

我が家の座敷は、8年前からシュタイナー敎育を取り入れたこども教室の場となっている。季節によっては、みんなんで餅つきをやって持ち料理を作ったり、コンサート会場になったり、座敷が日々大変身。

229d38a675838afdadc3a7d27a368e7d7b7

僕の家は40年前に父が建てた家だ。田舎では冠婚葬祭を自宅でやるために、座敷のスペースを広く取るのが、常だった。

この座敷で、祖父の告別式も父の告別式もそして祖母の告別式も執り行った。僕が家内と結婚するときの結納もこの座敷だった。

父や祖父たちは、まさか農家のこの座敷が、コンサート会場になったり、芸術療法の会場に使用されることになるなんて、夢にも思わかなかったに違いない。

いつの頃からは分からないが、この座敷には座敷わらしが住むようになった気がする。ただしお金をもたらす座敷わらしではなく(苦笑い)、多くの子どもたちを導いてくれる座敷わらしが。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

 

2014年11月 1日 (土)

マイノリティであることに悲観することはない

Apple's CEO Tim Cook has come out as gay in public for the first time in the hope that he can help others struggling to come to terms with who they areApple's chief executive Tim Cook has publicly acknowledged that he is gay, describing it as "among the greatest gifts God has given me".Cook, who took over as CEO after Steve Jobs died, has never talked about his sexuality publicly before, although he says he’s been open with friends and colleagues. Writing in an article in Business Week, he says that he's coming forward to talk about it as a means to help others. “I've come to realise that my desire for personal privacy has been holding me back from doing something more important,” he said, adding that he constantly asks himself ‘What are you doing for others?’. "While I have never denied my sexuality, I haven’t publicly acknowledged it either, until now. So let me be clear: I’m proud to be gay, and I consider being gay among the greatest gifts God has given me," he says. 

アップルCEOのTimCook氏は、自身が「ゲイ」であることを初めて公の場で語った。
彼はこのカミングアウトが悩んでいる方達の助けになることを望んでいる。

ゲイであろうが、ノーマルであろうが、人を愛する行為に貴賎はないんじゃないだろうか。同性愛者に対する差別が激しい時代もあったけれど、理解を示す社会が築かれつつある。

実は僕の教え子にも性同一性障害に悩む若者がいる。個性の時代だ。マイノリティであることに悲観することはない。

痩せている人が好きだったり、太っている人が好きだったりするように、女の人を好きな女の人がいても、男の人を好きな男の人がいてもいいだろう。異質であることは異常なことではない。異質であることを排除しようとする社会が異常なのだ。

にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ

« 2014年10月 | トップページ | 2014年12月 »

2020年7月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
フォト
無料ブログはココログ