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2014年10月19日 (日)

基礎学力の欠如は貧困を生み出す

東日本大震災が起きて3年が過ぎ、東北の状況はどうなんですかという質問をされる。景気が上向いてきているという話を聞くけれど、その実感は全くない。

僕個人の経済的状況かもしれなくて、ひょっとすると周りは潤いはじめているのかもしれないが、震災前の状況には程遠い。

震災前には、夏も過ぎれば忙しくて非常勤講師の応援を頼まなければならなかったのが、震災後は僕1人で指導が出来ている。というか、この状況で講師を頼めば、僕の塾はパンクする。

塾生の人数はほぼ震災前の状況に戻っているのだけれど、9割が週1コースがゆえ、延べ人数がまだ震災前の6割りほどの状況だ。

それは仕方がないにしても、問題は休塾者や自然消滅する塾生が震災後急に増えたことだ。やめるとも休むとも連絡がなく、自然消滅する生徒が年間5人はいる。震災前にはなかった状況だ。その自然消滅してしまう生徒が優秀ならば何も問題がないのだけれど、やっても出来ないからいいべ~的な消滅の仕方は困る。

実質的には退塾のはずなのに、あえて休塾しますという表現を使うケースが増えているのは、それぞれの事情があってのことだろうけれど、1週間の生徒の割り振りに支障が出る状況になっている。

塾に行かなくても高校は入れる。そんな状況にあって塾が果たす役割は何かと言うと、やっぱり基礎力の定着だろうと思う。一関市内には500満点の入試で、150点もあれば受かってしまう県立高校が複数ある。

仮に120点で合格したとして、高校の授業にはついていけない。めちゃくちゃな平常点で救われたとしても、社会に出て通用する国語力や一般常識力を身に付けることは非常に困難だ。

県立高校の先生が、個人的に呼び出して、分数の計算やローマ字の指導をしてくれるとは到底思えない。

基礎学力の欠如は貧困を生み出す。必要不可欠な書類の申請が書けなくて、もらえる補助金や支援金をもらえないでしまっている家庭がどれほど多いか。そういった方が、会社で安定した給料をもらえるポストにつくことも困難だろう。

僕は脅かしているわけではない。大学の学歴が必要不可欠なものだとは思わないが、小学校程度の基礎学力は日本で生活していく上でとても大切なものだ。

高校に受かることと、基礎学力があることがリンクしない昨今、最低限の学習能力の習得は必要だ。因数分解が出来なくても、消費税の計算は出来たほうがいい。時速60キロ平均で行けば、一関~盛岡間をどれくらいの時間で到着できるのかぐらいは計算できたほうがいい。

高校に受かるから勉強しなくてもいいという考えは危険だ。とても危険だ。もう一度繰り返す。基礎学力の欠如は貧困を生み出す。

年金は申請しないともらえないということをしらない老人の方がいっぱいいて、未払になっている年金がかなりあるという。

当たり前の情報をキャッチできる能力も、実は基礎学力なのだ。そういう意味では僕の塾は情報の宝庫ですよ。なにぶんめぐらしているアンテナが、宇宙規模なので・・・・・lovely

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