想像の翼
秋の夕暮は一瞬で夕闇に変わって行く。10月に入ると中学3年生は受験に向けて意識の目覚めがやって来る。
これから3月までの時期、いよいよ僕ら塾教師の教える仕事も佳境に入っていく。それぞれの教科の苦手な箇所をいかにストレスをかけず修復していくか、暗記の弱い分野をいかに物語り的に掌握させていくか、そのあたりの匙加減が塾教師の本領発揮というところだろうと思う。
数学を教えていて感じることだけれど、関数のグラフの2次元的掌握が子どもたちにとても困難なようだ。
変化の割合や変域の解答に頭を捻る子どもたちが、間違いなく昔より増えている。
これはひょっとすると僕の独断的な見識かもしれないけれど、様々なゲームを立体的なバーチャル映像で接してきた現代っ子たちは、教科書に記されている平面図形に対して無意識の拒絶があるのではないだろうか。
つまり人工的な視覚の刺激を与え過ぎられて、平面図形を立体的に、もしくは空間認識で捉える能力が衰退して来たのではないだろうかと、僕は危惧している。
比例・反比例の認識や2乗の比例式を作図できないのは、単なる知識の欠落ではなくて、幼児期からの脳に与えられてきた過度の刺激に要因があるのではないかと思っている。
テレビや、臨場感溢れるゲームの映像は、子どもたちの想像の翼を奪ってしまっているのではないだろうか。感情や魂の翼までが飛翔できなくなって、現実社会の鎖にがんじがらめになっている子どもたちの姿が、僕には見えてきてしょうがない。
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