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2014年10月24日 (金)

それぞれの路線がある

岩手県南でずっと教える仕事をしてきた。25年前に独立して今の塾を作ってから、いろんな方々と仕事やイベントでお世話になってきた。

僕の仕事のフィールドで出会う人たちは、ほとんどが俗にいう進学校の高校を終えた方々だ。

例えば一関第一高校や水沢高校の出身の方がほとんどだ。だいたい一関市出身の方で塾をやっているとなると、ほぼ100%一高の出身者だ。教員も同じように圧倒的に多い。

プライベートな会合や、仕事で高校時代の話になると、ほとんどの方が一高時代の応援団がどうの、受験勉強がどうだったという話題になり、僕に昔話の同意を求めてくる。

僕が私立高校の出身者であることを告げると、微妙な間があく。まあ仕方がないことだろうと思う。ブログでも何度か書いてきたけれど、私立高校に入った後、2度退学届を学校に持って行った。でもこんな僕を2度も説得して、学校に留まらせてくれた担任の先生に感謝している

学歴もない金もない髪もないなんていう自虐的ネタを生徒の前で連発しているかねごんなのだが、塾教師としての僕の想いはこれでも結構熱い(かな・・)。

中学3年生で、高校進学という能力の区分をされて、そしてその区分に甘んじてはいけない。たかだか15歳だ。いくらでも人生は変遷していく。

学校の先生が教えてくれないから、分からない。そんな言葉を生徒から聞くとおいおいという気分になる。勉強は基本的に自分でやるものだ。学校の先生の授業は勉強の補助だと思った方がいい。実際そう思った当たりから、僕は勉強がわかるようになった(気がする・・・)。

学校の先生の教え方が分からないと、不満をもらす生徒が多い。残念ながらそう言っている生徒は伸びない。簡単に言えば、人に頼っちゃだめだ。

宗教に頼れば、宗教でつまずく。組織に頼れば組織でつまずく。お金に頼ればお金でつまずく。

いい大学を出て、大企業に入って安定した暮らしをするという選択肢を、僕は否定するつもりはない。けれど、違う生き方があることも真実だ。

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