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2014年9月26日 (金)

衣食住足りて、こどもは安心して未来を構築できる

昔のことだけれど、中学生や高校生の女の子が街なかをジャージ姿で歩くのは、パジャマ姿で歩いているようなもので、はしたないのでやめなさいという先生の意見を聞いたことがある。

中学校によっては、ほとんどの生徒がジャージ姿で下校する学校が増えている。確かにスカートの制服より歩きやすいだろうし、とっさの時は安全な服装ではある。

家の経済状況は子どもの服装に現れる。僕はブランド名には疎いのだけれど、裕福なお宅のお子さんは確かに高そうな服を着てくる。我が家の子供達のようにユニクロオンリーのような服装ではない。

兄弟から譲り受けたボロボロのジャージを着ている中学生をよく見かける。それを厭わず着ている子どもの気持ちを思うと、なぜか切ない。

私服はお金がかかる。故に外出時のジャージというのは合理的だ。休日にジャージ姿の中高生を町で見かけるとほっとする。

中学時代、経済的に窮地に追いやられていた我が家では洋服を買う余裕などなく、いつも学校ジャージで町を闊歩していた。

「ジャージ姿でよく町中を歩けるな」と同級生に揶揄されたものだ。アメリカのヒッピー文化が生んだスマイルバッチがはやり、カチカチクラーカーが流行っていた頃の話である。

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関西のとある小学校では、給食費が払えない家庭が急増し、市内の給食を無料にした自冶体がある。僕はいいことだと思う。

わけの分からない天下り役人を排除し、毎年年度末恒例の道路掘り起こし作業をやらなければ、給食費の国家予算は捻出できるはずだ。肥満の子どもたちが問題になる一方、カロリー摂取がままならない子どもたちもいる。

服装にしても食べ物にしても、お金を必要とする日常のことだ。その日常性が危ぶまれているこの国の状況は誰がみても末期症状だ。そのことに無頓着な政治家や教育者があまりにも多すぎる。

衣食住足りて、こどもは安心して未来を構築できる。そのことの支援が本当に必要だ。

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コメント

就学支援に給食費相当分が入っていることだし支援の要らない家庭の子供の給食費まで税金で負担するのはオカシイという意見もあります。でも生活保障や就学支援を受けられない事情がある家庭もあって表に出ない困窮みたいなことがあるみたいです。それに生活保護・就学支援・児童手当といった現金支給が学校に回せないでしまう家庭もあるようです。給食費相当分は就学支援から減額してでも給食を完全無料化し月~金は安心して学校で給食が食べられる国になってほしいと思います。ちなみに一関市の学校給食は自校方式が無くなりセンター化されつつます。あわせて学校やセンターによって給食費・給食日数がまちまちだったのを統一しようとしています。これを機に無料化と月~金全日給食化してほしいけどそこまでの議論にはならないようですねぇ。

(かねごん)
Mr.Peki-chan様コメントを頂きありがとうございます。
義務教育に於ける給食費の無償化は必要だと思います。生活が大変な家庭が増えている中、子どもたちが気兼ねなく食することが給食は不可欠です。
裕福な家庭は支払うべきだという声がありますが、彼等は税金という出費で貢献しています。
国の税金の使い道が間違っているのです。こどもたちの食にお金を使わないで、建築業界が潤うお金のバラマキばかりです。僕は許せません。

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