時間泥棒は今や姿を隠すことなく、堂々と世の中を驀進中だ
夏休みの宿題がすさまじい。
市内の中学校から出される宿題の量は半端じゃない。B4サイズのプリントページ数に加算すると、ゆうに200ページを超える宿題が子どもたちに出されている。
塾の宿題を出すすき間は無い。中学校や高校の印刷機は、夏休みが近づくとフル回転だ。
悔しいけれど、その宿題の質もなかなかいい。学校の宿題をしっかりこなせば、塾は必要ないかも、・・・と思うのだけれど、それが重々難しい。
質はいいのだけれど、基本ができていない受験生には、解答写しマシーンの手首訓練プリントになってしまっている。
部活動と宿題プリントで終わっていく夏休み。そこに塾などが介入すれば、子どもたちの自由時間はシャットアウト。ごめんねと言いたいところだけれど、この弱肉強食の世界を生きぬいて行く子どもたちにとって、虫取りカゴを担いで野山を駆け巡っている暇はない。
僕らの頃はどうかと言うと、薄っぺらな夏休み宿題ドリルが一冊だけ。それと読書感想文の宿題が取ってつけたように付随した。それでも、勉強嫌いの僕などは、アップアップ。
僕が現在の中学生ならば、間違いなく不登校になっていただろうと思う。
最近『モモ』を再読した。ミヒャル・エンデ作のこの著作は、童話というにはあまりにも多重的な構造を持つミステリアスな作品で、我々大人の精神世界を揺さぶる物語だ。
『モモ』が日本で出版されたのは1976年のことだ。まさに時代は高度経済成長期のまっただ中、カラーテレビが普及し、多くの家庭が自家用車を所有し始め、日本は物質的な豊かさに突入して行く。
『モモ』のストーリーそのままに、大人や子どもたちが時間を奪われ、生きることに急かされ始めた時代だ。
先日突然『モモ』が読みたくなった。20年ぶりぐらいに読んだだろうか。現代の子どもたちは『モモ』の世界より何倍も時間を奪われてしまった。巨大ゲーム産業とケイタイ産業に。
時間泥棒は今や姿を隠すことなく、堂々と世の中を驀進中だ。
子どもたちはおしめが取れないうちから保育所に預けられ、母親たちは、子育てという時間を、企業や現代社会の似非哲学に搾取され、タイムカードを押すことで、母性本能を封印され、男女平等の旗のもと、時間の流れに押し流されいる。
夏休み。ちょっと『モモ』を読んでみませんか。
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