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2014年8月 9日 (土)

天才には2通りある

突然ですが、村上春樹の小説を読んで、僕も小説を書きたいと思った人は多いだろうと思う。しかし浅田次郎の小説を読んで、小説を書きたいと思う人間は少ないはずだ。

同じように、吉田拓郎の歌を聞いて、僕もシンガーソングライターになりたいと思った人は多いだろう。しかし矢沢永吉を聞いて、シンガーソングライターになりたいと思った人は少ないはずだ。

村上春樹や吉田拓郎の世界は、素人が真似しやすいトーンが意図的に散りばめられている。これは作り手の意図というより、彼らの持つある種の才能だ。親近感を持たせて読み手や聴衆を近づける麻薬的とも言える、模倣性を受け手側に抱かせる力を、村上や拓郎の作品は持っている。

一方浅田次郎の作品は、読んで感動するが、書きたいとは思わない。次元がぶっ飛んでいる。天才という領域を超えて、異次元の世界に浅田の思考は突入する。騙されたと思って彼の作品をアトランダムに3冊ほど読んでみるといい。ジェラシーを超えて、虚無になる。それほど作品の人格性が無限だ。

2年前紅白歌合戦にでた矢沢をみた高校生の息子が、感動していた。いつの時代でも矢沢の歌は懐メロに聞こえない。いつも時代を背負って彼は歌っている。凄いなと思う。

全ての作品が浅田次郎のような作品だと、作家が生まれない。全ての歌手が矢沢のようならば、やはり宴会で歌う人間が出てこない。

天才には2通りあると僕は思っている。庶民のふところに、わざわざ降りてきてくれるタイプ。もう一つは、切り立つ峰を1人歩いて行くタイプ。

どちらも魅力的であるけれど、皆さんはどっちの天才を踏襲したがるタイプでしょうか。

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